アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

前回のブログリレーでピンバッチの話を書いたので、じゃあ今回は缶バッチでもどうかな?
という安易な発想のもと、今月も書き始めてます。木内です。
(あ、先月文末あたりに「詳しくはまたイベント情報コーナーに載せますのでよろしくです。」とか書いておいて、すっかり情報アップするの忘れてしまいました。そしてそのイベントも終わってしまいました。律儀キャラ失格です。お詫びいたします。)


ということでかき集めてみましたが・・・。


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残念ながら、缶バッチに関してはそれほど深い思い入れもないという感じです。
画像にあるものは、購入したもの、いただいたものなど様々。
そして、開封されてないものは当然、未使用ということになります。


若い頃はなんとなく鞄などに付けたりもしたものですが、知らん間に無くなったり、付けるような鞄を使わなくなったり・・・そこら辺が缶バッチ離れの原因かも知れません。
ですので、購入したものも「バッチ」としては使用せず、なんとなく持ってる状態だったりします。


ピンバッチと比べても、形が比較的決まってたり、針で2カ所穴を開けてしまったり・・・なんて書いてたら、「日本缶バッチ協会」とかの人たちに怒られるやろか?いや、その前にそんな団体あるのかしら?


ただ、これまたなんとなくではありますが、そうはいっても世の中にはピンバッチより缶バッチの方が多く出回ってる様な気がします。
おそらく、加工等がピンバッチより簡単で、かつ値段も安く、また気軽に作れるということが原因ではないかと思われます。
まあ、その手軽さゆえ、ありとあらゆる画像がバッチ化可能な為、こちらとしてはあまり手が出ないと申しましょうか・・・。
MOVINGのバッチも缶じゃなくてピンやったらな〜・・・(言い訳)


そんな私ですが、実はちゃっかり缶バッチを作ったことがあります。


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拒否する自画像のバッチ(2002〜頃の作かな?)


昔、テレビ番組で大竹伸朗さんが、缶バッチ製造マシンを導入し、自身の作品等が掲載された情報誌なんかを切り抜いて缶バッチに仕立て、ガチャガチャとかに入れてはったドキュメンタリーを観て、「ああ、楽しそうやな〜ええな〜」なんて思って矢先、大竹さんが使っておられたような本格的なマシンにはほど遠いですが、バンダイから「CANバッチgood!(カンバッチグー)」という、缶バッチの簡易制作ができるおもちゃが発売されました。


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これが「CANバッチgood!」
ネットオークションに出す用の画像みたいでスイマセン。


おおっ!これは僕も大竹さんの真似しよ〜〜!と自作が紹介された情報誌等を探すものの、よく考えたら、そんなのにはほとんど載った経験もなく、バッチ化する自作画像はありませんでした。


が、部屋の片隅には、以前自身が「何故呼ばれたのか?」はわかりませんが「イス」をテーマにしたグループ展のチラシが、訳あって多数余ってました。


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そのグループ展のチラシ。
キャラに違わぬ「オチ担当」てなグループ展でのポジショニングでした。
そのグループ展では、古い学校のイスに「座ること拒否する椅子」という、タイトルが岡本太郎そのまんまなオマージュ作品や、自身の尻の穴を克明に描いた「自画ケツ像」といった、「KISS MY ASS!」てな感じの作品出してました。
若かったですな。30近かったけど・・。


そして、画像のように、作品の為のデッサン自画像が印刷されており、「あ、これ使えるんちゃうか?」ということで、その自画像部分を切り抜き、その「CANバッチgood!」を購入して作った次第です。


出来た時はさすがの私も「これ、だれが買うねん?」と思ったのですが、そのころはただもう作りたいという理由でしか作ってなかったので・・・って今も変わらんか?
とにかくただ余ったチラシを上手いこと再利用できたことに満足でした。
しかも、ひとつひとつ手作りですから、発注品のように「作り過ぎて大量に余る」という事態もありません。
そして意外にも何個か売れてるんです。


ただ、この「CANバッチgood!」で作ったバッチは、表面はなかなかの完成度なのですが、裏を見れば・・・。


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このように独特のプラスチックはめ込み式のため、「缶バッチ通」達は裏を見て、
「これ、あかんわ。バッチグーや。」とややこしいことを言うとか言わないとか。(たぶん言わない)


ちなみに、先に述べた「拒否する自画像」は、表向きは岡本太郎さんの「NON!」という強い精神を引き継いでるようですが、どちらかというと僕のそれは「もうこれ以上シバかんといて〜」的な懇願といいますか。
「狂乱の貴公子」リック・フレアーがコーナーに追い込まれた時にやるあの感じです。(どの感じやねん?)


そして2012年現在。いろいろNO!と言いたい日本のご時世。そんでそのチラシはまだ余ってるので、諸々のNO!の意味もこめて再発したろかしら、と思ってるんですが・・・
「CANバッチgood!の本体が古いため、今の発売されてるバッチでは使えない」
てな、バッチグーじゃないオチが待ってるような予感がしています。


NONっ!

今日はラタトゥイユを作りました。(家人は出張に行っているので"ひとりラタトゥイユ"です)
それで「記憶の交感」みたいなタイトルにしようかと思ったのだけれど、どうにも大仰なので「トマトとピーマン」にしておきました。
トマトに包丁を入れて、ピーマンやパプリカに包丁を入れて、いつも思う。
「このこたち絶対仲間。。。」なんかカンでそう思うんだな。。。食べてもやっぱり。。。「違うよ、みたいな顔してて、きっとそうなんでしょ?」みたいな。
って、調べてみるとどっちもナス科。やっぱりね〜、と。関係あるような?ないような?
いやいや、おナスつながりの記憶を感じる!(おナスで繋がってたのは意外でしたが)


6月ですね(しみじみ)、おどろいたことに1年の半分程が経過しております。
そして遅ればせながら、MOVING 2012にお越しいただいた皆さま、ありがとうございました。
わたしが展示していた第五長谷ビルにもとてもたくさんの方々が訪れ、ゆっくりと観て下さいました。
幾人かの方と作品テーマである「記憶」についてのお話、転じて「作品の味わい方」の対話をさせていただきました。
ホルヘ・ルイス・ボルヘスやウンベルト・エーコは、自分の書くものは既に誰かによって書かれたものであるという、一見表現者にとって手の打ちようがなさそうな状況を、大きくて魅力的な時空へと結びつけました。味わうことの楽しみは、時を超えた誰かの記憶が、自分の記憶と呼応する瞬間に出会うことです。わたし自身も、作品を作ることは、何かを語り出していくのではなく、何かを読み取っていくことではないかということを多く考えています。
本を読む動作の中や、映画を観る暗がりの中に、わたしたちの存在の秘密に入る深い時間があります。
忙しぎみだった半年が過ぎ、6月になって少しペースを戻しています。
時を見つけては図書館に足を踏み入れたり、ミニシアターでスクリーンの反射光を浴びたりして過ごしています。
 あれれ?だいぶイン・ドアですね。次はアウト・ドアな報告もできるといいのですが(できるのかしら・・・!?)


それではまた。


〈追伸〉今週の収穫は『バルテュス、自身を語る』と『ル・アーブルの靴みがき』(アキ・カウリスマキ監督)でした。みなさまもどうぞ。。。


そして本へのオマージュ(book object by yuko kanamori, photo by shinya kitaoka)
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どうも、海外移住は全く考えてない方の山本太郎です。このブログもなかなか自分の順番の日に書けてなくてすいません。
海外移住は考えていませんが、海外での展覧会がもうすぐに差し迫ってきました。

オーストラリア、シドニーのArt Gallery of New South Walesで行われる・Kamisaka Sekka -dawn of modern Japanese design-という展覧会に参加させていただくことになりました!(Galleryってなってますが、かなり立派な美術館です。)
http://www.artgallery.nsw.gov.au/
オーストラリアで初めて大々的に琳派を紹介する展覧会の中で、琳派の現代的作家の展示コーナーに出品します。
http://www.artgallery.nsw.gov.au/exhibitions/kamisaka-sekka/(HP上では自分の名前全く出て来てないのが少し寂しいですが。)

今までも美術館の企画で昔の絵画と一緒に展示させていただいたことはありましたが、琳派というくくりで展覧会に参加するのははじめて。
オーストラリアでテンションがアガり、琳派でさらにテンションがアガり!かなり今ハイです。

だって「光悦、宗達、光琳、乾山、抱一、其一、雪佳」という神7と一緒に展示ですよー(まー、みなさん亡くなってるわけなんで本当に神だったりしますが・・)。かなりサシコな気分です。←あ、そんな良いポジションじゃないかW松井くらいか。

しかも今回の琳派展の最大の特徴は神坂雪佳がフューチャーされた展覧会だってこと。不動のセンター「光琳」をさしおいて雪佳が初センターです!
って、あんまりアイドルのこと実は詳しくないからこの辺でこの書き方やめとこう。

でもとにかく日本でやっても面白い切り口になるであろうこの企画、自分も一観客としても楽しみにしてます。
同じ現代の作家ではジパングでもご一緒した山口藍さんなどが出品します。こちらも楽しみ。

mamamilk2011_photoby_natsukoishikawa.jpg「ときのあとさき」リハーサル 2011年9月3日 [ 京都 ] 法然院 記録撮影:石川奈都子さん 


ぐんぐんのびてゆく木々の緑も雨に濡れて心地良さそう。
瑞々しいのが嬉しいこの頃ですね。
あれからいかがおすごしでしょう?


ところで、今日は演奏会を作る方々のことにふれたいと思います。
これまで mama!milkは、どれだけの場で演奏を重ねてきたことでしょう。
もう数えなくなって久しいですけれど、ひとつ言えるのが、
そのどの会も、色々な方々の手のかけられ、気持ちの込められた
一期一会の贅沢なひとときだということ。


例えばその中のひとつが、京都の法然院さんでの「ときのあとさき」。
夏の終わりと秋のはじまりのあいだの1日に、
美しい法然院さんでゆっくり演奏させていただくこの演奏会。
おかげさまで本年も開催が決まり、桜の頃に最初のミーティングをしました。


企画制作から空間演出、スタッフの采配まで担当する筆谷亮也さん、
当日、美しくて楽しいお茶の場をしつらえてくださる、graf tea salon の川西万里さん、
招待状となるリーフレットをデザインしてくださる坂田佐武郎さん。
もちろん、mama!milkの清水、生駒も参加。


昨年の記録、石川奈都子さんに撮っていただいた写真を眺めながら、
また、これまでのお客さまからいただいたご意見もふまえながら、


「今年は、どんな会をめざしましょうか」


と、思いを巡らせ、そしてただ今、9月8日のその日にむけて、それぞれ準備の真っ最中。


こうして大切に用意された機会に演奏させていただく音楽は、
まるでお茶席に入れられる花のようで。
そんな音楽を担うことに、いつも凛とした心持ちにさせられます。


mama!milkの演奏会はどれも、
こんなふうに各地の素敵な方々によって丁寧に作られたものであることが、
私たちの一番の自慢です。


今日は、ちょうど「ときのあとさき」のデザイン案が坂田さんから届いたり、
来週の横浜、東京、結城での演奏会のための新しいアレンジのリハーサルをしたり。
なんだか楽しい雨の一日です。


かしこ
祐子
mama!milk


mamamilk2011_photoby_natsukoishikawa2.jpg「ときのあとさき」準備中 2011年9月3日 [ 京都 ] 法然院 記録撮影:石川奈都子さん 


mamamilk2011_photoby_natsukoishikawa3.jpg「ときのあとさき」準備中 2011年9月3日 [ 京都 ] 法然院 記録撮影:石川奈都子さん 


mamamilk2011_photoby_natsukoishikawa4.jpg「ときのあとさき」準備完了 2011年9月3日 [ 京都 ] 法然院 記録撮影:石川奈都子さん 


mamamilk2011_photoby_natsukoishikawa5.jpg「ときのあとさき」準備完了 2011年9月3日 [ 京都 ] 法然院 記録撮影:石川奈都子さん 

もう梅雨入りしたんですかね?
4月5月と天候がおかしかったりしたので、あまり季節感が感じれない今日この頃です。


さて、7/6(金)〜7/8(日)(7/6はプレス・招待者のみ)に開催される「ART OSAKA 2012」
に参加します。実は1作家としてアートフェアに参加するのは初めてです。
岐阜にあるギャラリーキャプションからの出品ですが、ギャラリー自体もホテル型フェアに
参加するのは初めてという感じで手探りで準備しています。


考えてみたら初めて見たアートフェアが「ART OSAKA」でした。
それまでは、フェアというもの見たことがなかったので、ある意味新鮮でした。
なにより人の多さにビックリしたことを良く覚えいます。
4月に会場の下見に行ったのですが、部屋を見るより外の風景に目を奪われて、外の風景
ばかり写真に撮っていました。町が再開発されていく光景を高い位置から見るのってあまり
出来ないので、それだけで楽しかったです。
しかし、日本の建築技術はほんと凄いですね。


ここ数年、作品を購入したい衝動に襲われます。
あーほしい!!という瞬間が多々あるのですが、まだまだ自分の生活を支えるのに
いっぱいいっぱいです。
なので、アートフェアも本当の意味での楽しみにまだ達していません。
いずれ購入できることを、いつも夢見ています。

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今回は私の大好きな詩と洋菓子について書きたいと思います。


洋菓子は、
食べるのも好きですが、目で見るのも好きです。
お菓子をモチーフにしたマトリョーシカを作るのも、
食べるとなくなってしまう切なさを閉じ込めようという思いから...だったりします。


詩は、
ずっと自分の側に寄り添ってくれたもので、
詩の中に隠された、広くて深い精神世界は、
お祈りのように自分の中で何度も反芻して、
自分が絵を制作する時の助けにもなっていました。


そんな大好きな詩と洋菓子。
この2つを掲げて、ものづくりをされてる方に出会いました。
自作の詩を基に洋菓子をクリエイションするブランド"Nowhereman"です。
http://www.nowhereman2010.com/


彼が作る洋菓子は、おいしくてきれいで良い香りで、
目や口や鼻で楽しめます。
そこに詩がスパイスとなって、
全部ひっくるめて脳で味わう世界。
それは自分が今まで体験した事のないものでした。


以来、彼の作品、ショップ、個展等、チェックしていたのですが、
先日、彼の洋菓子を基にマトリョーシカを作成する。
という依頼をいただきました。
詩を基に作られる洋菓子、その詩や洋菓子を基に私が作るマトリョーシカ。
なんだかわらしべ長者のようで楽しかったです。
だけど、世界観を壊さないように、むしろその世界が広がるようにと、
とてもとても緊張して制作しました。
やっと完成して現在オンラインショップでのみ販売中です。
http://nowhereman2010.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=1169273&csid=0


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週に一度月曜の夜だけオープンするポップアップショップでは、
最近イートインも始まったそうです。
お店、ラピュタの世界に迷い込んだ気分になる素敵な空間です。
ラガード研究所 x Nowhereman→ http://lagado.jp/nowhereman/

最後の記事を書いてから半年以上。
その間、ドキュメンタリー映画のプロデュースや、イベントディレクターなど色々な活動をしていたけれど、
基本的に美術作家としての活動とは関係がないことばかり。


あれが美術だっかのかどうかよく分からないけれど、京都で一番最後に行った個展『境界線/不在』の際は、
かなり直接的に"常識から逸脱する"ということを考えていた。
たくさんの人に見てもらう気もなかった。


「人間には非常識、非日常、無意味、無価値なものが必要だろう」という仮定と、
「それを不特定多数の誰かに対して発信することに対するリアリティがどう頑張っても
感じられない」というモチベーションが重なって、ああいう展示になった。
以降なんとなく自分にとっての"現代アートの存在意義"みたいなものが固まったように思う。
だからたぶん、次回展示という形式での作品発表を再開する際にもこういったことは主軸になる。
ここで非常識、非日常に対しての意識が作られていたからこそ、
ドキュメンタリー映画を制作するときにその定義が変わったことに反応できたのでしょう。
非常識、非日常が変化してしまったことを感じられないアーティストが、
同時代的な作品を作れるわけがない。


廃棄物を使用した展示に関しては「ただ並べるだけ、ただ敷き詰めるだけ」という以上に
何もしたくないと思っているので、あまり発展させたいと思えない。
岡山で作品を展示した時には、地元の廃棄物業者に廃棄物をいただいて、
愛知で展示した時には地元の愛媛県の廃棄物業者から譲っていただいたけど、
何となくそれが生きている現実や状況にどう関わるのかよく実感が持てない。
ロマンはあるけど、感情とかコンテクストとか美しいかどうかとかあんまり魅力を感じない。
やり方が下手だったのかは知らないけれど。


何度も同じことを繰り返したり、自分の実感を追って作ったものの解釈を人に預けてみたり、
まだ会ったことのない人のことを想像したり、
そうやって作ったものに値段をつけたり、そういうのを一旦やめてしまおうかなと。
もともと自分の作るものが美術作品かどうかということにこだわっていなかったけれど、
そんなに社会と折り合いがつけられない。


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