
2月に入って、久々に滋賀県長等にある三井寺へ行きました。
十代の頃から数回訪れたことがあるはずですが、そのほとんどを不思議にも覚えていません。ともかくこの日は全く目的もなく、ただ行きたいという気持ちに従って行きました。石段を少し息切れしながら上っていく途中、枯木の枝の間に転がる小さな月。街の音は完全に遠景になっています。身近な音は、時折頭の上で線を素早く書くような鳥の声と、足下の砂利を踏む音。
自動販売機もその低い機械音を控えめに出しているのではないかと思うほど、境内はあまりに静かで、賽銭箱へ小銭を投げ入れる音が、こちらに迫ってくるようで不安になります。しばらくまた歩いて、雪が残っている広場でしっかりと雪を踏みしめてその音を楽しみました。
「耳を澄ますといふ機会は、いつの間にか少なくなつて居た。」というのは柳田國男の『明治大正史 -世相篇』に書かれている言葉です。「第一章 眼に映ずる世相」の最後の節「時代の音」は僅か3ページほどの文章で、新しい時代の音が強烈なものであったというような事が書かれています。
たとえば共同の幻聴などです。汽車が敷かれた地域では、その直後に深夜に狸が汽車の口真似をして走っているという報告が全国であったといいます。新しい音を何とか解釈することによって、把握したいという心理が働いたのでしょうか。
街や自宅など、自分の生活圏内で聞こえる音は大体決まっています。耳を澄ますことで得られるものが気づきや発見である必要は必ずしもありません。それでも耳を澄ましていないときと、耳を澄ましたときに聴こえてくる音の違いに留意してみると、そこでは何を見いだすことが出来るでしょう。それは、それまでその音に気付いていなかった事実、あるいは音の質感といったものだと自分は考えています。
柳田が書いた耳を澄ます機会の減少とは、新しい音の衝撃によって「耳を奪われ」てしまうこと、そしてそれまで「聞こえていた」音を忘れていってしまうという文脈です。慣れきっている音環境の中でも、事実や質感など発見はあるのですが、その小さなものよりももっと大きな、いわばダイナミズムのようなものを求めたくなることもあります。それ故、ある種の期待はずれを感じてしまうようになり、結果として耳を澄ます機会が減ってしまうのです。
耳を澄ますとは、音に対して能動的に意識を向けることですが、決して期待するものを手にするという態度ではないでしょう。しかし、そうであってもやはり何らかのダイナミズムを求めることが自分が作曲をする一つの動機であるのかもしれません。
こんにちは、原 摩利彦です。連日本当に厳しい寒さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。寒い季節が苦手なので、出来る限り外出をさけて春に向けて作曲スケッチをためています。
年末は雪が積もりましたね。元旦の夜明けに真っ白な山を見て、長らく忘れていた19歳の頃の夢の情景を思い出しました。僕は毎晩、複数の夢を見るのです。そして、そのほとんどを覚えています。
当時2年目の浪人をしていた僕は、静かな、そして小さな湖のほとりにたどり着きました。足下には微小な波、水面は黒く、周りには木立、そして無数の星、そして時間の経過を覚えています。どうしてこんな夢を見たのかはさておき、当時の僕にとっては印象的な夢でした。(この情景に影響を与えている映画が何であるかは自分で分かっています。) この情景を時折思い出してみることが浪人をしていた当時の一つの励みでもあったのです。
さて『更級日記』の東山の場面では、音の描写が立て続けに描かれています。
「四月つごもりがた、さるべきゆゑありて、東山なる所へうつろふ。道のほど、田の、苗代水まかせたるも、植ゑたるも、なにとなく青みをかしう見えわたりたる。山のかげ暗う前近う見えて、心ぼそくあはれなる夕暮、水鶏(くいな)いみじく鳴く。」
(現代語訳:四月の月末ごろ、仔細があって東山なる所に移った。道中は、田圃(たんぼ)の、苗代に水の引き入れてある所も、田植のすんだ所も、一面に青々として、なんとなく趣き深く見渡された。山の姿が黒ずんで、近々と目の前に迫って見え、心細く寂しい夕暮に、水鶏がしきりに鳴く。)
ここから水鶏に続き、つぶやき、僧の念仏を唱える声と明け方の礼拝の物音、ほととぎす、鹿の声といった具体的な音の表現があり、他の場面とは印象が随分と違います。そのため音世界を構築することは比較的容易であるとも言えます。「時の行者*1」のように時代を超えて、その場面に立ち会うことは出来ませんが、水鶏の鳴き声などを調べて聴けば、ある程度近い音は耳で確かめることができます。しかし鳥の声のサンプルを聴いて出来る音世界は、再現することに寄りかかったものであると言えるでしょう。
「暁になりやしぬらむと思ふほどに、山の方より人あまた来る音す。おどろきて見やりたれば、鹿の縁のもとまで来て、うち鳴いたる、近うてはなつかしからぬものの声なり。」
(現代語訳:もう明け方になってしまったろうと思う時分に、山の方から人が大勢やってくる気配がする。はっとして向うを見ると、鹿が縁先まで来て鳴いている。鹿の声というものは、近くては親しめないものである。)
この場面を読むと、僕は数年前の奈良の二月堂での自分の経験を参照します。夕暮れ時で空の色が少しずつ変化しているのをぼんやりと見つめていたときに、「ピィー」と、一匹の鹿が上を向いて鳴いたのです。上で描かれている鹿の声は、僕の経験の声とは異なるものではありますが、こちらは再現することとは違う、何か本質的なところで日記に描かれた音に通じるものがあるように思えるのです。
<いま>鳴っている音によって音世界を構築することと、経験の中にその音を沈めてしまい、その経験を参照しながら古典に描かれた音にアプローチすることとは性質が異なるでしょう。現実的には聴こえない古典に描かれた音、その世界と僕との間には隔たりがあります。その隔たりを乗り越えるべきか、もしくはなくすべきか。なくすのであれば、どのようにすればよいのか。<いま>だけを対象とするのではなく、これまでの自らの体験そして経験を隅々まで省察し、こそぎ取ろうとする意識、その試みによって描かれた音を聴く方法として有効ではないでしょうか。
*1) 横山光輝のSF漫画『時の行者』(リイド社、1993)
※原文および現代訳は、『新編日本古典文学全集 (26) 』藤岡忠美・犬養簾・中野幸一・石井文夫 校注・訳者 (小学館、1994)から引用しています。
こんばんは。クリスマスはいかがお過ごしでしょうか?僕は京都島原にある、築200年を超える「泊まれない旅館」、きんせ旅館という場所で昨日コンサートを行ってきました。
11月の末にはrimacona『黄昏とピアノ』リリースパーティを京都三条御幸町CAFE INDEPENDANTSにて行い、その後、東京、滋賀とライブをしてきました。12月後半は僕にはめずらしく6つのライブがあります。
2010年はこの&ARTに紹介してもらい、たくさんのご縁を頂きました。本当に感謝しています。このご縁から、晩秋には同じく&ARTに掲載されている映像作家・林勇気さんの個展の新作3つの音楽のご依頼をもらいました。終わりも始まりもない不思議な作品で難しかったのですが、自分の中では久々に次のステージにいけた音楽が出来たと自負しております!
さて今年最後のblog投稿となりました。今回は未発表の曲を1曲アップします。ここのところテーマとして行っている低音質で録音したピアノを中心にした曲です。
marihiko_hara_piano_2010.12.mp3
来年も断続的に『更級日記』の音は取り上げて行きます。よろしくお願いします。
みなさまよいお年を。
原 摩利彦
こんにちは。11月は僕が組んでいるrimaconaのツアー(飛び石ですが)で奈良と浜松に行ってきました。これからまた京都、滋賀、東京へと行きます。また今週からびわ湖ホールで行われる高谷史郎さんの『明るい部屋 La chambre claire』に音響として参加しており、刺激的な日々を過ごしています。
さて、僕が音を聴くということをしようとすると、時間よりも空間、すなわちその場所の方に意識が向いているといってよいでしょう。何百年も隔たった作者が体験したことを、つまり書かれていることを頼りに音を想像していき、一つ一つの音を想像の中で配置することで、少しずつその場所が立体的にできあがっていきます。
前回のブログでは、音の現れに流れがあり、構成されているように感じるという指摘をしました。これは描かれている音の現れを追っていき、全体として捉えたからであります。しかし耳を澄まして聴いてみようとするのであれば、どうしても全体を捉えにくい位置になってしまいます。だからこそ、視覚イメージとは違った世界の構築ができるのではないでしょうか。
またそこには流れる時間というイメージから離れたものがあるように思えます。話は少しずれますが、例えば都市伝説になっている「小さいおじさん」や妖精、幽霊の話など(最近よく耳にするので...)をよく検討してみると始めと終わりがあまりないことに気がつきます。その話には流れる時間は認められたとしても、孤島のようにぽっかりと我々の日常の時間からは離れています。その島に時間の流れはあったとしても、そこには始めも終わりもないのではないでしょうか。
古典に書かれたことからその音に耳を澄ますときも、時間的経過があったとしても始めと終わりとはその世界にはなく、ただふと我に返るという日常にしかないのです。
10月も半ばを過ぎたというのに、まだ昼間は半袖で過ごせてしまいますね。如何お過ごしでしょうか。僕は先日柳本奈都子とのユニットrimaconaでリリースしたアルバム『黄昏とピアノ』(Parade)のプロモーションや映像作家の林勇気さんのための作曲など慌ただしい日々を過ごしております。とはいえ夜になると月明かりで照らされた雲が高い中で、ぼんやりと時間を過ごしてもいます。冬へのやや傾斜したこの季節は好きです。
さて、今月はまた『更級日記』の音を聴いてみたいと思います。東国からやっと都につき、作者は念願の源氏物語を手に入れ、昼も夜も読みふける日々を過ごします。源氏物語にとどまらず、たくさんの物語を読みたいという欲求にかられますが、なかなか手に入れることは難しかったようです。
今回取り上げるのは七月十三日の夜の場面です。
「その十三日の夜、月いみじく隈なく明きに、みな人も寝たる夜中ばかりに、縁に出でゐて、姉なる人、空をつくづくとながめて、「ただ今ゆくへなく飛びうせなばいかが思ふべき」と問ふに、なまおそろしと思へるけしきを見て、ことごとにいひなして笑ひなどして聞けば、かたはらなる所に、さきおふ車とまりて、「荻の葉、荻の葉」と呼ばすれど答へざなり。呼びわづらひて、笛をいとをかしく吹きすまして、過ぎぬなり。
笛の音のただ秋風と聞こゆるになど荻の葉のそよとこたへぬ
といひたれば、げにとて、
荻の葉のこたふるまでも吹きよらでただに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
かやうに明るくまでながめあかいて、夜明けてぞみな人寝ぬる。
(現代語訳:
その月の十三日の夜、月が隈なく明るい折、家の者も皆、寝静まった夜中に縁先に出て座って、姉が空をつくづくと眺めて、「たった今、私が行方も知れず飛び失せてしまったら、あなたはどんなお気持ちでしょう」と尋ねるので、うす気味悪く思っていると、姉も私の様子を見てとって、別の話題に言いつくろって笑い興じたりして、聞くともなく聞くと、隣の家に、先払いをして来た車が止って、「荻の葉、荻の葉」と供の者に呼ばせるけれども、内からはいっこう返事がないらしい。車の主は呼びあぐねて、笛をたいそうみごとに吹き澄して、立ち去ってしまうようだ。そこで、
笛の音が、まさしく秋風楽のように、あわれ深く聞えるというのに、風になびくはずの荻の葉は、どうして「そよ」とも返事をしないのでしょう
と言うと、「なるほど」と言いながらも姉はこう答えた。
それにしても、荻の葉が答えるまで笛を吹き続け、しんぼう強く待つこともなく、そのまま通り過ぎてしまう笛の音の主も、恨めしいことです)」
(原文*1) (現代訳*2)
縁先で話す姉妹の声にはじまり、隣の家の前に車がやってくる。車の中の男は「荻の葉、荻の葉」と呼び、その後、笛の音が聞こえます。そしてまた車は遠くへ行き、姉妹は歌を詠みます。姉と妹と二人の声が最初と最後にあることで、音の風景としてのまとまりがよいように感じられます。
それでは細部に少し耳を傾けてみますと、姉が月を見て、どこかに行ってしまうかもしれない、という発言。この発言を作者は不気味に思います。(実際、姉はその後出産の際に亡くなってしまいます。) 作者の顔色に気づいた姉は、いろいろと話題を変えて笑い話などもします。空の月をぼんやりと眺めて姉が言った一言は、遠くへ投げかけられており、作者と話す声は妹に向けられていますね。このように声の方向を意識することができます。
次に車が隣の家にくる音ですが、おそらくこれは平安時代によく使われていた牛車であったでしょう。そうすると、牛の足音、そして車輪が回る音、地面と交わる音などが聞こえてきます。そして「荻の葉、荻の葉」。一体どのような声だったのでしょうか。 そして笛の音が鳴ります。おそらく龍笛でしょう。寝静まった夜に月があり、笛の音が響きます。
作曲家の柴田南雄は『日本の音を聴く(文庫オリジナル版)』(岩波書店、2010)の「十三 『枕草子』と『源氏物語』」の中で、日本は湿度が高く、楽器がなりにくいが、「秋風が吹き、大陸高気圧の支配下に入ってあたりが乾燥してくるとにわかに音の通りがよくなり、風の音が戸をカタカタいわせ、虫の音が障子をふるわせ、遠い水音も地面を伝ってひびいてくるようになる」と言っています。そのため『枕草子』や『源氏物語』では音に言及するのは秋が多いというのです。秋は音がもっともよく響くので、人々も音に敏感になります。ここでの笛もたいそう響いたことでしょう。
作者の記憶に強く残っている、足柄山で三人の遊女たちと出会う場面では(http://www.andart.jp/blog-relay/20100624_298.php)、音の立ち上がりが垂直に感じられ、永遠に続くかのように思われるのに対し、この縁先での場面の音は水平に近い、横への広がりを感じます。はじまりと終わりがある構成によって、ここまで音の感じ方が違うのは不思議です。出来る限り時間というものを意識しないで耳を澄ましていますが、構成を捉えてしまったことで、やはり時間のメタファーに影響されたのかもしれません。足柄山の話にしてもはじめと終わりはあるはずなのに、どうしてここまで違いを感じるのでしょう。
皆さんは、この場面の音の流れをどのように感じられたでしょうか。
*1,2 原文および現代訳は、『新編日本古典文学全集 (26) 』藤岡忠美・犬養簾・中野幸一・石井文夫 校注・訳者 (小学館、1994)から引用しています。
仲秋の名月は不意打ちに近いもので、すっかり秋になってしまいました。湖畔のスタジオで、ユニットrimaconaのリハーサルを重ねているのですが、虫たちは夏の夜とはまた違った活力を持った声を出しています。
たしかあれは十七歳のとき、お月見に知り合いに連れて行ってもらいました。琵琶湖に小さな舟を浮かべて、行灯とともに十数名でお月見をしたのを覚えています。今思い出してみると聞こえてくる音は、舟を漕ぐ音と話し声。韓国の歌を教えてもらったのも覚えています。「ムーグンファ」という歌。ムクゲの歌のようです。口伝えで教えてもらったものは少ないので、まだ歌詞はきちんと確かめずに、記憶の形のままでおいています。
このお月見は、僕の記憶の中では最も趣きのあるもので、空と湖面に映る月と二つを鑑賞できたのでした。
それにしても、仲秋の空の高さには感嘆してしまうとともに、何か音を出したいと思われるのではないでしょうか。箏や琵琶を鳴らしたり、一音で成立するのも容易に理解できます。このように楽器を鳴らすのは心情的な動機にもよるでしょうが、空間の広さを知る、もしくは広さを感じようとする動機もあったのでしょう。また楽器を演奏するよりも歌を詠むことの方が多かったと思いますが、夏と秋での声の出し方/聞こえ方にも違いがあったはずです。
秋の「傾き」はとても魅力的ですが、明け方の冷え込みには気をつけないですね。すでに喉を少しやられています。夢の中で湯につかっていても仕方ありません。夏の疲れがでないように、秋を存分に楽しみたいと思います。
この秋は、rimaconaのアルバム『黄昏とピアノ』やフランスの朗読家との共作『le soleil noir de la mélancolie』、アメリカの作曲家との共作『Prosa』など、リリースがたくさんあります。詳しくは&ARTの情報ページやrimacona-labのサイト(www.rimacona-lab.com)をご参照ください。
更級日記は、東国から京都に着いてからまだ進んでいませんが、断続的にゆっくり進めようと思います。
原 摩利彦
こんにちは、原 摩利彦です。まだまだ酷い暑さが続くものの、夏の終わりが近づいていることが感じられて、とても寂しいですね。
さて、前回、前々回と更級日記の音を聴いてきました。今回は間奏曲のように少し違う話題を書こうと思います。
前回、前々回と『更級日記』の東国から京都に至るまでの道中の音を取り上げてみました。古典の音を聴くということをテーマにこのブログを書いていますが、一体、何を聴いているのか?という疑問はいつも持ち続けています。現実としてはもちろん聴こえませんし、また『更級日記』に書かれていることがすべて事実であるとは限りません。作者の回想の記であるため、記憶の曖昧さも含まれているでしょう。しかし、それでも書かれたもの(今残っているもの)を読み、その中にある音を聴こうとする姿勢は有効であると僕は思うのです。単に自分たちの経験から音の記憶を呼び出してくるだけではありません。
2008年に亡くなった作家小川国夫氏はとても興味深いことを述べています。晩年に出版された随筆集『夕波帖』(幻戯書房、2006)に収録されている小さな随筆『耳を澄ます』には、「私の願いはただ一つ、傾聴の世界を書きたいのです。」と書かれています。小川氏は、小説とは自らが書きたいことを主張するものではなく、「聞こえてきた言葉」をとらえる、いわば「聴く」という姿勢を目指しています。自らが書こうとしている小説の登場人物に話をさせ、その声を聞き取ること。彼自身も言うように、これは「一見非条理な試み」に思えるでしょう。(彼は「その手順を考えるのが文学なのでしょう。」と述べています。)それでも小川氏の求めていた世界とは、この方法でしか到達できない、表現することが出来ないものだったのでしょう。
じっと登場人物たちが話をし始めるまで。その声が聞こえるまでじっと耳を澄まして待つこと。こういった彼の態度の中に、今創造するための最も大切なことが含まれているように感じるのです。
原 摩利彦