
こんにちわ。ヤマガミです。
気がつくと、もう3月。2010年の1/4を消費してしまいまいました。時間が高速に過ぎて行きます。
3月3日から同14日まで、大阪の阪急百貨店 メンズ館にて作品を展示しています。「TASTING ART EXHIBITION」というイベントです。あまり、宣伝がなされていないのか、知らない人も多いみたいですが、100点あまり色々な作家が作品を展示していますので、お近くに行かれた際には、ぜひお立ち寄り下さい。僕は1点、映像の作品を展示しています。1階です。
TASTING ART EXHIBITIONより。大阪へ出た際には、ぜひ。
この展示の準備やら、搬入やらで、最近バタバタと動いておりました。で、今、東京に居ます。
当然用事があって東京へ来てるのですが、度々東京へ出て行ってるわけではないので、いつも来るときは、撮影や、美術館・ギャラリー巡りなど、様々な用事を詰め込みます。
天気予報では全国的に雨。今日も明日も。。新幹線で東京へついたら、やっぱり雨。うーむ。自分はてっきり晴れ男だと思っていましたので、少々がっかりしました。昼間に少し撮影をしたかったのですが、雨降ってるので、予定変更で、ちょっと早い昼食をとりました。で、ゆっくり食べて、外へ出ると、晴れているではありませんか。いそいそと、撮影の準備をして、ちゃっちゃと撮影を済ましたところで、再び雨。
なんというか、嬉しくないですか?こうゆうの。本当に神様っているんじゃないかと思ってしまいました。
なんて、日常の些細な喜びを噛み締めながら、毎日を過ごしております。
ちなみに夕方にも、もう一度撮影に出たいので、どうか神様、よろしくお願いします。
奇跡的に晴れました。
撮影といえば、僕はデジタルの一眼レフを持ってないのですが、知り合いの方から、今、デジタルカメラを借りてまして、今日はそれで撮影してるのです。知っている方も多いとは思いますが、今の一眼レフは、ムービーも撮れるやつがあるので、試しに動画を撮影してみました。これが、ちゃんと撮れるんですよ。ちゃんとと言うのは、僕はてっきりおまけみたいな機能だと思っていたので、びっくりです。普段はでかいビデオカメラを使っているので、それと比べれば、軽いし、写真も映像も撮れて一石二鳥だし、素晴らしいの一言。日本企業バンザイですよ。
侮れないおまけと言えば「ビックリマンチョコ」もそうでしたね。僕もチョコ捨て人の一人でした。アラウンド30才の人ならわかってもらえるはず。そのビックリマンカメラから、新作が生み出されるかどうかは、やっぱり、天候の神様に左右されます。
神様、よろしく。
こんにちわ。ヤマガミです。
いきなりですが、今年の4月にneutron tokyoにて個展をさせていただきます。詳細は会期が近づけば、アップします。
で、今、制作の真っ最中。というか、怒涛の制作の日々が続いております。
今回は作品サイズも大きく、細かな作業が多いとはいえ、なかなか思うように作業が進みません。こんなにひとつの作品に時間を費やしたことないんじゃないかってくらい、というのは大げさですが、まぁ進み具合が、遅いです。
まさに亀の歩み。急がず、慌てず、千里の道も一歩から。と、自分に言い聞かせながら、コツコツとチビチビと毎日の作業をこなしているわけです。でも良い作品になる予感がとてもしてます。
僕は制作までの手順として、先に作品の大まかな完成図をイメージして、それを煮詰めていきます。で、吟味して良さそうなら、制作に入るという手順です。大体、いつも。大概はボツになりますが。
その具体的に構想を練っている時に、同時に作品タイトルが浮かぶ時があります。突然、浮かんだりします。その時は何ていうかもう、ものすごく嬉しいわけです。やっぱり作品タイトルは重要ですよね。少なくても僕はそう思っています。作品自体の、コンセプトやテーマを伝えるだけでなく、作品自体に何らかの補完をしてくれたりしますので、僕は結構重要視してるのです。そのタイトルを、最後に何となくつけるのが嫌で、制作中に浮かべば非常に嬉しいのです。その時はとても良い作品になるような気がしてくるのです。ま、気持ちの問題でしょうけど、それも重要なことですので。
で、浮かびました。現在進行中の作品に。作品タイトル。と、言うよりも、浮かんだのは去年の8月くらいで、(6月くらいから具体的に構想を練ってまして)実際制作に入ったのは10月ですが、その時には、まだこの世に生まれてない作品に名前がありました。サイズも、技法も、あまり定まってないのに、名前がありました。制作中の作品を見せたりするのは、何となく嫌なのですが、とりあえず名前は「Sleep Walking」になりました。これを、毎日のように連呼するわけです。良い名前のような気がするが、しっくりきてないような気もするなぁ、なんて思ったりして、こころの中で連呼するのです。まぁ、こういう時は往々にしてファーストインプレッションが正解なので、今回もこれになりそうです。先に作品タイトルが浮かんだ時は良い作品になるような気がするという、気のせいや思い込みに近い、自分なりの勝手な験担ぎがありますので、今作もきっと、裏切らないはず。頼んだぞ、「Sleep Walking」。
そして当分の間、「Sleep Walking」氏と共に生活をしそうです。
「Sleep Walking」な素材たち。
あけましておめでとうございます。ヤマガミです。
皆様、本年もどうぞ宜しくお願いします。
さて、新年一発目のブログですが、またまた、表題負けしそうなタイトルになってしまいましたが、柔らかく読んで下さい。
突然ですが皆様は写真撮りますか?最近では写真がちょっとしたブームみたいで、良く雑誌などでお散歩写真みたいな特集が組まれているのを目にします。携帯電話のカメラ性能の向上もあって、かなり身近な文化になりましたよね。デジタル一眼レフもかなり流行ってるみたいですし。テレビコマーシャルでカメラを宣伝しているのも、流行の証ですね。フィルムカメラの時代ではインスタントカメラの「写るんです」くらいじゃなかったでしたっけ?カメラのテレビコマーシャル。
ちなみに僕はほとんど、写真を撮りません(笑)いや、作品の制作には写真は欠かせないものなので、制作に入る時はそれなりに撮るんですが、日常では全くと言って良いほど、撮りません。携帯電話での撮影も余りしません。カメラ自体は数台所有していますが、年間のショット数はかなり少ない方だと思います。
おそらく、作家じゃない僕の友人とかの方が、よっぽど撮影してると思います。友人との食事や、旅行や、街で見かけた面白いものなど、皆さん結構色々撮ってますよね。日常の中に、写真というメディアは完全に溶け込んでいます。
いきなりですが、写真の本質って何なんでしょうか?
「それは、かつて、あった」?
うーん。ちょっと固いかな。(バルト先生、失礼しました!)
以前、別の写真論系の本で、「写真の本質はショットにある」という一文を読みました。その時はなるほどと思いましたが、ここまで写真が特別なもので無くなると、それさえも違うような気がしてきますね。「ショットにある」とは、シャッターを押すことという意味で、富士山を見に行って、富士山を見ずに、富士山の写真を撮ってる人が多く、帰ってから、その時撮った写真を見ることはあまりないよ、ということだそうです。でも、皆結構見てますよね?リアルでの富士山も、写真での富士山も。
焼き増し/コピーという複製によって、写真から芸術上の一回性のアウラは消えましたが、それと引換に、いやそれ以上に、絶大な市民権を手に入れましたね。友人との食事が楽しいので、突然油絵を描き始める人とか、ディズニーランドへ行ったので記念に、木彫するよ!なんて人、見たことないです。いたら面白いですけど。
写メールや、ブログの発展で、さらに写真の年間ショット数は増加してゆくでしょうね。
一般論での写真は、完全にコミュニケーションツールとしての第二の人生を歩んでいるように思います。シャッターを押すだけで、面倒なピント合わせや、露出の制御などは、すべてカメラがやってくれますので、楽しいと思った時や、面白いと思ったときに瞬時に、撮影ができ、画像が残せるのは素晴らしいことじゃないですか。市民権を得て当然。それが、良かったのか、悪かったのかという問題ではなくてです。芸術としての写真は?という問題も置いておいて、とにかくそのお手軽さは他の芸術のメディアには無いでしょう。鑑賞者側にも、制作者側にも、瞬時になれるのですから、たまげたものですよ。
と、ここまで写真というメディアの持つ、懐の深さというか、手軽さや利便性を再認識した文章でしたが、今回は写真画像なしのブログでお送りいたしました。
次回は、何か撮ります。
写真。
こんにちわ。ヤマガミです。
今回は自分がよく携わっているメディアについてです。
表題の通りだと、何か文化人類学的な匂いがしますが、そんな学術的なものではありません。
僕は、作品制作で様々なメディアを使用します。絵画はもちろん、映像や音などを使用します。当然、映像を撮影する際にはビデオカメラを使用します。少し前までは、カセットテープ式のビデオカメラを使用していましたが、最近では利便性が優れているのもあってメモリーカード式のビデオカメラに機材変更しました。カセットテープ方式のカメラはDVカメラと呼ばれてましたね。これらのデジタルビデオカメラって、随分僕たちに馴染みの深いものの様に感じますが、普及してまだ間もないですよね。
その最近購入した、メモリー式のビデオカメラは凄く便利なのですが、何せマスター情報がメモリー(デジタルデーター)式なもので、保存性に不安があります。利便性は落ちますが、テープ方式も、マスター情報が残る分、捨てたもんじゃないな、なんて思います。しかしちょっと前に、撮影したビデオカセットテープ、通称DVテープですが、これらを整理している時に、ふと考えました。「でも、これ10年後は再生出来るんだろうか。。」
ついこの前までお世話になった、DVテープたち
僕は研究者じゃないので、詳しくは分かりませんが、この世から消えて行ったメディアは結構ありますよね。僕が学生の頃は、ビデオカメラはHi-8っていうDVテープより少し大きいテープでした。 レーザーディスクなんてのもありました。おそらく、このDVテープもまぁ10年は早くても、20年後は、再生出来ないかも知れません。けれど時代とともに様変わりするのはメディアの宿命でもあるので、その事を憂いているわけではありません。まぁ、その時代にあったメディアに乗り換えれば良いや、と考える様にしてます。
メディアといえば、絵画も立派なメディアですよね。学生の頃、古典技法を学ぶために一冊の本を買いました。その名も「絵画技術体系」。何だか凄そうなタイトルですが、実際凄いです。画家や修復家や、研究者が、研究に研究を重ねて西洋絵画の技法を解説した、海外の技法書です。僕は今では、すっかり古典技法なんて使用しませんが、この本は読んでると大変面白いので、たまに本棚から引っ張りだして読んでます。レンブラントや、フェルメールが使用した油絵の具の配合などが載ってます。その道が好きな人には、バイブルでしょうね。この技法書によると、きちんと配合された絵画は、数百年美しさを保ちます。まぁ、その間に修復なども加味してますが。それでも、凄いですね。
古典技法のバイブルですね。
先の話ですが、現代のメディアは実に短命じゃないですか。100年はおろか、20年前のメディアの再生すら危ぶまれます。現在主力のDVDも、後何年保つんでしょうか。
油絵が劣化した際の修復はいくつかありますが、DVDが再生不能になったら、せいぜい研磨するくらいかな。ハードディスクが故障したら、、ご愁傷様。
まぁ、デジタルとアナログを同系列で比較している時点で、あれですが。。
でもデジタルメディアは今はまだまだ黎明期なんでしょう。きっと、油絵の具が開発された時も、失敗の連続だったはず。この先、100年は軽く保存出来て、ずっと変わらず再生出来て、劣化すれば修復出来る、そんなデジタルメディアが誕生するかもしれません。その時に「デジタル技術体系」みたいな技法書が出版されるかもしれませんね。
こんにちわ。ヤマガミです。
このサイトでも告知させていただきました、同志社大学京田辺キャンパスでの「Mirage展」もおかげさまで良い展覧会になりました。この場をもちまして、展覧会に関係していただいた、同志社大学S-CUBEの皆様、学生のスタッフの皆様、企画者の宮下忠也さんにお礼を申し上げます。
おかげさまで良い展覧会になりました。
で、今回のブログはその展覧会の感想、ではなく、実は全く関係がありません。まぁそのお話はおいおいします。
さて、僕は昔から自分の中で、勝手な展覧会のランキングみたいなものがありまして、今年(2009年)は春先に東京のエルメスで展示してましたジャネット・カーディフ展が、満塁ホームランでして、「まぁこれを超える展覧会は今年は無いだろうな」なんて、勝手に思っていた次第です。もちろん、自分の中でのランキングでです。見られた方も居られるとは思いますが、そのジャネット・カーディフ氏の作品はサウンドインスタレーションで、15分位の作品でした。結構長い目ですね。何だか、あまり良くない事ですが、作品を見る時に自分の中での処理というか解釈が、年々速くなっていってるような気がします。大体は30秒くらいで、「この作品はこっち系」なんて、生意気にもカテゴライズしちゃってるわけです。カテゴライズしちゃうと、処理時間が早くなってしまうんですね。特にあまり興味が湧かないものや、今の自分には必要無さそうだと思うと、見るのをやめちゃいます。
いや、駄目ですね。分かってるんですけどね。
で、そのカーディフ氏の作品は、非常にシンプルな作品でカテゴライズも一瞬で出来たんですが、その作品の世界観に没頭してしまって、結局、頭真っ白な状態で3周、見ました。45分です。鑑賞時間。まぁ、その感想は色々あるのですが、作品の話ではなくて、その自分のツボにはまった時に、恐ろしく頭をかき乱されると言うか、入り込んでくると言うか、とにかく凄く引き込まれるんです。美術作品って。そのアートパワーを感じた時に、「あぁやっぱ美術だな」なんて思ったりしてるのです。そして、ランキングインしてきます。その、展覧会。何度も言いますが、自分の中での年間ランキングです。
そして、 先月ウィリアム・ケントリッジ展に行きました。
ウィリアム・ケントリッジ展に行きました。
ケントリッジ氏の作品は随分昔に見たと思うのですが、はっきりと印象には残っていなくて、「見たよ」という程度でした。若造だったんですね。まぁ、僕は美術作品は、極端に言えば日替わりで趣味が変わってもおかしくないと思ってるので、その時はピンと来なかったのでしょう。特にポリティカルな作品などは、自分的にはなかなか噛み砕く事が出来なくて、いつも消化不良みたいな感じになってしまいます。さらに、自分でも映像の作品を制作しているくせに、映像作品はものによっては見るのが辛かったりします。特に、長いのが。キャプションに「ビデオ、50分」なんて書かれていたら、うーんってうなりますね。
これも今年の春先だったと思いますが、東京国立近代美術館で「Waiting For Video」なる展覧会がやってまして、大好きなブルース・ナウマン氏も展示してあるし、60年代からの映像作品がそろいにそろっているので、ウキウキ気分で見に行きました。しかしこれが各々の作品が長くて、結局ヘロヘロになりながら見ました。アトリエを歩いている映像が50分。。うーむ。その内容は良かったんですが、なんせ、疲れました。ちなみにこの展覧会、印象にはかなり残りましたが、残念ながらランキング入りせず。
それで、ケントリッジ展も、鑑賞に時間がかかると聞いていたので、気合い入れて臨んだのですが、気づいたら閉館って感じでした。あっという間の3時間。疲れたけど、ヘロヘロまでにはならず。逆に頭の中に、ずっと彼のドローイングが動いてました。これは、カーディフ展の時のような感覚とは別の感覚で、ケントリッジ展では消化不良のまま、でも何かが鮮明に残っているのです。消化不良なので、まだすぐに順位を決めれませんが、確実にランクインですね。この展覧会。
ポスターもカッコいいですね
僕は、美術作品の持つアートパワーが大好きで、何か疲れが飛ぶというか、気合いが入るというか、何かが自分の中に入ってくるというか、とにかく、空腹が満たされる感じになるのです。 良い展覧会を見た後はいつもこんな感じです。
いつまでもぐるぐるとその展覧会の事を考えてしまいます。で、そのままランキング選考委員会が自分の頭の中で始まります。
初めまして。ヤマガミユキヒロです。
僕は普段は絵画や映像などで作品を作っています。このブログでは、そういった制作にまつわる話や展覧会についての話などを書き込んで行こうかと思っています。普段あまりこういった文章を書く事がないので、ぎこちない文面でしょうけど、楽しんで書いていこうと思っています。宜しくお願いします。
今回は初回なので、自己紹介も含めた作品の誕生するまでの話をして行こうと思います。
僕の作品の多くは、都市を主題にしています。なので、普段街中を歩いていても、その景色や情景がとても気になる事があります。風景で気になるのは、大抵の場合は左右対称のシンメトリックな風景ですね。そして昔から、透視図法的な構図にもとても惹かれるのです。特に一点透視図法の構図がたまりませんね。陸橋から道路を見下ろせば、シンメトリーで且つ透視図法構図になるので、陸橋があれば、意味なく上ってしまいます。気になった風景を全て作品にするなんて事はありませんが、一応撮影はしておきます。後で、写真を見返すだけでも楽しいですし。
陸橋は楽しい。
こんな構図はかっこいい。と思ってます。
それで、僕の場合、作品を制作する時には大抵、完成イメージやコンセプトが先にぼんやりとあって、それに向けて制作をするという形になります。作品の完成イメージやコンセプトは、不意にやって来たりします。なんか油断している時にうかんだりもします。逆に、雨乞いみたく、「アートの神様降りて来い!」ってやっても、何もうかびません。だから、やりません。
ぼんやりと作品のイメージが見えた時はテンションが上がるのですが、翌日とかに、いったい何が面白いと思ったのか、、と思い直す事もしばしばです。いやぁ、よくある事ですが、落ち込みますね。でもそうやって、一喜一憂している時って、あまり苦ではなく、なぜか楽しかったりするんです。それは、一度ボツになったアイデアも、ひょっとしたら数年後とかに、とても良い作品に変身するかもしれないと思ってたりするからなのです。
ボツになったアイデア達。復活を期待してます。