アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

おぼんに実家へ帰省。

お墓参りも行かないとなんか気持ち悪い気がするくらい習慣づいてしまいました。
信心深いわけではないのですがね。実家から離れるとなぜか気になります。
文化というものですかね。


今年のお盆は、特に予定を決めず(毎回あんまり予定をたてていませんが)取り敢えず撮影機材を持って帰省。


1日母親の車が空いている日があったので、機材を積み込んで撮影へ。


地元の海岸の堤防を走り、気になれば止めて、また走りという感じで気長に運転。
もう何度も訪れて新鮮みもないのに、なぜか目的地を決めていないと海へ行くのは、港町で育った性なのかなと思いつつ。
でも、泳ぎはそれほど得意ではないのですがね。


昼食後は、コンビナートがある地区へ。
工場萌えの聖地。四日市コンビナート。
いつできるのかわからない、橋の下で車を止めて、昼寝。


なんと言うか、無駄な時間の使い方だと思われても仕方ないのですが、こういう時間はとても必要こと。


作家になろうと思って、とにかく作り続けることを心に決めた20代前半。
誰しもが経験する、不安の中で制作するのは、ある意味良い刺激だったと今はそう思えるようになった。
今も不安はあるけど、その不安はまた別のかたちの不安。また、その不安を冷静に見ている部分も。


そんなことを考えながら車を走らせて風景を見ると、意外となんかスッキリと。
それは魚を釣ることよりも、釣りをしている時間が好きな人がいるように。


時間を感じる時間。


だから「釣り人」と呼ばれても、仕方がないですね(笑


そんな一日の終わりに、ハッとする光景に巡り会う。
何でも無い、日常の光景なんですがね。
不思議なもんです。ほんと。

denenmichi.jpg

暑い日が続きますね。京都の夏です。
もう何年も住んでいるのにやっぱ暑い。


ふと、去年の今日何をしていたかを思い返してみた。


・・・・・。


そう、金閣寺へ出かけたのでした。


京都に来たばかりのときに行ったぐらいで、ほんと7年ぶりくらい。


相も変わらず輝いている金閣寺。


ほんとは、銀閣寺の方が好きなんですがね。


キンキラキンなのに、あまり嫌な感じを受けないのはなんででしょうかね。


それが金の魅力?


ご利益を期待して、金閣寺のup。


ここ最近、いろいろ考え耽る日々を送っていましたが、
さてぼちぼち、動き出そうかなと思っている今日この頃です。


PS:ものすごく内容の無いブログですみません〜。徹夜明けなので。


kin.jpg

個展が終了し、1ヶ月経ちました。
今更ですが、ご来場頂いた皆さまありがとうございました。


今回の個展で、一番試してみたかったのは、暗室での展示でした。
ギャラリーキャプションは、元ラムネ工場を改装ギャラリーで、そこかしらにその痕跡が残っている場所です。
その中でも、窓の曇りガラスが特徴的で、そこから入る光がとても奇麗な印象なギャラリーです。
ある意味、光のある空間で展示をしてきた背景の基になっているのかもしれません。
なのでキャプションで展示するときは、当たり前のごとく、空間の光を基準に展示構成を考えてきました。
だからこそ、暗室で展示を試みる意味があると思った次第です。


カッティングシートで窓ガラスを塞いで行くと、次第に時間が止まって行くような妙な感覚に襲われました。
展覧会が終わるまでその感覚はずっとあり、搬出をするときにはスタッフさんが一気にカッティングシートを剥がした瞬間、時間が急激に動き出すようなそんな感覚を受けました。
空間が光を欲していることに、改めて気付かされた気がします。


空間で映像を見せることの意味を再度検証できる機会になり、自分にとってはとても印象に残る個展になりました。
良い意味でも、悪い意味でも。


solo.JPG


いやはや、ブログの更新がギリギリになってきました。
なんとか瀬戸際で更新しています。
もうどうやら梅雨入りになるみたいですね。
つい先日まで、五月晴れを通り越して、少し夏が来ていたような。


月曜日に「京都国際現代芸術祭2015」の発表がありましたね。
色々思うことはありますが、良き転機になるのではないかと期待しています。
ここ数年で、日本で開催される芸術祭がほんと増えましたね。
80年代後半から90年代前半に行なわれた博覧会ブームのような流行の感じがしなくもないですが、現代美術に触れる機会が増えたことは単純に嬉しいです。


さて、「現代美術」て一言でいうとどういうものなんでしょうか?
現代美術をやっている人間なのに、現代美術ってなんやろか?と思うことがしばしばあります。
現代美術は難解だと思われることもしばしばありますしね。
説明求められたら説明出来なくはないですが、とても曖昧と言えば曖昧です。


この前、京都国立近代美術館にて開催されていた「交差する表現 工芸/デザイン/総合芸術」展をみました。
美術館で開催されたてきた工芸にスポットをあてた展覧会で、50年のあゆみともに工芸の動向を見返す展示になっていたのですが、現代工芸、現代陶芸、現代ガラスなどいったカテゴリーに分かれており、それを見て益々、現代美術とはなんぞや?と思ってしまいました。


最近、現代美術という言葉は、多様化した美術表現をまとめには適していますが、逆に多様化した表現をすべて現代美術に納めてしまうことによって、世界観を狭くしてしまっているのではないのかな?と考えたり。
表現として進化していても、現代でまとめてしまうと何か進んでいないような感じがします。
こういうと批判しているように思われそうですが、決してそうではないです。
なんというか、素朴な疑問ですかね。いつまで現代なのか?でも現代ってなんなのか?


知れば知るほど、ほんと疑問です。
でも、もしかしたらそれが面白いのかも。

midori.jpg


春だというのに、まだ寒さが残りますね。
ちまたはゴールデンウィーク。今日京都駅行ったら満員バスのオンパレード。
ある意味、風物詩ですね。


さて、5/7(火)より、ギャラリーキャプションにて個展をします。
明日から、搬入で只今準備真っ最中。すべて新作を展示する予定です。
原点回帰をキーワードに、モノクロ表現にを見つめ直すことを目的としています。
お時間あれば是非お越し下さい。


水野勝規展 【monologue】
Katsunori Mizuno solo exhibition "monologue"

期間:2013年5月7日-6月1日 日月曜日/祝日 休廊
時間:12:00-18:30  
closeing party: 6/1 18:30-

詳細はこちら→G A L L E R Y C A P T I O N


また、「イメージフォーラムフェスティバル2013」にも参加します。
Dプログラム:彼方の方角―風景映画集


詳細はこちら→イメージフォーラムフェスティバル2013


よろしくお願いします。

寒暖の差が激しいこの頃ですが、もう春ですね。
今年の冬はほんと、寒かった。
来年2014年から氷河期が来ると言われているので、ちょいと怖いですね。


さて、先日京都市美に行ってきました。
版画トリエンナーレを見に行ったのですが、同じく市美にて「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展が開催されていました。
展示は見ませんでしたが、ポスターを見て思い出すことが。


10年前に、大学関係でオランダの大学と国際交流展を行なうプロジェクトに参加し、
約1ヶ月ヨーロッパへ行きました。それが初めての海外でした。
拠点はオランダでしたが展覧会の合間、1週間ぐらい自由に行動ができたので、
先輩二人で旅をしたのですが、ちょっとマニアックな国に行こうと思いリヒテンシュタインへ行きました。


スイスとオーストリアの間にある国で、入国審査が無いので気付いたら国に入っていたという感じでした。
すごく田舎なイメージをしていたのですが、以外にも観光地化されていて、日本のツアーも来ていました。
行く前は、切手の奇麗な国という情報ぐらいで何があるのかあまり分からなかったのですが、
意外にも現代美術館がありそこの空間と展示がとてもよかった記憶があります。
確か日本人作家の作品もあったような。


宿泊は、ユースホステルで市街から離れたところで、周りは畑と森だけに他に民家がチラホラあるぐらい。
アルプスが一望出来てそれが、なんとも言えないぐらい奇麗でした。
アルプスを見ながら、河原でパンを食べた記憶があります。
パリやヴェニス、ドイツにも行きましたが、そこが一番ホッとできる場所だった気がします。


いつの日かまた訪れたいな〜と思っています。
しかし、もう10年経つか=。


rihiten.jpg


まだまだ寒い日が続きますね。
今年から19日ぐらいにブログ投稿していこうと思っております。
誠に勝手な引っ越しです。宜しいでしょうか?編集長さんw。


只今、職場では卒展準備中です。
先日も母校の卒展に行きましたが、見る側でなく作る側に廻りたくなります。
学内展示でしかも映画学科は別館にあるため、4年生が総力上げて校舎の装飾などを手掛けています。
映画制作と同じように分担がはっきり分かれて、それぞれの部門で動いている感じです。
その辺りはとても頼もしく思えます。美術の世界では基本個人での制作となるので、皆で何かを作り上げて行く光景は何とも感慨深くその光景を見ながら、アシストしています。


まったく話がそれるのですが、日本の学芸員さんは殆ど一つの展覧会を作るのに1人で
作業される事が多いと聞きます。学生の頃、学芸員課程をとっており、授業のときに
先生が「日本の学芸員は、雑芸員と言われるぐらいすべての事を1人で行ないます。」
と言っていました。海外では分担がはっきりと分かれているそうです。日本で言う
ところのキュレーターは、自分の企画を外に売り込むため美術館にいない事の方が
多いようです。いわゆるプロデューサー的な感じでしょうか。
「キュレーター ≠ 学芸員」と言われるのはこのためですね。


日本において、美術が広がりを持つ事が出来ないのは、学芸員が外に出て行けない状況
があるという部分と、社会的に地位のある職種として見られていない部分があるのかな
とふと思っています。昨今の美術に対する事業の縮小等を見ていると、そんな気がして
なりませんね。目先のことしか見られていないようで悲しい限りです。
日本でも分担制にして、学芸員が外にに出て行ける機会を作れば、もっと
活性化するような気がします。安易な考えかもしれませんが。
翌々考えると、日本の学芸員さんは相当有能なのではないかと思います。
なにせ1つの展覧会を裏方で支えているのですからね。


snow.JPG



このページの一番上へ