
師走とはよく言ったものだと、あらためて感じる12月です。
なんだか忙しく、気持ちもそわそわとしています。
きっと「1年」という一つの区切りに向けての収束と新たな一年の始まりへの希望に、個人的にだけでなく、社会全体が動いているのに引っ張られているんでしょうね。
別々の友人から「ゼロ年代が終わるなー」と言った言葉を最近続けざまに耳にしました。
そう言えばそうだなーと、もう一つの大きな「10年」という区切りを考えてました。
年齢によって、本当に時間感覚というものは変わっていくもので、10年単位で物事を見て、把握するような時間感覚を身体感覚として認識できるようになった気がするのは、けっこう最近のことのようにも思います。
10年もあれば、皆さん色々な変化があったり、変わらないことがあったりするとは思うのですが、個人的には、2000年が一つの大きな変化の年でありました。それから10年。
これまでの10年とこれからの10年の二つのベクトルに想いを馳せながらの2009年の12月です。
もうすぐ次の作品のクリエーションが始まります。
今年は京都で9月に公演した『KISS』という作品にほぼ費やした一年間でした。
次回作の公演は2010年3月です。30分程度の作品ではありますが、新作を作ります。
舞台芸術の場合、良い作品は再演をくり返して成長していくことがありますが、あらたな10年の良いスタートになるような、再演して大きく成長してくれるような作品を生み出したいものです。
2回目のブログです。桑折です。
先日、横浜にいってきました。
10年度と11年度の公演の計画と打ち合せだったのですが、
横浜在住20年のアートマネージメントを仕事にしている方に横浜を案内してもらいました。
時間にしては、数時間だったのですが、やはり、単に外から訪れて見るのと、そこで生活している人と話しながら見るのとは全く違う経験でした。
主に横浜の関内地域(みなとみらいとかあの辺です)を回っていたのですが、いわゆる観光地化されている「関内」とその外側にある「関外」とに地域は二分されていること。そして、関内での仕事をすることで、関外の人達の経済は支えられていたりすること、などの話しが印象的でした。
横浜は今、産業と文化をミックスして、新たな都市計画を実行している真っ最中で、都市のポテンシャルをフルに活かして、外から様々なものを呼び込もうとしている感じでした。うらやましいと思うところあり、考えされることもありと、色んなことへ思考を飛ばしながらの横浜視察だったのですが、特に印象的だったのは、立派な西洋様式の近代建築が多いことでした。
それは、逆に京都の特殊さを改めて感じさせられるものでした。京都の街で感じる歴史と横浜で感じる歴史、この違いは圧倒的なものです。それは僕にとって、大戦前後の時間はまだなんとか繋がれる感覚はあるが(近代建築は戦後に建てられたわけではないですし、戦後のものは現代建築となるようです)、それ以前のことになると、もうどうしようもないくらいの距離を感じているのだなと強く再認識させられることでありました。そこの線引きがあることを認めつつ、その歴史感覚への認識を一度疑うことも必要ではないか?これは勉強し直さねばならんと思ったのでした。
このようなことを考えつつも、いざ作品の構想に入ると、まだなかなか接点を持ちえません。
作品の表現でいきたい到達点と、社会的なことや歴史への言及というのは、僕にとってどこかで相反するものでもあるのです。
歴史をモチーフに作品を作ることはOKでも、それが目的になることはないからです。
どちらかというと、それらの枠組みが作品の中で解体され、その奥に潜んでいる人間の本質的な部分に触れたいと思うのです。
何か歴史を捉え、それを俯瞰的に見ることはいくらでもできるけれど、作品がそれを解説したり、補完したりするものであってはならないし、だからこそ、作品がどのような力を持ち得るのかと問い続けなければいけないなと。
そんなことを考えながらも、来年度の計画を「今」具体的にたてなければならない「舞台芸術」のもどかしさを感じている今日この頃です。
はじめまして。
dotsというパフォーミング・アート・ユニットの主宰と演出をやっています、桑折 現(こおり げん)です。
僕は普段、日記やブログを書かないので、何を書こうかと本当に悩んでしまいますが、これを機会にこれまで特に意識しなかったことを言語化していければいいなと思っています。
9月に大きな公演が終わり、その最中はほぼ京都の中で過ごしていたのですが、すこし前に久しぶりに京都から脱出して、滋賀県に行って来ました。
とあるアートプロジェクトにこっそりと参加することになったので、その下見だったのですが、久しぶりの琵琶湖と大きく抜ける空がなんとも言えない開放感でした。
京都はどっちを向いても山が見えるぐらい、周囲が山なので、特に最近自分の中で「囲われている」感じが、強い印象だったので、なおさらだったのかもしれません。
こうして京都から出ることもやはり必要だなと思いました。
話しは変わるのですが、最初の回ということもあり、やはり「京都」かなと思うので、京都の街で印象に残っていることを書こうと思います。
もう2年ほど前になるので細かいことは憶えていないのですが、烏丸今出川の交差点での出来事でした。
そこに電車を走らすか何か、そんな計画があったらしく、その試験の為に今出川通りの車を止めて、お役所や警察の人たちが実験らしきものをしていました。
印象的だったのは、その周りにものすごく少数の反対デモの人達がいたことです。
おそらくは地元の人達だと思うのですが、大きくもない交差点の四つ角に分かれて、それぞれ5人程度だったと思います。
交差点にか細いシュプレヒコールが響いていて、その声を聞きながらお役所や警察の人たちの顔は笑っていました。
僕はあまりに京都らしくない、非日常な光景を前にして、しばらく眺めていました。
眺めながら、50年後のこの交差点の風景は、はたしてどうなっているのだろうかと考えたり、100年前の風景はどんなだったのだろうと考えたりしながら、この交差点だけでも莫大な時間の積み重ねと人々の往き交いがあったんだと当たり前のことを思ってました。そして、そこに住む人や、都市計画や、京都の独特の街の変化の仕方とか、いろんなことを考えさせてくれ、現在から繋がる遠い時間を感じる出来事でした。
こういうことが作品を制作していく中で、またふと思い出されたりします。
それでは、今回はこの辺で。
次はもっとタイムリーな話題があればいいなと思います。