アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

ここのところ、制作中はアトリエの蛍光灯を極力点けずに作業しています。
日中アトリエに行ける時は外光を頼りに絵を描き、読書の時は机の電気スタンドで文字を読み、夜間どうしても暗い時は隣の制作スペースの蛍光灯を点けて、伝わってくる光で制作したりしています。


電力を出来るだけ使わないよう心がけないとなぁ、なんてECO精神に目覚めたわけではなく、最近蛍光灯の光が体に痛い、という20代とは到底思えない理由からなんですが、大丈夫なんでしょうか、僕は。


まぁそんな環境下で絵を描いているのですが、絵の具を置く作業が一段落して、蛍光灯を付けた時に何気なく画面を見ると、思っていたのとは違う色が乗っていることがよくあります。描いてる時と光線が違うので当たり前なのですが、あぁ修正せんとなぁと考えたところで『ちょっと待て』となります。
確かに蛍光灯下では違った色に見えるけども、蛍光灯を消した状態で描いていた時はこの色として認識していたんではないかと。
では、この作品が今自分が見ていた色と同じように認識されようと望むのならば、展示空間の照明を極力現場の光源に近づけないといけないわけです。それがどこまで可能なのか、そして今まで見て来た作品は、果たしてどこまで作家が見ていた色に忠実であったのか。


作品を見る時にそこまで気に病む必要なんて全然ないのですが、蛍光灯下が当たり前の中ではついその光が当然のように感じてしまいます。
あと、うちのアトリエの蛍光灯はジージー五月蝿いです。


そんなstudio90で現在展覧会をしています。


studio90 第10回展
北條裕人『TIME LINE -34.949395,135.719014』
2011年11月12日(土)〜12月23日(日)
11:00〜20:00
土・日・祝のみオープン


お時間がありましたら是非お越し下さい。

真っ赤なもみじが、きれいですね。
朝晩も随分冷え込むようになりましたけれど、おかわりなくおすごしですか?


おかげさまで mama!milkは、ひきつづき秋の演奏旅行中です。
松江「清光院下ギャラリー」、鳥取「MOBS FELLAS」、福山「名曲喫茶アンズ」。
大阪の木鳥Worksさんの展覧会や、Pug27さんの10周年パーティ、
福岡の「cafe dining bar 7」や、「SIGEKIBA」での玉川祐治さん、峯崎由紀子さん、田中信也さんの展覧会、zerokichiさんとの共演 . . . . .


新しい出会いに乾杯したり、
久々の再会に乾杯したり、
毎晩、嬉しい乾杯をしています。


そんなこの秋に感じるのは、
こうして出会う方々の、それぞれにずっと積み重ねてこられたであろうもの。
そして、積み重ねてこられたであろうものから自然と立ちのぼる、色香のようなもの。


そんないろんな方々の色香に包まれながら、
mama!milk、のびのびと演奏させていただいています。
幸せです。


皆々様に、敬意をこめて、乾杯。


今月もちょっと寄稿が遅れました。
ただ今九州ツアー真っ最中。
今から、北九州、熊本、鹿児島と巡ってから、京都に戻ります。

本当に素敵な人たちばかり。
次は是非、ご一緒しましょうね。


かしこ

祐子

mama!milk

追伸:そう。私のソロアルバム「yuko ikoma / Suite for Fragile Chamber Orchestra」も11月11日に無事発売されました。
お力添え、ありがとうございました!

写真は、昨日。福岡のアンティーク家具屋さん「KRANK」にて、「シティ情報ふくおか」さん新春1月発売号の取材風景。
「福岡とmama!milk」のお話中。
ここKRANKでの音楽会「クランク・ドゥ・メルクルディ」(空間演出:KRANK+果実酒:coffon+音楽:mama!milk)も、私たちの宝物。

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[福岡] KRANKの藤井健一郎さん、mama!milk 清水恒輔さん、赤星淳一さん、シティ情報ふくおかの里中ひとみさん。
2011年11月16日 photo by yuko ikoma

修理や掃除に時間をさくのは私のまた一つの面なのですが、リペアについては、若い頃、商業物をデザインする仕事をしばらくした後から、欲求として芽生えた思いでもあるし、手入れは、一つの物に愛着を持って接したいという思いが少しずつ育ってきたのだと思う。


それらは元のように直すことだけでなくて、時には無作法に思いきって扱うこともある。つくる・破壊・繕う、それらはじつは変種で、"先へ進む"という同じ方向性へと向かっている。美しいものを見る・作る快美を知ってしまったものは、もはや後戻りすることは出来ず、それにこだわりおぼれ、進んでいくのではないでしょうか。


長い時間をかけた幾度もの洞察と認識の繰返しの末に、ものが出来上がっていく。たくさんの寄せ集めた認識の集積の果てに、腑に落ちて、完成する。そういう意味でアートもまたブリコラージュそのものであるとも言えると思うのです。そして、何を見て、見つけるかという、視線と視力がとても大事と思います。


ということで、他愛もないのですが今日のリペア。カバンの取手周辺。(裏を青いリボンで、根元を刺繍で補強)
日々のこともエクササイズと化しつつ?(いえヒマ人...)
仕事や生活からも学び肥やしに、と。まさにブリコラージュ人生な面はありますよね? みなさん。



今年の夏頃に実家の広島に帰って墓参りなどをした後、時間もあったということで、広島市現代美術館に足を運んでみました。 そこでたまたまやっていたのがオノヨーコ展、タイトルが「希望の路」
という、とてもストレートで今日の日本へのメッセージのようにも感じられました。
オノヨーコといえば、平和活動家、音楽家、美術家と様々な活動で知られていて今までにも、何度か彼女の作品は展覧会などで見てきたのですが、どうも自分のなかでピンとこない所があり、同じ作家としてもあまり意識はしていませんでした。

平日だったということもあり美術館には人がほとんどいませんでした。
エントランスではワークショップか何かで折られていただろう鶴が透明な大きな箱のなかに沢山詰まっていました。そしてその誰が折ったかわからない鶴は自由にもって帰れるようになっていました。
その時点でぼくは少し疑問に感じました。「希望の路」というタイトルにこの鶴のワーク
ショップではとても安直過ぎて、もしこんな感じの作品ばっかりだったらお金払ってまで見たくないなぁ・・・。と思ってしまったのでした。


しかし展示会場の入口のほうを見たときチラッと作品が見えて、やっぱり気になるのでチケットを購入することになります。


会場へ入るとまず、いつもはあるはずの床のタイルが全部剥がされていて、むき出しのコンクリートが全面に広がっていて展示室全体が廃墟のようになっています。 その空間に何箇所かぽつりぽつりと扉(どこでもトアの様な)が立っていて壁には荒々しく墨汁のようなもので「希望の路」とか、詩のような文章が書かれていました。そして、今年の東北での震災で崩壊した家の家具や柱などを四畳半くらいの面積の中に再構成したような作品もありました。

でもこのあたりはまだ自分の中では想定範囲内だったので、なんとなしに作品を見ながらすんなりと奥へと進んでいきました。

そして地下にある展示場へ階段をおりていきます。
ここからの2作品(2インスタレーション)の連続コンボがぼくを襲うことになります。


まず1つ目の作品ですが、部屋は真っ暗で目が慣れてくると部屋中に人の形をしたオブジェがビッシリと立っているのが見えてきます。等身大なので始めは別のお客さんが入っているのかと思ってしまいました。その時は僕一人でした。そして壁に映像のような写真のような画像が映されています。それはおそらく広島の原爆投下後の街の画像でした。そしてその部屋に仕掛けられているライトが数分おきにピカッと光り、一瞬だけその空間が閃光に包まれます。
そのあとどういう仕掛けなのか分からないですが、その閃光を浴びた人形の影が投影された広島の街に焼き付いて、時間が立つと消えていきます。説明が難しいですが。

そして何度か光った後に気づいたのですが、よく見るとその広島の瓦礫まみれになった街に映った人形の影に混じって、自分の影を発見してしまいました。リュックを背負っていたので見分ける事ができました。 一瞬体が止まり恐怖を感じました。

オノヨーコは1945年8月6日の朝に広島で起きた出来事をシミュレーションしていたのです。


その部屋を通り抜けると2つ目の作品です。
入ってすぐさま恐怖と悲しみが込み上げてきました。
死体安置所です。
実際には何かの骨組みの上に毛布が掛けられてあります。通路以外はすべてこれで敷き詰められています。

観賞者もいなかったので、その空間には僕一人です。夕陽を模した赤茶色の薄暗いライトに照らされて棒立ちです。
自分にとって、死体安置所という存在がいかに非現実的だったということを感じると同時に、日常として当たり前に存在しているという現実を突きつけられました。

その時、生まれて初めて人の作品を見て涙がでそうになりました。いや、もうこれはもう既に作品ではなかったかもしれません。オノヨーコを介して出てきたにも関わらず元のメッセージが元のまま純粋に直接的に出てきたもので、何もフィルターのかかっていないストレートなメッセージでした。唯一フィルターがかかるとすれば、オノヨーコがそれを選んだくらい。

枝豆を食べた次の日に、自分の体を通ったにも関わらず姿を全く変えずに出てきた豆のように。


人が何かを表現するときに、時には敢えて自分のフィルターを外しそのまま提示するという方法をとるということもあるのだということを教えられたような気がしました。


と、この2つの作品の連続コンボにより帰りに会場出口のエントランスに置いてあった誰が折ったか分からない折り鶴を一つ手に取り、微笑みながらリュックの中へそっと入れました。

この折り鶴はいまでも実家のリビングルームに飾っています。


そんな中、今夜歌って頂きます。

光GENJI で「チンチンポテト


おやすみなさい

寒いです。
今年の秋は確かに例年にくれべればかなり温かく、すごしやすいのですが、寒さが苦手な自分にとってこの季節は少ししんどいです。これから数ヶ月の寒さを思うと早く春になって欲しい(ってまだ冬も本格的にはきてないですが・・・。)
それにしても寒いのが苦手なので秋、冬はモチベーションが上がりにくいです。というわけで今回はモチベーションの話。


ちょっと前の話ですが、「ジパング展」のトークショーの際に「モチベーションが低いときにはどうやって上げるのですが?」という「トップランナー」みたいなバチッと決まった質問がきました。思わずその場では「締め切りがモチベーションです。」なんて答えてしまったのですが、この答えウソではないんですが、なんか自分でもしっくりこなかったので、その後でこのことについてぼんやり考えてました。


考えてたら少しまとまってきたのですが、たぶん、自分の場合は「モチベーションを上げる」ということよりも、「モチベーションを下げない」ということに気をつかってるのかも、と思うようになりました。


少し前までは締め切り前にガツっとモチベーションとテンション上げて、休憩時間も睡眠時間も削りながらやったりもしてました。こういうときって、きっとアドレナリンとか脳内物質が出てて凄くハイテンションになるので、疲れを感じにくかったり、「なんでもできちゃう」って思えたり(あくまで妄想)で、締め切り前なのに結構「幸福感」があったりしたものです。でもこれってあくまで瞬発的なもので持続性はない。「あの締め切り前のハイテンションなまま一年すごせたら、作品バンバンできるし、とんでもないことになっちゃうよ。」とか昔は夢想してたりしたけど、やっぱりそのテンションでずっといるのは無理がありすぎる。だって気持ちのテンションが落ちたらとたんに体も疲れがでちゃうから・・。
しかも、疲れが出やすく、残りやすい、30後半になって、なおさらこの切り札的な方法は頻繁には使えないことに気がついてくる。(前回も「おっさん化」のことについて書きましたが・・・。)


そうなると、テンションは上げず下げず、やや高めのところで高止まりして平均してるのが一番効率が良く、体にも心にも負担がないことがだんだん最近分かってきました。(今更か?)
というわけでモチベーションを上げることよりも下げないことが大事なんじゃないかと思う今日このごろです。


とか偉そうなこと書いてますが、現実には締め切りギリギリになってアップアップしちゃってることもしょっちゅうありますよ。あくまでも理想論ってことで。実際このブログも締め切りすぎちゃってるし、いつもすいません。ではまた。

急に寒くなりましたね。おでんが恋しいです。


さて、先月もお伝えしましたが、昨日より愛知県美術館での個展が無事始まりました。
10日にレセプションがあり、名古屋へ。


レセプションといっても、私のレセプションというより企画展の「ポロック展」のレセプションに私が同席したかたちです(笑)
胸に来賓用の花を付け、記者会見に同席したり、来賓席に座ったり緊張の連続。
それでも、愛知の知り合いや関西から来て頂いた方達がいたお陰で緊張が少し和らぎました。ありがとうございました。


自分の展覧会の事を書こうと思っていましたが、ポロックの展覧会がとても面白かったのでその事を。


これまで、私自身ポロックという作家がどういう人生を送って来たのかまったく知りませんでしたが、この展覧会を通してポロックの歴史を知る機会になりました。
本展の構成は、初期から晩期に至までのポロックの作品で構成されています。
展示を見て、正直同じ作家の作品とは到底思えないような印象でした。
私は展覧会を見るまで、ポロックはアクション・ペインティングのイメージしかなかったので、これだけ作品の変化があったとは知りませんでした。
なにより、一番興味深かったのが「書」を思わせる作品があったことです。
ポロックが書道に興味があったかどうかは解りませんが、なにか通じるものを感じました。
ほんと間の使い方が絶妙です。


展覧会にあわせて、地下2階にてポロックに関する映像の上映会をしていました。
その映像はポロックにゆかりある人物や研究者にインタビューしながら、ポロックの歴史を振り返る映像作品でした。
その中で研究者がアメリカ社会の中でアートが消費物として扱われ始めたことに対して
、ポロックが苦悩していったことを述べていました。表現を追求してく画家仲間も次第に作品のことではなく、画廊の話しかしなくなっていったみたいです。
ある意味それが、今のアメリカのアート市場を作っていくことになったと思いますが、
その反面何かを置き去りにしていった感じがしました。


ポロックはそれだけストイックなアーティストだったのでしょう。


こんな偉大な画家と同時開催させて頂いたのは感無量です。


lightscape.jpg


今月末は鎌倉で個展の予定です。
今せっせと制作中です。


今回のタイトルは"夜明けのサーカス"。


私にとってサーカスとは明と暗の両方の意味を持ちます。
演じる側も華やかな舞台の裏側では悲しいストーリーもあったり、
観る側も観劇中は夢の中でも、終わってしまえば祭りの後の哀愁が残ったり、
生きていく中では、いつだって楽しい事と悲しい事が同時に存在するように思います。


"夜明けのサーカス"は、その境い目の事で、喜びが終わる瞬間。
その瀬戸際に人が見せる顔ってどんなのだろう?


こんなに寂しくなるなら、いっそ観に来なければよかった、とか、
終わってしまうのは寂しいけど、来れてよかった、とか、
人それぞれだと思いますが、今回の展示で、私なりの表情を表現できたらなぁと思ってます。


Circus.jpg



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