アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

こんばんわ、宮永です。


引っ越しと、撮影旅行のバタバタから回復するのにずいぶんと掛かってしまい、ようやく最近落ち着いた暮らしに戻りつつある最近です。


昨日の花岡くんの日記をみてうんうんと頷いてしまいました。僕の場合は制作とは関係ない仕事(労働)は週の半分くらいなので、安定したトライアングルとは行かないのですが、第一に制作者であろうとする場合、ライフサイクルをシンプルに保つ大切さは最近とても意識します。


それから、最近制作で意識しているのは(もう何回もいろんなところで言っている気がするのですが)、発表場所ありきでない制作と言うものです。作品を寝かせておく、とでも言うんでしょうか、そう言うことも平行して出来る作家になって行かねばなあと思います。


一作品に取りかかると前しか見えなくなるタイプなのですが、もうちょっと多方面に可能性をばらまいて、同時並行的に作品をつくる感じ。アトリエに編集用PCが複数台あれば、、、いや、これは妄想ですが。


多分、自分の中にいろんな大きさの違う制作サイクルを幾つか持っているのが理想なんでしょう。そしてそのサイクルに従属して、仕事(制作)出来る様な諸環境と習慣を、早くこの手にしたいと思っています。欲を言えば仕事(制作=労働)に。とても難しい事ですが。


その、寝かせながら作ってる作品のキャプチャーを数点載っけときます。
制作途中の記録写真の様なものだと思って下さい。この先これらのフレームが作品中にそのまま残るのか、はたまた違う素材の下に埋め込まれてゆくのか、現時点では僕も分かっていないのです。分からないから作る、が全ての基本だと思っています。

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告知があるからブログを書いたというわけではありませんが。花岡です。
こんばんは、お久しぶりです。

だんだん日が落ちるのも早くなりましたね。外の風も冷たくなってきて、喉の調子も悪くなってしまいました。
のど飴を常になめております。手洗いうがいはしっかりしないとだめですね。風邪を引いてしまうと作品制作がストップしてしまいますよ。気をつけてくだいね。

最近の僕の動きですが、展覧会が続いていたということもあり、職場とアトリエと自宅をバイクで行ったり来たりしておりました。というよりもこのトライアングルが日課になっています。そしてこのトライアングルがとても充実しているように思います。
職場もしっかり夕方5時には終わるので、そのままアトリエに向かうとだいたい5時半くらいには着きます。そこから9時半くらいまで制作して家に帰りご飯を食べて風呂入ってインターネットして寝ます。と、このようにまったく体に負荷がかかることもなく無理のないタイムスケジュールで行動すると、とても楽なのです。だから充実しているのです。これが作品制作を続けていく上で大事な事なのかもしれません。良い作品がつくれるかどうかは別のはなしですが・・・。

で、この充実した制作時間のなかでつくった作品が2つの展覧会で展示されています。


ひとつは京都の嵐山にある観光地の「ぶらり嵐山」内にあるギャラリーです。キュレーションにも少し関わっています。


「集積と解放」
会期:2012年9月24日(月)-11月10日(土) 入場無料

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もうひとつは奈良で行われているまちづくりのイベントです。
僕の展示は奈良市からさらに電車で1時間ほどかかる五條市の五條新町というところです。
「まちなみ伝承館」という古い町家を改装した建物です。展示空間は、もともとそこにあった小物や生活用品と自分の作品とを混在させて構成しています。
会期は何故か前期と後期に分かれており、僕の会期は前期になります。


奈良・町家の芸術祭HANARART2012


会期(前期):2012年10月27日(土)-11月4日(日) 入場無料


よろしくお願いします。
おやすみなさい

昼間はまだ暖かいですが、朝夕めっきり涼しくなってきました。
ということは、さすがにもうTシャツ一枚でウロウロなシーズンも終了。
と同時に、3ヶ月に渡って書いてきたTシャツ入れ替え戦のブログももう終了・・・。


・・・と思ったけど、まてよ。
Tシャツは何も半袖だけじゃない!長袖もあるじゃないか!
と、大きな声で言うこともない、当たり前な事を思い出しました。
ということで、まだまだ続くプレーオフ。 長袖Tシャツ入れ替え戦ですっ!


・・・ですっ!なっつって書いてみたものの、持ってるTシャツ は大半が半袖。
長袖ももちろん冬のインナーとして、ユニクロヒートテック的なやつは毎日着ますが、プリント等があって全面に押し出す長袖の一軍はかなり少なめ。
ピッチャーでいうとアンダースロー投手くらいの割合。

なので、この暑いんか寒いんかわかりにくいシーズンは、流行り出した頃は「それ、どうよ?」なんて言われてたけどすっかり定着してきた、「長袖のTシャツの上から半袖のTシャツを重ね着」等を駆使してしのいできました。
(調べたら「レイヤード」って言うらしい。60年代に社会の常識に反抗したい若者から広がったのだとか。ええ歳こいて社会の常識に反抗〜)


という感じなので、一軍で唯一のアンダースロー投手、的な長袖Tシャツがこちら。


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前にも半袖一軍で紹介したmakomo君作のコルネTシャツ。
ここ5年くらい、不動の長袖エースです。
この袖の色が違うタイプのTシャツを「ラグランTシャツ」と言うそうなんですが、ええ歳こいてくるとこの「ラグラン」はちょっと派手じゃない?なんてなるところを、落ち着いた焦げ茶色が中和してくれるので、ええ感じです。


そして何より、makomo効果で、これ着てると「カワイ~♡」とか言われガチです。
決して自分がカワイイわけではないのは百も承知なのですが、婦女子にそう言われて悪い気がすることはありません。(←素直に「うれし~!」って言えバカ!)


そんな長袖およびラグランTシャツですが、二軍にも存在します。


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「KING OF SPORTS」新日本プロレスTシャツです。
見ての通りかなりのヨレヨレ。
買ったのは大学生時代だからもう20年くらい前かな。
プロレスファンで、当時、時々会場にも観に行ったりしてたので、その時買ったか?または通販で買ったのか?はちょっと記憶がないです。


これは僕が幼少期、要するにアントニオ猪木全盛期でプロレスが金曜夜8時から放送してた時代の象徴であり、その当時の新日本プロレスのレスラーがセコンドにつく際に必ず着てたそれです。
で、このTシャツ自体は一旦廃れたような気がしますが、その後レトロなアイテムとして少しずつ復活してきて、最近では完全に定番のアイテムとなってます。
完全復刻版は背中に「ワールドプロレスリング」の文字が入ってましたが、この僕の持ってるのには入ってないから、再び盛り上がるちょっと前のTシャツと言う気がします。


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こちら、実は半袖も持ってたりします。 残念ながら、どちらも2軍です・・・。


思えばプロレス業界なんかも昔はそれほどTシャツ等のグッズに力を入れてなかった気がしますが、最近ではアイテムも増えてデザインも良くなってきて、普通に着ていても恥ずかしくないものも多く出てきました。
この「KING OF SPORTS」Tシャツもコラボものも含めて多数販売されてるので、こちらはまた欲しくなったら手に入るとこがありがたいスな。


ちなみにこちら、「お前、ほんまに着てたんか?」と疑う方のために・・
ってそんな人もおらんやろうけど、証拠写真をオマケに。


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1994年、大学生の頃。
まさに、恐れを(恥を?)知らぬヤングライオン。
もちろん、この髪型はフザけてやったものです。
普段からこんな感じの学生だったというわけではないので、誤解なきように〜!

外へ出歩くに気持ちの良い日々。いちばん好きな季節。
過酷な季節は忘れ(そう、何だかすべて忘れちゃいます)、みんな気軽に外に出て。
わたしももちろん。
同志との会合〜。
偶然に会えた仲間ともお茶しながらおしゃべり。
遠くのお友だちにも会えて、夜更かしして港付近を散歩しました。
慣れない街でときに迷子になったり。
古くからの仲良しに会う、おそろいのハンカチにおそろいのブローチ。
それはいつも素敵な手紙をくれる友人。彼女専用の手紙箱を作ってるくらいなのです。
遠くに出張中の家族には、1ヶ月半ぶりに会い。それではまた。
もちろん、私だから、全く外に出ない日もつくってあったりするのだけど。
外に出て、会ったり、する季節。これからしばらくも、会える日々になるだろうと。
むろん、積ん読はちょっとかさばってきました。
秋の日々は限られており、大切に使わなければ。
観たい映画がちゃんと全て観れるだろうか。(今月はゲリンに、灰野敬二、ドン・ハーツフェルト。きっとお勧めということをふまえ名前をあげておきます)
記憶と忘却について、また、表現と解釈について、日々。
それらは表裏一体のもの。それらを行き来しながら生活している。
読み返した『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』は岡崎京子の散文集。同タイトルの一編には、わたしたちは忘れ、そして忘れられる、ということが美しい言葉で書かれてある。
忘れ、忘れられ、許し、許され、放り出し、放り出され?
わたしたちの多くの楽しみとは、心の緊張をほぐすものだけでなくて、最良の緊張をもたらしてくれるものだと思う。
出会った瞬間にはこの味わいを忘れぬように!と思うのだけど、なかなかの鳥頭が悩みものです。。。
忘却とたたかい、もういちど触れて思い出すことを夢見、出歩き、話し、本を読み、映画を観、表現に触れたり、作業したり。
これから『シルビアのいる街の写真』(ホセ・ルイス・ゲリン)を観に出掛けます。
何かを思い出し、そしてまた忘れるにちがいないと思います。


今月は何だか手早く綴ってしまいました。


それではまた。


秋に。

急激に寒くなりましたね。
ここ何年か10月ぐらいになると、今年ももう終わりかと思うのと、来年のことを
チラホラ考えたりしていしています。
1年早いなと思うのはもちろんのこと、自分が目指す先の方向が年をかさせることに
明確になってきたりしてきたので、少しは進歩しているのかなと思う今日このごろ。


さて、11月に2つ展覧会があり、その一つの告知。


かげうつし − 写映|移遷|伝染 −


会期:2012年11月3日(土) − 11月25日(日)
開館時間:11:00 − 19:00(最終入館 18:45) 入場無料
月曜休館(月曜日が祝日の場合、翌火曜日が休館)  
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA


参加作家:加納俊輔、高橋耕平、松村有輝、水木塁、水野勝規
企画:林田新
主催:京都市立芸術大学 「かげうつし」展実行委員会


「うつし」というのがテーマの展覧会なのですが、只単に展覧会をするというのではなく
「うつし」ということに対して、考察することが目的であったりするので、何かちょっと
不思議な展覧会です。マニアックといえばそうかもしれませんが。


そのための、予告を作りました。これまたマニアックな予告ですが・・・・。
"あなたにとって、「うつし」とは?"という質問を、いろんな立ち位置の方に
質問し、頂いたコメントの一部を予告そして作りました。


かげうつし予告


みなさんそれぞれの興味深いコメントを頂きありがたく思っております。
すべてのコメントを展示会場にて見れるよう考えていますのでお楽しみあれ。


お時間あれば是非おこしください。

121014mamamilk.jpgとある日のリハーサル。京都 flowing KARASUMAにて。


秋が深まってゆきますね。
京都も、あちらこちらで金木犀が香るのに出会うようになりました。


ところで、京都。
やはり、mama!milkの音楽は京都の街で育まれている、と感じています。


凛とした佇まい、
しなやかな距離感、
洗練されたあたたかさ、
新しく積み重ね続けられる伝統、
そして奥深い陰影。


京都の人々が醸しだすそういったものを肌で感じながら、
曲を書いたり、リハーサルをしたり、新しい企画の打ち合わせをする日々の中、
この街の持つあらゆること、あらゆる方々との関わりが、mama!milkの音楽の輪郭を縁取ってゆくことを感じています。
そしてその音楽は、それを携えてゆく演奏旅行の先々でどんどん磨かれてゆくのです。


そう、京都と同じ濃密さを、モロッコの迷路の街フェズでも感じると思ったら、
どちらも、8世紀終わり頃に作られた都の形が残っているのですね。
なんだかちょうど良い大きさです。


来週10月19日に、&ARTの企画する「THEATER OF POLYPHONY」にて、
mama!milk同様に京都を拠点を置いている、烏丸ストロークロックさん、原 摩利彦さんと競演します。
同じ街で、同じ時代の空気を感じながら紡がれる、それぞれの物語や音楽。
私もとっても楽しみです。


では、この秋、京都にも是非遊びにいらしてくださいね。
とっても良い街です。


かしこ
祐子
mama!milk


追伸:
少々早い寄稿、失礼いたしました。
明日からまた演奏旅行に行ってきますので。

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秋ですねぇ。
一年中、雪や人の絵を描いていた私が、
この春夏は珍しく植物や動物を描いていました。
そして秋に片足が入った今、また前のように星や雪の絵が増えました。


9月は三越銀座の個展やnearの企画展等でバタバタ。
やっと落ち着きましたが、冬の絵が多い私はこれから繁忙期。
冬はいつもこもりっきりで、ぱ〜っと遊びに行く事もあまりないですが、
でも私はやっぱり冬が好きです。
寒くても暗くても寂しくても。
そんなマイナスの部分もひっくるめて冬が好きです。
しんみりおごそかに。
家の中でじっと春を待つのがいいです。


高村光太郎の"冬が来た"という詩があるのですが、
これがまた冬を好きにさせる理由に違いないです。
- 冬だ、冬だ、何処もかも冬だ -
で始まるユニクロのCMでも起用された詩なのですが、
これを読むと心がピリッと引き締まります。
初心に返るのは、大学受験の時に毎日電車の中で読んでいたからかもしれません。


- 冬のように無惨であれ、本当であれ -
という一文が好きです。
冬が好きな理由そのものです。
私も冬のようでありたい。
...と冬に焦がれて仕方がないのです。


- 冬のようにびしびしとやれ
背骨で重い荷をかつげ
大きな白い息をはけ -
この一文を読んで、迫る冬に立ち向かう準備中です。


在廊してるとよく聞かれる
「どうして冬の絵が多いのですか?」
という問いの答えに少しはなったでしょうか。
訊かれていつもモゴモゴしてましたが、こんな感じです。


Tobari.jpg
...と、冬将軍の気配を感じながら描いてる1枚↑


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