アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

夜の海に夜光虫を見に行った。
とろりと暗い海に漂う光の粒を見ていたら、
まるで星空を眺めているかの錯覚を覚えた。
足下に広がる宇宙。


刺激に反応して発光する夜光虫。
石を投げると光の輪で、波打ち際には砕ける光が。
落ちてた傘で水面をなぞると海の中にきらめきが走り、
まるで指先から銀河。


空を見上げるではなく、覗き込むという感覚がとても面白くて
前に飛行機の上から海を見ながら似た事を思ったのを思い出した。


休暇が終わりウィーンへ帰る飛行機の中。
海の青は空の青を映しているのだとしたら
私が今見下ろしているこの海の色は空の色だということにもなる
じゃあ私はいま眼下に空を見ているといっても間違いじゃないよね?
そんなことをただただぼんやりと考えていた。
(そういえばあのときわたしは泣いていたのかもしれない)


空も海も気持ちまで吸い込まれそうになって困る。
ただし、それが嫌いではないのだけれど。


いろいろなものが姿を映し合って存在してんだよなあ、とか


世界は私をうつす鏡で
私は世界をうつす鏡で


さてと。


「指先から銀河」9月3日から京都で個展します。
ホワイトキューブな展示空間を飛び出しての展覧会。
まだ展示してみてないからなんとも言えないけど、
私はどうもそっちが性に合ってるかもしれないなあ。


ふらりと遊びにきてください。


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冷凍のふにゃふにゃしたやつじゃなくって
枝付きを買って来てむしって硬めに茹でてまだすこし熱いのを食べる
それがこの時期の醍醐味、枝豆編。


・洗った枝豆を海水よりも薄めの塩水に数時間〜ひと晩 浸しておく
・水切って沸騰した湯ですばやく茹であげる。1〜2分で良いと思う
・ざるにあげて湯をきりながら塩まぶしからめる


塩水につけておいてから本当にすばやく茹であげるのがポイントで、
かなり歯ごたえを残したコリコリの枝豆になる。
青い味がするんだよなあ、それがすばらしくおいしいんだよなあ。


さあ、夏が来た

朝顔の芽がでた。
わたしがまいた朝顔の種は「宵の月」と「水月(すいげつ)」という名前だったんだけど
ふたつ出た芽のうちハテどちらが宵の月でどちらが水月なのかわからなくなってしまった。
そこは大事なとこなんだけどなー


さいきん日が長くなってきて夕暮れ時から夜にかけてがとても気持ちいい。
身体にまとわりつくぬるい空気や薄暗い夕闇の感じがいつかの記憶を鮮やかに連れて来る。
誰よりなにより身体がいちばん覚えていて、ふとした夕方の光に意識をまるごと持っていかれてしまったりする。
記憶はそうやって季節とともに私の中を循環しては少し胸をしめつけてまた空気にとけてゆく。
空気がぬるい今の時期は自分とまわりとの境界線が曖昧になり 全てがゆるやかに動き流れて何もどこにも溜まらない。
そこが、とても、好きだ。


おおげさなことはなにもないんだよな、と思う。


最近なんだか移動続きで、しばらく忘れてしまっていた感覚にまた再びスイッチが入った。
短期間で転々と移動を繰り返すとそのうち自分の身ひとつだけが際立って感じられるようになってくる。
どこかに属する、まわりの環境と自分との一体感みたいなものが薄れて
個としての存在であるというなんだかポツンとした感じになってくる。
これは自分にとって違和感の感じられない場所ならばすぐにスルリと入り込むこともできるポツンでもあって。
久しぶりに思い出したこのポツンとした感じには 何かとても親しみと懐かしさがあった。


なんだか、どこでもいいし、なんでもいい。
ただ、そのなかでどこを選ぶのか、何を選ぶのかという感覚だけは鈍らさないようにしたいなあ、など思う。


予感がゆっくりと確信にかわっていく。
あとは身体でものを考えることができれば。


先月行った鹿児島は一足先に亜熱帯だった。日差しの強い国は持つ影も濃い。
両極にあるものが隣り合って存在する感じ、そのコントラストに目がくらんで、私は目で見ることをやめた。


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ホットケーキは幸せな食べ物だなあ
作って食べるのももちろんいいが、喫茶店のホットケーキというものが良い。
喫茶店でホットケーキを食べる、という時間まるまる魅力的なの、よ!


それには京都はうってつけ。


寺町 スマートコーヒー
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千本今出川 喫茶 静香
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河原町今出川 タナカコーヒー
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千本 喫茶マリヤ
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荒神口 リバーバンク
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祇園 レストラン菊水
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西陣 ラインベック
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二条 雨林舎
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最後に個展のお知らせこっそりと


亜熱帯劇場 " The Subtropic Theatre "
@ MORI YU GALLERY TOKYO
4/23 fri. - 5/29 sat.
opening receptoin 4/23 fri. 18:00より


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ベランダのチューリップが芽を出してるのを発見。
いま3cm。うれしいかわいいわーいわーい。


こないだ。色鉛筆を愛する私のリクエストに答えて家具職人のふくちゃんが鉛筆立てをつくってくれた。
しかもカステルが入るように普通よりもちょっと太めの穴で。
うれしいなーうれしいなー。
98本収まるのだ。偶然にもうちのテーブルの幅とほぼぴったり。
これはもうなんだしばらくドローイング週間だ、月間だ。


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なんだかいろんなことが変わっていく。
じゃあそのもっと根底に流れる大切なものは何だ何なのだ、ということに意識を集中させる日々。
何かとてつもなく本当のこと(もしくはモノ)について。


こないだ フォーチュン クッキー からひらりとこぼれ落ちた言葉


" A challenging surprise is waiting."   


そうか。


わたしは フォーチュン クッキー を食べるときの少しの緊張感が好きだ。
それはきっと言葉の強さに関する問題


風景が不思議な共感によって生成されたこと


投影による二重の世界


それにしても
ほんとにいろんなものに人に励まされて助けられて歩いてる
ひとりじゃなんにもできないよ
クルテクだってパンにバター塗るの手伝ってくれるし


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あー、なんだかあたまがぐるぐるするなあ。
心臓があるらへんがざわざわする。


残ったカブのスープにごはんを入れて雑炊にして食べながら
いろんなものに対する違和感について考えていた。
雑炊の湯気ごしに窓の外を見て、朝起きたての、
いつもの半分くらいの思考速度で考える。
やわらかいごはんが胃に広がって、なんだかじんわりじんわりと
こんがらがったものがとけていく。
考えすぎて物事を複雑にしてしまってるんだ。
きっと もっと ずっと単純 って。


人生も、恋愛も、絵を描くこともそれを仕事にしていくことも、
友達も、社会とか世界とかいうやつも、私の気持ちも、
なんだか複雑でややこしくてちっとも簡単じゃあない。


そんなことを思いながら薄暗い森のなかをずっと歩いていたら、
上から何かが落ちて来て頭にコツン。拾い上げれば木の実ひとつ。
手を見て、木を見上げ、そしてあらためて廻りを見渡したときに
ふと今までと世界の見え方が変わってしまう瞬間が来て、
そこからはなんだ森の多様性の洪水、もうとめどなく。
ああ、なんて単純で本当のもの、と打ちのめされてそこで気が付く。
ものの見方をややこしくしていたのは私のほうだ、と。


そのような感じ。わかりにくいか。


いや、まあでも問題はひとつ。
私にとって大切なものってなんだろう。
ゆずれないものってなんだろう。
見失ってはいけない部分はどこ。


もっと自然にやれるかもしれない。


たとえば色が湧くように。音が湧くように。
壊れた絵画の断片に世界のすべてが存在するとして。


よろこびだとか、かなしみだとか。
きれいだとか、きたないだとか。


ひっくるめてぐちゃぐちゃにしてぜんぶぜんぶぜんぶ。

冬の遊びの醍醐味はポジティブに閉じることにあり。(注:私の場合)
部屋の中で繰り広げられるは凝縮された甘美な怠惰。外の寒さを頭の片隅には意識しながらもストンと忘れ、
暖かい部屋で本を読むなど、映画を見るなど、ネコをなでるなど、あー幸せ。そこはぜひスープを煮込みながらなどが良い。


このあいだのワークショップであまった紙が袋いっぱいあったのでそれを部屋中にばらまいて切り貼りして遊ぶ。
模様に模様にまた模様、紙のさわさわした感じに、ごっちゃりとしたしかし目には美しいもの。それはそれは幸せなカオス。
もちろん部屋はあたたかくして、わたしは紙を切り、貼り、うずたかく積まれた紙の模様の重なりにたまにうっとり手を止めてはまた頭からっぽにしてただ手を動かす動かす。冬の遊びはそうやって続く。
混沌とわたしが呼ぶ紙の山の中からひらりと秩序あるカタチが出来上がっていき、物語が動き始める。
冬の夜は暗くて長く、たぶんきっと終わらない。


<いろいろな柄の包装紙をつかって、黒い背景に絵を描こう>
というようなことをワークショップで子供たちとやったんだけど、子供に限らず他人の頭ん中ってほんとおもしろい。
いや、正確に言うか。想像すること発想すること見方に手順、あたりまえだが全くもって予測不可能みんなちがってみんないい。
そのあたりが均一化することを良しとしてしまえば、とたんにいろんなものが貧しくなっていくんかもしれんなとぼんやり思う。


「お嬢さん、まったく同じものなんて、世の中にありゃしないんですよ。あったとしたらなんてつまらぬ世の中だ。」
と、ネコがすれ違いざまにつぶやくを聞く。そいつは長いしっぽをピンと立て凛とした姿勢で歩き去る。


そうですね、カオスですものね(って、何が?)。自分の頭ん中だって、まったくわかったもんじゃない。


冬が長い国に住んでいたときに覚えたのは、冬を夜を寒さをどのように楽しむかってことだった。
そして、どううまく閉じるかってことも。そのうえでどう人と付き合うかを含めてね。最近はそれがうまく出来ないな。


それにしても、夜が一番長い季節に、このきらめき。
クリスマスが12月にあるなんて、ほんとなんてよくできた話。



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