アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

今週は雨とばかり思っていたら、思いがけずに晴れ間が多いです。
最近は雨の姿をあまり見ないと思っていたので、急な雨でもなんだか久しぶりな気がして、少しうれしい気持ちになっています。
その前にはやっかいな台風がありましたが。


夏が終わり、何かと忙しい秋がやって来ました。
毎年秋には催事が多くバタバタとしますね。


毎年秋には作品の公演があり忙しい日々を過ごすのですが、今年は少し後にずれ込んで12月です。
これからいよいよ本格的な作品制作の時期に突入します。


今回はdotsでの公演ではなく、個人で、桑折現演出作品として発表します。
詳細はスケジュールを見ていただくとして、大変力の入った企画、作品です。
出演者は俳優、ダンサーが混じった個性的な顔ぶれがそろいました。
クリエーションメンバーでは「&ART」のピックアップアーティストでもある原くんが音楽を担当してくれます。
そして、関西ではあまり見る機会が少ないかもしれませんが、フライヤーは「intext」の外山くんがデザインしてくれています。
(近々、京都芸術センターでは手に入るようになるはずです。)


神奈川公演だけなので、少し遠いですが、興味を持っていただければ幸いです。


桑折現|新作パフォーマンス 『boat here, boat』


気がつけばきっと年末になっているのだろうなと思います。
毎年何かとありますが、今年は特に色々と考えさせられる年のようですね。
今年の夏を思い出すと、空を見ていた時間がいつもより多かった気がします。
日々を生きながらも、もう少し長く遠い時間へと意識を向けさせられているのでしょうね。

GURAでの公演から、10日経ちました。
ご来場いただいた皆様ありがとうございました!


dotsは4月8日/9日と、このサイトで知り合った宮永くんが共同運営するアトリエ「GURA」で公演を行っていました。
本公演とは違う、実験的な作品を上演するシリーズです。


GURAには1週間ほど通いました。
4月4日から9日まで。
伏見駅からGURAまでの途中に川があって、その川岸に桜があって、ちょうど4日から9日にかけて日に日に満開へと向かっていく姿がありました。


最終日の9日はまさに満開。
次の日の10日は日曜日で天気も良く、暖かった。まさにお花見日和でした。
桜は狂ったように咲いてました。


冬を耐え、春を迎える。
身体が一番反応する季節の変化かもしれない。
春の陽気に心が浮つきながら、毎日やるべき事をしっかりとやり続ける日々。


他人の感情や言葉を受け止めすぎないようしている。
そして、自分からも言葉があまり出ないようになっている気がする。
何かに簡単にひきづられないように防御している気がして、
そうしていることも大事なことなんだと思いました。

2011年最初のブログということで遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


大晦日と先週末、京都に久しぶりに大雪が降りましたね。
子どものときから雪は好きです。


先日の雪が降った夜中にマンションの窓から見た光景のこと。
街の色々な電灯で照らされた白い風景の中、見下ろすと車の通った跡が複雑な濃淡の直線を作り、その直線が何本も見えなくなるまで伸びていました。
人通りは無く、ほとんど音もなく、いつもの風景のはずが、まるでフィクションのように見えました。
雪は無言で降り続け、粛々と街の構造物の上に積もっていきます。
色と質感が統一され、形が強調された街は、その白さもあり部屋の光などの様々な光をいつもより強く反射させ、だからなのか、いつもよりここで生きている見えない人々を想像させました。
そして、道路に引かれた白の直線が延々と、どこまでも切れることなく続いて、建物もしだいに無くなり、ただただ白い濃淡のある線だけが存在するような風景を思い浮かべました。


次の日の朝は、おもしろいように道路が滑ってましたね。
道が滑るというだけで、人の身体に対する意識は変わるものです。歩き方も人ぞれぞれで奇妙でした。つま先の方を意識して歩く人もいれば、ものすごく小股で歩く人もいて、あえて滑るように歩いている人もいました。


ボクは思い切って自転車に乗りましたが、思ったより安定してました。道路との接点が小さいからでしょうか。2度ほど危なかったですが、体重を左右どちらかに移動させない限りは滑ることはありません。だけど、曲がるときはどうしてもハンドルで曲がらないといけませんので、まるで、自転車に初めて乗った人のようです。
そして、最も危なかったのは、自転車から降りようとして、足を地面に着けた瞬間でした。
なんとか踏ん張りましたが、自転車のハンドルを持ったまま滑りそうになっている姿は、なかなかおもしろい姿だったと思います。


雪の影響で困ってしまった方々も多くいらっしゃるかと思いますが、もう一度か二度ぐらい大雪が降ってほしいと個人的には思います。雪がもたらしてくれる様々な変化を、冬らしく楽しみたいものです。

dots・桑折です。
またブログの日がやってきました。
何度も思うことですが、一ヶ月が早いです。
そして、今年最後のブログということで、一年も早いです。


この一年は、小さいものも合わせると、ずっと作品を制作していた一年でした。
そう考えると、良い一年だったのだと思います。
去年行ったことが今年へ、今年やったことが来年へと繋がっていく。
そのような繋がりを実感します。そして、自然にそう思えることは幸福なことです。


作品を世に出すことや、外へと何かしらを発信することで、次への繋がりを期待しても、単発で終わってしまうこともあります。
しかし、その作品も大事なものであることは変わりはありませんし、作る課程で学ぶことは多くあります。


次への繋がりを過剰に期待することを野心と呼んだりもします。
その野心は大きくなりすぎると、とても苦しくなります。
作品が行先を見失ってしまうこともあります。
自分自身すらも見失いかねません。


新しいことに取り組もうとする気概も野心と呼びます。
だから、野心のない作品は魅力がないとも思えます。


このバランスはとても危ういものです。
このバランスがうまく取れない時期も作家ならあるでしょう。
かといって、このようなことは作品を作る作家だけのことでもないですね。
僕にとって今どうなのか、はっきりとしているわけではありませんが、前ほどコッテリしていないように思います。
今後に向けて、自然体で程良い野心が、新鮮なスパイスのように効いた作品が作れたら良いなと思います。


最近、周りにはゴテゴテのコッテリしたものが多いような気がしていて、ちょっと胃もたれ気味です。


それでは、楽しい年末を過ごしてください。
良いお年を!

dots・桑折です。
2ヶ月ぶりのブログになってしまいました。
先月は神奈川の公演本番の直前で、他のことを考える余裕がまったく無くですね。ブログを書くことがとんでおりました。


神奈川公演の公演が終わり、今年の対外的な活動は一段落ですが、内部では来年度の活動へ向けて計画を固めている最中です。
一つの大きな公演が終わると、次へと向けて色々なことを考えますが、同時にとても現実的な問題にも直面しなければいけません。一つ一つしっかりと決着を着けて、前へ進まなければと思っているところです。


公演が終わり、少し落ち着いて生活も立て直そうかと思っていたのに、色んなことが日々あるものです。
最近のことで一番印象深いのは、PCのハードディスクがクラッシュ!
こういうことは突然我が身に降り掛かります。
とにかくMacに詳しい友人に強く助けを求めましたが、みんな忙しい!
それでも助けてもらって一時なんとかデータを救出できそうになったのですが、ドツボにはまって結局どうにもならなくなりました。藪蛇です。
落ち込んでもいられなかったので、いろんなことをあきらめたらすっきりしました。
人間、切り替えが大事です。それでもちょっとした影響が出てきて苦い気持ちになりますが...。


時間の感覚は本当に年齢に比例して速くなっていくようで、一日、一週間があっという間に過ぎていきます。
それは生きている時間が長くなる分、その時間を対象として1年はこれぐらいのものだと感じるからだそうです。
例えば、10歳の子どもにとって1年は10分の1であり、30歳の人にとっては1年が30分の1だから時間を速く、短く感じるのだという考え方です。
それでも、人によって時間の感覚は違うでしょうし、人の数の分だけ時間の軸があるのでしょう。
そうやって人の数だけのたくさんの時間の軸があると想像した方がなんだか豊かな気持ちになります。


日々の時間は漫然としていても過ぎていくのですが、作品の時間はなかなか進んでくれません。
舞台や映像や音楽のように時間を伴うメディアの場合、時間を作っていくという意識からは逃れられないと思います。。
何ヶ月もかけて1時間から2時間程度の時間を作り出していくのですが、その中での1分という時間は非常に長く感じるときがあります。
劇場でたった1秒の変化のきっかけを作るのに、30分かかる場合もあるわけです。
映像だと30分の1秒の刻みで編集をしていくわけですから、もっと細かな意識の積み重ねです。
そのように人は色んな時間の感覚の幅を持ちながら生きているような気がします。
楽しいときは時間が速く過ぎる、つまらないときは時間が遅く感じる、といったことが言われますが、それは自分の意識が、能動的な状態と受動的な状態の違いなのでしょう。
そう思うと、日々の生活の中で時間が長く感じる時、自分の意識に少し変化をつけてみることで、時間の感覚も変わるのかもしれないですね。
そして、舞台や映画など身体的には完全に受動体である観客の意識が、本人も気づかないような速度でめまぐるしく変化しているのだと想像して、「あ、当たり前か」という結論に帰ってきました。
それでは、今回はこの辺で。

先日公演が終わり、同時に夏が終わりました。
ご来場していただいた皆様、ありがとうございました。


暑くて暑くて仕方なかった今年の夏も終わってしまえば、寂しい感じもしています。
特にずっと作品制作でリハーサル場所への行きと帰りでしか夏を感じていなかったので、なおさらそう思うのでしょう。


この時期になると、窓を開けて過ごすことが多いので、外の音が部屋の中へ入ってきます。
往き交う車の音や、通りを歩く人の声、どこか近くの部屋からの音などなど、その音を聞いていると、知らない人々の生の一面が、ふっと入ってくるようでおもしろく感じるときがあります。
もちろん、同時にうるさかったり、うっとおしかったりする音もありますけど。


今現在も夜の街の音が聞こえてきます。
あらためて聞こえる音を聞いていると、ほとんどが人工的な音ばかりです。
(マンションが通りに面しているという環境的なことも大きいのですが)
都市に住んでいると、なかなか自然の音に触れること、意識することができないんだなと、あらためて思いました。
随分前のブログで、光のことを書いて、そのときに実家の闇のことを書いたと思うのですが、かなりの山奥にあった実家を思い出すと、川のせせらぎ、虫の声、風の音、風に揺れる樹々の音、そして遠くからの動物の声など、いろんな音が聞こえていたのを思い出します。思えば豊かな音の環境だなと。
そして、そこにたまに通る車の音が、同時に、人の存在も感じさせました。
それは都市で感じる人の気配とは違う、なんというか、遠くからやってきて、遠くへ行くのだろうと思わせる、もっと距離のある人の存在のような気がしました。


そんなことから(?)最近は田舎暮らしも良いなーと漠然と考えるようになりました。
少し前までは、そんなことはまったく考えもしなかったのに、不思議なものです。

お盆が終わりました。


今年は実家にも戻れず、お墓参りにもいけませんでしたが、京都の家から一人、実家の方には先祖が帰ってきているのかなと想像をして、手を合わせたりしていました。
先祖が子孫の元へと帰ってくる。それを迎え、また送っていく。なんて素晴らしい行事なのだろうと思います。
こういう節目があることで、見えないものを見るように遠い先祖まで想像を膨らましていく。自分から伸びる遠い時間に想いを巡らす。それだけで気が引き締まる想いがします。
来年は必ず帰ろうと決意をしました。


来月9月に公演する新作のTrailerが完成しました!



特設webサイトもできましたので、よければ覗いてください。

http://dots.jp/kakame/


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