
こんにちは、原 摩利彦です。もう12月になりましたね。11月は勝負の月でしたが、何とか乗り切りました!
さて、11月は久々に海外でのライブがありました。ナントにあるLe Lieu Uniqueという施設が、僕ソロとrimacona(ボーカル柳本奈都子と組んでいるユニットwww.rimacona-lab.com)を招待してくれたのです。(航空券が来たのは出発の3日前でヒヤヒヤしましたが...)

今回はツアーではなく、1公演のみで、公演の前にレコーディングが予定されていたのですが、相手側の都合で中止になり、ゆっくりをナントの街を楽しむことができました。非常に静かな街で、ゆったりとして、朝は教会の鐘の音で目が覚めます。例年この時期は、しとしとと冷たい雨が降るようですが、幸いずっと天気に恵まれ、暖かい日が続きました。そのため夜になると街中に人々が溢れ、ディナーを楽しんでいました。

会場のLe Lieu Uniqueはビスケット工場跡を文化施設に作り直したもので、大きなギャラリー、ホール、バーにレストラン、アーティスト制作スペースなどがある総合施設です。コンサートのオーガナイズは、2009年に京都のVilla九条山に滞在していたMANのRasim Biyikli。出演は彼自身と、パリからTomoko Sauvageさん、rimaconaと僕でした。大きく扱ってくれて、会場の冊子ではパティ・スミスのとなり(写真はいかにもですが...)。パティ・スミスのライブにも招待してもらい、とても楽しみました。「Don't forget to dream!」というストレートなメッセージに感動しました。(ステージには赤いバラがあって...)

楽屋は非常に広く、憧れの楽屋でりんご生かじりもしたり。音響も照明もしっかりとスタッフが進めてくれて、気持ちよく準備できました。(ライブの時の写真がまだ手元に届いておらず、今回はアップできないのです。すみません。)今回は緊張よりも早く演奏したいという気持ちの方がはるかに大きくて、思い切り演奏することができました。反応もとてもよく、たくさんの人に声をかけてもらいました。


摩利彦ソロセットでは、ピアノソロの他、祖母のフィルムを使ったパフォーマンスもしたのですが、最後の最後でスライドプロジェクターの電球が切れるというアクシデントがありました。何十年も電球を替えてないので当然ですね。最後の方でよかったです。

ライブの次の日には、ナント三大陸映画祭のインタビューを受け、ピアノの即興をレコーディング。その他、柳本の声がジングルに使われています。
まだ1カ月も経っていないのに、もう随分と前のように感じます。ずっとお家に泊めてくれ、毎日おいしい料理とワインを出してくれたマダム、マリー・クリスティーヌに心から感謝。
帰国後はすぐに法然院での「第2回 悲願会」、そしてクラブメトロでの「ATAK Dance Hall」でした。前者にはVilla鴨川に滞在していたNina Fischer & Maroan el Saniの撮影も入りました。
そして桑折現さんの舞台『boat here, boat』。このことは近々、桑折さん自身がブログに書かれることでしょう!!
こんにちは、原 摩利彦です。
暑くなったり、寒くなったりの毎日ですね。
9月から10月にかけてのライブラッシュ(といってもそこまで多くはないのですが)
も一息ついて、今は12月の舞台の作曲に集中しています。
さて、先日鴨川沿いにあるゲーテインスティテュート、ヴィラ鴨川が公式にオープンしました。ここはドイツのアーティスト・イン・レジデンス施設です。
1カ月ほど前から、Villa鴨川に滞在しているミュージシャン、Andi Otto(アンディ・オットーhttp://www.andiotto.com/)と交流を持ち、セッションを重ねてきました。
彼はハンブルグ出身で「Fello」というチェロとセンサー、ソフトウェアを組み合わせたシステムをアムステルダムの実験スタジオSTEIMの協力のもと、開発しています。
10月26日に開催された開所式では、ヴルフドイツ連邦共和国大統領や門川市長が出席する中、アンディとともに演奏しました。アンディのチェロ(Fello)ソロの演奏の後、僕はキーボードで参加。キーボードの音を彼がチェロの弓だけでコントロールするというものでした。僕の演奏に彼が反応し、リアルタイムに加工された音を聴いて、反応して弾くのはなかなか難しい。
演奏時間は5分。構成は大体決めてあり、実際ほとんど使いませんでしたが、隠れモチーフは、シ♭、ラ、ド、シ(ナチュラル)。これはドイツの音名でB-A-C-H、バッハです。作曲と即興の間を行き来しながらの興奮の5分でした。

予想以上に反応がよくて、壇上で大統領に握手してもらい、その後もたくさんの人に声をかけてもらいました。
(海軍のような格好をした大統領の付き人に古典的なジョークでからかわれました...)
演奏が終わって控え室に入って、twitterを見ると伊勢谷友介監督新作『セイジ -陸の魚-』(音楽監督:渋谷慶一郎)の情報が解禁に!!!参加アーティストは、OVAL、ミカ・ヴァイニオ(ex. PAN SONIC)、evala、真鍋大度、Ametsub、永井聖一(相対性理論)、原 摩利彦です。東京国際映画祭の特別招待作品で上映されたようですが、一般公開は来年のようです。
『セイジ -陸の魚-』
http://www.seiji-sakana.com/
http://natalie.mu/music/news/58661
今週は、桑折現さんの舞台(http://dots.jp/boat/)のリハーサルで川崎へ。再来週はフランスへと向かいます。ナントのLe Lieu Uniqueという場所で、11月15日にrimacona / 原 摩利彦のライブです。
http://www.lelieuunique.com/site/index.php/2011/11/15/man-180-retour-du-japon/
霜月は勝負の月です。
もうすっかり秋、と思いきや、また暑い日が戻ってきました。
それでも夏は終わってしまったような気がして寂しいですね。
さて今日は午後より京都嵯峨にある大覚寺にリハーサルに行ってきました。
明日から3日間、このコンサートに出演します。
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「観月の夕べ」
9月10-12日 (各日とも2回公演 18:00 -18:30 / 19:10 - 19:40)
@旧嵯峨御所大覚寺門跡
(〒616-8411 京都市右京区嵯峨大沢町4)
拝観料500円
www.daikakuji.or.jp/
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毎年、中秋の名月の頃に催されるイベントのコンサートに、今年は僕がボーカルの
柳本奈都子と組んでいるユニットrimacona(リマコナ)が選ばれました。
大沢池に舟を浮かべてお月見もできます。
非常に緊張していますが、心を落ち着かせて演奏してきます。
何とか3日間晴れるように祈ってください。
この&ARTのサイトでも試聴することができる『Nostalghia』(2009)という作品は、祖母が残したフィルムにインスピレーションを感じて作ったものです。先日も探し物をしているとまた新たにフィルムが出てきました。今回はホノルルとニューヨークのフィルムでした。
これらのフィルムは、1967年に祖母がベルリン、パリ、ローマ、ポンペイ、アルプスなどを旅行した際に撮影したものです。僕が幼かった頃に何度か映写機で投影したことがありましたが、当時はそこがどこであるのかなどには全く興味がなく、ただ投影することだけが楽しかったようです。その後、このフィルムは祖母が亡くなるまで手にすることもありませんでしたし、また不思議なことにこの旅行の話題もあまり出てきませんでした。
覚えているのは、ほんのいくつかの短い笑い話程度。それ以外は何も聞いていません。晩年、僕はかなり時間を彼女と過ごしたのもかかわらず、どうして話してくれなかったのだろうと今でも思うことがあります。
しかし、この投影した風景を見ているとその気持ちはなくなってきます。部屋を暗くして、白い壁に投影し、ピントを合わせてしばらく眺める。少し沈んだ色の中で、外国の風景、そして時折、若い祖母や祖父がこちらを向いてすましています。
ただそこにあるフィルムは、本当にそこにあるだけで、「亡き祖母の」というような感傷的な要素を僕に強要しません。そのため、僕は自由に創作をすることが出来るのです。
Marihiko Hara Live @Villa Kujoyama 2011
"I composed this album "nostalghia" after being inspired by several transparency films my grandmother had left me. The films were taken in 1967 during her travels in Britain, France, Italy, Denmark, Germany, the Soviet Union, USA and so on. She had rarely told me about her travels, (I am not sure why), except for a few funny stories. Nostalghia is the process of my efforts through composition in approaching a memory embraced in those films. The image of this album was designed by my partner Natsuko Yanagimoto (a vocalist of "Rimacona", she is also a photo-based artist). She designs with an unique method; scanning the films, printing them on cloths or papers, sewing them and re-scanning. Some of tunes within this album have been used in contemporary dance performance." - Marihiko Hara
「もう春だ」と言えるような暖かな日は、なかなか定着してくれず、まだ冬の格好をしています。本当に寒さで体が凝りますね。先日、腕で目を覆い、仰向けに寝転びながら考え事をしていると、ふと長らく忘れていた記憶を思い出しました。
十四歳の夏、仲の良い友達と二人でイギリスに一ヶ月ほど滞在していたときのことです。(彼の父親はイギリス人で、お家に泊めてもらったのです。)ある日、友達と二人でロンドンのバスに揺られていると、大柄な黒人女性が乗ってきました。そして二人がけの席にどしりと座ると、背もたれに腕をかけながら歌い出したのです。当時(今もそうですが)、バスの中で歌うなんてことは信じられず一瞬驚きましたが、ゆっくりと、優しく歌う聖歌と昼下がりの陽、いつの間にか眠ってしまいました。
「降りろー!」と運転手が怒鳴る声に目を覚ましたときには、終点まで
乗り過ごし、ロンドン郊外にて降ろされたのでした。
しばらく連絡を取っていなかった彼に電話をかけると歌は覚えていないが、郊外で降ろされたのは鮮明に覚えているとのこと。近況を話し合い、近いうちに再会することを約束しました。
記憶とは過ぎ去ったもの、時にはとても個人的なものであり、閉じたものであることもあります。しかしながら、同時に記憶は常に<いま>に作用してくれるものでもあります。
今回も、疎遠になりかけていた友人とのつながりを更新してくれました。記憶と<いま>との関わりをどう持たせるのか。記憶の持ち主、それぞれの役割であるでしょう。感傷的になりすぎず、記憶へと眼差しを向ける、あるいは耳を傾けることは有効であると思うのです。
2月に入って、久々に滋賀県長等にある三井寺へ行きました。
十代の頃から数回訪れたことがあるはずですが、そのほとんどを不思議にも覚えていません。ともかくこの日は全く目的もなく、ただ行きたいという気持ちに従って行きました。石段を少し息切れしながら上っていく途中、枯木の枝の間に転がる小さな月。街の音は完全に遠景になっています。身近な音は、時折頭の上で線を素早く書くような鳥の声と、足下の砂利を踏む音。
自動販売機もその低い機械音を控えめに出しているのではないかと思うほど、境内はあまりに静かで、賽銭箱へ小銭を投げ入れる音が、こちらに迫ってくるようで不安になります。しばらくまた歩いて、雪が残っている広場でしっかりと雪を踏みしめてその音を楽しみました。
「耳を澄ますといふ機会は、いつの間にか少なくなつて居た。」というのは柳田國男の『明治大正史 -世相篇』に書かれている言葉です。「第一章 眼に映ずる世相」の最後の節「時代の音」は僅か3ページほどの文章で、新しい時代の音が強烈なものであったというような事が書かれています。
たとえば共同の幻聴などです。汽車が敷かれた地域では、その直後に深夜に狸が汽車の口真似をして走っているという報告が全国であったといいます。新しい音を何とか解釈することによって、把握したいという心理が働いたのでしょうか。
街や自宅など、自分の生活圏内で聞こえる音は大体決まっています。耳を澄ますことで得られるものが気づきや発見である必要は必ずしもありません。それでも耳を澄ましていないときと、耳を澄ましたときに聴こえてくる音の違いに留意してみると、そこでは何を見いだすことが出来るでしょう。それは、それまでその音に気付いていなかった事実、あるいは音の質感といったものだと自分は考えています。
柳田が書いた耳を澄ます機会の減少とは、新しい音の衝撃によって「耳を奪われ」てしまうこと、そしてそれまで「聞こえていた」音を忘れていってしまうという文脈です。慣れきっている音環境の中でも、事実や質感など発見はあるのですが、その小さなものよりももっと大きな、いわばダイナミズムのようなものを求めたくなることもあります。それ故、ある種の期待はずれを感じてしまうようになり、結果として耳を澄ます機会が減ってしまうのです。
耳を澄ますとは、音に対して能動的に意識を向けることですが、決して期待するものを手にするという態度ではないでしょう。しかし、そうであってもやはり何らかのダイナミズムを求めることが自分が作曲をする一つの動機であるのかもしれません。
こんにちは、原 摩利彦です。連日本当に厳しい寒さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。寒い季節が苦手なので、出来る限り外出をさけて春に向けて作曲スケッチをためています。
年末は雪が積もりましたね。元旦の夜明けに真っ白な山を見て、長らく忘れていた19歳の頃の夢の情景を思い出しました。僕は毎晩、複数の夢を見るのです。そして、そのほとんどを覚えています。
当時2年目の浪人をしていた僕は、静かな、そして小さな湖のほとりにたどり着きました。足下には微小な波、水面は黒く、周りには木立、そして無数の星、そして時間の経過を覚えています。どうしてこんな夢を見たのかはさておき、当時の僕にとっては印象的な夢でした。(この情景に影響を与えている映画が何であるかは自分で分かっています。) この情景を時折思い出してみることが浪人をしていた当時の一つの励みでもあったのです。
さて『更級日記』の東山の場面では、音の描写が立て続けに描かれています。
「四月つごもりがた、さるべきゆゑありて、東山なる所へうつろふ。道のほど、田の、苗代水まかせたるも、植ゑたるも、なにとなく青みをかしう見えわたりたる。山のかげ暗う前近う見えて、心ぼそくあはれなる夕暮、水鶏(くいな)いみじく鳴く。」
(現代語訳:四月の月末ごろ、仔細があって東山なる所に移った。道中は、田圃(たんぼ)の、苗代に水の引き入れてある所も、田植のすんだ所も、一面に青々として、なんとなく趣き深く見渡された。山の姿が黒ずんで、近々と目の前に迫って見え、心細く寂しい夕暮に、水鶏がしきりに鳴く。)
ここから水鶏に続き、つぶやき、僧の念仏を唱える声と明け方の礼拝の物音、ほととぎす、鹿の声といった具体的な音の表現があり、他の場面とは印象が随分と違います。そのため音世界を構築することは比較的容易であるとも言えます。「時の行者*1」のように時代を超えて、その場面に立ち会うことは出来ませんが、水鶏の鳴き声などを調べて聴けば、ある程度近い音は耳で確かめることができます。しかし鳥の声のサンプルを聴いて出来る音世界は、再現することに寄りかかったものであると言えるでしょう。
「暁になりやしぬらむと思ふほどに、山の方より人あまた来る音す。おどろきて見やりたれば、鹿の縁のもとまで来て、うち鳴いたる、近うてはなつかしからぬものの声なり。」
(現代語訳:もう明け方になってしまったろうと思う時分に、山の方から人が大勢やってくる気配がする。はっとして向うを見ると、鹿が縁先まで来て鳴いている。鹿の声というものは、近くては親しめないものである。)
この場面を読むと、僕は数年前の奈良の二月堂での自分の経験を参照します。夕暮れ時で空の色が少しずつ変化しているのをぼんやりと見つめていたときに、「ピィー」と、一匹の鹿が上を向いて鳴いたのです。上で描かれている鹿の声は、僕の経験の声とは異なるものではありますが、こちらは再現することとは違う、何か本質的なところで日記に描かれた音に通じるものがあるように思えるのです。
<いま>鳴っている音によって音世界を構築することと、経験の中にその音を沈めてしまい、その経験を参照しながら古典に描かれた音にアプローチすることとは性質が異なるでしょう。現実的には聴こえない古典に描かれた音、その世界と僕との間には隔たりがあります。その隔たりを乗り越えるべきか、もしくはなくすべきか。なくすのであれば、どのようにすればよいのか。<いま>だけを対象とするのではなく、これまでの自らの体験そして経験を隅々まで省察し、こそぎ取ろうとする意識、その試みによって描かれた音を聴く方法として有効ではないでしょうか。
*1) 横山光輝のSF漫画『時の行者』(リイド社、1993)
※原文および現代訳は、『新編日本古典文学全集 (26) 』藤岡忠美・犬養簾・中野幸一・石井文夫 校注・訳者 (小学館、1994)から引用しています。