
ようやっとこれを言う事ができます、新年明けましておめでとうございます。
実家で大いにぬくぬくとメシを食らい、肥えて帰ってきました。
と言うご報告をしたかったのですが、なんかあまり変わっていません。相変わらずガリ勉タイプのガリ男でおります。何故でしょう、あんなに食っちゃ寝くっちゃねの日々だったのに。
先日アップさせて頂いたAMeetさんのコラムで、結構グワーっと言いたい事を出してしまった感があり、今現在はまた別の思考が熟成されて行くのを待っている様な状態なんですが、深夜のテンションで何か思いつかないかとPCに向かっているところです。
今の僕の状態だと、「さあ、確定申告の時期ですね!皆さん気張ってしっかり取り戻しましょう!」とか言ってしまいそう(もう言ってる)なのですが。。
作家にとってはこういう事もとても大切なリアリティーです。無理矢理に引き出しをこじ開けて、たまにはお金、と言う物に向かい合いながら芸術を語ってみましょうか。
お金と言うのは、ある地域における「価値の体系」ですね。価値に関する約束事でも良いです。出現当初はその原材料となる貴金属のもつ珍しさや、その輝きの美しさの「価値」がその約束事を作る大きな要因になったと思います。
珍しさ、美しさに加えて必要不可欠であると言う事も価値を生み出す事になります。その良い例が「塩」ですね。古代ローマにおいては(ざっくりローマ帝国になる以前のローマと言う意味です)俸給の支払いが塩で行われていたと言う「一説」があります。塩を意味するラテン語の"sal"が"salary"の起源であることを説明する一説です。
※ 注意して頂きたいのですが、これは飽くまでも一説です。ラテン語「sal」が英語"salary"のさらに語源である"salarium"の語源である事は事実として、それが「塩を買う為の代金」程度の表現だった可能性も提示されているようです。
ローマに時代的にも、規模的にも対応する中国王朝の漢でも、塩の専売制がとられており、その存在が価値の体系の根幹に関わる重要な物であった事が分かります。三国時代に有名な関羽も塩の生産を行う解池と言う塩湖を基盤にした一族であったとかなかったとか、詳しい話は陳舜臣の「曹操」シリーズ等をお読み下さい。
「価値」は、本来生存に関わる事であったと思います。「生きる為に不可欠な物」と、「自分がそれを手に入れるための行動」、「それを手に入れ利用して生きる自分」、と言う体系そのものですね。物だけ有って、自分がいなければ話になりませんから。そしてその「自分の行動」の部分を次第に「他人の行動」に頼るようになり、物々交換が始まる。より多くの種類の物を得る為には、交換する物を持ってより遠くに行き、そこの人と物々交換をする。しかしそれでは重すぎて不便だ、と言う事で考えだされたのがAはBと同じと言うたぐいの約束事です。
そしてその約束事を担保する為に採用されたのが、まず「生存に必要不可欠であると言う事」、次に「貴重さと言う独占欲を刺激する事」、「美しさと言う所有したい事」、と言う「物」ではない「事」への置き換えでは無かったかと思っています。本来ワンセットであった体系を別々の事柄に分解し、真ん中を述べた様な約束事に置き換えました。そしてその事に引っ張られて、前後2つの部分も変形していきました。いや、正確には変形した様な見かけになりました。不可欠な物も、自分も、時代が変わっても本質的には同じはずなのですが、不可欠な物を得るための「事」自体が不可欠に見える様な錯覚とでも言いましょうか。
後にはその約束事に、別の約束事を適用すると言う事が為され続けていますね。紙幣、為替に、現在では情報そのものが(実は)担保無しで流通すると言う約束事が出来ています。そして異なる価値体系同士がぶつかった時、個々の価値体系そのものの価値を吟味すると言う様な事態が起こってもいます。考えてみれば妙な話です。しかしそう言う妙な世界に我々は生きています。
「行動」の部分をよく見てみれば、それはむしろ面倒臭くなっている筈なのです。物にまっすぐ向かうのではなく、事を得る為にまず迂回するのですから。経済は「経世済民」の略だそうですが、現代においてはそれは「経て済ます」って事になってるんじゃないでしょうか。面白いのは、プロセスを経る事で人間の可能性が増大する様な、ここでも「見かけ」になる事です。これに関しては僕は懐疑的です。詳しくは桂枝雀の「いたりきたり」をお聞き下さい。
ここで芸術と言う存在の意味を、僕はよく考えます。一番よくすることが「生存に必要不可欠であると言う事」に関する自問自答です。
基本的に諸芸術の中での、まさに文字通りの現代美術の作品においても、「貴重さと言う独占欲を刺激する事」と言う意味で価値体系に組み込まれる事が多いように思います。「美しさと言う所有したい事」の「美しさ」に関しては、その概念そのものが時代によってある程度変遷するのですが、美術と言う以上は密接に関係しています。
「生存」に関しては、美術が未だ曖昧な回答しか出せずにいる部分だと思うのです。そしてこの部分が美術をもう一歩進める鍵になる部分だと僕は思います。同様な意見を持っておられる方は、結構多いのでは無いかとも。
さあ、そこで、と言いたいところですし、あまりに語り残した事考え残した事も多いのですが、新年第一回目からあまりに飛ばすのもどうかと思いますし、今回は助走程度にこの辺で。
引き続き考えて行く事にします。僕にとってはそんな2011年になりそうです。
本年もどうぞ皆様、宜しくお願い致します。
皆様こんにちわ(or こんばんわ)
ほんっとうに、師走というのは忙しいものですね。僕の方は12月の下旬に立て続けにやるべき事やイベントがありまして、ようやくおとといから昨日にかけて(12/25-12/26)今年最後のイベントを終えたところです。
そして昨日12/26はヤマガミユキヒロさんの個展の最終日にお邪魔してきました。なんとか滑り込めて本当に良かった。絵画の構図、映像の重ね方が絶妙で、どんどんと画面の中に引き込まれて行く様な心地よさを味合わせていただきました。凄く良い感覚を頂きました。Gallery PARCもとても良い展示空間でした。
そして今日の晩(正確には日付変わって12/28)、舞鶴より北の大地に旅立ちます。いや、すぐ帰ってきますけれども。おそろしいことにこれを書いている深夜2:00時点で全く準備をしていません。データを実家に持ち込んでしなければいけない事も少々あるのでその準備、服詰め忘れ物チェック、部屋掃除、アトリエ掃除、映像取り込み。昼には車で京都の北の方に用事、メール返信も多々残っている、、、うむむむむ、最後の最後まで徹夜コースです。。。
やはり正月は地元の北海道で迎えます。毎年大晦日の夜は小樽の祖母の家で親戚とたらふく美味しいものを食べて、ゆく年来る年をみて、さだまさしをちょっとだけ見て新年を迎えます。
そして僕は新年を迎えたら、寝る前にちょっと窓をあけて、夜の雪景色を見ながらしばれる空気を吸い込みます。これで次の一年を頑張る為の力を取り込める様な気がします。これをする時、やはり僕の故郷は北海道なんだなと強く感じ、気持ちがピリっとすると同時に暖かいものに包まれている気がするのです。
雪がしんしんと降っていたりしたら尚良いですね。そう言う晩は町の灯りは雪雲から地上までの空気中を満たす雪のコロイドに反射し、ぼんやりと暖かく、広く拡散します。何千メートルの高さから自分が立っている高さまで、雪の粒が等しく満たしていると言う事、そしてそれは確かに上空で生まれ、ゆっくりと自分が見ている目の前まで降りて来たのだ、と想像すると、何故か心が満たされます。
それから近くの音も遠くの音も乱反射をして、ぼぉーっと、遠近感の無い、カタマリではなく空気全体に染み渡る様な形で広がります。小さな音は柔らかな僕は昔からこの音を聞くのが大好きです。
きちんと帰省をするようになって以来(学生時代の一時期はしばらく冬に帰っていませんでした)この感覚を呼吸で取り込んで、また京都に戻ることにしています。京都は僕にとっては何かを為すためのフィールドと言う意識、覚悟で居る場所です。そしてそのアウェイ感、マイノリティーのアイデンティティーというものも自分を前に進める大切な原動力として考えています。テンションを保ちつつける為にも、新年に合わせて気持ちをリセットし、再出発するには帰省は大切な行事です。
できればこういった風景をビデオに収められればと思い、カメラも持って一週間ほど帰省します。でも難しいだろうなあ。。既にイメージとしても自分の内的イメージとしても完成しているものは、それを総体として映像に取り込むのは至難の業だと感じます。
タイトルからしてものすごく個人的な記事になってしまいました。。。
舞鶴から日本海をどんぶらこしてきます。なんだか半島が物騒でドキドキするんで無事を祈っていただければ幸いです。
本当は一週間以上逃げ込んでいたいんですが(笑)なかなか諸般の事情が許してくれそうにありません。京都に戻ったら、また皆様宜しくお願い致します。
では皆様、どうぞ安らかな年末を!!良いお年を!!
新年も頑張りましょう!!
宮永亮
今回は純粋に自分の制作に関わる話。というか半分悩みでもありますが、つらつら語ろうかと思います。
僕の部屋にはベッドの横の壁に最近鏡を移設しまして、今朝おきたときにぼさぼさの髪で、ベットに寝てる自分の姿を目にしたのですが、なんだか妙に鏡と言う存在が気になってきました。チープな話題ですが、おつきあい頂けると幸いです。
最近デヴィッド・リンチのツインピークス(TVシリーズ、映画)を見まして、そのせいかも知れません。今更??という突っ込みも予想されますが、、。
鏡像と言うのは何故こんなにも意味深なのかと言う事です。自分の姿が他者に見える、と言うような意味の話ではありません。見慣れた景色、何でも無い日常であれ、何故か鏡に映すと新鮮に見える瞬間がありますよね。
人間は現実に目で見ている景色以上に、鏡に映った景色にリアリティーを感じることがある様な気がするのです。それは何故だろうか。あるいは凸レンズを使ったカメラオブスキュラの結ぶ像を見て、なぜこんなに強く現実を感じるのか。
3次元のイメージを2次元の物質に投射する事によって生まれる力とは何か。ひいては映像の力とは何かとも言える事です。飛躍しているようですが、僕の中では鏡もレンズの結ぶ像も、現代の映像も一直線上に並ぶものだと捉えています。
※ちなみに今のところ僕はあまり昨今流行の3D映画などに興味はありません。僕が好きなのは基本的に旧来の2次元平面を基本とした映像表現なのです。何故かと言われると好みとしか言いようがありません。如何に技術としてエンターテイメントとして面白くても、その効果に圧倒されても、後に述べる映像の芸術としての重要な意味が感じられない事、なんというか芸術化とでも言うプロセスと逆行している様に感じるからです。もちろん技術の進歩や提示の仕方次第で、芸術表現としての可能性を多いに秘めている分野だと思います。
人間は何故作られた映像を見るんでしょうか。両の目を開ければいくらでも映像が飛び込んできます。既に頭の中には映像情報があふれているはず。その映像イメージの中に、さらに区切られた1つの平面、壁面、オブジェクトの輪郭の中に限られた作られたイメージを見ようとするのは何故でしょうか。
それはいわば現実の視覚におけるP in P、階層化された形を持つ情報です。この階層化、一見イメージを人間からさらに引き離す様な構造が、実は映像というものの魅力の根源だと思います。
人間は目に入ってくるビジョンを1つのものとして、絶対的な現実としてみると言う精神構造を持っている訳ではない。要素A、B、C、D....との関係性において相対的に世界を捉えているのだと思います。つまり要素として分割されている方が、本能的に見ようとする力が働くと言う事です。カプーアの穴の様な均質な暗がり中に放り込まれた時人間は世界を認識出来るでしょうか。
それから、3次元が2次元に還元されると言う事は、影の在り方に良く似ています。影と言うものはあるモノと外部との境界線を、光源とモノ、投影面との位置関係という約束事を通してトレースした図像です。そう僕は捉えています。そこにあるのは、瞬間的に言えばモノの色や立体感と言った多くの情報をさっ引いてある情報を探し出す、というプロセスなのですが、映像投影にも同じ様な意味合いがあると思います。整理、単純化というプロセスは人間の理解を早めるのに有用です。ただし映像に応用した時メディアリテラシーが無ければ大いに有害です。まあ兎に角、見る気になると言う事ですね。
映像をモノに投影する(ディスプレイに表示でも基本的に同じ事です)場合、そこにはいわゆるモノと、モノ以外の存在としての光の出会いがあります。光が物質であるかどうかと言う議論は置いておいて、精神的な意味である古典的なドラマが起こっていると言えます。イメージと言う本来実体の無いものが光と物質の境界で結実すると言う事。モノであってモノでない、光であって光でないと言う二元性を常に内包している事は、存在の仕方として魅力的で意義深く思えます。
て、なんか完全に映像投影フェチの自己満ブログみたいじゃないか。いや、その通りなんですが。
でもこういった事にもう1つストーリーと言う要素が加わると、厄介さがべらぼうに増すんですよね。上で言って来た様な事をすんなり作品に生かしたいと思う反面、ある種のストーリー性を感じさせるイメージの内部の構造にも多いに興味があるし、その力を無視して良い時代でもないと思っているのです。映像が、動く映像である以上は絶対にストーリーから逃れられないし、逃れる必要も無いと言うのが今の考えです。
欲張りで、異常に面倒くさい道なんですが、なんとか良いとこ取りをして作品化に漕ぎ着けたいと言う作家としては危険な思考の持ち主だと自覚してます。
今度は愚痴みたいになってきました。失礼。
そうそう、アトリエGURAの方でも地道に活動中です。
12/12(日)、『GURA de BAZAR GURA×森林食堂』、これはお世話になってるカレー屋さんの森林食堂さん(http://shinrin-syokudo.com/) との共催バザーイベント。
12/23(木・祝)『pillow talk#1』、Weastさん・太田麻里さん・谷澤紗和子さん・山口典子さんのパフォーマンス記録映像上映会と言う珍奇なイベントになります。
http://gura.jimdo.com/
http://yamaguchinoriko.com/pt1/
滑り込ませちゃいました、、、すいません。
師走はGURAイベントも2つあります、是非是非遊びに来てくださいね。
さて、本日27日は神戸での林勇気さんの個展に伺う予定です(現在27日になったばかり)。凄く楽しみです。神戸行くついでに高校時代の友人とも飲む予定。こちらも多いに楽しみです。生活に潤いは大事ですねー。
いよいよ寒くなって来た京都。時々外より寒いGURA。まあ、なんとかやっております。皆様いかがお過ごしでしょうか。
先週は私用で東京へ言って参りました。
帰りしなに川崎市によってdotsさんの公演「カカメ」も見ることができました。栗東公演も見させて頂いたのだけど、その時は前列の低めのところから見ました。今回は中段真ん中、見る場所によって全然印象が変わるのが不思議でした。
一回目の時は演劇と言うもの自体を久しぶりに見た上、コンテンポラリーな物はほとんど見た経験が無かったため、そして視野的にも全体を見渡すと言うよりは個々の要素に目移りがしてしまっていたのかも。
今回はようやくこのプログラムの全体を、じっくり体験出来た気がしています。dotsの皆さんお疲れさまでした。そして良いものを見せて頂いて、有り難うございました。
東京へは展示の打ち合わせに行きました。詳細はまだ公表出来ないのだけど、年度が替われば広報されると思いますので、何となく気にかけておいて頂ければ嬉しいです。
ついでに深夜の都心環状線も流しで撮影してきました。これからMacに取り込んでみて、どう作品化すべきか考えます。深夜過ぎてビルの窓に明かりがともってなかったから、あんまり都心っぽくないイメージになってしまったのは失敗。また東京行くか、もしくは大阪の阪神高速の環状線を撮影するつもり。
さて、昨今の美術業界、東京と言う物を意識する出来事が多かったですね。多かったかな?そんな気がするのですが。
多かったですね、とか呑気な事を言っていられる京都の立ち位置というのも日本の中では希有な物だと、意識する事にも繋がりますが。
東京と京都を対立項として比較すると言う事自体がもはやナンセンスではないかとも思いますが、思うた事をば。
まず、東京の車道を走っていて思ったのですが、こちらとは街の発展の仕方からして全く違うと言う事です。戦争で焼け野原になってからの発展の結果なのか、それとも江戸時代からの名残なのかは分かりませんが、二車線三車線の道ですら一方通行の道路が多々有り、しかもうねうねと曲がりまくる。坂も多く、ビルが乱立して位置把握が難しい(もちろん不慣れな事もありますが)。誰かがイニシアチブを取ったという気配が全く感じられません。
京都は条坊制で作られている街ですから、市内で迷っても方角さえ分かっていれば大体は目的地にたどり着けますよね。
生まれ育った街のプランが、碁盤の目なのかそれとも生き物みたいに有機的なのか、それによってそこに住む人々の生き方、考え方に、神経回路の繋がり方自体に大きな影響が有るだろうと、強く感じました。
別に難しい話ではなくて、碁盤の目の街に住む人間は目的地に着く為の雑多な情報収集に時間を割かれないから、その時間を思索の為に当てる事も出来るでしょう。一方有機的に発展した都市では、その情報収集にきちんと手間を取らないと、たどり着けないかもしれない。ちゃきちゃき動いて、物事をこなさなければならない。ハングリーな力は多いに着くでしょう。
京都では、なにかにつけて決断を迫られると言う事が少ない気がします。まあぼちぼち。東京は決断の連続。
こっちではあるコンセプトを深める活動向き。向こうではコンセプトの提示、吟味、再提示。
ではこっちの文化が夢見がちかと言えば、そんな事は有りませんよね。センセーショナルなものを求めるではなく、またその新奇さを自体をエネルギーとしてエンジンを回すでもありません。こちらの価値判断の基準は、一言で言えば「それ、使えんの?」と言う事だと思います。そしてこの街の一般の人々によって、合格点をもらった物だけが重厚な文化の層に組み込まれてゆく。
あるものが一番上の層に降り積もったとしても、吹かれて飛んでしまえばそれでおしまいです。風に耐え抜いて、つまり現実感覚と言うふるいにかけられたうえで、まだ一つの層の形を保っていて初めて、そしてその上を新たな別の層が皮膜の様に保護するというプロセスを経て、この街の重層的な文化の一部になれる。
そう言う事が延々と繰り返されて来た場であればこそ、実は現実感覚というのは大きなキーワードで有ると思うのです。そして僕はそう言う感覚をある種の敬意をもって見ています。
都市と言うものを国と言うものの器官として見たときに、東京は心臓、京都は肝臓みたいなものかな。アートの世界では特にそうですね、もっと良いたとえもあるかもしれませんが。
でも良い肝臓にする為にはもうちょっと頑張りが必要な気もします。
でもその「頑張り方」というのは独自の形でなければいけませんね。
こんにちは、宮永です。
ここ一週間ほど、東北方面に撮影旅行に行っておりました。昨日の夕方帰ってきたところです。
岩手県の花巻、宮沢賢治でおなじみですが、そこで鹿踊が見れると言う事で見に行こう、と言う事がきっかけで、どうせ行くなら素材をあつめに撮影旅行も兼ねてということで。。。
車に食料、寝袋、衣類、コッヘル、バーナー、そしてビデオ機材を積み込んでの貧乏旅行です。
今まではコンパクトとは言えハンディカムよりやや大きめの業務用のビデオカメラを使っていたのですが、個人作家として、より軽いフットワークを求めてカメラを買い替えました。Sony NEX-VG10というデジタル一眼とビデオカメラ(カムコーダ)の中間に位置するような、ややニッチな代物なのですが、ビデオの形状から来る使い勝手を維持しつつデジイチムービーのクオリティを、ある程度の値段で得られることは大きいので、ぐっと目をつぶって、ぶっ込みました。
だから今回はそのカメラになれる為の旅行でもありました。
ルートとしては、
京都→花巻→いったん仙台→石巻→気仙沼→陸前高田→大船渡→釜石→宮古→盛岡→八幡平→平川→弘前→五所川原→竜飛岬→青森→五所川原→竜飛岬→青森→弘前→平川
と言う感じでみちみち気になるものを撮影。
帰りは平川から東北自動車道で加須ICまでいき、下道で東京の児玉画廊へよって、その足で甲府へ。甲府から中央自動車道に乗り小牧JCTで名神にのりかえ京都へ。結構な強行日程ではありましたが。得るものの多い旅になりました。
新しい素材を集める、と言うのはもちろん大事な事だったのですが、それ以上に本当に深く、作品について、自分について深く考える時間が取れた事です。
旅と言っても今の時代、しかも車で多くの街をただ通り過ぎてゆく旅に、めくるめくスペクタクルを期待出来る筈はありません。
日本のほとんどの街は、外面上は驚くほど良く似ている、恐ろしく均質なイメージを持っているのだと今回やはり感じました。
本当に田舎の街にもコンビニがあり、中ぐらいにはマックスバリューもあり、大きめの街にはマクドナルドもある。そういった約束事があって、そしてそれらのアイコンが強い色彩で街の個性をかき消してしまう。
住んでいる人々を表すような表現の不在、、、と言うよりは企業の自己表現が日本中を覆っている。
そして街の景観に関する調和と言う概念の不在。歴史的な都市の京都でさえ同じ事が言えます。大量生産の企画物の樹脂壁の家と瓦屋根の家、茅葺きのあばら屋が混在する。強いて好感を持ってみれば日本的な非構築の自然観。現代的な無常観。
鉄板におおわれた神社の屋根。おそらくは神社と言うものはそれを地域の人が補修したり、建て替えたりする事そのものが共同体の紐帯を維持する機能を担っていたと思うのです。機能の喪失。
こういったもの達が車の中から見る僕の視界をひたすら行き過ぎてゆく。
もちろんこういった否定的な感覚ばかりが沸き起こってきた訳ではありませんよ。
山をこえて田畑が見えてくる。田畑のすぐそばまで杉林が迫る景観をゆけば徐々に広く景色が開け、田畑のど真ん中に突如ある集落が見える。いくつかの集落を通り抜けたり横目に見ながら、いったいこの土地の何代にわたる人々が眠っているんだという小さな墓地がまた突然に道沿いに現れ過ぎてゆく。段々と耕作地が狭まっていって、また山に入る。
港町はもっと突然に現れる。山を下るといきなり海が見え、小さな港に漁船が何十艘も停泊している。そしてまた突然山に入る。
こういうイメージの繰り返しは、僕にとっては忌むべき均質性と言うよりは、人間のシンプルな営みが構築された確固たる物として映りました。ある意味均質性には違いないのでしょうが、もっとなんというか『こなれた』ものです。年を経て味が出た、と言うよりは人間の生存に必要なものでミニマルに構成されたイメージ、本質的なものと言う意味です。
こういう下地の上に、先に行ったアイコンたちが調和を欠く形で進出してきている。そして自分自身もそう言った世界にどっぷり浸かって生きている。
では僕はそう言ったイメージを素材としていったい何が作れるのだろうか。何を言うのか。
景色を昔に戻せ、などとは言えない。田舎のコンビニだって、おばあちゃん達の集会場として、ヤンキーのたまり場として社会的機能を持っているかもしれない。
では企業よ店を出せ!と言うのか。それは本当にげんなりするイメージだ。(街のすべてがコンビニで出来ていたらそれはそれで調和がとれていて壮観かもしれないが。日本国○○県○○郡コンビニ町ロー○ン23号店、とかいう妄想。)
結局映像作品として出来る事は、それらのイメージを調和と非調和の間のバランスで提示すると言う、シンプルな事なのかなぁ、と言う考えに達した。
いわゆる調和の状態は既に失われている上に、後戻りも出来ない。かつての『調和』と言うものが最適な状態であったと仮定しても、再現不可能なのであれは一つの概念として『現実』に対比させて、答えを探ってゆくと言うのが一番現実的な方法だと思う。
であれば現時点で最適の均衡、それを生み出す支点を探る事が大事なのかな、と。
などなど、考え深い旅でした。まあこんなまじめな事ばかりではなく、しっかり個人的にノスタルジックな感覚にも浸りました。自分の人生を振り返って、ああこれはまずかったなあとか、良かったなあとか、いろいろと。旅ってそう言う時間すよね。
今回の旅で本当にすっからかんになりそうですが、また資金がたまれば今度は関東も行きたいし、南にも下りたいですね。いつになるやらですが。
1年後くらいに展覧会が2つほどありそうです。出来る限り、作品の事だけを考えられる時間をつくって、長期戦で望みたいと思う。自分の能力も底上げしてゆかなければ。いや、底は下げつつ上にもアップか。
ほんの少しずつですが、晩には秋の気配を感じられるような風が吹き始めてきましたね。季節の変わり目はわくわくするところがあります。
京都の場合ではやはり冬の終わりと夏の終わりが好きな季節です。
故郷の北海道であれば冬の始まりも大好きなのですが、京都の冬は正直なれません。
秋の気配が、とは言ったものの、日中はうちのスタジオGURAは灼熱のサウナ状態、半端にクーラーを入れたところで効果があるとも思われず、またそのような予算もとてもありませんので、今はとにかく冬場も快適に、ひいては来年の夏も制作が進むよう、自身のアトリエスペースをある程度閉じた、空調可能な空間にする為の造作を時間を見つけてやっております。
北国出身の僕には酷暑に身をさらし撮影をするのはあまりにもハードルが高いと、この夏は思い知らされました。というか今の京都の夏は、もしクーラーが無ければ労働等出来る環境に無いと真剣に思います。
木陰がふんだんにあった昔ならいざ知らず、今の気候と都市環境を考えるとシエスタを導入するか、家は植物の生えた地中を利用して作るべきじゃ無いかと本気で考えます。そうすりゃクーラー無くせんじゃないかと。理想はどう考えてもクーラー無しの生活なのですが。
ただ、この酷暑、凶暴な太陽と京都の景観が作り出すイメージにも一つ素敵だなあと思う瞬間があったりします。太陽が南中高度に入る午後、すべての物体の影の存在感が一番薄くなる時間帯では、まるで世界が巨大な、強力な蛍光灯に照らし出されて、個々の物体の存在がなにか丸裸に暴かれて、文字通り白日の下にさらされている様に見える事があります。木々の多く、アニミズムの国と言われる日本においても、時にこのような、まるで砂漠に生まれた強烈な神性、ユダヤ教に見られるような怒れる神の存在に近いものが見える事は、それなりに興味深いなと思うのです。(多分ここら辺の話は和辻哲郎を読めば良いのかな?ちょっと記憶が曖昧ですが。)
あるいは、この国が本当に精神的に砂漠化して行くと言う事かもしれません、そう考えると怖いですね。
木々が多く茂っていたかつての国土であれば、強烈な太陽に比例して木下闇も深く、ひんやりと豊かだったのだろうと思いますから。そこに暮らしていた人間と、今の都市景観に生きる人間の精神性は、段々と乖離してゆく運命だと思います。それが文明と言うものだと言えばそれまでなのですが、文明化の行き着く均一化に危機感を持っているのは決して僕一人ではないのも事実なので、今が考えどころの時代ですね。
話は変わりますが、本当にこのアトリエにいると、生きると言う事はなんと必死な事なのだと考えさせられます。そして制作する為の環境と言うものから作って行くと言う事をしていると、昔は感じていた、表現活動と言うものが他の社会的に必要とされる産業と比較して重要ではないのではないか、というような引け目や劣等感等がうまく自分の中に消化されてゆくのが感じられます。
僕個人としては、リアリティと言う感覚は結局は人間の生存に関わる部分からしか生まれてこない、と言う考えを持っています。それはそして至ってシンプルなものだと言う気がします。
『あなたは生きていますか?』という問いに間髪入れずに『はい』と答えられるかどうか、とでも言えば良いのでしょうか。この一年半の作家活動とスタジオでの活動を通して、それだけは言える様になったのは間違いありません。
まあこれは作家個人のリアリティの在り方じゃないかと言われるかもしれませんが、そう言ったリアリティは必ず作品にも反映されるものだと思っています。
さて、GURAには今、『わくわく京都』に参加されている作家さんたちがレジデンス滞在しております。レジデンスと言う横文字にするとカッコいいのですが、とてもそんなにいい環境を僕たちが提供出来ている訳ではありません。
上記の様に灼熱の環境のなかで、ベッドも人数分ある訳ではなく、ソファーに布団も無く寝ていると言うのか今の現状。申し訳無い限りですが、そんななかでたくましく寝起きされてる方々には本当に頭が下がる思いです。
作家と言うものはノマドたるべき、また日本の言葉で言えば、もしかしたらこれは差別用語になってしまう扱いの難しい言葉であるかもしれませんが、河原者たるべき、みたいな憧れにも似た感覚が僕にはあります。(もちろん遊牧の民と日本の河原者を同一には見れないかもしれません。サンカとかミツクリの方がニュアンス的に近いのかも)
わくわくの作家さんたちはレジデンスを渡り歩いているような方々も結構いるらしく、それを地で行っているような作家さん達の姿を間近に見られるのは本当に良い経験であると思います。
8月が終われば皆さんまたどこかへ行かれるのだと考えると、寂しい気がしますが、僕もこの先どこで何をしているか、、、わからないのが本当だと言う気もします。
つらつらと、おもうことをば。失礼します。
搬入とイベントを終えましてホッと一息ついている宮永です。
今回搬入はかなりマッチョな気分でした。仕事後、晩に画廊へ行き、日付が変わる事まで作業して、しかも暑いのなんのって、、毎日パンツまでぐっしょり。お肌はベタベタです。

画像提供:児玉画廊
いや、それは普通にGURAにいても変わらないのですが。。。この酷暑に1台のクーラーも無く夏を乗り切ら無ければ行けないと言う事で、精神的にマッチョになってきてる気がする。結構、皆様の想像を絶するサバイバルが我がアトリエでは展開中。道産子のしまった肌はもうゆるゆるになってしまいましたとさ!
それはさておき。
今回は、自分としてはおろそかにしてきた、『展示』そのものへの意識を強く持ってやったつもりです。映像展示は簡単で良いねと言われる事はしばしばで、それに反発する事もしばしばではあるのですが、実際事前に映像作品さえ出来ていれば破綻するリスクは少ないのも確かです。
しかしスクリーン7つを自作し設置、その後のプロジェクション調整作業云々も考えると、搬入中は本当に毎日『これ、出来んのか??』と自問自答しておりました。
でも後輩や友人、画廊の方等、いろいろな人の協力のおかげで、なんとか迫力のある展示になったと思います。この場をお借りして御礼申し上げます。有り難うございました。
一つ自分に引き出しが増えたと言う気持ちです。

画像提供:児玉画廊
そして7/13、nightcrusing @ cahe independants!!
やはりぶっつけ本番!!前回のイベント以上にドキドキしました。
初めから終わりまでただただ夢中でpolar Mさんの音に必死ですがりついて映像を当てているような状態でしたが、終わってみるとちゃんと拍手も頂けました。自分の中では兎に角夢中だったので、まだ冷静に振り返れてないのですが、polar Mさんにもブログに書いて頂いてますが、気に入って頂けたようで何よりです。
これを機会に何か面白い動きも出来そうな予感。polar Mさん、来てくれて楽しんでくれた皆様、こちらもこの場を借りて、本当に有り難うございます。
何か今回はお礼ばかりになってしまいました、正直、暑すぎ!!頭があんまり働いていないようです。なんかもっと気の利いた事を書きたかった。暑い夏は好きなんですが、やはりそこは芸術家、天高く作家肥ゆる秋も待ち遠しい。アトリエ寒く作家部屋に籠る冬は、出来るだけ遅めでお願いしたいところ。
8月9月は、GURAでの活動が活発化しそうな予感。バテない様に頑張らねば。
あ、土いじりもえっちらおっちらネクストステージに入った模様です。自作のコンポスト。埋まっていたり転がっていた瓦の破片を、うちに飲みにきた友人と一緒に酔い覚ましがてら積み上げました。肥料が出来るのは一年ぐらいかかるでしょうか。ゆっくりやります。
ビバ、分解者。
