

あけましておめでとうございます。
年末から年始にかけて、忘年会やクリスマスなどイベント事が盛りだくさんで、あっという間に三箇日が過ぎてしまった感じです。
が、この年末年始というのは、いろいろ考えることのできる季節でもあるなあ、とつくづく思いました。
ひとつは、懐かしい友人に会うことも多い時期ということ。もうひとつは、家族と過ごす時間も多いということ。そして何より、なにかしら「節目」ということ。
12月31日から1月1日に変わるだけなのに、なぜこんなに大騒ぎするのでしょうね。(自分も含め)
同じように今だって、今日から明日に変わる瞬間、もしくは今この瞬間と次の瞬間、次々とめまぐるしく時間は過ぎ去っているのに...。
いつもいつも「瞬間」を気にしていたら、生きていけないのは事実。時折、なにかしらの「節目」で、意識するくらいがちょうどいいのでしょうね。
で、我々作家が日頃強く意識するものの一つに「締め切り」があるのではないでしょうか。作品を完成させなければならない期日というものです。
僕は今、京都嵯峨芸術大学というところに勤務しているのですが、4回生たちはこの時期「卒業制作展」というとても大きな期日に追われています。彼らを見ていても、自分の学生時代を振り返っても、この時期のこの密度は、とても貴重だと思います。物理的に同じ時間であっても、時間にも密度というものはあって、過ごし方によって内容は全然異なるものになります。作品というのは、単純計算できる作業量ではなく、時間の密度の濃さによって左右されるものだとつくづく思います。見応えのある作品と、薄っぺらい作品の違いは、そこに歴然とあらわれるのでしょう。
そのためにも「節目」というものはなんだか役立つみたいで、時折気になる存在なんでしょうね。
新年ということで気持ちも新たに、さて、今年はいかに濃く過ごそうか。たくさん見て、たくさん聞いて、たくさん考えて、そしてたくさん作ろうと思います。
皆様にとっても、濃い一年でありますように!!
クルマでの生活、と言ってもクルマに住んでいるわけではないのですが。
もはやクルマ無しではやっていけないほど、頼ってしまっています。
日々の移動はほとんど、と言っていいほど。

先日、ある人に「あんたはいつもクルマやから、お酒も飲めない。お酒のない人生なんてつまらないだろう。」というようなことを言われました。
ん?、としばらく考えていました。が、答えが出たのは一人になってからでした。
酒かクルマか、どっちかを選べと言われたら、間違いなくクルマを選ぶな、と。クルマのない人生なんてつまらないだろう、と。
まあ、世の中そんなに極端なものではないので、あくまでも例えば、の話ですが。。
さてそんな中、最近クルマを買い替えることになりました。今乗っているクルマの走行距離が約17万キロで色々ガタがきているのでちょっと前から検討していました。とは言ってもお金にも余裕がないので騙し騙し乗っていました。しかし、最近よく耳にする、エコカー減税、補助金という響き。実際、エコカーがエコだとも思いませんが、その議論はさておき、買い替えるなら今かなあ、と感じて、ついに決断を下しました。
いざ買い替えることを決めたら、嬉しさ半分、寂しさ半分。。17万キロの思い出は相当な重さでした。この狭い日本で地球を何週分やら...。
ところで、なぜこんなにもクルマの話をするかというと(クルマが好きなのかというと)、それは「クルマから見る景色」にあると思っています。クルマに限らずですが、様々な乗り物は私たちに「速度」を与えてくれます。たとえ同じ場所であっても、速度が違うことで、風景の見え方も異なります。
クルマを運転しながら見る世界は、ある種俯瞰的で、どこを見るともなく全体を見る感覚があります。これは実は、僕の作品の視点に近く、作品に描かれている多くの風景の「元」は、クルマから見た景色であったりします。はじめはなんとなく目に映り、日々繰り返して見て、いつしか自分の中に風景が取り込まれていきます。そして作品にしようと決めると、クルマを停めて、歩いてその場所に行きます。その時の感覚がなんとも不思議でたまりません。毎日繰り返して見ていた風景なのに、立ち止まって見ることで、その場所はまったく違った側面を見せてくれます。「視点の変化と、見えの違い」これは制作上での大きなテーマの一つです。
現在、いくつか気になっている地点があるのですが、近いうちに歩いて訪れることになると思います。また、お見せできるようなものができたら、紹介したいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。
今回は、自身の制作の原点と共通する(?)小学校時代の作文について書きたいと思います。
前回の記事で事物の「密度」に興味があるということを書きました。現在の制作テーマをひとことでいうならば「遍在する宇宙」です。これはどこにでも、「宇宙」はある、という意味のもので、たとえば私たちの体内の細胞もそこにはそこのある種の「宇宙」が存在する、というような感じです。
俯瞰的に眺めたり、肉迫したりすることで、同じ対象物でもちがった見え方をします。スケールが変われば、同じものでも存在感や価値観が変わることもあります。そういったことについて、小学性の時に作文に書いた記憶があります。細かな言い回しや、内容は覚えていませんが、概要は次のようなものです。
『おなじ学校の友だちに、「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「どこそこの何丁目」とか「○○のとなり」とか言うと思う。
隣町の人に「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「枚方市」と答えると思う。
他府県の人に「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「大阪府」と答えると思う。
外国の人に「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「日本」と答えると思う。
もし宇宙人がいて同じ質問をされたならば、僕はきっと「地球」と答えると思う。』
これはたぶん世界平和について書いた作文だったと思いますが、今思い返すと、現在の制作テーマの根幹となっているような気がします。
これは大学3年生時の作品「ビバラビ」です。
上記作品の部分写真です。

全体を見ると、草むらに靴がおいてあるだけに見えるのですが、細部を見ていくと様々な虫が描きこまれています。ある虫は食べ物を運び、またある虫は他の虫を食べ、あるいは食べられ、またある虫は産卵し、、、というように壮大な命の営みが、人間のスケールより小さい世界ではおこなわれている、という作品です。
はじめまして、長谷川一郎と申します
僕は、油彩を中心に絵画作品を制作しています。
今回はアーティストブログリレーに参加させていただき、たいへん嬉しく思っています。と言うと、ありきたりな挨拶の感じがしてしまうのですが、本当なんです。
というのは、僕自身は基本的に「絵画作品を制作する」のがいちばんの仕事なのですが、その先に何を求めているのかというと、「人」な気がしています。
作品の評価や感想なども含め、作品を通して人と繋がるということに、とてもおもしろさを感じています。
今回、このブログリレーのお話をいただいた時には、正直驚きました。どストライクすぎて。。
さて、前置きが長くなってしまいましたがこのブログで僕は、あまり決まったテーマを設けずに、その都度関心を持ったことを書いていこうと思います。
今回は初めてなので、自己紹介を兼ねて自分の作品を紹介します。といっても、アーティスト紹介ページで、作品は見られると思うので、作品の元となった風景を紹介します。
下の写真(茶色)は、枚方大橋を枚方側から高槻側に渡って、すぐ右折した川沿いの道の新幹線の高架と交差するあたりです。
下の写真(緑色)は、京阪八幡市駅から府道13号線に上がる道です。
どちらも日常生活でよく通る道です。僕はこのように、作品のモチーフとなる風景を日常生活の中に見つけます。パッと「描こう!」と思うことはあまりなく、何度も通るうちに、次第に「描きたいな」と思うようになります。その風景が、自分の中にしっかりと入ってからでないと描けないのかもしれません。


普段、ギャラリーなどで発表している際、「どこの風景ですか?」という質問をよく受けます。この質問はあって当然だと思いますし、ある意味嬉しくもあります。そしてこの質問に対しいつも「特定の場所は設定していません。」と答えます。なので、元ネタを公に紹介するのは初めてかもしれません。
作品テーマとしては疎と密の関係にとても興味があります。何かが密集している状態がとても気持ちよかったり(花、果実など)、あるいはとても嫌悪感をいだいたり(虫の群れ、人ごみなど)することがよくあります。それに対して、「空の抜け」の完璧に気持ちのいいこと!
これらの興味が元になっているということをごく最近、再確認しました。
最近は次の展開を模索しています。そこから脱出(?)するために今回は、思い切って、手品のネタばらしではないですが、元ネタを紹介しました。
今後の展開、活動なども、で紹介させていただきますので、これからぜひともよろしくお願いいたします!