アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

昔、中学校の頃によく地元の体育館でやっていた新日本プロレスを見に行っていました。当時見ていたプロレスラーの中に西村修という選手がいたのですが、この間たまたま大阪で再会しました。


参議院選挙のためいろいろな場所で選挙の演説をやっていたのですが、西村さんも出馬していたのです。

僕の知っている西村さんはプロレスラーで、当時の印象ではそんなに強いほうではなかったのですが、とてもガッツがあり粘り強い試合で観客を盛り上げていたような気がします。まさに正統派プロレスラーです。

しかし、途中で医師に癌を宣告されて一時はプロレス人生も危ぶまれたのですが、長い闘病生活により癌を克服されました。


そのあとくらいからは僕はあまりプロレスを見なくなっていたのですが、先ほど調べた所によると
映画「いかレスラー」の主題歌を歌っていたり、2007年にハッスルにも「ムガール帝国の賢人」という設定でニシム・ラマとして参戦していました。

その後も活躍されていたので嬉しく思いました。もちろんプロレス人生も続行されています。

そんな西村さんにたまたま再会したのです。
再会したといっても演説を一方的に見ていただけだったのですが、ふとした瞬間に周りで聞いていた人たち一人一人に順番に握手をしはじめました。
はじめは手前にいた人達に握手していたのですが、だんだん2列目の人達、その次に3列目の人達とどんどん僕の方に西村さんが近づいてきました。そして僕の前に立っていたおばちゃんのところまで西村さんはやってきました。

しかしその時点でたくさん人がいたせいか、西村さんの握手する方向が少し斜めになりはじめていました。

ヤバい!反れるっ!

 と思った瞬間、西村さんは僕の方を振り向き僕のあきらめて下がっていた手を持ち上げ、両手でグッと握手をしてくれました。

西村さんとの再会です。


僕は握手したとき何か昔プロレスを見ていた事とかしゃべろうと思ったのですが恥ずかしくて何も声が出ませんでした。
そして西村さんは一人一人に握手をしながら名刺も渡しており、僕も名刺を頂きました。


有名人の名刺なんて初めてです。     しかもプロレスラー。            しかも西村修。


この名刺に自分の展覧会のDMなんか送ったら見に来てくれるのでしょうか。
もし見に来てくれるのならば、もっとプロレスについて話たい。
癌を患いながらもその屈強な精神力で乗り越えた西村さんのプロレスに対する思いはどこからくるのか。西村さんにとってプロレスとは何なのか。


僕の好きなのは参議院の西村修ではなく、プロレスラーの西村修なのです。
プロレスに人生をかけている西村修が好きなんです。


この西村修のプロレスを自分で置き換えてみるとこれはやはりアートなのかもしれません。

しかしながら、西村さんほどのストイックさがまだ僕には無い様な気がします。
もっとこの精神を見習わなければなりません。

では実際どうすればこの様な強靭な精神力(ストイックさ)を養うことが出来るのか。
西村さんは癌の克服後、インド哲学に興味を持ちインドに修行の旅に出かけています。


西村さんはこうおっしゃっています。

「インドの人々のすごいところは、死を恐れないことです。彼らは、死ぬことが怖くない」


そうです、インドに行けば良いのです。


そんな西村さんが今夜歌います。
映画「いかレスラー」の主題歌で

「いかレスラーの歌」       

http://www.youtube.com/watch?v=IHb2Cq5F4Kg

何日か前、地元(広島県)の友達から何件か携帯に着信があり何となくめんどくさくてその時は電話にでませんでした。

その何分か後にまた別の地元の友達から着信があり、それも何となくでませんでした。


はじめは同窓会か何かの電話だろうと思いあとでかけ直そうと思っていたのですが、頭の中でふと嫌な事を想像してしまいました。


その事を考えると何だか怖くなり、結局その日は電話しませんでした・・・。


そして次の日、ぼくが図書館で調べものをしている最中に昨日の友達からメールがありました。
おとつい、中学からの親友が亡くなりきのう通夜があったという内容でした。
昨日ふと頭の中で想像してしまった事が現実に起こっていたのです。
すぐに友達に電話しました。原因は交通事故でした。


図書館で読んでいた本も一瞬で読む気がなくなりとりあえず一人になりたくて、自転車を立ちこぎで家に帰りました。
そして部屋の中で、しばらくの間は突然の事に現実を受け入れることができなくて頭が混乱していました。しかし徐々に頭の中に彼の顔が浮かんできて、最後に新年会でしゃべったテクノについての話を思いだしていました。   気がつくと涙がでていました。


矢野くん  「はんな、最近俺テクノにハマっとるんよ。」


 僕         「テクノかぁ、俺も最近聴くようになったけど、YMOとかPerfumeとかいいよねぇ〜」


矢野くん  「俺は最近は卓球ばっかり聴いとるんよ、はんなの何かオススメとかってあるん??」


 僕         「メジャーなのでいえばAphex TwinとかKraftwerkかなぁ〜」

           
               「ちなみに最近ずっと聞いとるのは今iPodに入っとるけどこのClarkって人のこの曲(Herzog)!!」


矢野くん  「へえぇ〜、どんなん??聴かして!!」


 僕         「いいよ、ちょっと聴いてみんさい。」


周りの友達が騒いでいる中、このあと矢野くんはずっと僕のiPodを聴いていました。


と、すごく鮮明にこのやり取りを覚えています。
このやり取りが最後だったと思うとすごく悲しくなりました。 


すると、なにやら隣人の部屋(103号室)から壁越しに動物のような鳴き声がかすかに聞こえてきました。


子犬の鳴き声の様な、あえぎ声の様な・・・。  
そうです。
男女が絡み合う音です。 そのいやらしい声や音はだんだん大きくなっていきエスカレートしていきました。


死を現実に受け止めていた僕と、女をやさしく受け止める隣人。


この日、僕の住む102号室と隣人の103号室は、隣り合う「死」と「生」が壁一枚でつながっていたのです。
もちろん逆に102号室が「生」で103号室が「死」の時だってあるかもしれません。


お盆には矢野くんに会いにお墓参りに行こうと思います。


           今夜の曲はClarkで 「Herzog」 

http://www.youtube.com/watch?v=34qiDNa4U48&feature=related 

極光(オーロラ)という歌があります。
もちろん、さだまさしさんの曲です。


最近のテーマソングです。バイクや自転車に乗っているときも口ずさみますし、
お風呂に入っているときやトイレでしているときも口ずさみます。ごはんを食べているときは? 
もちろん口ずさみません。
行儀が悪いのでぜったいダメです。


例えばご飯を口に含んでいる時に口ずさむと米つぶは飛んでしまいますし、
みそ汁を飲んでいる時に口ずさむと汁はテーブルに散ってしまいます。
その飛び散った米つぶや汁はいったい誰が掃除するのでしょうか?
そうです、自分です。


しかし例外があります。


犬のフンです。
歩道や公園にたまに落ちている犬のフンがあります。
しかしながら、全然犬は悪くありません。もちろん悪いのは飼い主である人間です。
公衆便所はありますが、犬のはありません。ましてや猫のもありません。
あるのは人間ののみです。だから人間がフンを拾わなければなりません。


話がそれましたが、歌詞のなかに「人間が狭いわっかのなかで傷つけ合うのを静かに見てる」というフレーズがあります。
何故だか分からないのですがこの部分がお気に入りです。


いつかこのセリフをいってみたいものです。
いったいどのようなシチュエーションでこれを言えるのでしょうか。


今年の2月頃、東京タワーのてっぺんに登って街を見おろした瞬間がもしかするとコレを言うチャンスだったのかもしれません。


次に言うチャンスが来るとすれば、いまはまだ建設中ですが東京スカイツリーに登った時にコレを言おうと思います。
ちなみにスカイツリーは東京タワーの約2倍の高さになるみたいです。

人間は少しずつではありますが宇宙に近づいています。


そんななか、今夜も歌ってくれます。


さだまさしさんで「オーロラ」。


http://www.youtube.com/watch?v=SzORi7JBAuM


さだオーロラ.jpg

昼飯に行きつけの店(3回目)で坦々麺を食べたあと、
TUTAYAで借りたいCDを視聴コーナーで散々吟味した末結局なんも借りず出で来る。
バイクにのって家に帰る途中に、歯と歯の間に肉の塊を発見し、
かんでみると昼の坦々麺の味が口に広がりちょっと得した気分になります。


おひさしぶりです。花岡です。
といっても誰にむけて書いているのかわかりませんが。


最近すこし友達の結婚式の手伝いや搬入搬出の手伝いやらでなかなか自分のことに集中できず、
思考がだいぶ散らかってきています。食生活も暴飲暴食が多く、お酒も飲んでばかりです。
しかし、きのういった焼肉屋はおいしかった。


僕の知り合いが誕生日ということもあって焼肉というかホルモン屋にいきました。
誕生日といえば恒例のプレゼント渡しですが、
僕はだいたい手作りします。コストがかからないうえにとてもオリジナルなものだからです。


この間も結婚式の2次会で新郎がオリジナルカクテルをお客にプレゼントしていました。
やはりこういうものは嬉しいものです。オリジナルなものは人の心を動かします。
もとからあるものを真似ることはとても簡単です。
オリジナルなものを作ることはそのひとの哲学が問われることになります。
ゆえに責任というものがついてきます。
責任を負って作られたものは人の心を動かします。   ってなんだかよく分からなくなってきましたが。


カレーもそうです。レトルトのカレーを食べるよりもやはり手作りのカレーを食べるほうが断然おいしいです。
機会でにぎった寿司よりも職人のにぎった寿司のほうが美味しいですし、
プラスティックの棒で頭を叩かれるよりも、頭突きのほうが断然ぬくもりを感じます。
要はぬくもりっていいね!ってはなしです。
おやすみなさい。


◎写真は誕生日プレゼント
陶芸のユウヤクのような絵具で陶器に描いてオーブンで焼くと焼き付きます
キャプテン翼をイメージして絵付けしてみました。
オリジナリティのかけらもありません。


雑炊1.jpg


雑炊2.jpg


ぞうすい.jpg

自転車で道を走っている時、急におならをしたくなる時があります。そんな時は一応後ろに人がいない事を確認したあとに放出します。


自転車で思いだしたのですが、今日松屋で昼飯を食べて帰る途中、草笛を吹きながら自転車に乗っているおじさんにすれ違いました。そして目が合いました。そのおっさんの目はとても澄んでおり、すれ違い際に一瞬ぼくも何か澄んだ気持ちになりました。そして草笛の音はドップラー効果で音程を変え小さくなっていきました。


と、訳の分からないシチュエーションでしたが、一瞬だけ優しい気持ちになれた気がしました。
今頃おっさんはまた別の知らない人を強制的に優しい気持ちにさせていることでしょう。
またどこかですれ違いましょう。おっさん(草笛)


次すれ違う時は僕も草笛ふけるように練習しておくからね!おっさんのように上手くふけるかは分からないけど・・・。   


おっさん  「草笛を上手くなるにはなぁ、最初はへたでもいいんじゃ、人前でかっこ良くふこうなんて 思っちゃだめじゃ、世間を気にしてちゃぁ外で草笛なんかふけんからのう。」


花岡    「そうですね、かっこつけてる自分が草笛ふいたところで絶対人の心には届かない・・・。」


おっさん  「唇と葉っぱがお互いを信頼し、唾液の温度が葉脈の温度とまじわって息が一つになった 時、はじめてオーディエンスに響くんじゃ。」

   
   って、んなわけはない。

 
最近自分の頭の中のアイデアにすごく懐疑的で、いろいろなイメージを考えはするもののすぐに放棄してしまう。
頭が固くなって来たのかもしれません。老化現象でしょうか?


聞いている音楽もこのあいだは電子音楽だとかポストロックだとかブレイクコアだとか言っていましたが、ここ最近はなぜか  さだまさし です。
よりによって哀愁のにじみでる さだまさし さんです。


さだまさしの人間の心のやさしさをうたう歌詞に感動してしまう様な陳腐な脳みそになってしまいました。
脳も大人になるのでしょうか。
そんなことを言っているあいだにいつの間にかTUTAYAで さだまさし のCDをむさぼるようにさがしている自分がいます。


さだまさしさんに洗脳されてしまっては、今後の芸術人生が危うい!
人間のやさしさや慈悲の心を養ってしまっては作品はつくれない。心が磨かれてしまう。もっと脳をツルツルにしなければ。


もっと感情を無機質にしてプラスティックの脳を取り戻さなければなりません。
清められた脳みそをシンナーでごしごし洗ってあげなければなりません。
そのためには さだまさしさん からはお別れをしなければなりません。


さようなら さだまさしさん。


こんな さだまさしさんが今夜歌います。
「いのちの理由」


http://www.youtube.com/watch?v=uazslF9E2vM

むかし何気なくyoutubeをサーフィンしていたらぐうぜん興味深い動画に遭遇しました。
二人がチェスをするみたいにコマをボードに置いていくと、置いた場所が音になりだんだん音楽が出来上がっていくというパフォーマンスでした。


http://www.youtube.com/watch?v=detM789SPI0


さいきん見た展覧会でそのパフォーマンスをやっていた人がその音の出るボードをYAMAHAとコラボして最新版(TENORI-ON)を展示していました。


なぜか僕は最近このような電子系のモノに心惹かれます。
それとは逆に作品をつくるときは、はじめたばっかりですが木を彫っています。
木を彫るときはいつもipodで電子の音楽を聞きながらノミを叩きます。
このアナログな感じに電子の音を組み合わせるのはとても心地よいです。
楠木のあの鼻がスッとするような独特の臭いを嗅ぎながら耳のなかはエレクトロニカやテクノです。楠木の臭いは長渕剛の方が似合うかも知れませんが、エレクトロニカやテクノです。


この電子音に癒される感覚が僕にも良くわかりません。人工的な音なはずなのに気づくとトリップ(宇宙旅行にいったような気分になる事)してしまいます。
自然の音で、川のせせらぎや鳥のさえずりではトリップできません。もちろんEXILEの歌やダンスではトリップできません。


むかし僕はゲームッ子でした。学校や塾が終わると家に帰ってすぐテレビゲームをやっていました。その時やっていたゲームはすごくハマってしまい、結局そのゲームのサウンドトラックのCDまで買ってしまいました。当時のゲームの音楽の主流の音は人工的な電子音でした。
僕の初めて買ったCDは今思うと、広瀬香美でもなく久保田利伸でもなくゲームのサウンドトラックでした。今思うと。


もしかすると、今僕の癒されているこの電子音の由来はゲームの音なのかもしれません。
そして今僕がメガネなのもゲームで毎日テレビを近くで見ていたせいなのかもしれません。
メガネ男子が流行って良かったです。これが流行っていなかったらただのメガネの男性でした。


メガネを買う時に気をつけなければいけないことは、お店に行く時は必ずコンタクトレンズをして行かなければいけません。メガネで行くと、いろいろ店のメガネを試着し鏡を見た時に裸眼になるので全然顔が見えなくなります。自分の顔にあっているのかどうか、ぼやけて判断できなくなります。
あとレンズの度がきつい人は、少し値段はあがりますが薄型レンズをおすすめします。分厚いレンズだと、試着のときは似合っていたメガネも、仕上がった時にはまったく別次元のメガネに早変わりです。目がもの凄くちっちゃくなります。


もの凄くちっちゃくて腹がたちます。
そして結局そのメガネは自分の部屋用として活用することになります。


tenorion_sosa.jpg

居酒屋での飲み会などで座敷にあがったときに自分の足が少し臭う時があります。
その場合、臭いが気になり会話に集中できなくなることがあります。
もしかすると隣の人の臭いかと疑ったりしますが、確実に自分のです。
最終の確認をするためいったんトイレに向かいます。トイレに着くと足を手で持ち上げ鼻に近づけます。
そして本当に自分の臭いだという事を受け入れます。
もしトイレに手の乾燥機があれば靴下を乾かし少しだけ臭いをちらすことができるかも知れません。
しかし無かったのであきらめます。
座敷にもどるとなるべく足の裏が露出しないようにあぐらをかき、両太ももに両足裏を収納します。
地面と太ももで足の裏を真空パックにする気持ちで行います。これはかなり効果的です。
しかし100%臭いが漏れていないかというとそうではありません。
少なくとも隣の人にはやんわり気づかれています。
もしメニューに「そら豆」などがあれば近い臭いなので少しごまかすことができるかもしれません。
3皿ぐらい注文するのが理想です。しかし無かったのであきらめます。
時間が経つと真空パックも足がしびれてきます。そうなると足を組み替えるしかありません。
しかし足を組み替える時はとても危険です。いままで閉じ込めていた臭いが放出されるかもしれないからです。
素早く組み替えます。少しでも放出を減らすために思い切って自分の鼻で吸い込みます。
吸い込んでしまえばこっちのものです。
「吸われる前に吸う」です。


しばらくするとなんだかんだで飲み会は終了します。
一段落です。


下品な話をしてしまいごめんなさい。次回はアートについて話たいと思います。


ashinonioi.jpg



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