アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

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ブログの書き方を忘れていましたが、編集長の身が軽くなったらしく催促がかかりましたので頑張ってみます。
 
 
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名和晃平「Manifold」アラリオギャラリー、チョナン市
撮影日、6月18日~20日
 
高さ13m、26tありますが写真では現実感が無く、軽く見えてしまいます。こういうのは名和さんの作品を撮っていて面白い所です。重いものが軽かったり、その逆であったり。素材の取り扱い方次第で立体物がメタ的になったり、またメタ的なものを現実の素材に落とし込む、的な。
写真では伝わりませんので是非行ってみて下さい。割と近いし、旅費も安いですよ。
 
 
とにかく無事に立ち、感慨深いです。僕も今回のため3年と少し、制作プロセスの折々を撮影してきました。
 
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立った、と簡単に言えるほど順調では無かったと思いますし、知らない事も多いです。完遂する意志と、職人方の技術、プロ根性、関わった方々の粘り強いサポートは贔屓目でしか見られませんが本当に素晴らしいです。
 
印象深かったのは落成式での名和さんの作品のプレゼンテーション。代表作のビーズ作品に触れていない所でした。ただの一度も。新しいものを作る際に、、、新しくて、まったく見た事も無いそんなものを作る時に、これまでの代表作にほとんど頼らず、自身の他の感覚や積み重ねた制作から作品を展開していく事を印象深く聞いていました。
 
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撮りきった感じはしていませんのでまた行くと思います。
プロジェクトの中盤からは映像作家の青木兼治さんが参加され、映像記録が質、量ともに飛躍的に向上しました。撮影、編集、そして映像展示まで総合的な技量と迅速な仕事は本当に勉強になります。今後、youtubeなど動画メディアで公開されるのでその際にはまた紹介します。
 
 
 
 
 
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みずのき美術館
撮影日、6月23日  

AMeetの取材で&ART編集長と亀岡市のみずのき美術館に行って参りました。
記事も公開されています。

AMeet 特集
京都のアール・ブリュット美術館
みずのき美術館 インタビュー 奥山理子、森太三


現在、堀田さんの個展が開催中です。30年以上1000枚を超える家の絵を描かれており、膨大な制作の中から一部展示されていますが見応えがあります。美術館の規模は小さいですが展示、建築、の質の高さは一度足を運んでご覧いただきたい。
 
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イン/アウトと括ってしまう事自体の居心地の悪さ、分け方や価値観自体を問われる作業と、その鑑賞経験であると思っています。
作品を撮影したり、単に作品を見たり、人となりを知ってみたり、などして、「底」というか何考えているか計る事ができない作家は少ないですが何人かいると思っています。取材の帰り道、常識からどこかへいっている作家、その人たちがいかに素晴らしいか、編集長と話がはずみました。
 
 
  
 
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國府理「未来の家」西宮市大谷美術館

撮影 6月28日、7月5日
 
 
水中エンジンはそのまま、水中でエンジンが動いている作品です。昨年の個展の際、押し掛けで撮らさせてもらいましたが、その時撮った写真が今回広報物に使われています。決めた事がどこでどう何に繋がるか、あてもありませんな。 
作品が会期終わりまで順調に稼働されればと願っています。(動いたり動かなかったりするようです)会期中の毎週末、メンテナンスや作品を動かされている國府さんの姿を観るのもいいかもしれません。
 
  
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エンジンは炉心を想起させ不穏ですが同時に美しさと言えばいいか、何か神聖にも感じるし、僕は映画フランケンシュタイン博士の実験室を連想しました。
コミックタッチのドローイングは実作の鑑賞の方が先立ったので最初は随分意外に思ったのですが、端的に國府さんの世界観を表しています。一部のジブリ作品やオネアミスの翼にそのまま現れてきそうな。破壊的な物質文明に懐疑的であり、また同時にメカへの偏愛、希望も感じさせます。
 
会場にいらしていた方の感想を聞く機会がありましたが、想像していたよりもわくわくするような楽しさがあったと。ポスターから怖いものを連想されていたそうで、すこし写真の責任を感じています。
しかしまあこの動体(水の中の油仕掛けの)が美術館内で展示される異常さはないですね。(賛辞です)


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運転する國府さん、楽しそうです。
展示は今月末まで。是非。 
 
 
来月は先日亡くなった僕の先生について書きたいと思っています。
それでは。


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ご無沙汰しております。
5ヶ月ぶりのブログですが、それに関してはパー○ンが代弁してくれました。
  
タイムリーに展覧会の宣伝なんかしようとも思っていましたが、やっとこ記事を書く頃には展示は軒並み終わって年末ですね。良いお年を。。。
  
前回のブログで書きましたが、我々の成果物をようやくまとめだしております。
たまに更新しますのでたまに見て下さい。


SANDWICH GRAPHIC
http://sandwich-cpca.net/graphic/

 
 
 
 
鉄道芸術祭vol.1 西野トラベラーズ 行き先はどこだ?
西野達
アートエリアB1
 
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京阪協力で行われた一連の鉄道芸術祭、その撮影をしています。また広報物の作成、展示写真作品の撮影協力も我々SANDWICH GRAPHICで行っております。
西野達さんは公共空間の彫像や建造物を仮の構造物で囲い、ホテル等別の私的な空間に変容させる作品を数多く作られている作家さんです。今回の展示では20m近くの西野路線図や街灯、ネカフェなどが展示されており、公共空間の異化、という点は少なくありましたが、その中では異質なアップルマンの彫刻が目を引きます。
倒れた冷蔵庫上でリンゴを人型に積み重ね、頭頂部からリンゴジュースが吹き出続けるという彫刻作品です。上記の綿密な大型プロジェクトしか知らなかったので初見はなんだこれ?でしたが、あまりのアホらしさとノリが西野さんの通奏低音と撮影を重ね認識させられました。
この作品は都合3回、撮影に行きました。以前もプロジェクトの記録撮影にカメラマン三人に撮らせ、その中から一番良いものを自身の記録写真にしたそうです。様々な作家と仕事をしてきましたが、そんなこだわりを持っている人に会ったのは初めてです。展示や設置にも相当な時間をかけトライエラーを繰り返されていますが、突飛なアイデアとその実行力、そして質の管理を目の当たりにし、仕事をご一緒出来て本当に勉強になりました。
     
 
CHANNEL 2 大西伸明 / イチハラヒロコ
兵庫県立美術館
 
 
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9月〜10月と兵庫県美での撮影が続きました。
 
林勇気さんから始まった若手支援の展覧会、CHANNEL2という企画でして、前回に引き続き撮影させていただきました。
 
大西さんはある対象(鮭の切り身、脚立、事故車など)を型取り→成形した樹脂に本物の質感の様に着色した彫刻作品で知られている作家です。意図的に塗り残され途中から透明なFRP素材が透けている鮭の切り身の作品(長いね)を10年くらい前に見た衝撃を今でも覚えています。
今展示の空間には事故車の一部、コンクリブロックの破片、しぼんだゴムボール、ブルーシート、壊れた石膏像、など、上プロセスを経た作品がそれぞれ二つずつ、細かな破片も一つ残らず同じ(ような)ものが設置してあります。
ところで、僕は作品撮影の際、特に空間を撮影した後はコンセントや壁の汚れ、非常灯などはPhotoshop上で消します。素子の汚れなども必ずチェックしていますからその際に一緒に消します。消えにくいものもなんとか消します。
ある空間である作品を観る際にはコンセントなんか見えていませんが、写真に撮れば嫌でも残りますし目立ちます。記憶には残らないもの、他にも壁の継ぎ目、監視カメラ、ドアノブ、などは消します。作品にとってノイズになるものは無い方が良いという判断です。納品した方、気づいていらっしゃるか分かりませんがそうしています。
あるがまま、よりも作品の印象、あるべき姿、を優先しています。が、操作する事に不安や罪悪感が無い訳ではありません、いつも抱えています。ストレートであるべき、というのも何か違うし、ではあるべき姿や最適解はなんだろう、と。
で、大西さんの記録写真ではそういった操作をあまり加えませんでした。さすがに目立つ汚れは消しましたが、コンセント、時計、などいつもなら消しているノイズをそのままにしています。精巧なコピー品が対で置いてある異様な空間、周りにある物もなんとなく疑わしく見える印象をそのままにしたかった訳です。この部屋にはステンレス製の流し台があり、僕は以前この場所を撮影してその事を知っていますが、訪れた人の中にはこれも作品ではないか、と思った方も居た様です。
  
 
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イチハラヒロコさんの作品ですがこれも記録し難い。印象的な言葉を(主に男女間の心象を表した単文)ゴシック体で、縦組のある形式に配置し、それを様々な媒体で発表されている作家です。ご存知の方は思い浮かべる時には言葉だけではなく白地にモリサワのゴシック体のビジュアルがセットである事と思います。
今回は美術館外のバナー、等身大の立方体五面への出力、併設カフェでのトレーのシート、などでの展示ですが設置されたものを撮っただけでは面白さを伝えきれないように思います。撮ってみたものがそう思えましたので、鑑賞者や通過する人が上手く作品に絡むまでひたすら待ちました。特に子どもや恋人同士をひたすら待ちながら。写る人が様々で言葉の印象が全然変わり、悪くすれば恣意的にもなり、なかなかにその判断、基準は難しい。
イチハラさんの作品写真で、個人的に印象に残っているのは、子ども(イギリス人の女の子だったか)が「万引きするで」という作品の紙袋を持っている写真です。初回の横浜トリエンナーレ広報にも使用されていたと思うのですが、何気ないスナップながら言語差を逆手にとりビジュアルもかつ作品情報も伝わる良い作品写真だと思っています。今回、ここまで印象的に撮れたかどうか、最適解はいつも霧中です。


REFLEXIONEN ひかり いろ かたち
神戸ビエンナーレ2011
 
 
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残念な事に会期中に元永定正さんが亡くなられました。外部展示は当初のプランだと写真のさらに上空、館と館の間を通す予定だったそうですが、強風と設置運営困難の為変更されたそうです。スケールの大きなその作品も見てみたく、また写真を気にいっていただけるかどうか気になっていましたが、撮影して数日後、ご覧になられる前の訃報でした。
僕は一度講演でお話を聞いたくらいで元永さんの何を知っている訳でもありませんが、印象に残っているのは吉原治郎の誰もやっていない事をやれ、と言う事を講演中何度も言われた事を覚えています。小骨の様にいつもひっかかっている言葉です。
 
 
榎忠 展「美術館を野生化する」
兵庫県立美術館

 
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つづいてこれも同時開催でしたが榎さんのこれまでで最大規模の個展。これはボスの豊永さんのアシスタントでの撮影でした。写真は恒例の祝砲パフォーマンス、大轟音の直後です。強烈な爆裂音も展示された膨大な鉄素材、圧倒されます。
上のRIFLECTIONENは後藤哲也さん、榎さんはUMA/design farmデザインで記録集が出ています。こちらも是非ご覧いただければと思います。

何度も兵庫県美に足を運びましたが、入り組んで入り組んで、閉館後のバックヤードは日本屈指の迷路建築です。学芸の方が居なければ遭難していたでしょう。
  
  
 
「自画大絶賛(仮)」押忍!手芸部と豊嶋秀樹
21世紀美術館

   
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建築としては対照的な21世紀美術館、規模が違いますが、しかし重さを感じる事がなく開放的で撮っていて楽しい。先が見えて迷う事もない。事務所で少し作業させてもらいましたがここで働くのはいいですね。 
押忍!手芸部は、部長さんこと石澤さんの膨大な製作物の展示と、部長さん自身が会期中に制作をしており(部活と言うそうです)、それがそのまま展示の一部になっています。手芸部の説明はこちらでどうぞ
  
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また豊嶋秀樹さんがタイトルに冠してありますが、これが素晴らしい。展示構成はとても品が良く、ロス無く手芸部の魅力を伝えている様に思います。来場者にはおそらく意識される事が無いでしょうが、エゴの見えない関わり方、支え方、それは分野は違うけど記録撮影の手本の様に考えさせられます。
 
僕は撮影をしますができた写真は僕の写真作品でもないし、守る様なスタイルもあんまりない。ニュートラルに撮るというのも何か逃げの様に感じる。作品を伝える最適解とはなんであるか、仕事を続ける限りつきまとうし、死ぬまで悩むんだろうなと思います。
展覧会は3月20日まで開催中です。最終週には部長さんの部活も観る事ができますので是非。その頃には記録集も出ている筈です。こちらも是非ご高覧をよろしくお願いします。
 
また同時開催中の仏人作家、モニーク・フリードマンの展示もお勧めです。

こちらの展示はSANDWICH GRAPHICボスの豊永さんが撮影/デザイン、赤々舎さん出版でカタログを作成しています。
展示、作品も是非観て欲しいのですが、あわせてカタログを観ていただきたい。まだ色校途中ですが、今まで見て来た展覧会本の中で最高に良い本の一つですひいき目無しにマジで。展示作品数は多くなく、一作品一作品、一空間をじっくり見せる展示です。数少ない要素を建築空間と併せ表情豊かに引き出した撮影/デザインです。
 
作品の表層をニュートラルに記録する事でもなく、また安直にトリッキーな撮り方/見せ方を提案するでもなく、作品を理解しその魅力を最大限に引き出し、様々な側面を限られた紙面で伝える。前述した豊嶋さんの仕事にも通じる事であると思いますが、この部分は大事に、より一層目指していきたい。
 
てな感じで諸々と長々とすみません。では来年もどうぞよろしくお願いします。

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ご無沙汰しております。

宣伝です。
MOTで展示中の名和晃平さんの展覧会記録および作品集が赤々舎から発売中です。
8月3日現在、下記リンク先では予約中となっておりますが、
取扱い先のMOT内Nadifで購入できます。

赤々舎
Nadif
 
   
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躊躇する感じの強気な値段ですが、それに恥じない中身です。
赤々舎の姫野さんはじめ、作家、ディレクター、デザイナー、写真屋、印刷屋さん、製本屋さん、関わったほとんどの方々がそれぞれの最高の仕事をしております。
作家10年の記録。30代でこの内容の本を作れる人は世界的にも見てもそうはいない様に思います。作品図版も全て洗い直しましたが、作品数に比してページは全然足りていません。選出された一部から作家の作品世界の集積を感じていただければと思います。またそれぞれの図版は再度高解像度化し、MOT展示写真はA2見開きでもキンキンに仕上げています。
巻末には作家自身のドローイングもついています。投資目的でもいけます。
 
開催中のMOTでの展示も是非ご覧いただければと思います。
 
名和晃平 SYNTHESIS
 
 
 
と4〜7月は上の関連でフル稼働でした。印刷も上がり、今は落ち着いて自分たちの仕事をまとめている所です。
 
2年半前にフリーの写真屋になりましたが、独立のきっかけの何割かはこの本のせいだった、と言う事を最近思い出しました。
豊永政史さんというアートディレクターがこの本をディレクション、デザインしていますが、僕を写真屋稼業に誘ったのもこの人です。「可能な限り名和晃平さん周辺と作品を記録しておいてくれ、機材は自由に使っても構わない、君以外には動ける人が今の所いない、多分楽しいけど、どう、やる?」と、そんな感じでした。
確約された収入も展望も無く、ついでに結婚も控えていましたが、その他理由もあり仕事を辞め、独立してみました。

で、本。
具体的にいつ作られるかなんて約束された状態ではまったくありませんでしたが、それも仕様のない事なので、兎に角撮影を覚え、一人でトライエラーを繰り返しました。なんでもない日常のスタジオを撮ったり、作品ディテールを撮ったり、使う当ての無い記録を重ね、研鑽した懐胎期間のこの年月が、思い返せば必要だった様に思います。何に使うか判らない写真が欲しい一枚に変わり、様々なプロジェクトをこなす羽目になったおかげで技術的にも撮影の幅もそれなりに広がり、なにより必要な見る力もそれなりに付きました。何が何に繋がるかの結果は判りませんでしたが、何かの積み重ねが欠けていたら、僕もみんなも困っていた事でしょう。

とにかくでかくて重くて、良い本です。是非お手に取っていただければと、売れまくってもらえれば一同安心しますのでよろしくお願いします。
  
  
  
先日、横浜アリーナでゆずのアリーナツアーのステージ、舞台美術が名和さんでして、その撮影をしてきました。これも今回の撮影で千秋楽のプロジェクト、関わった最後のケジメとして撮影してきました。
それなりに美術に関わり、独立もせず、名和さんの事も大して知らなかったら、僕は一連の仕事をおそらく鼻白んでいたかもしれません。僕の好みはアナーキーで、訳の分からないものが成立していたり、人智を超えたものが現れる、そんなものに相対した時が最も美術の素晴らしさを思える、派です。
ですが、今は関わった義理や営業トークとかそんな下んないことではなく、この一連の仕事の意義や意味を思っています。自身の好悪、良い悪いを超えた所で行動している人、行動する事、それは単に利益や消費される事でも"コンセプト"でもない。気分的にも状況的にも中間にいるんでそんな事を考え始めています。
 
無頼の気骨は作品と成り上がりの母かもしれません。ショッピングバッグになるだけで批判されますし、美術畑には消費される、と見なされる派手な仕事は受けが良くない事でしょう。
しかし消費ってなんでしょうね。消費される事、ってありえるのか。
美術がもう少し根付いて欲しいと思う事、たとえば端的に食えやすくなったり、社会的な地位の向上、知名度、また知それ自体の向上、というのは皆の願い?なんでしょうか。僕はそうも思います。いい状況になってほしいし一役買えたらそれも嬉しい。しかしながらついでにそこから外れる事もとても好みです。
とりあえずは今回のブログはこんな所でうやむやと。
  
4月から旧muzz program space、現ハイネストギャラリー上にデザインオフィスを構え僕もそこに参加しています。今度Webも出来るのでその折にはまたお知らせします。
それでは。

一生、忘れられない3月であると思います。

 
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林勇気
「あること being/something」
クロージングイベント
兵庫県立美術館

 
このイベントの開催経緯と意図が何であるのか、もう震災の事しか考えられない訳で、関わった者としては最後まで見届ける事、また記録をする事、そして観ていない誰かに伝える事が兎に角必要であると思い、ほいほい行ってきました。急なお願いを心よく引きうけていただき、有り難うございます。
映像には災害や困難と、それに立ち向かう多くの人々との行動、を見て取れました。この内容だと数日で作ったんじゃないか。
オートマチックな断片として無感情の表象として登場して来た人々が、今回の映像では明確でストレートな意志を持つ者として描かれ、登場する人々(オブジェクトではなく実在として)の人間性への作家の信頼と感謝が伝わってきた様に思います。
あまり他人を代弁するような事もきれいな事も言いたくないので、ごく個人的な事を言いますが、自然と足が向いた事、また自分の役割と、今後何が出来るかを確認すること(少なくとも方向性は導かれたと思う)ができ、また満足させていただいたと思っています。
復興( 問題はあるでしょうが)した神戸の夜景を背景とした展示は、とても印象的でした。
 
 
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tightrope walking―てんとうむしのつなわたり
京都芸術センター


イベントの直前、AMeetの取材でwahとKACの清澤さんから展示の経緯を聞いていました。
アップされた記事こちら
綱渡りの実行事態が難題続きだったそうで、よく展示として成立できたと、取材時には思っていましたが、その後、震災が起きました。
そこからの経緯、南川さんご本人が書いています。
これは是非読んでいただければと思います。
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イベントは無事に成功、また展示も完成度高かった。
 
 
antennaの市村さんも触れていますが、作家として、僕ならば写真が撮れる人間としてできる事、ってのは無理に作らなくても自然と見つかってくると思います。他人からしたら糞みたいな個人の欲求に従って生きているつもりです。感情と理性と現実の整合性がとれ納得出来るかどうか。日常では表れにくかった事が、今回の件で嫌になるぐらい見えてきた様に思います。いつもはどうでも良いと思っていた事ですらムキに考えこんでしまう。

どんなにがんばっても出来ない事は出来ないし駄目なものは駄目、だと思います。ですので、その限界と可能性を少しでも拡張する事に、少なくない意義があると思っています。
紹介した2つの展示は、それで直ちに何かが変わる訳ではありませんが、その事に大きな納得をいただいた様に思います。


先だって広島市現代美術館でのサイモン・スターリングの個展を観てきました。
このタイミングで広島に関連する新作を鑑賞出来た事は貴重でした。会期もうすぐなので観てない方はほんと是非。
広島市現代美術館
 
原発のあれこれで祖父が被曝していた事を思い出しました。常日頃には忘れるもんです。どの川か、詳細は知りませんが爆心地でセシウム入りの水を飲み、その水で飯盒もしています。酒も煙草もしませんでしたが割と早くにガンが発症していました。農薬はたっぷり浴びた人生だったし、因果関係は確定しませんが、真っ先に腎臓にきていました。
何が正しい情報か、何が悪い/悪くない、何をすべきか、揺らいだ一ヶ月で、しばらく続くでしょう。
作家としてとか、本当どうでも良くて、せめて後悔しない行動をと思っています。

林勇気 展
「あること being/something」
兵庫県立美術館

 
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初日の深夜にかけて撮影させていただきました。
林さん、企画学芸員の小林さん、遅くまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
深夜の美術館(しかも安藤建築)、めったに無いので全力で走ってみました。
(写真のとこです。)
この先に展示が控えています。まだ開催中ですし、写真は掲載しません。是非体感して来て下さい。
ちなみに明日5日はSPANOVAさんrimaconaのライブです。
林さんの作品を広い空間で撮影するのは始めてでした。スクリーン上のコラージュのレイヤー、日常の断片が圧倒的な量を持ち、ただ浮遊している、そんな映像に包まれるような感じを記録出来ないともったいない。超広角のレンズでしか画面全ては収まりませんが、距離感がつきすぎ、スクリーンが遠く小さく見え、今ひとつ迫力に欠け実感とは違う絵に仕上がり、なかなかジレンマです。モデルさんの配置を、そうは見えない場所がどこかにはありますので、工夫し、レンズ効果を回避し、巨大さを出せたかと思います。
また、空間に点在するiPod作品の存在感は重要に思えます。巨大なものとささやかなもの、作品にはその構造があり、そして現実の物質としてそのどちらも作品を体験する現場に用意してあるのは、とても優れた展示だと思います。
 
いつも撮影時には、映像の一時停止箇所を選択する作業があり、これが結構難儀だったのですが、今回は林さんに操作いただき撮影に専念する事が出来ました。良いコマを探すのも作品理解の一助にはなるのですが、その後深夜のドライブを考え今回は体力温存を優先させていただきました。
会期は3月19日までです。是非!
 
   
 
三瀬夏之介 展
「だから僕はこの一瞬を永遠のものにしてみせる」
京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA1.2」

 
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残念ながら終了しましたが、三瀬さんの個展。昨年末、第一生命ギャラリー/imura tokyoでの出品作品を中心に過去の屏風、水墨画、また収集物を展示されていました。
いつもながら、たった一人の創作物とは思えない圧倒的な作品量で、最近の撮影の度、森や山、背景や風景としてそこに自然のように有るものとして、人為を超えたものとして見える様になってしまいました。たった個人のイマジネーションからその様な事態が成立してしまう、その力はなんなんでしょうか。小さな意図や試み、作為(印刷物のコピペの反復、また文字など)は読みとれないものではないですが、異常な仕事量で覆い隠されてしまいます。
撮影で一つ一つを丹念に追いかけてしまうと、いつまでも終わらないし、(以前、夜通し撮影した事がありますが)、また会場に無理が出来ない場合、そうも言ってられないので、さっさと画面と空間の構成の中心をみつけ、なんとかおさまりを探し撮影するのが、山の様に見えてきた最近の対処法です。絵画が風景になってしまったらとてもじゃなく、とらえきれないです。
たまに撮れた気になれない、魅力を拾いきれない、写真に写らない、作品がありますが、三瀬さんの作品はまさにそれです。
 
話は全然変わりますが、撮影中、冬耳さんと松井沙都子さんがいらして、モデルをお願いしました。冬耳さんはいろんな方の会場撮影中によく会うのですが、その度にモデルをお願いしています。すらっとしておしゃれなんで画面が落ち着くんです。これからもどこかの会場にふらっと来て下さい、よろしくお願いします。
  
  
  
   
タワーレコード梅田Nu店にて
 
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発売中のゆずのニューアルバム「2 -Ni-」、アルバム/PVアートワークを名和晃平さん、デザインディレクションをSANDWICH GRAPHICで担当し、僕はアルバムジャケット、ブックレット内撮影で関わっております。
話せば長く、困難なプロジェクトでしたが関係者皆様のおかげでひとまずアルバムビジュアルは無事に完了、発売にいたりました。
初回限定版のブックレットには出町の亀石や下鴨中心のロケ撮も入っております。&ART Kyotoの音楽の面々とは毛色が全然違うでしょうが興味のある方、是非是非お手に取って下さい。
 
ゆずの2人は自身をPopであり、ぱっと見/聞きですぐにいいもの、分かるもの、判断出来るもの、でないと駄目だとおっしゃいました(ニュアンスです)。ロジックにまみれた現代美術とは違う方法論であると思います。(最初に聞いた音源から、SANDWICHでのPV撮影時にはまったく別の曲の様に、どんどん耳に心地よく、良い曲に改良されていきます。)
 
アルバムのメインビジュアルには多くの案、紆余曲折がありましたが、発売前後、街中やwebなど、広告として個人ではコントロールできない流通/消費をされていく中で、「2」の型をした彫刻である必要が分かりました。広告としては完全に正解であったと思います。実際に彫刻を目の前で撮影した者としても、イメージとして流通される段には、別のインパクトがあります。感慨とは別にして、やっぱり奇異で奇妙です。
作品的に正解かどうか、これはもう少し長い時間をかけ、もまれて議論される必要があります。広告として消費されていく事とは別の論理です。
 
一つ、面白い後日談があります。
SANDWICHの成果物の記録として、アルバムが店頭に陳列されている様子を撮る必要がありました。たまたまよったレコード店にて、メインビジュアル、2の彫刻のコピー品が展示してありました。アクリル球で色分けされ片面だけ。ぱっと見はそれっぽく見える割と凝った出来のものです。
作家やギャラリーにとっては許可無くコピーされ、商用利用された偽造品です。消費する側にしてみれば、同じ様なもの、許可された様に見えるもの、かもしれません。またコピーを作る側としてはどうか。ファンかもしれないし、これくらい出来るという造型屋の反骨心かもしれません。
さすがに即撤去になりましたが、事の是非はともかく、そのように作品が模造品にまでなる事態を僕は面白いと思いました。たとえば次はその様な事態、消費されて行く事も見越して、その劣化して繁殖していく姿も何かしらのテーゼとしてプランできるかもしれない。作品、という形にそんな可能性も見いだせないでしょうか。
 
SANDWICH×ゆず、はこの後、建築家の永山祐子さんを交えツアーステージのデザインでも続いていきます。こちらもどのように着地するか。ステージ(造形だけ)撮影で見届けに行く予定です。
 
  
  

最近は二ヶ月ごとに記事をあげていますが、先日の&ART忘年会、記事アップの皆勤賞があるならもう少しがんばれば良かったと思っています。
そう思っていたら年が明けて三ヶ月ぶりです。
 
 
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宮島達男
Warp Time with Warp Self
SCAI THE BATHHOUSE
撮影日:11月25日


鏡面上にLEDのデジタルカウンターが等間隔に配置され、それぞれタイミングが異なるカウントを続ける。また鏡面の所々が凹面にへこんでおり、空間と見つめる鑑賞者が歪んで映りこむ。
 
宮島さんの作品を最初に観たのは都現美の常設展示室、最後の部屋の作品だったと思う。壁一面にLEDのカウンターが明滅する、代表作。「現代美術」なんて全く知らなかったけど、作品のシンプルな構造と意味の深さとそして美しさと、こんな作品があるのかと、当時の田舎者の目にとても印象に残っていた。以降、視覚以上に、観て考える美術の楽しさを覚えたと思う。
 
最近はデジタルカメラでの撮影が多くフィルムで撮る機会は減ってしまった。フィルム撮影では適正露出を押さえる為に複数カットを撮影する必要があったが、デジタル撮影では大抵、後処理でなんとかなるので厳密なその作業もなくなっていた。宮島さんの作品は光源自体が作品なので、自然、光源と照らされた空間とでは輝度に随分な差がある。普通に撮れば過剰な光で情報が消える白飛びか、情報を記録出来ない黒潰れか、のどちらかになるわけだ。それは困る。また、光のぼやっとした表情を見た目に近く記録して下さい、ともリクエストされた。
 
露出の異なるカットをかなりの枚数撮り、現像段階で1枚1枚を厳密に検証する。データに無茶をさせてみると、今まできれいに撮れてなんとかなっていると思っていたものでも、実は針の穴を通すような素子とレンズの描写がある事がわかった。特に光源とその周辺の光の表情。全体の光量は同じ様に調整出来ても、最も見た目に近い表情は限定された状態でしか再現出来なかった。デジタルのアバウトさも仕事には便利だけど(いや、ちゃんとやっていますよ)、これは今までの認識を改めさせてもらった。難度の高い撮影はしばしば物心ともにクロックアップを誘発してくれる。
 
この仕事では基本的には、見た目の再現、を心がけている。しかし写真のリアリティと目のそれにはギャップがあり必ずしも一致しない。二次元に変換するんだし、データ上には光源も作れない。そもそも不可能なんだけど、それでもその再現の微妙なバランスを探っていく訳だ。データや数値の厳密さと共に、構図、光、影、物質感、など画面を構成する諸処の要素を調整し、作品や意味に出来るだけ近い状態で記録する。作品次第では荒い画像が正答かもしれない。普通に撮る事が出来ればばいいのだけど、アバウトで難しいもんだ。
 
 
 
12月も怒濤だったが、きっちり整理していないのと、未発表の案件と、その他に取り立てて共有出来そうな話題もないのと、で記事は見送り。取材した八木良太君の話が面白く示唆に富む。近日アーティスト紹介で公開の予定。

 
昨年の制作のまとめ。いずれも友人達とのグループ展。
 
六甲ミーツアート 2010芸術散歩

 
※上記リンク先にて配布していた作品冊子PDFを無料でダウンロードできます。
 
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六甲ミーツアートでは、持ち帰り可能な、登山と枝を使ったワークショップの記録冊子と、誰でも使用可能な杖置き場を作品とした。杖置き場は会期終了後もそのまま高山植物園に設置し、後は皆さんが自由に使える様になっている、はずだ。
昨年は、ろくに回る事が出来なかったが各地方都市でのアートイベントが盛況だった。雑な感想にしかならないけど、たとえばアートで村/街おこし、観光/代用としてアートが利用されたように思う。制作時にはそんな状況を把握していなかったが、各人意見も割れはしたものの、作品は作っても、アートで観光地の活性化を目指したり、そこに作品がございますぜ、という体のものとは、作り手としては終始懐疑的に取り組んだ。場所となんらかの繋りを脅迫的に持ち、それが作品の存在担保になるものの多い事は明白だったので、出来れば回避したくもあった。わざわざ僕らが作るようなもんでもないからだ。
きわめて個人の勝手な趣味体験、この場合、山登りをどうやって第三者に伝える事ができるか。無理矢理な価値転換に、僕らが美術/芸術/アートと呼ぶものの大事な事が隠れているんじゃなかろうか。枝を拾いそれが杖に変わり、そしてそれがどの時点で作品として交換されるのか。そんな試み。インターフェイスの課題は有ったものの、実際に使用されまた施設の一部として終了後も採用され残されたのは望外だった。
 
 
表恒匡・中村裕太
「裏山とタイル」
gallery 揺

 
※上記リンク先、ギャラリー揺の三橋登美栄さんにまとめていただいております。  
  
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写真の内部からでは自己検証出来ないので、できれば外部にシフトしていきたい。
 
 
 
新年1月。
撮影はぼちぼちと始め、これから2月3月とまた忙しくなる。しばしの休憩。
正月帰省とは別に、所用で広島市に行った。広島県生まれだが、市内から100km離れたど田舎が故郷なのであまりなじみは無い。現美のサイモン・スターリングは展示替えの最中で観れなかったが、久しぶりに平和公園を散策してきた。公園と建築、各モニュメントの静謐な空気と、原爆ドームの佇まいとが懐かしくもあったが、青空の背景と午前の横から建物のエッジをさす光と、なぜか今までそうは思えなかったが、ドームがとても美しく見えた。どこから見ても大変に美しい。
 
子供の頃は大きく怖い建物だと思い、20代ではイメージよりも小さく感じ、見る度に拍子抜けした覚えがある。30代になった今は印象よりも幾分巨大で、また細部に渡り異常な解像度を持つ建物の様にも思える。何より本当に美しい。被爆者の孫ではあるが、怒りや悲しみが常にある訳でもない。戦争や被爆の話を聞きたい時には祖父はこの世におらず(もっとも、話したくもない事ばかりだろうが)、もやもやと感情を持て余すばかりである。
そういえば二度、被爆した大変な人がいたんだよと、初めて平和公園に来た妻に話していたが、その折に件のBBCのバラエティである。放送も見ていないのでなんとも言い難いが、イギリス人が笑ったであろう事と僕が美しいと思った事と、手を合わす違いこそあれ、それはそれで良い気もする。数年前の蔡國強もチンポムも。
目の前で馬鹿にされたら殴るけど、問題はそんな事じゃないと思う。
美しいと思ったドームだけど、写真に撮る気にはならなかった。
 
 
今年も精進します。

バングラデシュのダッカへ行ってきた。 
 
 
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名和晃平制作チームご一行様に同行。
14th ASIAN ART BIENNALE BANGLADESH 2010での現地制作の記録、作品展示記録の撮影仕事。
名和さんはグランプリを受賞。関係者の皆様お疲れ様でした。
いや、本当に。
 
流れを説明したい。
開催中のSCAI THE BATHHOUSE個展、釜山ビエンナーレ(3ヶ月は軽く休みなしの制作)→搬入→個展オープニング直後にダッカへ、現地で滞在制作、と。
ダッカでは現地スタッフとのやり取り、輸送トラブル、未整備の各インフラや、高温多湿、騒音、臭気、スモッグ、スパイス辛い食事、少し消化器官に危ない水、などの、物心にシビアな環境の中での過酷な制作(サウナの中でサウナスーツ着込むみたいな防護服とマスクを来て動くんだが、見た事の無い量の汗というか塩水が流れ出る感じなんだよ)、と。
この進行で、このほとんど隙間の無いスケジュールの中で(記載してない、また把握してない進行中プロジェクトはまだあるけども)、作品の規模、質、内容、モチベーション、各展示全てに於いて妥協が無いというのは、ひいき目なしに見て超人的な仕事量だと思う。もちろん制作チームとウルトラの学生達また関係各位がいるからこそ、これらが現実化がするのだが、こういった状況にも対応出来る様、何年もかけて地盤を作ったのも本人である。いつも思うが名和組は本当に本当に仕事が早い。
 
もう一つバングラデシュでは、上記の制作と平行して、現地の大学、アーティストのリサーチ、インタビュー、交換レジデンスのリサーチとその現実化への交渉、と、作品以外の動きにもどん欲で、また実際に成果を求め動いていた。
これは今後別の形で具体化されていくと思うのだが、どこからこの旺盛なモチベーションが来るのか、と思う。よくも制作と併せて。
 
今、このブログを書き始め、なるべく客観的に振り返ってみて、起った事を書き連ねてみると、異常な仕事量と動き方であるのが見えてくる。作品は勿論、その向こう先の高い理想を見て、実際に行動している数少ない人物であることを再確認し、なんと言うか、ここ何ヶ月かの、ひとまずダッカで帰結した事は誰かには伝えておきたいと思ったんだよ。
こんな風に書くとは思っていなかった。もう少し現地の事やらダラダラ、と思っていたが、帰国後一段落したら、現地では見えなかった事も見えてくるもんだ。なるべく持ち上げるような伝え方はしたくないがどうだろうか。冷静に記録してはいきたいのだが。
 
 
今回、映像も撮影してみたが本当に難しい。制作チームの小笠原君と二人体制で押さえに押さえたが、監督的な脳みそがあまり無いので、何よりバングラデシュは風景でも人でも何でも絵になるので撮りまくってしまい、結果容量オーバー、大変困ってしまった。また、スチルとの切り替えに気分的な慣れが必要に感じ、特に映像撮影においての基準の不確かさがスチル撮影の合点にまで影響したようだよ。(操作系が普段使っているNikonと逆ってのも一々なストレス。)
しかし、評判以上の一眼レフ映像の画質。web程度なら後でコマ切り抜いたら全然使える。上の画像も何枚かは映像の一コマを切り抜いている。
 
日本に帰って来て大量のスチルと映像の編集が待っている。
一応、お目にかける機会もありそうなのでその際はまた案内を。
(そしてどうぞよろしくMさん。。。)
 
 
ありきたりで申し訳ないが、日本には、
散乱するゴミも、けたたましい騒音も、無茶苦茶な交通ルールと過剰なクラクションも、目が痛い大気も、下す水も、大量のスパイスも、ところかまわず寝ている人も、無い。
下痢、胃痛、頭痛を頂戴し、ホテルのベッドでうめきながら帰りたいと心から願った国は本当に良い国だ。みんなの税金と良識のおかげで、どうもありがとう。
日本があまりに静かなので、しばらく耳鳴りがやまず涙した。
バングラデシュは過剰で適当で、なにより面白い国ではある。ただこの感想は文化と育ちの違いから来る単なる物珍しさでしかないし、なんだか正直な気分すら傲慢に思えるので割愛したい。お互い変なんだしよ。一週間程度では上澄みしか分からない、強烈ではあったけど。とにかく、しばらくスパイスはいらない。
機会と暇があればどこかで雑感程度なら。
 

 
それで以下にささやかながら、展示案内。
 
 
10月19日より京都のギャラリー揺で中村裕太君と展覧会を開催します。
僕は、収集した住居用の型板ガラスに写真をマウントした作品を、
中村君は街や郊外で採集したタイル片を石膏で住居の間取りの様に再構成した立体作品、などを展示しています。
お時間ございましたら是非是非、ご高覧下さい。
31日まで、月曜休み。
 
それでは。あれ9月書いてないや。


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