
ここ最近ほとんど休みもなく仕事があり、帰っては寝るだけの生活を繰り返していたわけです。
仕事ととは詳しくいうと、ひらかたパークに新しく出来るアトラクションの立体看板を作って現場に設置するという内容です。原型は発泡スチロールを削って作っていくのですが、これがなかなか難しくて、基本2人で作っていくのですが、形をつめていく段階になると、どうも自分の造形に関するこだわりや癖が出てきてしましい、社員のかたにダメだしをされてしまします。いかに自分を殺してデザイナーの意図を形にできるかということが求められてきます。傍から見れば、この造形の仕事はもの作りをしている人からすればとても楽しそうな仕事なのですが、実は逆で自分と言うものが全く主張できないとても苦しい仕事なのです。ある意味アカデミックなのです。
サイズも3メートル×4メートルととても大きなものなので、超肉体労働。
そんなこんなで、心も体もボロボロになってしまいました。
しかし社会人としてはこのような状況は当たり前のことかもしれません。
日々生活を営むためには自分のちからでなんとかお金を稼いでやりくりしなければなりません。
生きていという事はこうゆうことなのです。お金がなければ例えやりたいことがあったとしても続けていく事はできません。
僕の場合は美術を続けていくことなのですが、これもまたお金がかかります。自分の住んでいる家の他に制作場所(アトリエ)を借りたりすると、月々の収入のほとんどが家賃で消えていきます。光熱費も意外とかかるし。結局お金がないと何もできないわけです。
そういえば大学時代に、「お金の事なんか気にしてちゃ良い作品なんてできないよ。」なんて言われた事がありましたが、今思えばその言葉は当時、社会的に保証された学生だったからこそ言えたことだったんだなと、最近気づいた。とても幸せな言動だったということに。
実はお金のことを常に気にしていかなければ作家として続けて行くこともできないし、心底追い詰められた状況にならないと良い作品も生まれてこないのです。もちろん作品が評価されお金も入ってくるようになれば、それに伴って作品や展示にかけるお金も自然と増えてくるでしょう。
そりゃ金持ちの家に生まれていたら働かなくても一生作品のことばっかり考えることが出来たかもしれません、しかしその分ストイックな精神は一生身につくこともないでしょう。
短い人生の中で、優先順位の頭に芸術を続けて行きたいという願望がくるとなれば尚更、生活力というものが必要になってきます。夢を追い続けるが為にいつまでも親から支援を受けていては結局は金持ちのボンボンと一緒で、向上心の欠片も生まれないままボォ~っと鼻たらしながら作品作ってそれを友達に見せて褒められて満足するだけで一生を終えてしまうのです。生活力とはただでさえ市場の少ない美術作家にとってはとても重要な能力なのではないでしょうか。
ほじゃけん、「母さん、もう仕送りえんよ。こっちはこっちで頑張るけぇ」
そして今夜また歌って頂きます。 さだまさしで「案山子」
おやすみなさい。
今年の夏頃に実家の広島に帰って墓参りなどをした後、時間もあったということで、広島市現代美術館に足を運んでみました。 そこでたまたまやっていたのがオノヨーコ展、タイトルが「希望の路」
という、とてもストレートで今日の日本へのメッセージのようにも感じられました。
オノヨーコといえば、平和活動家、音楽家、美術家と様々な活動で知られていて今までにも、何度か彼女の作品は展覧会などで見てきたのですが、どうも自分のなかでピンとこない所があり、同じ作家としてもあまり意識はしていませんでした。
平日だったということもあり美術館には人がほとんどいませんでした。
エントランスではワークショップか何かで折られていただろう鶴が透明な大きな箱のなかに沢山詰まっていました。そしてその誰が折ったかわからない鶴は自由にもって帰れるようになっていました。
その時点でぼくは少し疑問に感じました。「希望の路」というタイトルにこの鶴のワーク
ショップではとても安直過ぎて、もしこんな感じの作品ばっかりだったらお金払ってまで見たくないなぁ・・・。と思ってしまったのでした。
しかし展示会場の入口のほうを見たときチラッと作品が見えて、やっぱり気になるのでチケットを購入することになります。
会場へ入るとまず、いつもはあるはずの床のタイルが全部剥がされていて、むき出しのコンクリートが全面に広がっていて展示室全体が廃墟のようになっています。 その空間に何箇所かぽつりぽつりと扉(どこでもトアの様な)が立っていて壁には荒々しく墨汁のようなもので「希望の路」とか、詩のような文章が書かれていました。そして、今年の東北での震災で崩壊した家の家具や柱などを四畳半くらいの面積の中に再構成したような作品もありました。
でもこのあたりはまだ自分の中では想定範囲内だったので、なんとなしに作品を見ながらすんなりと奥へと進んでいきました。
そして地下にある展示場へ階段をおりていきます。
ここからの2作品(2インスタレーション)の連続コンボがぼくを襲うことになります。
まず1つ目の作品ですが、部屋は真っ暗で目が慣れてくると部屋中に人の形をしたオブジェがビッシリと立っているのが見えてきます。等身大なので始めは別のお客さんが入っているのかと思ってしまいました。その時は僕一人でした。そして壁に映像のような写真のような画像が映されています。それはおそらく広島の原爆投下後の街の画像でした。そしてその部屋に仕掛けられているライトが数分おきにピカッと光り、一瞬だけその空間が閃光に包まれます。
そのあとどういう仕掛けなのか分からないですが、その閃光を浴びた人形の影が投影された広島の街に焼き付いて、時間が立つと消えていきます。説明が難しいですが。
そして何度か光った後に気づいたのですが、よく見るとその広島の瓦礫まみれになった街に映った人形の影に混じって、自分の影を発見してしまいました。リュックを背負っていたので見分ける事ができました。 一瞬体が止まり恐怖を感じました。
オノヨーコは1945年8月6日の朝に広島で起きた出来事をシミュレーションしていたのです。
その部屋を通り抜けると2つ目の作品です。
入ってすぐさま恐怖と悲しみが込み上げてきました。
死体安置所です。
実際には何かの骨組みの上に毛布が掛けられてあります。通路以外はすべてこれで敷き詰められています。
観賞者もいなかったので、その空間には僕一人です。夕陽を模した赤茶色の薄暗いライトに照らされて棒立ちです。
自分にとって、死体安置所という存在がいかに非現実的だったということを感じると同時に、日常として当たり前に存在しているという現実を突きつけられました。
その時、生まれて初めて人の作品を見て涙がでそうになりました。いや、もうこれはもう既に作品ではなかったかもしれません。オノヨーコを介して出てきたにも関わらず元のメッセージが元のまま純粋に直接的に出てきたもので、何もフィルターのかかっていないストレートなメッセージでした。唯一フィルターがかかるとすれば、オノヨーコがそれを選んだくらい。
枝豆を食べた次の日に、自分の体を通ったにも関わらず姿を全く変えずに出てきた豆のように。
人が何かを表現するときに、時には敢えて自分のフィルターを外しそのまま提示するという方法をとるということもあるのだということを教えられたような気がしました。
と、この2つの作品の連続コンボにより帰りに会場出口のエントランスに置いてあった誰が折ったか分からない折り鶴を一つ手に取り、微笑みながらリュックの中へそっと入れました。
この折り鶴はいまでも実家のリビングルームに飾っています。
そんな中、今夜歌って頂きます。
光GENJI で「チンチンポテト」
おやすみなさい
こんばんは。花岡です。
久しぶりのブログになってしまいました・・。&ARTさん申し訳ありません。
ここ1ヶ月ほど、自分のアトリエにこもっておりました。籠もると言っても夜にはちゃんと家に帰ります。
9月からはじまる展覧会にむけて制作をしていました。もうはじまってしまいましたが。
制作といっても。実際は手を動かしている時間よりも、木を眺めながらイスにすわりボーっとしている時間のほうが8割を占めています。しかし、ボーっとしているといっても何も考えずただただ鼻水たらしている訳ではありません。あたり前ですが。
頭の中で考えていることを実際に具現化すると、ほとんどは頭の中にあったイメージよりも何ランクか下のものが出現します。
制作はそこからスタートします。これは立体的なものをつくる時に限りますが。
平面や映像を扱うときにはあまりランクは下がりません。むしろランク以上のものがよくでてきます。
このことはいったい何を示唆しているのでしょう。
それは自分がなにかものを見るときに、限りなく彫刻目線になっていることを意味します。
彫刻は基本的には三次元ですから、、必ずこの世に存在する物質(素材)と対峙しなければなりません。フィクションをつくっているつもりでも、ふとした瞬間にいきなり現実に戻されるのです。
彫刻は所詮はただの物質なのです。
そのため普段自分が三次元のものをつくっているときには常に
「どうせコレもただの物質なんでしょ?結局。」
「あそこに落ちている石ころも、トイレに置いてある芳香剤も。」
「レンタルビデオ屋のDVDも、そして自分のこの身体も、この身体に流れている血液も毛細血管も、爪も鼻くそも、どうせただの物質でしょ?」
みたいな事を目の前にあるつくりかけの作品(物質)にたいして問いかけながら制作しているので、なかなか作業がはかどりません。
それに対し平面や映像は普段扱い慣れていないせいなのか、視覚的なイリュージョンが優先されているせいなのか、三次元とはまた違った感覚でものができあがっていきます。
特にパソコンは頭の中では考えられないようなものがボタンを押すだけで大量にでてきます。
普段のものの見方が彫刻目線なだけに、とても新鮮に感じてしまいます。
そしてこのように、複数のメディアでひとつのコンセプトを探求するということは、作品と自分との距離を一定に保ってくれて、毎回客観的な自分に戻してくれるように思います。
そんな展覧会が昨日からはじまりました。
もしかしたら台風まだいるかもしれませんが4日はオープニングパーティーがあります。
お時間ありましたら是非おこしください。
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花岡伸宏 個展 「不在のための構成」
2011.09.01~09.24
※オープニングパーティー 9月4日の18:00~ 参加費無料
場所 ART SPACE ZERO-ONE
http://kenichi-takasu.com/zero-one/access.html
※注意 ギャラリーは予約制となっています。
HPで事前にご予約の上お越しください。
http://kenichi-takasu.com/zero-one
詳細ページはコチラ http://kenichi-takasu.com/villain/
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あと偶然なのですが
大阪でほとんど同じ会期で、木内貴志さんも個展をされています。
詳しくはこちらです。 勝手にリンク貼らせていただきました・・・。すみません。
http://www.kiuchism.com/works/index.php?catid=30&subcatid=44
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あと神戸で写真の展覧会にも参加しています。
詳しくはこちらです。
かなりたくさんの作家さんが参加されているので楽しみです。出会いの予感
http://www.cap-kobe.com/studio_y3/2011/08/13140304.html
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という感じでいつものように無理やり告知もできたところで
今夜歌います。
中村素也さんで「ultra soul」
おやすみなさい。
だいぶ暑くなってきましたが、引き続き大学の彫刻科でアシスタントをやらせていただいてます。
アシスタントという先生でもなく学生でもない中間的な立場なので、学生との距離感がとりづらく初めのうちは戸惑ってしまいます。ましてや普段こんなに若い男子女子に触れ合う機会もここ何年かはなかったので、本当に緊張してしまします。最近はだいぶ慣れてきましたが。
そして、学生にも少しづつですが僕の存在を認めてもらえるようになり、名前で「花岡さんっ!花岡先生っ!」と呼ばれるとガチでにやけるし、純粋に嬉しいし、毎日こんな仕事している人達を羨ましく思います。
ときどき青春の1ページを垣間見ることもあります。
なにやら制作室の前の廊下で男女2人が話しこんでいて、僕はてっきり作品についての話をしているのかと思っていました。しかも結構長い時間おなじ場所でずっと立ったまま話していたので、まじめな学生もいるもんだなと関心していたのですが、あとからその男子のほうが教職室に駆け込んできて、「ふられちゃいましたっ!」とさわやかな報告にびっくり。
次の日からは彼は制作に心を切り替え没頭しております。
彼らは、制作も然ることながら恋愛のほうも充実しているようです。ハチミツとクローバーを思い出します。
それと同時に、こんなに若くて世代の感覚も違う学生がいったいどんな作品をつくるのか?気になるところです。彼らはこんな時代に何を思っているのでしょか。
そして話は原発の話しへとすり替わりますが、これからの時代、我々は原子力とどのように付き合っていくべきなのでしょうか?人間と原子力が共存できる日は果たして来るのでしょうか?
最近、ある方から原発廃止のための署名を求められ、いざとなるとすぐには署名できない自分がいました。原発を推進する訳ではないのですが、原子力発電が日常として実用化されるようになってだいたい半世紀くらいでしょうか?この錬金術にも似たウラ技に近い核エネルギーが今日まで必要とされ続けてきたことを考えると本当に廃止することが可能なのか?という疑問と、世界中の最先端の科学技術をもってしても核をコントロール(核廃棄物処理問題について)することはできないんだと考えたときに少し怖くなったからでした。
そしてこの署名を期に核について考えていくことの重要性に気付かされました。
例え核廃絶についての賛否を世論調査で統計するにしても、個人レベルでの核にまつわる知識のある人と無い人によって賛否が大幅に変わってくると思うので、まずは一人一人が意識を高め考えていくということが重要になってきます。
知識の無い人に賛否の答えを出してもらうことはとても危険な事だと思います。
なぜなら当事者意識の無さに比例して、それらに対しての知識も希薄になっていくように思うからです。
核の廃止を唱える前に、まずは「誰かが何とかするだろう。」という考え方自体を根本から無くしていくべきなのだと思いました。
たまたまWikipediaで辿り着いたところにいた、明治時代の政治家 田中正造はこの様な言葉を残しています。
「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるなり」
この様な現実として追い詰められた問題が付きまとう中、今の若者はいったい何を考え何を創造するのでしょう。
夏の作品展楽しみです。
上賀茂神社アートプロジェクト2011
2011年7月23日 [土]ー31日 [日] 10:00~17:00 会場 京都市上賀茂神社です
そして今夜、この外国人4人が歌います。
おやすみなさい
いろいろあって、2ヶ月という短い期間の契約で、先週から自分の卒業した大学で実技演習のアシスタントを頼まれました。
そのため、普段接することのない学生たちと毎日会わなければなりません。そして一応教育者側という立場で常に学生に見られているという事もあり、自分の猫背も少し気になってきます。
「とにかく学生に怪我のないようにっ!」
といわれているのですが自分の今回担当しているのは木彫の授業で、初めて手にするチェーンソーを学生は積極的に使い、どんどん木を削っていきいます。男も女も。
近くで見ているだけでもそわそわしてしまいます。しかしみんな上手く使いこなしています。
笛を彫る女子。カニを彫る男子。フランスパンを彫る女子。エビフライを彫る男子。
モチーフの選択が皆斬新です。
そして今日もいつもの様に木彫室を見てまわっていました。
すると女学生が技術的なことで質問があり、訪ねて来ました。
接ぎ木をしたいとの事で、木口の面を出す為にのこぎりで切るのを手伝うことになりました。
女学生には木が動かないように手でおさえてもらい、僕はのこぎり役です。
女学生との接近戦です。しかも少し切る面積が多いので長期戦になりそうです。
緊張します。
のこぎりを動かすのにもだいぶ力がいるので、15分くらい経ったときには手が大分しびれてきました。しかしこの部分を切断しなければ彼女の作業はすすみません。だからやるしかないと思い気合いを入れました。
その時です。
胃の中でなにかが生まれる感触がありました。
ゲップです。
こんな大事なときにゲップがでそうになりました。女学生との距離は50cmくらいだったので安易に出してしまうと感付かれるのでたいへん危険です。
昼には学食でカレーを食べていたので臭いは予測できます。
ゲップを我慢しながら手に力をいれるのはかなりの精神力及びにテクニックを要求されます。
そしてこの間は会話することも危険です。突発的にしゃべろうとすると一気にでてしまいます。
おならを我慢している人をびっくりさせると驚いてでてしまうのと同じ原理です。
ゲップを我慢する事15分。
やっと木を切断する事ができました。
そして木彫室から外へさりげなくでてだそうとしました。
やっとすっきりする。
しかし、そのときにはもうゲップはもう何処かへ消えてしまっていました。
世の中には1秒に1台自転車の盗難が起こっているといわれています。(最近盗難に会いました・・・。)
だとすれば、ゲップを我慢しながらのこぎりで木を切っている人がそのとき世界ではどれくらいの人数いたのでしょうか?
と思うこの頃です。 というかほんとにどうでもいい事です。
9月に大阪で展覧会やります。
よろしくお願いします。
おやすみなさい。
発電所の被災に伴い、おそらく今年の夏に向けて全国で大幅に電気の消費量をカットしなければならなくなりそうです。
いったい何を節約すればいいのでしょうか。
だれもいない部屋の電気は消しましょう。風呂上がりの髪の毛は自然乾燥。テレビを見ない。
野球やサッカーが好きな方には申し訳ないのですが、ナイターの廃止。プロレスも残念ですが夜はダメ。野外で昼間にやるのはOK。ディズニーランド廃止。ルミナリエ中止。花火はOK。みんな電気消した方が暗くて綺麗じゃけん。などなど、いろいろあるのですが、要するにエンターテイメントの部分に削減の余地がありそうです。
そして今年、日本人に足りなくなるであろう娯楽性をどのように対処していくべきでしょう。
もし代用できるものがあるとすれば、それはアートです。
アートは娯楽ではないとは思うのですが、日本のテレビでやってるお笑いやバラエティ番組なんかと比べると、はるかに知的で面白いものなんじゃないかな。ディズニーランドで鼻垂らしてネズミ見て喜んでいるよりもはるかに感動があるんじゃないの?
日本人がもっとアートに興味もって真剣に考える様になったらもっと文化レベル上がるんじゃない?
今まさにレベルアップのチャンスなんじゃない?
そして興味持った人がもっと作家から作品買うようになったら、作家はそのお金でもっといい作品つくれるし、もっといいもの見れるよ。
おやすみなさい。
文化レベルアップの為の習作(デジタルコラージュ)
・文化レベルアップの為の習作1
・文化レベルアップの為の習作2
・文化レベルアップの為の習作3



例えば自分の家や家族が10メートルを超える大きな津波で流されたとします。
まったく想像できません。
しかし今、東北地方にはこの様な現実に直面された方々が何万人といるということが事実です。
当事者にしか分からない恐怖や絶望は、テレビやラジオのニュースでは到底伝わらないのではないでしょうか。
その日、僕はたまたま展覧会の作品搬入の為に東京に行っていました。
少し早く着いたので、何となしに東京都現代美術館に行きました。
そこではMOTアニュアルという若手作家の展覧会をやっていました。
広い館内をまわり、最期に八木良太さんの作品を見ていた時でした。
八木さんの作品は鑑賞者が手に取る事ができ、(おそらくカセットテープのテープをぐるぐる巻きにした球状の玉)それを再生機の装置の上に置くと、玉がくるくる回りながら部屋にあるスーピーカーから音が出るという作品でした。
そこから流れる音は雷がごろごろ鳴っている様なノイズの様な音で、しばらく聞き入っていました。
するとその時、音に合わせてだんだん地面も揺れ始めました。
「あっ、すごい!。部屋も振動で揺れる大掛かりな体感型のインスタレーションかぁ。」
と関心していました。
それにしてはどういう仕組みで部屋が揺れているのか疑問に思い、辺りを見渡していると、いきなり近くにいた監視員の女性が立ち上がり
「地震ですっ! 柱の方に避難してください。」と叫びました。
ほかにもいたお客さんもみんな大きな柱の近くに集まりました。
今までに体験した事の無いような激しい揺れでした。
大きな空間がまるで紙でできた箱のようにひし形になりながらゆっさゆっさと、1〜2分間くらいゆれていました。
建物の天井からホコリや粉が降ってきた時、ふとこの間のニュージーランドの地震で崩れた語学学校のことが頭をよぎりました。
「あぁ、ここで俺はこの柱に集まった5人(おじいちゃん+おじさん+女性2人+監視員の女性)と最期の言葉を交わし崩れて死んでいくんだな・・・。」
と思いました。
しかし、今思えば地震大国である日本の高度な技術で設計された建物がそう簡単には崩れるとは思いません。その時は本当に怖かったのです。
そのあとは、とりあえず安全な場所に避難するために、倒れそうな電柱をかわしながら持ち前の運動神経を発揮し公園に駆け込みました。自分の身は自分で守るしかありませんでした。
そして、電車もとまり渋滞で街中が混乱の中なんとかその日、搬入を終える事ができ展覧会も予定どうり開催はできたのですが・・・。
もう世間ではそれどころでは無いように思います。。正直僕も自分の作品が公共の場に出ているのにも関わらず全くそんな気にはなれませんでした・・・。
震災があって2日後に京都に帰ってきたのですが、関東のピリピリした空気とはかけ離れていて、地図を持って歩く観光客や電車内で楽しそうに談笑している若者を見ると温度差を感じてしまいました。
それもそうです。今回の大災害で、現実に自分の家や家族までも流されてしまった方々の本当の恐怖や絶望、慟哭は当事者以外の人にはニュースを介しても、例え被災現場に訪れたとしても、少しも伝わることはありません。
そして当事者になって初めて気づくのです。
しかしながら、いま起きている現状を受け止めながらも昨日の今日起きた大災害にも関わらず京都の街を観光したり、電車内で談笑できる屈強な精神はとても大事なことというのも確かです。
今、自分がやっている芸術活動ももちろんこのような精神力が問われてきます。
周りに同情していては結局自分も前に進むこともできません。自分の身は自分で守るしかないのです。
ほじゃけぇ、自分の人生は自分でやるんよ。