

笹倉洋平
「ツタフ」
neutron kyoto
撮影日11月2日
笹倉さんの新作は長さ8~9mほどのトレぺロール紙に鉛筆での線描画である。
ギャラリーの天井近くの壁面、端から端へ、U字型を描く様に展示している。重力のかかる頂点にちょうど線が集中しており、ここが目線ほどの高さになる。トレペを通した柔らかい透過光が、これも透けている鉛筆の線を美しく際立たせている。トレペは薄く軽く、人が動くと風でたなびき線がうねって見える。空間に一点とシンプルな構成であるが、線と紙の動きの美しさに長く見入ってしまった。
空間は少し暗め。絞って鮮明に線を写したいので露光時間は長くなるが、紙が動くのでブレると困る。絞る数値とシャッター速度といいバランスを探して撮る。呼吸も止める。
で逆に、今度は作品の動く要素を記録する。写真は静止画なので動きを表現し難い。スポーツなど激しい動きならまだしもだ。風でたなびく本当に微々たる動きを記録しても分かりづらく、ブレですか?失敗おつかれと言われかねないので、ある程度はきれいに動いているように撮りたい。
で6枚のカットを重ねて撮ってみた。露光時間を長くするよりも線の描写が死なずにすんだと思う。
笹倉さんの撮影は、空間に対して紙と線をどういったバランスで入れていくか、いつも難しくて悩む。また、無機的でクールな物体感と有機的な線描、作品が持つ両面を感じ取れるように巧く撮れればと思う。今後も挑戦させてもらいたい作家です。
林勇気
「overlap」
neutron kyoto
撮影日11月16日
林さんの新作はiPod touchを使用した展示。このデバイスを利用した作品は初めて観る。iPod/プロジェクターが、壁面、ソファー、足下、カフェをのぞむガラス面、など展示空間の各所にセットされ、それらの周りの空間を背景に、林さん作成の切り貼りした風景の一部、コマ撮りされた人の映像が流れる。また各映像デバイスが全体でリンクしているという映像インスタレーション。(あるiPod上で人が土管を投げ、隣のiPodに投げ込まれキャッチする、など)ガラスへの映り込みも丁寧に再現されている。映像画質が今までで一番鮮明であったので(iPodは本当にクリア)、デバイスの小ささが作品のエッセンスを切り抜くのにちょうどいいように思えた。ディティールが良くわかる。
大きな映像と(全体像のような何か)と小さな映像(局所的な出来事など)、この両者を用意されているところが好きなところで、映像はパッと見は落ち着いてほのぼのしたものにも関わらず、少し怖さのようなものを予感させられる。
iPodを撮影したのも、もちろん初めて。つるりとした筐体の質感と映像の鮮明さのバランス、映像の内容に併せて空間を切り取り撮影すること(展示空間を切り取った映像と切り取られた空間とを併せて撮影する。これはこれで入れ子のような写真になりおもしろかった)大変勉強になった。学ぶことが多い人だ。

森川 穣
公募京都芸術センター2010チラシ用イメージ撮影
京都芸術センター
撮影日11月10日
来年度の公募KACに後輩の森川穣君が選出された。もう一人は寺島みどりさん。たまたま今回のチラシをデザインすることになり、彼の作品のメインイメージも撮影することになる。作品の内容はネタバレになるので割愛するが、芸術センターの床下が関係するらしい。ということで二人して潜った。床下の高さは50cmくらいか。想定外だったが、ヤッケにヘルメット、マスク完全防備で這いずり回った。埃対策はしたもののカメラがつぶれないかヒヤヒヤした。(上の写真は森川君撮影)
これも難しい撮影だった。何がって身体的にだ。ヒトの首はこれ以上折れたり曲がったりして巧いことファインダーをのぞけないものか、邪魔な三脚のポールをへし折る力はないものか(加えて元通りに戻す力も)、埃に繊細な肺が耐えれるのか(やばい建築資材はシャレにならない)。
いつも観ることのない場所で物珍しさも手伝い、窮屈さも心地よく、通気口からの入射光、床板の裏、積もった土、何十年まえのゴミ、など美しい眺めで心境としては悪くなかった。が、体は別で、小一時間潜っただけだがへとへとになってしまった。森川君はギャラリーから前田家珈琲あたりまで這っていった。タフだ。

チラシの出来上がりは12月初旬の予定。寺島みどりさんのイメージ写真も同じく撮影している。タブロー展示と思っていたが滞在制作になるらしいのでこちらもどう表現するか悩む。実際の展示は2月になるが、本当に楽しみだ。
展示/作品撮影の事を書いていこうと思う。
何か一連のテーマでもあれば便利なんだが、提出締め切りに追われているので一回目はここ最近の仕事で一先ず乗り切りたいと思う。
空気を読んでない長さになってしまったがご容赦下さい。

中村裕太
「めがねや主人のペンキ塗り」
neutron tokyo
撮影日 10月6日、7日
東京、南青山
友人の陶芸家/美術作家、中村裕太君の展覧会。展示風景の撮影だけではなく、制作風景の撮影、搬入も併せて手伝う。
以前から床一面にタイルを敷き詰める作品を発表していたが、今回も同様、展示空間の床面を、45°で二つに区切って敷き詰めている。一方は緑青の八角形(と隙間を埋める小さな正方形)、もう一方は文字の書かれた白い正方形のタイル。写真を参考にされたい。中庭まで隈無く、総数2000枚以上のタイルを敷き詰めていくのだが、腰を随分とやられてしまった。学生、スタッフ総出、現場で削りながらの作業は2日間でなんとか終わった。
彼の作品の魅力はなんなんだろう。捉えたようで、それを言葉にできないもやっとした感じがつきまとう。ひとえに批評できない僕の言語センスの無さが理由だが、こうやって文章に起こす事も頭の中で整理するのも、彼の作品を表す言葉が足りていない気がする。本人が聞けば、なんだよ、とがっかりするかもしれないが、僕としてはその掴めない感じがあるので、彼の制作現場も搬入も撮影も、どれ付き合ってみようかという気にさせられる。(今回は深夜、台風の中央道疾走というおまけ付きである。ほとんどの運転は中村君だった、すまん、お疲れ様。)
こんな陶芸、美術作品をやっているのは彼一人である事。
モチーフを選ぶセンス、詩的な部分と実際に体験できる物質感、総じてビジュアルセンスが良く、それらがバランスよく成立しているという事。
美術、陶芸、建築など、各々の文脈で語る事が出来るが、カテゴライズを巧みに避けているような事、それら全てから自由だ。
追いかけてみたい作家の一人だと思う。撮れないのは損だし、どうにかその魅力を引き出すように撮れれば、尚良い。
彼の作品に限らず、撮影する事は時間をかけて対象を見る事になるので、(本当に理解するかどうかはさておき)手っ取り早く向き合える仕事だと思う。目下、データを編集中、足下の感触をビジュアルデータに変換できるや否や。
細かい続きは自身のブログで少しずつ書くと思う。技術的には、とにかくトレペを持っていって良かった。特に白い作品は反射光で表情がガラリと変わる。準備はするものだ。

水野勝規
「フィールド・モーション」
Art court gallery
撮影日、10月14日
大阪、天満橋
&ARTにも掲載されている水野勝規さんの個展。作品は初めて拝見する。
映像作品の展示撮影を、一時停止/コマ送りなどの一切の操作なしに撮影したのは今回が初めてだと思う。大抵の展示空間は暗い事が多く、必然的に露光時間も長く、映像を停めて撮らないと何が映っているか分からなくなる。映像だけを別撮りしようが必ず動くのでほとんどは停めて撮影している。
彼の作品は、画面にほとんど変化がない。カメラは定点、風で木々や水面が揺れたり、水が流れていたり、ジェット機が雲を残していたり、そんな何でも無いような映像が何分か続いている。これが他の作家の映像作品ならそれでも映像を停めて一コマを鮮明に写していたと思う。
彼にそれは似合わないような気がした。長い露光時間で結果的に映像の細部がぼやけていてもそれが彼の作品を表すと思ったからだ。彼からも停めずに撮る旨を伝えられた。
作品を観た多くの方が指摘されていると思うが、ほとんど何の加工、操作も無い彼の映像はとても現実離れして見える。場所を選び、フレーミングし、撮影をして、無音で流す。これだけ、実にシンプルだ。映像はα派の出るようなリラックスムービーともまた違い、ノイズの無い既視感だけの様なイメージ。撮影者の意図すら削いだ感じだ。何の加工もない最もシンプルな画が逆に違和感だらけなものに変化する。何がそうさせているのか。構図か、色か、モチーフか、時間か。
展示もシンプルな構成。アートコートの広い空間を表現するのが難しい。正面からだとプロジェクター、映像のあたる壁面、要素が限定され、この距離感がなかなか出ない。結局目線よりかなり高い位置から、モデルを上から眺めるような構図で撮影して解決(したろうか?)。
水野さんにはまだ見せていない。ごめんなさい。
映像(?)作品の撮影はまだ続く。

名和晃平
「Transcode」
gallery nomart
撮影日、10月15日
撮影の難易度はここ何年かで一番だったと思う。
代表作品、PixCellのシリーズの最新作と、dotが動く映像を床一面に投影した作品。
PixCellはご存知の人も多くいるだろうが、オブジェをビーズで覆った作品。ビーズを通す事で物質を映像的に変化させる彫刻作品と言えばいいだろうか。
新作は映像機器である液晶モニタがビーズで覆ってある。作家の名前をGoogleでweb/イメージ検索、抽出し編集した映像が流れている。(Google検索、というのは作家がモチーフを選ぶ際のルールの様なもので、検索にかかったオブジェを作品化するというしばりがあるそうだ。)
移り変わる映像をビーズ越しに眺める。スティルも有ればムービーも有る。RやBの単色だけのテキストが流れる。どんな仕組みか分からんがR、G、B、各色のプリズムが滲みの様にビーズに生じる。まことに物騒な彫刻作品だ。
作品の口上は長くなるので、さておいて、困った。下見の際に閉口したものだ。
空間は映像を鮮明に見せるため、ほの暗い。しかし目の前の作品は彫刻作品である。投影された映像を鮮明に撮り、同時に彫刻としても見せねばならない。ビーズの物質感と映像イメージ、二つのクオリティを損なわず撮影する為に必要な光量、色温度がまるで違う。
映像面が四角形なら迷わず合成するだろうが、どっこいビーズのせいで映像のキワは複雑だ。おまけにモニタの外枠についているビーズにもちらほらと映像が映りこんでいる、困った。なるべくならこのパスは切りたくない。
結果、まあがんばって、空間、彫刻、映像の3つの要素をまとめられたと思う。(自分でもびっくりの濁しっぷりだ。)遅くまで付合っていただいたノマルのスタッフの皆様には頭が上がらない。ありがとうございます。画像は未編集のため一部という事で。
次回は林さん、ヤマガミさんのグループ展について書くと思う。詳細を全然聞いてなかったが、どう考えても二日間での撮影は短い気がする。どうしてくれる。
こちらもよければご参照いただきたい。
http://omotenobutada.blogspot.com/