アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

どうもこんにちは、Antennaの市村です。
乗っている車はいすゞのビッグホーンです(いまさらです。)


先月は木内さんが、まさかのわっしょいで、感激でした。
いつも木内さんのブログがさすがな感じで、
そうそうバトンが渡せる訳もなく、だからこそ感無量でしたね。
ついタイトルにまで木内さんのお名前を、、すみません!!


さー今月はどんなバトンが渡せるかな。。


と、考えたところで、そんなん簡単にできないので、あきらめます。


えーと、六本木アートナイトが開催されます!
昨年は震災などの影響で中止になりましたが、今年は開催されることになりました。
僕たちも今年のアートナイトに参加することになりましたー!
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僕たちにとっては足掛け二年に渡るプロジェクトになってしまいました。
どんな感じになるんでしょうか。
今から楽しみですねー。

会期は3月の24日、25日です。
うっかりその日に東京にいる方、ぜひ六本木に遊びにいらしてくださいね!
そして一緒にわっしょいしましょう!


ちなみにAntennaの作品はミッドタウン辺りにあると思います。
アートナイトのこと、内容などはこちら→http://www.roppongiartnight.com/


さあこれで、みなさんの3月の予定が一つ決まりましたね。
そういえば当日は六本木周辺の宿泊施設が軒並み満室になるそうです。
ご予約はお早めに!


話は変わります、たまに僕の家のことを書いていますが、滋賀県の山の方なので京都より雪が降ります。
先日降った雪は、気温が低かったようで雪の結晶の形のまましんしんと、
降り積もっていきました。


こんなにはっきりと雪の結晶を見たのいつ以来かな、
見つけて一人で嬉しくなってしまいました。
寒かったです。
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さて、春が近づいているような、そんな気配も少しずつ感じるようになってきました。
でもまだまだ寒いですからね、あったかくしてください。
そして自分の手の届く周囲の人を大切にして下さい。


ではではまた次回、まだなんにも考えてないですが、お会いしましょうー。


市村恵介

こんにちは、スチャダラパー的な存在になりたい、Antennaの市村です。


まずは、もう二十日、すっかり遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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さて、新年最初のブログは何を書こうかな、と、前回の終わりに薪割りの話でもしようかな、とか言ってましたが、
ここ一年くらいで思うようになったことを書いてみようと思います。
全てのことに当てはまることだと思うのですが、
僕たちはアートに関わってる人としてこのブログに書いているので、アートのこととして書きます。


何の話かって言うと、
最近、アートって、クラウド的な存在だなって考えています。
市村恵介という個人が、何をした、とか、どんな功績をおさめた、とか、
どうでもいいって言うと極端に聞こえるかもしれませんが、どうでもいいことな気がするのです。


僕たちはアーティストとして、作品を作ったりしていますが、それ自体がアートってわけじゃなくて、
それも含めて、それ以外のアート的なものに関わっている人、美術館で働いている人や、ギャラリーしてる人、
文章書く人、企画する人、考える人、売る人、買う人、見る人、飾る人、憧れる人、嫌いな人、信じている人、
などなど全部の人がクラウド的に関わっている状態、そのモヤッとした状態のことがアートなんじゃないかな、って。


クラウドって僕もちゃんと分かってる訳じゃないですけど、
なんて言ったらいいんですかね、境界線の曖昧な集合体ってイメージです。
粘菌とかに近いかもしれないです。


だから、僕個人がしていることだけを切り取っても、それだけを指しても大きな意味はないっていう気がするのです。
何言うてんねん、こいつ、って感じですね。
もちろん僕個人とか周りの人たちにとっての意味はあります。
僕は僕で、自分にできることしかできないし、関わり合って存在してるから。
だから、僕がAntennaとしての活動をやめる訳ではないし、作品を作らない訳でもありません。
なんて言ったらいいんでしょうか、そのくらい俯瞰的に、そして本質を捉えていきたいなって思うのです。
全であり個である感じです。


なんかうまいこと言えなくてすみません。。


ひとまず、そんなこんなで、今年も市村恵介として、
そしてAntennaとしてできることをひとつずつ、やっていきたいと思います。
いままで、そしてこれから、関わりのある全ての方、今年もどうぞよろしくお願いします。


あと、Antennaのブログでは相方の田中が昨年インドに滞在した際の報告が絶賛アップされてます。
こちらもどうぞご覧下さい!→http://antennalog.exblog.jp/
現地の若い衆ではないですよっ!
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あ、しまった、わっしょい!言ってないや!
さ、みなさんもご一緒に、今年もわっしょい!です。


市村恵介

こんにちは、Antennaの雰囲気を担当している市村です。


20日がAntennaのブログの担当日なのですが、少し過ぎてしまいました。。
次こそはばっちり期日を守るつもりだったのに、情けないですね。。


さて、前回のブログで、次回は田中のインド話か市村家のヤギの話かなと書いたところ、若干一名様より奇跡的にリクエストをいただいたので、今回は市村家のヤギの話です。


何の話やねんと、お思いかもしれません。
なんてことはないのです、市村家にはヤギがいます、ということです。
ただ、なんかすごいんですよ。


今年の1月に市村家にヤギが来ました。
ことの発端は、父親がヤギがほしいと言ったことでした。
父は長野の生まれで、まだ子供の頃は家にヤギやニワトリなど飼育して、卵や乳を得ていたそうです。
そういった父の昔の記憶も相まって、市村家でヤギを飼うことになりました。


来た当初はこんなに小さかったです。
角も大して生えていないし、レンズ豆みたいな糞をしてました。
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で、飼ってみて初めてわかりました、草食動物ってすごいっす。


干し草やその辺の葉っぱとか、野菜とか、食べます。
それしか食べません、その他は食べられません。
ヤギは牛とかと同じく、食べた草を胃の中で発酵させてそこからエネルギーを得るそうです。
ほとんど栄養のない干し草を食べて、自分の腹ん中で栄養作れるのです。

ただ消化、分解する、だけではなくて、発酵させて栄養に換えるというプラスの作業が行われている。

そのために胃の数も4つくらいあって、発酵タンクで発酵することで体温も上がる、体温を維持することで発酵タンクがきちんと機能する、また、食べないと発酵タンクが働かなくなるので定期的に食べ続ける、というようなサイクルです。
そのために、食べることが生命活動を維持することに直結しています。


ふと、思います。
僕たちも根本では生命活動を維持するために食事をしているはずですが、なんだかその本質の部分からはずいぶんと乖離してしまってる感じがします。


それから、ヤギの糞は本人の意思と関係なく出てくるようです。
エサ食べると、押されるのか、食べながらポロポロポロポロ。。

でもこれがすごいのです。

先ほどから言ってるようにヤギは草食なので草を食べます。
ただ、ひたすら食べ続けると植物も枯れるし土も痩せます。

でもヤギは草を食べながらポロポロポロ。。
このポロポロ落とされたものは、草を細かく砕いて(ヤギも反芻するので臼歯ですりつぶしてあります)発酵させたカスなのです。
これってすでにめちゃくちゃいい状態の肥料になってるのです。


つまりヤギは草を食べながら、その場所に肥料をまいている、ってことは土がいい状態になってまた草がよく生える。また食べる、肥料まく、、、、、の繰り返しです。


なんか全ての関係が自然に、そしてとても精度の高い状態で築かれて、維持されてます。
そして循環してるのです。


そんなことを考えていると、また、ふと思ってしまいます。
僕たちも同じようにまた何かしらの輪の上を循環しているはずなのに、なんだかとても純度と、精度が低いような気がしてなりません。
サイクル、リサイクル、表面的な言葉ばかりがすごい早さで流れていって、何か見失ってしまってるのでしょうか。


そういえば、Antenna Mediaをオープンするための改装で出て来た廃材、オープン展でも一部を積んで展示してましたが、あれは僕の家に持ち帰りストーブに火を付けるための焚付けとして、市村家を支えてくれています。
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作品を作るとか、誰かと関わるとか、どんなことでも、自分のやっている行為と自分が生活していること、自分が生きていること、周りの人たち、環境、それらがもっと自然に無理なく繋がっていったらいいのにって思います。


そんな中、当のヤギ本人は、今日も、Antenna Mediaの廃材で火をつけたストーブの前で、ぬくぬくと過ごしておいででした。
1年でこんなに大きくなりました。
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さて、次回は、の前に、12月25日にAntenna Mediaでパーティーをします。
19時ころから、どなたでもお越しいただけますので、ぜひみなさん遊びに来てください。
場所はこちらです。http://www.antenna-media.com/map.html


そして田中くんのインド話はAntennaブログで報告していきます。
第1回目の報告ブログはもう上がっています。
こちらもぜひご覧くださいね。http://antennalog.exblog.jp


次回は、まだ、未定です。
薪割りの話とかにしようかな。
あ、次回はもう新年ですね。


今年も1年たくさんの方に支えられて年末を迎えることができました。
ほんとにありがとうございました。
来年もまた、どうぞよろしくお願いします。


それでは、みなさん、よいお年をお迎え下さい。


では、また。
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市村恵介

こんにちは、Antennaで予言を担当している市村です。


気付けば、二月も間が空いてしまいました、すみません。。


前回の記事にも書きましたが、この夏はずっと改装作業をしていました。
そして、10月1日に無事オープンいたしました。


河原町五条の近く、麩屋町を上がったところにあります。
以前0000galleryだった場所なので、ご存知の方も多いと思います。


簡単にAntenna Mediaの説明をすると、Antennaや建築家、デザイナー、などなどのいろんな人たちで始めたプロジェクトです。
Antennaのためのチームではなく、あくまでも僕たちAntennaも関わっているインディペンデントなチームで、メンバーは10人くらいでフラットな関係の中でプロジェクトを進めています。

ホームページはこちらAntenna Mediaです。


そもそもなんで、Antenna Media作ったの?っていうとですね、
いままでAntennaで作品作って、展覧会して、プロジェクトに参加して、ってしてきましたが、去年あたりからプロジェクト作る側に回ることも増えてきたのです。
それ自体は僕たちのしたいことでもあるので、全然問題ないのです。
ですが、僕たちが活動しているのはアートのフィールドです。
参加したり関わったり企画したり、色んなプロジェクトがあります。
それらが対象としている人たちは、本来アートに関わっている人たちだけではないはずです。(アートに関わっている人っていう括りも、なんだか好きじゃないですが。)
色んな人たちに届く言語を使わなければいけない、だから、アートのフィールドだけではない客観性みたいなものが必要だなと感じたので、色んな人たちからなるチームができた訳です。


ざっくりしすぎてて、ほんと、すみません。


ま、そんなこんなで新しいチームができて、新しいスペースが立ち上がりました。


あんまグダグダ言葉にしてもよく分かんないと思うので、あとは写真で見ていきましょう。

10月1日のオープニングパーティー、たくさんの人が来てくれました。
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中はこんな感じ。
1階です。
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2階です。
2階のオフィス部分。
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先日の西野達さんとのトーク(鉄道芸術祭関連イベント
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展覧会だけでなく、いろんなイベントもできるようなスペースです。
みなさんぜひ遊びにきてください。


あ、よかったらぜひ使ってください。
スペースのレンタルをしています。


なんだか、すごい分量になってしまいました。
すみません。。
 


そうそう、だいぶ前に、恐竜博物館に行ったんです。
いろんな化石や模型が展示されててめちゃよかったです。


で、そこで見た、恐竜の骨の化石の断面と、樹の化石の断面が、そっくりでした。
どっちがどっちか分からないくらいに。。


何千年、何万年の歳月が経つと、動物も植物も関係なくなっていき、同じ見た目になっていることが、なんだかとても本質につながっている感じがして、考えさせられました。


僕のお気に入りは、アンキロサウルスです。
 


さて、次回は、今インドに行ってる(もうすぐ帰ってきますが)田中からの報告か、市村家のヤギの話か、どっちかをお送りします。

それではみなさん、急に寒くなってきたので、風邪とか引かないように気をつけてくださいね。


Antenna 市村恵介

こんにちは、Antenna市村です。


すっかり二回も飛ばしてしまいました。
すみません。。


前回(といってもだいぶ前ですが)、次回はハローワーク編と言ったので、
今回はその話からします。


僕は3月まで大学に勤めていましたが、契約が満了して退職しました。
次の仕事も決まっていないので、失業手当を受給するために公共職業案内所に行きました。


で、職業相談ってのがあるのですよ。
職員(相談員)の方に相談するわけで、そこで、職歴が明らかになるのです。
いままで、美術系の高校や大学で働いていました。


美術系の教育の求人なんてあんまないよ、って話から、
次第に雲行きが怪しくなっていきました。。


30過ぎてまだ結婚もしていないのでしょう、
これから結婚して子供ができたりしたら、、とか、
ご両親もいい年になってきたでしょう、
万が一の場合は、相続するだけで相続税がかかるので、
そこで大きな出費があるのですよ、、とか、
だって蓄えてないでしょ的な、、


いかにお金がかかるかってことを、諭すかのように説明してくれました。
初対面にもかかわらずこんなに僕のことを心配してくれるのですから、
きっとあのおっちゃんは僕のことが好きだったんだと思います。


でも、たんに今まで美術教育関係の仕事をしてきただけなんすけどね、
それだけでこれですよ。。諭されるんですよ。。
その時は作品つくって生きてます、なんて言えませんでした。。


で、またもや思うのです、前回の警察官の時みたいに、
職安の相談員がアーティストに仕事紹介できるような感じになればいいのにって。


なんかよくないすか、
え、あなた絵描けるの、
じゃあ、いまこんな仕事来てるけどどう?みたいな。


公共の職安がそんなんなるって、よくないすか。
そんな世の中になったらいいですね。。ほんとに!


そのためにはアートに関わる側も、アートは特別という考えをなくした方がいいのかなっとも思います。
あのおっちゃんが職業案内に関わる仕事をしているように、
こちらもアートに関わる仕事をしている、って感じで、
色々な職種を同格の存在として認め合うことが必要なのかなと思います。
そんな話をいつかあの相談人の方とできる日が来ることを願ってやみません。


さて、話は変わりますが、
この度、Antennaとは別に新しいチームを作ってプロジェクトを立ち上げました。


「Antenna Media」と言います。


長くなるので詳細はぜひWebをご覧下さい(説明をサボってる訳じゃないですよ!)
www.antenna-media.com

ほんとに、また改めてご紹介しますね。


それに伴って、最近は毎日新しいスペースの改装作業をしています。

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ほぼ毎日いますので、
河原町五条を通りかかる方がいれば僕に優しい言葉をかけにきてくださいね。

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次回は、「Antenna Media説明編」と「恐竜博物館編」の二本立てでお送りする予定です。


わっしょい!


市村恵介

こんにちは、Antennaの市村です。


最近家の近くで、蝉が鳴いていました。


さて、今年の2月に香川県は丸亀の猪熊弦一郎美術館に言ったときの話です。
杉本博司展を見に行き、うどん食ったりして帰路につきました。
23時も過ぎた頃でしょうか、大阪から京都にかけての高速道路上で、
覆面パトカーのご厄介になってしまいました。
いわゆるスピード違反ってやつで。


それはさておき、覆面パトの中で警察官といろいろ必要なやりとりをしたのですが、
こちらの気持ちをほぐすためか最初の頃にこんなこと聞いてきました


警察「今日はどこ行ってたんですか? 帰りですか?」


僕「丸亀、香川に行ってました。で、今帰ってるとこです。」


警察「あ、うどんですか。」


ここで、捕まってモヤモヤしていた僕は、
うどんもしっかり食べていたのにも関わらず、
主たる目的は美術館やし、というどっちでもいいような意地が湧き起こり、


僕「美術館行ってました。」


警察「あ、すいません。。」


たしかに僕の言い方はいささか不機嫌だったかもしれません。


でもなんで謝るの?って感じです。
うどんを食いにいくのと違って美術館に行くのは高尚で、気軽なことじゃない、
みたいな雰囲気があって、なんだか僕はそれに違和感を感じるのです。


うどん食いにいくのと同じように美術館行くような世の中になればいいのになって。
そんなこと思います。


お巡りさんが「杉本博司ですか、どうでした?」とか言うよういなればいいのに。


そのためにはまだまだいろんなことが必要なのかもしれないです。
でもまずは自分がそう思わなきゃなって。


昼飯を食いにいく感じで、美術館行くとか、なんかステキじゃないですか。


話は変わりますがアートフェア京都に「Antenna Media」として参加しました。
お越しいただいたみなさん、そして縁あってジャッピーを連れ帰っていただいたみなさん、ありがとうございました。


次回はハローワークに行った時に、職員の方に諭された話をお届けしようと思います。


ではまた、みなさん、わっしょいです。
(写真は従姉妹とその娘とジャッピーです。)


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こんにちわ、田中です。ここ最近考えていた事を全部まとめて書いてしまいました、長いです。最後までお付き合いいただけましたら幸いです。


顕在意識の拡張について


私という一人の人間を基準に世界を考えたとき、「私は限りなく大きな世界のごく一部であり、大きな世界からの強い影響を受けている。」すごく抽象的な言い方をしましたが「限りなく大きな世界から受ける影響」について、どのような想像をされたでしょう。そこには人によって大きな差が生じるのではないかと思います。


私一人の人間を基準にして考えるとして、宇宙に存在する莫大なエネルギーは絶えず私に影響を及ぼしています。あまりに言葉が飛躍すると拒絶感を抱く人が出てくるかもしれませんから、もう少し詳しく言いますと。私たちが生息している地球は月や太陽の影響を受けています。太陽からのエネルギーが存在しなければ、そもそも生命、地球すら存在していませんし、月の存在は海の潮汐を生み出し、地球上に多種多様な生命が反映するきっかけを与えてくれました。私たちの体にも直接月の引力は影響を及ぼしています。女性の方は特に強く反応されるのではないかと思います。


また地球に絶え間なく降り注ぐ宇宙線のエネルギーは地球の気候変動に影響を及ぼしており、地球温暖化という現象が果たして人間のCO2排出が原因なのか?温暖化によってCO2が排出されているのか?疑問を投げかける研究者達もいます。温暖化とは別にしても炭素ガス排出はもちろん減らすべきだと考えますが。地球は太陽系、銀河系、さまざまな星々との物理的エネルギーのバランスによって誕生し、成立しています。


それらの星達が存在する為にはビッグバンが無ければありえませんから、私たちの存在そのものが宇宙の起源が作り出した因果の中に存在していると考えられるのではないでしょうか。いま私自身がパソコンに向かって行動している「今」はこれら宇宙の広大な相互的エネルギー関係の結果によって存在していると言えるのではないかと。


私という人間を最大として考えたとき、私の体内には私が影響を及ぼす約60兆細胞、100兆を超える常在菌が存在しています。互いに科学反応をおこし、科学物質の交換、エネルギー伝達を行いながら、日々誕生と消滅を繰り返しています。私がパソコンに向かいながら文字を打つたびに、様々な体の器官は互いに連動し情報、エネルギーを伝達し合い、コーヒーを口に含む度そこに含まれる物質は体に存在している様々な器官、細胞に運び込まれその影響を受けます。カフェインだと自律神経がビリビリと反応しているのを体感出来たりします。ゆっくりと呼吸し、それを意識する事で酸素が体を巡り活性化する肉体を感じ取る事も出来ます。細胞は水、タンパク質、脂質等の様々な分子によって構成され、それらは原子の集合体であり、さらには陽子、中性子、電子等の素粒子がそれらを形成しています。


素粒子の世界には5次元、6次元がたたみ込まれているのではないかと宇宙物理の専門家は考えているそうです。個人的には量子力学と意識の相互作用に関する説が好きです、この領域はアートにとって重要な事項だと感じていますが、まだまだ未知の世界ですね。勉強しなくてはなりません。(※量子力学と意識wiki) 


物質的な側面でのみ書きましたが、時間にも同じ事が言えるのだと思います、人を中心に考えれば100年という時間は非常に長いですが、地球や太陽にとってみれば一瞬かもしれません、一日という時間はあっと言う間に過ぎてしまいますが、菌や単細胞生物にしてみれば相当長い時間になるかもしれません。時間や空間はそれぞれ各々に相対的に存在し、それらを規定する単位は全て人間を中心にしたモノでしかないのです。地球に基底されている私たちは一定の時間を共有しているかもしれませんし、それぞれ質量によって多少時間の歪みはあるかもしれませんね。


私という体は生まれた時より地球から様々なエネルギーを吸収し、排出しやがては死んでこの世界に断片化され、どこまでも拡散していきます。私の肉体を境界として考えましたが、ミクロの世界にも、マクロの世界にも無限に続く世界の延長があり、私はその境界に過ぎないのだと度々実感します。


(※チャールズ&レイ・イームズ夫妻が制作した「Powers of Ten」をご覧下さい。視覚的情報として補完いただけるかと。)


3月11日、東北を中心に発生した東日本大震災では、知人、友人は無事、自分も特に影響はなく、計画停電等もありませんでした。ここ、京都では驚くほど平和で何事も無かったような通常の世界があります。もし京都を境界として考えれば京都では平穏無事、遠く東北という地が大変らしいという事になってしまいますし。日本という境界で考えれば未曾有の緊急事態が今、日本に襲いかかっており被災地の問題や原発の問題は依然として未解決であり由々しき事態である、と感じるのではないでしょうか。


想像する、境界を設ける範囲は意識次第で変化します、しかし前半で記述したように全ての事象は関連性の中で起きています境界など無いのです、もしあるとすれば境界を規定する私たちの意識では無いでしょうか?あれだけの大きな地震と事故、被害者の方々が今存在しているという事は、それらがやがては物質、エネルギー、情報等の伝達によって自分たちに多大な影響を及ぼすはずなのです。腕を切り落とした体を想像してもらうと伝わりやすいかもしれません。震災に関しては多くの人々が注目していますが、ゆっくりとした変化、異常に人は気付きにくいのではないでしょうか、日常的な生活の中にも非常に多くの切迫した問題を抱えていると私は感じています。僕はこの機会に全ての人々に「世界中の問題はやがては自分たちに影響を与えるし、自分たちの日々の生活は世界中に影響を与えている」とい言う事をもう一度考えてほしいと思ってます。



(※複雑系と概念化してしまった時、地続きのリアリティーが失われる危険性を孕む気がします、イメージすれば意識は繋がるはず。複雑系wiki


私たちが日常的に電気を消費している事は原発、その他エネルギー事情と関係があり、日々消費している石油燃料、精製品、は多くの国々と関係し、炭素を地下から地上へと大量に放出し、私たちが消費 廃棄している食料は世界の飢餓を生み出す要因となり、モノのように動物達の命を奪い続けている事、まだまだ問題は山積みであり、それらは時に戦争を起こし多くの命が失われる。


全ては相対的な関係の中で因果応報となる。宗教でもスピリチュアルな事を言っているわけでもなく、それらの因果関係に眼を向けてやれば必然的に人として未来に生きるべき道は見えてくるはずなのです。以前、私が太陽の写真作品を見せた際、「太陽の光は美しく言葉にならない感動がある」という自分の言葉に対し「スピリチュアルな感じはマズイですよ」と言うアーティストがいた。僕はそれこそ想像力の欠如だと思う、太陽エネルギーとそれに伴う炭素等の循環が無ければ人間は存在出来ませんし、その自然の循環に人が惹き付けられるのは当然。太陽を空にただ光る存在として言語的に、概念的にとらえてしまう行為こそマズイのではないでしょうか。自然の一部であった人間は、自然すら自分たちの一部として扱ってしまう現代社会、これは非常に危険な先行きの見えぬ人間のあり方だと思います。


この記事のタイトルを顕在意識の拡張としたのは、人々は無意識下では万象に対する影響を多大に受け行動しており、それらを再認識、自覚する意識の有り様を提案したかったからです。アートはそもそもがそういう存在であったのではないでしょうか、アーティストは無意識世界の認知を眼前に物質化、存在化する技術を有した人々だと思っています。Artが自然に対しての、人為、作為、技術という意味を語源的に有しているのはそのためだと考えます。アートは人の心と外部をつなぐ大切な役割をもっているのではないでしょうか?


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(※上記の内容と関連して載せました上図南方熊楠「事の学」もおすすめです。)


私は作品を通してこのような意識の変化に対するきっかけを作り、少しずつ世界が変われば良いなと、やや楽観的にアーティスト活動を行ってきたように感じています。ただこの度の東日本大震災とそれに伴う原発事故によって事態は緊急を要し、全ての人々がいま変化を起こすべき時だと強く感じました。現状自分に出来る事はひどく地道な活動であり、すぐに大きな変化をおこす事は出来ません、それでも作品やその他活動等を通してその一助になればと考える日々が続いています。


田中英行(Antenna)


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