
ほんの少しずつですが、晩には秋の気配を感じられるような風が吹き始めてきましたね。季節の変わり目はわくわくするところがあります。
京都の場合ではやはり冬の終わりと夏の終わりが好きな季節です。
故郷の北海道であれば冬の始まりも大好きなのですが、京都の冬は正直なれません。
秋の気配が、とは言ったものの、日中はうちのスタジオGURAは灼熱のサウナ状態、半端にクーラーを入れたところで効果があるとも思われず、またそのような予算もとてもありませんので、今はとにかく冬場も快適に、ひいては来年の夏も制作が進むよう、自身のアトリエスペースをある程度閉じた、空調可能な空間にする為の造作を時間を見つけてやっております。
北国出身の僕には酷暑に身をさらし撮影をするのはあまりにもハードルが高いと、この夏は思い知らされました。というか今の京都の夏は、もしクーラーが無ければ労働等出来る環境に無いと真剣に思います。
木陰がふんだんにあった昔ならいざ知らず、今の気候と都市環境を考えるとシエスタを導入するか、家は植物の生えた地中を利用して作るべきじゃ無いかと本気で考えます。そうすりゃクーラー無くせんじゃないかと。理想はどう考えてもクーラー無しの生活なのですが。
ただ、この酷暑、凶暴な太陽と京都の景観が作り出すイメージにも一つ素敵だなあと思う瞬間があったりします。太陽が南中高度に入る午後、すべての物体の影の存在感が一番薄くなる時間帯では、まるで世界が巨大な、強力な蛍光灯に照らし出されて、個々の物体の存在がなにか丸裸に暴かれて、文字通り白日の下にさらされている様に見える事があります。木々の多く、アニミズムの国と言われる日本においても、時にこのような、まるで砂漠に生まれた強烈な神性、ユダヤ教に見られるような怒れる神の存在に近いものが見える事は、それなりに興味深いなと思うのです。(多分ここら辺の話は和辻哲郎を読めば良いのかな?ちょっと記憶が曖昧ですが。)
あるいは、この国が本当に精神的に砂漠化して行くと言う事かもしれません、そう考えると怖いですね。
木々が多く茂っていたかつての国土であれば、強烈な太陽に比例して木下闇も深く、ひんやりと豊かだったのだろうと思いますから。そこに暮らしていた人間と、今の都市景観に生きる人間の精神性は、段々と乖離してゆく運命だと思います。それが文明と言うものだと言えばそれまでなのですが、文明化の行き着く均一化に危機感を持っているのは決して僕一人ではないのも事実なので、今が考えどころの時代ですね。
話は変わりますが、本当にこのアトリエにいると、生きると言う事はなんと必死な事なのだと考えさせられます。そして制作する為の環境と言うものから作って行くと言う事をしていると、昔は感じていた、表現活動と言うものが他の社会的に必要とされる産業と比較して重要ではないのではないか、というような引け目や劣等感等がうまく自分の中に消化されてゆくのが感じられます。
僕個人としては、リアリティと言う感覚は結局は人間の生存に関わる部分からしか生まれてこない、と言う考えを持っています。それはそして至ってシンプルなものだと言う気がします。
『あなたは生きていますか?』という問いに間髪入れずに『はい』と答えられるかどうか、とでも言えば良いのでしょうか。この一年半の作家活動とスタジオでの活動を通して、それだけは言える様になったのは間違いありません。
まあこれは作家個人のリアリティの在り方じゃないかと言われるかもしれませんが、そう言ったリアリティは必ず作品にも反映されるものだと思っています。
さて、GURAには今、『わくわく京都』に参加されている作家さんたちがレジデンス滞在しております。レジデンスと言う横文字にするとカッコいいのですが、とてもそんなにいい環境を僕たちが提供出来ている訳ではありません。
上記の様に灼熱の環境のなかで、ベッドも人数分ある訳ではなく、ソファーに布団も無く寝ていると言うのか今の現状。申し訳無い限りですが、そんななかでたくましく寝起きされてる方々には本当に頭が下がる思いです。
作家と言うものはノマドたるべき、また日本の言葉で言えば、もしかしたらこれは差別用語になってしまう扱いの難しい言葉であるかもしれませんが、河原者たるべき、みたいな憧れにも似た感覚が僕にはあります。(もちろん遊牧の民と日本の河原者を同一には見れないかもしれません。サンカとかミツクリの方がニュアンス的に近いのかも)
わくわくの作家さんたちはレジデンスを渡り歩いているような方々も結構いるらしく、それを地で行っているような作家さん達の姿を間近に見られるのは本当に良い経験であると思います。
8月が終われば皆さんまたどこかへ行かれるのだと考えると、寂しい気がしますが、僕もこの先どこで何をしているか、、、わからないのが本当だと言う気もします。
つらつらと、おもうことをば。失礼します。
搬入とイベントを終えましてホッと一息ついている宮永です。
今回搬入はかなりマッチョな気分でした。仕事後、晩に画廊へ行き、日付が変わる事まで作業して、しかも暑いのなんのって、、毎日パンツまでぐっしょり。お肌はベタベタです。

画像提供:児玉画廊
いや、それは普通にGURAにいても変わらないのですが。。。この酷暑に1台のクーラーも無く夏を乗り切ら無ければ行けないと言う事で、精神的にマッチョになってきてる気がする。結構、皆様の想像を絶するサバイバルが我がアトリエでは展開中。道産子のしまった肌はもうゆるゆるになってしまいましたとさ!
それはさておき。
今回は、自分としてはおろそかにしてきた、『展示』そのものへの意識を強く持ってやったつもりです。映像展示は簡単で良いねと言われる事はしばしばで、それに反発する事もしばしばではあるのですが、実際事前に映像作品さえ出来ていれば破綻するリスクは少ないのも確かです。
しかしスクリーン7つを自作し設置、その後のプロジェクション調整作業云々も考えると、搬入中は本当に毎日『これ、出来んのか??』と自問自答しておりました。
でも後輩や友人、画廊の方等、いろいろな人の協力のおかげで、なんとか迫力のある展示になったと思います。この場をお借りして御礼申し上げます。有り難うございました。
一つ自分に引き出しが増えたと言う気持ちです。

画像提供:児玉画廊
そして7/13、nightcrusing @ cahe independants!!
やはりぶっつけ本番!!前回のイベント以上にドキドキしました。
初めから終わりまでただただ夢中でpolar Mさんの音に必死ですがりついて映像を当てているような状態でしたが、終わってみるとちゃんと拍手も頂けました。自分の中では兎に角夢中だったので、まだ冷静に振り返れてないのですが、polar Mさんにもブログに書いて頂いてますが、気に入って頂けたようで何よりです。
これを機会に何か面白い動きも出来そうな予感。polar Mさん、来てくれて楽しんでくれた皆様、こちらもこの場を借りて、本当に有り難うございます。
何か今回はお礼ばかりになってしまいました、正直、暑すぎ!!頭があんまり働いていないようです。なんかもっと気の利いた事を書きたかった。暑い夏は好きなんですが、やはりそこは芸術家、天高く作家肥ゆる秋も待ち遠しい。アトリエ寒く作家部屋に籠る冬は、出来るだけ遅めでお願いしたいところ。
8月9月は、GURAでの活動が活発化しそうな予感。バテない様に頑張らねば。
あ、土いじりもえっちらおっちらネクストステージに入った模様です。自作のコンポスト。埋まっていたり転がっていた瓦の破片を、うちに飲みにきた友人と一緒に酔い覚ましがてら積み上げました。肥料が出来るのは一年ぐらいかかるでしょうか。ゆっくりやります。
ビバ、分解者。

宮永です。
今現在は、7/10からの児玉画廊京都の個展の準備(その日レセプションです、皆様是非来てください!)、この夏いっぱいで終わる非常勤の仕事にかかずらっております。
7/13日にはアバンギルドの&ARTイベントで知り合ったPolar MさんとのVJでコラボレーション。
などなどの詳細は展覧会、イベント情報の方に近日中にUPしますので、チェックして頂けると幸いです。あ、7/13日の事はPolar Mさんが既にUPして頂いておりますね。
『アーティストはどのように展示を計画するのか??』
と言う疑問を皆様がもし持っていらっしゃって、それにお答えするとすれば、、、
展示の方法が思い浮かばず眠れない夜を過ごしたのち、日が昇るとホームセンンターに物色に行き、なんとか財布と相談して使うものを決めたら、今度はそれを展示場所まで運ぶ算段をつけて、日程調整をする。。。その夜また悶々としたりする。
という何とも色気のない事しかお答え出来ません。ごくごく、普通です。
なので先月に引き続き、本の話を。
していいでしょうか。。。
『土の文明史 ローマ帝国、マヤ文明を滅ぼし、米国、中国を衰退させる土の話』Divid R. Montgomery著 片岡夏実訳 築地書館
本当に面白い本です。
●かいつまみにかいつまんで言うと、こんな事が書いている本です。
ある場所で農耕がはじまる。
↓
最初はその農耕に適した『最高の耕地』で収量を上げ、それが新たな人口を養う。
↓
人口がいったん増え始めると、それはその段階での人口を養う能力を超えて、見切り発車的に大幅に増え始める。文明が成立する。
↓
今度はその人口をへの食料を補う為に、次善の土地へとどんどん開墾が進む。
↓
さらに増える人口
↓
農業に関わる人口自体も増え、養うべき人口も増える中で、農民は余っている条件の悪い傾斜地『限界耕地』にまで手を広げる。
この一連の流れの中で重要な事は、土地が開墾されて行く中で農業と言う営みが土地を浸食して行く、と言う事。
この浸食ということの意味は以下。
栽培植物が育つ為には当然土壌の肥沃さが重要で、当初出てきた最高の耕地はその土壌が豊かであり、肥沃度の持続性も割合に高い土地。
一方で限界耕地と言うのは、元来豊かな土壌であってもそれがはぎ取られ、風雨によって消失する速度が非常に速い。
何故かと言うと、それは土地に鋤が入って掘り起こされ、なおかつそこが傾斜地であるから。何となく意味が分かりますよね。
鋤が加えられた土壌は、木の根や芝等で栄養分に富んだ土がしっかりと固定され、また直接の風雨に対するバリアーとしてそれが機能している状態とは違って、非常に風に飛ばされやすく、雨に流されやすい。
耕されて柔らかくなっているので余計に外圧に弱い。おまけに傾斜地だから、力学的に水も物質も低い所へ落ちて行くので、ちょっとした雨にも風にも弱い。
大雨に流された土は少量であれば川に乗って流され、下流で堆積して再びそこを富ませる。
だけれども、限界耕地では肥沃な土が留まりにくいから、速くて数年で放棄され、良い土が流されきった後も浸食が続き、土の下の地盤にまで浸食進んで行き、下流もその土
砂埋まって耕作が出来ない土地に変わってしまう。
またその間に新たな限界耕地が切り開かれては放置されが繰り返され、結局はその文明を支える耕地がすべてこの浸食の働きによって不毛の地になり、食料生産がまかなえなくなり、政府の統率力や王権が失墜して文明は崩壊、その土地の住民の文化度は驚くほどに下がり、退行する。
文明が崩壊する、という言葉にはある種の甘美な響きがあるのは確かなんですが、そこにリアリティーをもとめて迫ってくと、そんな感情はとんでもなく非現実的な事がわかります。
お隣の北朝鮮では現実的に餓死が起こっている。多分今も。だいたい上に書いたような原因で。
餓死ってのがどれくらい悲惨なものか日本にいる僕には語る事はできませんが、中国の歴史書に飢饉の最上級を表す言葉として『人、相食む』と言う言葉があると陳舜臣は書いてます。文字通りの言葉です。そんな事が、世界のどこかで今も起こる可能性はあるのだなと思うとぞっとします。
古代ではメソポタミアで起こり、インカで起こり、アメリカでは耕作可能な土地は既に1/3浸食されているそうです。中国もほとんど開墾され尽くした土地。ハイチでは90%が浸食済みで、農業は立ち行かなくり、。
イースター島のモアイ像が立てられたのは、島の浸食が進む中で耕作可能な土地を住民が奪い合う中での集団間の権力闘争が起こり、その権力誇示の為に競って立てられたとか。でも結局島の住民は徐々に、しかし壊滅的に減少し、ヨーロッパと出会う大航海時代にはどうやって巨大な石像を運んだのかその技術は完全に忘れ去られていたらしいです。
かつては島に生えていた木々の丸太をコロとして利用したのだけど、その自体に島には丸太になるような木がほとんど生えていなかった。モアイが世界の七不思議として数えられるのは、岩だらけの島にヨーロッパ人が来たとき、そんな運搬方法が可能だった時代があったとは想像がつかなかったからだとか。
そのヨーロッパも、現在はほぼ浸食され尽くした状態だと言うのは、ちょっと本を読んでいる人なら知っていると思います。僕はヨーロッパに言ってないのでえらそうな事は言えませんが、その美しい風景と言うのは飽くまでも作り出されたもので、決して肥沃な土地では無いと言う事。
そのヨーロッパがなぜ今も存続しているかと言うと、植民地支配のおかげです。アジアや南洋の島々で大規模な、限界耕地まで耕し尽くすプランテーションを持ったおかげで食料不足を補ってきたから。
また、化学肥料で強制的に栄養を補う事で、近世の発達もあったようです。今ヨーロッパが食料自給率の向上に向かっているのは、さすがにそんな歴史から学ぶ所があったのだと思う。
以上が大体の内容と私見。
●もう一つ、この本で目から鱗が落ちた話。
耕す、と言う事について。
『農』の代名詞になっていて、cultureの語源ともなっていると言われるこの行為が、実は必ずしも必要な事ではない、という視点。
有史以前より、農業にはこの行為が伴っていたのだと思う。でも近年の研究では、土を深く耕し、肥料を与え、土の質を作物に合う様に改善していき、単一の作物を大量に栽培すると言う方法論に疑問が出てきたらしい。
そうではなく、生えている雑草や食物残滓(生ゴミ)を土のごく表面に鋤き込み(押し込み)、土をミミズ等の生物が自然に生成するに任せて、様々な植物を栽培する事で、農薬や化学肥料を使った栽培に決して劣らない収量が期待出来ると言う事。
様々な、生えている時期の違う作物を栽培する事は、土の表面を常に栽培植物で覆っている事が(計算すれば)可能なので、雑草の繁茂を防げるらしい。また土を掘り返さない事は土壌の酸化を防いだり、土壌自体の微生物や昆虫等の生命サイクル適正に保てるので、害虫の大量発生を防げるとの事。
もちろんこの方法は、土壌自体が最初から農業にに適さない土地にはいきなり通用するものでは無いし、土地にあった作物を慎重に選ぶ必要はある。けれどもこの事実は土地に根ざした農業をする、地域の生態系、土の生態系を理解し、それを受け入れて生きると言うコンセプトの大きな背景になると思う。話がナウシカみたいになってきましたね。
ひとつ思ったのが、何か土地を必死に耕す、と言うイメージに対して人が好意的に持っているイメージ、またそのイメージが支える現代の多くの社会やその中の現象が有りますが、今それがかなり根底から改変されつつ有るのではないか、と言う事です。
なかなかそう素直に結びつかないでも、イメージの変化と言うものは人間の行動原理を知らず知らず変えて行くと思うからです。またそうなれば良いと思う。
近代アメリカ(合衆国)の歴史に置いて、ヨーロッパでその歴史から生まれた土地の浸食を最小限に食い止めるノウハウがわかっていたにも関わらず、一つの土地が疲弊すると次の土地に移って開墾するという形が取られた事が多かったようです。そして皮肉にもその人の動きがアメリカの国土を北アメリカの東部から西部に広げる原動力になった。
なぜなら個々の農民にとって、一つの土地を保持するよりも新たな場所に移る方が、労力やコストの面ではその人々の人生の尺度においては得だったからだそうです。
そのかわり、今のアメリカの国土は疲弊しつつある。長期的に見たら一つの土地を大切に使う方が圧倒的に経済的なのに、目先の利益が優先される。
そう言う事は現在もありとあらゆる場面において、僕ら自身が陥りがちな所だと思う。
この事は、凄く根源的な問いを含んでいて、例えば僕らは孫の孫の事を愛せるか、人や国や地球の将来に責任を持つ気が有るのか、と言う事につながってくると思う。
一つの恋愛に対しても悲しいほど一喜一憂して、愛憎を繰り返す人間ですが、そういう視点をもって人間の事を考えれるのか、と自問自答する事は、先に言ったイメージの変化と言う事も含めて個々人にとって大きな意味が有るのではないかと思います。
いろいろと偏りや誤謬が有るかもしれませんが、この本に関して現時点でそういう見解を得ました。
食物が無ければ、美術やデザイン、音楽ですら、無力なものだと思います。それらは精神的な豊かさの上に乗っかっていて、希有な才能の持ち主を除きその精神的なものは物質的なものに由来する気がしてなりません。物質的な豊かさと精神的な豊かさを本当にダイレクトにつないでくれるもの食物であり、それを生み出す農業であるなら、美術やデザイン、音楽に関わる人間はそれに無知であってはならないと言うのが僕の考えです。
映像をつくっていますが、それは社会的な豊かさに依存した脆弱なものだと言う気持ちが強いです。多かれ少なかれ、特に造形芸術に関わる場合そうだと思う。
美術書や美術史だけを呼んでも芸術家になれるのか?と良く思います。
芸術が、そして芸術家個々人が曖昧で無責任な存在である以上(もちろん、多くの犠牲を払って手に入れている立場では有るのですが)、その事を素直に受け入れるか、もしくはひろい下地を見渡して新しい価値観や役割を社会の中で見いだして行くべきだと思います。
梅雨時にちょっと暑苦しいですが、そんな気持ちでこの本をお進めします。僕は先月言っていた土いじりが趣味になりそうな感じです。そんなタイミングでこの本にであったので凄く良かったと思います。父からの贈呈なんですが(笑)
月日がたつのは本当に速いです。
4月にいろいろ、なんとか展示を乗り切り、5月は充電の時だ!!と思って無理にでも休みを作り、読書三昧して知識をあさり、twitterを始めたり、土をいじってみたり、、、
ていうのを出来る事ならもう一ヶ月ぐらいしたいのだが、あっという間に6月になりそうな気配。
7月には展示の予定。これは東京で展示した作品の京都でのフルバージョン、といった意味付けで、新作ではないのでまだ気は楽なのですが、環境的にも、それぐらいがいろいろ転機になりそうで、あまりのんびりともしていられないのです。本当は晴耕雨読をがっつりたしなんでみたいのですが、まだまだ先になるのかな。
それでもまあ、以前よりは心に余裕をもって生きれる様になってきている気はします。三歩進んで二歩半下がるくらいの気持ちで精進。
さてとりあえず、5月の間に詰め込んだ本。GWに息抜きで明日香村や、奈良市街に行ったのですが、京都に戻る前に古本屋で仕入れたものです。この順番で読みました。
『額田女王』井上靖
『森のめぐみ 熊野の四季を生きる』宇江敏勝
『エスキモー 極北の文化誌』宮岡伯人
『ドイツ人のこころ』高橋義人
『構造主義』北沢方邦
うーん、よくよく考えてみると、僕の5月は結構この本達に影響されて形作られたような気もします。
奈良方面に行った直後に『額田女王』を読んでいるあたり、安直な僕の思考をかいま見て頂けると思います。そこから割と近場の、しかし異質な熊野に興味が映り、文化人類学的な興味がそそられエスキモーへとずいぶん飛躍したので、ちょいとヨーロッパとしゃれ込んで、しゃれ込みついでに構造主義ぐらいは理解を深めとかないと、、、
てな感じでいい具合にジョギングして、さあ次はなにを読もうかと言うとき、たまたま伏見の喫茶店で出会った本が
『半島を出よ』村上龍
でした。
そして結局今読んでいるのは、僕が自分の精神安定剤の様に繰り返し読んでいる、
『風の王国』五木寛之
です。
本を選ぶ時は何気なく選んでいるし出会いも重要だし、その順番なんかはほとんど意識してはいないのですが、結局似たようなパターンを繰り返しているのだろうなと、後々見返すと思います。あっちゃこっちゃに手を出してはいつもの自分、一番求めている所に立ち返って、また飽きて動き出す。
読書でも何でもそうやっているうちに少しづつ自分の足場が、戻って行く場所が固まって行くのでしょうね。
そして歴史は好きなくせに、美術史関係もらしいものも買っていないし、映像関係の本も、購入していない事に改めて気づきました。
いろいろな意見があるでしょうが、美術の中にいるうちからその歴史に責任をもって動こう、と言う考え方には魅力を感じていない自分がいます。作家が美術史のお守りをしてもなにも面白い事は無いと思っています。僕が歴史を好きなのは、そのダイナミズムが好きだからな訳ですから。
映像を飽くまでも表現の手段として捉えている自分には、取材すべき対象は映像メディアそれ自身でも無い、と少なくとも現時点では考えているからでしょう。飽くまでもそれは何かをする為の場であり、ここで降りるとと決めたプラットホームの様なものです。
うん、何となくわかってきました。
僕も出演させて頂きました、4/25、&ARTイベントVol.1。
いやはや、驚くほど大盛況でアバンギルドがパンパンになっておりましたね。
僕自身はPsysExさんとのコラボレーションでVJをさせて頂きました。
僕自身(一方的に、観客として)PsysExさんは存じ上げていました。ミニマルな、音と映像との同期したパフォーマンスと言うイメージが強く、またそれがとてもクールで大好きなのですが、実写素材を使う僕のスタイルがマッチするのかと言うのは、正直本当に不安でした。
不安でしょうがない癖に、昨日最終プログラムのトークのときに紹介された様に、本番まで一度も打ち合わせをしない、という暴挙に出てしまいました。
一番の理由は、結局のところ個展やグループ展、仕事に忙殺されていたという事なのですが、ただ若干は自分のライブパフォーマンスに関する考えというか、位置付けと言うのも関係していることはしているのだと、思わないでもありません。はい。
作品制作に関しては兎に角PCの前にただひたすら向かい、ひたすら素材をいじくるという行為です。もちろんそれはそれで楽しくてやっているのですが、ただそれだけをやっていれば幸せというタイプの人間でもなく、映像と言うものに対し違った態度で関わりたいという欲求が必ず湧いてきます。
動画はいったん映像作品として完成した時点で、永遠に定着してしまいます。おそらく如何にコンセプトの面でそれに反抗しようとしていても、作品の形態上物理的に逃れられない現象として、必ずそうなります。
定着させる事が悪いと言うのではなく、僕自身が「この素材を定着させたい」と思うとき、「定着させるべき」と感じた場合はその様にします。
しかしなんというか、この素材はもうちょっとフワフワと宙に浮いた状態で提示したいと思うとき、その素材からはインスタレーションが生まれ、またVJ素材となる訳です。ある一つの素材を、その3つすべての状態で見せると言う事もあり得ます。
僕は映像に関して、何か一つの方法論へ向かって行くような事はしていません。いずれはそうなるのかもしれませんが、少なくとも今はまだ早いと思っています。
どちらかと言えば素材の中に潜在している可能性を吟味していると言う感じです。また一度の吟味で答えが出るとも思っていません。
ビデオカメラで映像を撮ると言う事は短いメモを取るようなものです。
メモが複数集まると、そこから何らかのテキストを合成する事が可能です。映像で何かをすると言う事も、それと同じ様に考えています。
ですからVJをやると言う事は、メモを見ながら会話をする事に近いのかな。
いつもPCに向かい黙々と作業をすると言う事への反動なのかもしれませんが、VJのときはインスタレーション以上に「その場限り」という感覚を得て、楽しみたいという欲求が強く出てきます。映像作品の場合うんざりするほど同じクリップを、コマ単位で繰り返し見るので、何か完全に完結して、ループの中に取り込まれているような気になります。自分が圧倒的に他から隔絶されている事にハッと気づき、それを補うものをもとめるのだと思います。
実際は映像作品制作に置いても決してループの中で作業している訳ではなく、螺旋を描く様に少しずつ作品も、自分も変わって行くのですが、その歩みが本当に遅々としたものなので、もう少し速い速度で動きたくなる、というところ。速い話が、刺激を求めると言う事なのですが。
VJをする事が自分にとってそう言う意味を持っているので、結構打ち合わせ無しと言う事が多く、今回はお相手がPsysExさんと言う事でかなり迷いましたが、そのやり方で一度挑戦してみたいと心のどこかで思っていたのだろうと思います。本当に失礼な事なのですが、胸をお借りしよう!と。。
まぎれも無くチキンハートを持って生まれてきたので、なんでそんな怖い事をするのか自分でも良くわからなくなるのですが、もしかしたらこれがMっ気というものなのか!?と最近真剣に考えだしました。
そして今回は結果的に、とても良いパフォーマンスができたのかな、と思います。主に自分にとってと言う意味ですが。。。
一つ暴露話を申し上げますと、実は終わり方でかなり失敗をしまして、黒にフェードアウトするつもりであったのが最後の最後に慌ててしまい、その動きができなかったのです。とっさに機材の電源自体を落として紛らわしました(笑)
ただ、個人的にその終わり方がすごく気に入ってしまったので、なんというかやはりVJは楽しいな!と思います。
暴露し過ぎでしょうか。。
兎に角得るものが大きく、楽しいイベントでした。皆様有り難うございます。
さて、4/26日。
イベント後、出演者の方々やそのお知り合いと朝までご一緒させて頂き、ふらふらとGURAまで帰ったら、うちの共有スペースこんな感じになっていました!!
コーンが浮いとる!!
床汚れとる!!
と、いうのはまあ冗談でして、今我らがアトリエで大学の後輩の河合君、川田君が展示をしております。
DM内容をそのまま以下に書きますと
2010.4.26MON月>5.05WED水13:00>19:00
EXHIBITION絵画領域作品展示GURA伏見
KAWAICHIAKI河合千秋KAWATASATOSHI川田知志
TENJIKA 点自火テンジカみずからにひをつける
油画の四回生が精力的にやっています。なかなか踏ん張りの利いている展示だなと感じています。泊まり込みで展示作業をしておりましたので、いろいろな人に見てもらえると良いなと思います。
GURAが始動し、初の外部の作家の展示。しょっぱなからものすごいウチらしい展覧会になりそうです。持ち込み企画で、展示をしたいと言ってくれたのは、こちらとしてもとても嬉しい事でした。皆様も良ければお越しを。
あう、しまった。ブログを書かなければと、今日(3/26)になって気づきました。。
まだ&Artの展示情報などに反映出来ていないのですが、堀川御池オープンする、京都芸大のギャラリー(内輪ではサテライト、と呼んでいます)での展示作業で毎日ヒイヒイです。4/2オープンの「きょう•せい」展です。噂はぼちぼち美術関係者の方にも流れている事と思います。
そして、今晩(3/26)は東京に向かいます。
こちらは児玉画廊|東京での個展で、4/3オープンです。
絵に描いたような貧乏暇なし生活です。
と言う訳で、ブログの内容をまったく考えていなかった訳で、はい、ここで面白い小話をひとつ、、、と言う訳には参りません。
とりあえず最近面白かった展示のことなど。猛烈にベタではありますが、今現在バスに乗る時間に遅れそうな恐れがあるような状態なので、ご容赦!!ください。
まだ一枚blu-ray discが焼けていない上に、深夜バスに備えてせめて風呂に入っておきたい!!
なので卑怯なようですが、木内さんにかぶせさせて頂きます。
木内さんに劣らず、美術に関してはモグリな僕なのですが(正直かなりアバウトな感覚で綱渡りをしています。)、最近京都芸術センターで今やっている「てんとうむしプロジェクト」、かなり面白かったです。
北ギャラリーでの、蛍光板というのか、光の奇跡が残る板、とでもいいましょうか、映像をやっていてあまり物質に触れないので何と言ったら良いのかわからないのですが。
とにかくそれに自分の描いた形が何度でも刻まれる、という事が面白かったのはもちろんなのですが、所々に出てくる文字、「ホ」が何とも言えない抜け感を醸し出しているのがたまらなかったです。
あの「ホ」についてどなたか解説して頂けたら嬉しいです。
あれは伊達さんの展示だったと思うのですが、伊達さんに「ホ」はつきものなのですか?
美術の世界にいると、時々自分の無知が多いに不安になるのですが、結構知ったかぶりで乗り切っています。有名な美術家の名前が話題にのぼっているとき、僕が考え深げに頷いていたら、80%くらいの確率で知ったかぶりです。
前もって謝っておきます。
ただ、「ホ」について語り合おうと言うなら、大歓迎です。
置いてきてしまった大切なものがここにあるような気がしないでもないからです。
どうも最近、作品の意味について熟考しなくなりました。
Dont think, feel!!
と言うのが、現代美術の世界に足を突っ込んでいるにも関わらず、僕自身が美術に求めている感覚だからかもしれません。
とかなんとかまとまりもなく書いているうちに、時間切れです、、、木内さんにも、かぶせきれず、、、
来月はもっとちゃんと書くので、許してください!
オープンスタジオ中のGURA、一番奥の暗ーい部屋の中でカチカチとMacをいじっている人がいましたら、それが私です。
4月頭にに展示を2つ、しかも同時期に、違う土地でやる事になっており、作品をそれに間に合わせないといけない切羽詰まった状態なので、これはもう自分のアトリエ空間の機材も展示用に使っている余裕はないな、と思い公開制作という形を取らざるを得なくなっております。
映像の公開制作など、ビジュアル的には全く面白くないと思います。
一人の男が自分に背を向けて、画面に向かっている姿など、いったい誰がみたいでしょうか。僕は見たくありません。。せめて見栄えを良くしようと、部屋を暗くして電球色のライトを点け、壁面にPC画面を投影して贅沢な制作空間を演出しようとしているのですが、効果は疑わしいものです。
基本は外に撮影に出ているので、その際は過去作を流しっぱなしにしたりはしているのですが、編集している映像の書き出し時間とオープンしている時間が重なると、本人不在の上に面白くもないPCの処理画面の大写しを見せる事になってしまいます。
生のアーティストの姿をみて欲しい、という僕の願いは、叶いすぎるほど叶っているのですが。
外に撮影に出ている、といいましたが、札幌ナンバーの水色のミニクーパーのルーフに、黒い金属パイプで構造を組み、それにカメラを固定して撮影しながらで走っている輩が、ここ何週間か京都各所(夜間も多い)に出没しています。それが私です。
新作の為の素材を集めているのですが、ブレを低減する為にステディカムもその構造に組み込んでみたのですが、ミニクーパーという車自体があきれるほどバネがなく、揺れる車で、奇麗な流れるような映像を撮る事は困難でした。なので今回は、そのブレもうまく作品に消化するような形で作ろうと思っています。

映像に追い込み作業は付き物なのでしょうか。もっとスマートに、さらりと制作を済ませられる方もおられると思いますが、こちらは学生時代から何の進歩もしていないように思います。