アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

皆様、お久しぶりです。長い事こちらをお休みしてしまってすいませんでした。


10月、11月、1月(現在京都児玉で個展中です、お越し下さいませ)、と出展ラッシュをなんとか生きのびて戻りました。正直生きた心地がしなかった数ヶ月ではありました。と言っても死んだ心地がしていた訳でもありません。まとめると、幸せなことだったのだ、と思います。宮永です。


変な導入ですみません。つらつら書きます。


今の世界で何かが広がるスピード、価値の変容や置き換えの速度なんぞと言うものは、既に人間の日常的な想像力なんてものは超えてしまっていると思います。ルートの広がり方自体も予測不可能になりつつある。と言うか、今まで勝手に予測できたと思い込んでいただけなのかもしれません。要するに何にも分かってないんですね、多分。ただ右往左往している。どうやら世界中皆そうなんじゃないか、と言う事が暴かれつつある。


人間の思考とは便利なもので、ある範囲の物事を一まとまりとして捉えると言う方法に長けています。方法と言うか、持って生まれた脳の機能と言っても良いかと思います。右往左往を括弧に入れて、「右往左往」としてとらえられる。それに似たまとまりを「別の右往左往」と呼んで、その間の関係性を考える。括弧内の事は、まあ後で、と言う風にできる。これは非常に単純で、便利な方法です。故に永遠に繰り返せると言っても過言ではないです。永遠に繰り返せる筈と言うところに救いもあり、実際人間は繰り返してきたんだと思いますが、最近はそのことにむしろ薄ら寒さを感じるようになって来てしまいました。


それは個々の行為としては繰り返しではあるんですが、結果として形成してしまうのは人間の想像力でも知覚しやすい規模の安定的な構造(サイクル)では無く、視界に映るのは無数に枝分かれして行く小道の集合体にしか見えない。エンジンの回転によるエネルギーが線運動に使われるのに似てるのかもしれません。


世界が心の機能の一部だけを肥大化させた現実に置き替わってしまっているのではと言う事は良く言われていると思います。人間は脳内に生きている、みたいな。ただそしてそう言うシステムを端的に社会と言ったりする訳で、またそのシステムによって初めて人間は自身の輪郭を知覚することができるのも事実なので、一概に悪とは言えません。


ある程度コンパクトな社会であれば、人間と言うものは社会そのものと自分自身を重ね合わせ、社会のミニチュアとして自分自身を認識し同化すると言う事も可能だと思います。単にシステムのパーツとしてではなく、システムの在り方、つまりその境界の描かれ方や動き方の特徴と言ったものに自分を合流させ、社会をミニマムに体現すると言う形での自己実現の形が成立する。


しかしそのシステムの在り方を個々の人間が捉える事自体が困難になると話は変わってくるのだと思います。内部から周りを見回しても、その形を認識する事ができないぐらいにいつの間にか境界線が膨張して視野から消えてしまっている。一因としては、人間社会のベースにあると思われる「括弧付け機能」とデジタル的な情報処理方法の親和性が有りすぎ、スピードが上がりすぎた、と言う事かもしれません。


そのような中では、一旦「括弧付け機能」の汎用性や便利さを見直す必要があると思います。と言うか、括弧の中の事についてもっと微視的に考えても良いのかも。


うーん、なんかうまい事纏まりませんでしたが、、今ちょっとそう言う事を考えていますというお話でした。引き続き考えます。

宮永亮

おっ、ごっつい人からバトンがきた!(少し照れながら、勇気ふりしぼって)わっしょい!
2012年一発目のブログリレーですね。今年もよろしくお願いします。


昨年は1年間、月イチブログを落とすこと無くアップし、おかげで年末の&ART忘年会でブログリレー皆勤賞をいただきました!
自身の数少ない受賞歴に入れたいと思います。
あ、申し遅れました。木内です、貴志です、木内貴志です。
乗ってる車はホンダのアクティ(白の軽バンタイプ)です。


しかし、この皆勤賞だけを目当てに(?)ブログアップし続けてきたわけですが、常にネタ切れ寸前のとこをなんとかしのいでまして、危うく先月も最後の最後で〆切を守れずに皆勤賞を逃すかも、と「9回2アウトまでノーヒットノーランなのに最後の打者にホームラン打たれる」的なことになるとこでした。
そうなると、西武の西口投手みたいに、なんとも言えない表情で苦笑いを浮かべるしかないですな。


と、そんな常にネタ切れ寸前の私の前に現れたのはまたしても神様、いや仏様でした。
捨てる神あれば拾う神ありです。
ということで、今月の作品:


tannjyou1.jpg


本堀雄二 作「Tanjou 5」
使用済みダンボール 11.0×4.0×3.0cm 2011


こちらは見ての通りのお釈迦様。
「天上天下唯我独尊」と言ってるとか言ってないとかのところのポーズかと思います。
例の甘茶をかけたりするやつですな。


でも、こちらに甘茶をかけてはいけません。
こちらの仏様は紙なんです。使い古しの段ボールでできてます。再生紙ならぬ再生神ですな。


紙の仏様との出会いは昨年の11月。
別の用事で大阪行った際、ついでにちょっとギャラリーでも廻るか〜なんて感じでふらっとギャラリー白さんに立ち寄った際、偶然、作者の本堀雄二さんの個展が行われてました。
本堀さんの作品は噂や画像で見聞きしたことがあり、「実物見てみたいな〜」と思ってたところだったので、こりゃラッキー!
・・あ、失礼。神の思し召しというか紙のオボシメシ。
大小様々なダンボールの仏様があり、どれも噂に違わぬ素晴らしい出来!
思わず手を合わせながら(?)お値段を拝見したところ、おっ!この一番小さい作品なら手が届くではないか!
ということで、紙幣で紙の仏を手に入れました。


この「Tanjou」の作品は他の本堀さんの仏像の中でも最も小さくシンプルですが、最小限の表現で見事にお釈迦様誕生の像を表してると思います。
まさにミニ・ミニマルブッダですな。


tanjyou2.JPG


正面から見たところ。
ギャラリーでスナップ撮影したもので、つたない画像です。申し訳ありません。
本堀雄二さんの名前で検索していただければ、いい画像で作品多数見れますよ〜。)


ということで、特に信仰心があるわけではないですが、気がつけばいろんな神さんが集まってきてます。
そんな紙々・・じゃなく神々のおかげで、今月もブログが書けております。ありがとうございます・・・。


・・・ん?なんか胡散臭い人になってきてない?


基本、神もARTも半信半疑。
そして今年も阪神のタイガースだけは頑に信じております。


*こちらは作者、本堀さんのブログです。捨てる紙あれば拾う神あり

こんにちは、スチャダラパー的な存在になりたい、Antennaの市村です。


まずは、もう二十日、すっかり遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
blog_logo.jpeg


さて、新年最初のブログは何を書こうかな、と、前回の終わりに薪割りの話でもしようかな、とか言ってましたが、
ここ一年くらいで思うようになったことを書いてみようと思います。
全てのことに当てはまることだと思うのですが、
僕たちはアートに関わってる人としてこのブログに書いているので、アートのこととして書きます。


何の話かって言うと、
最近、アートって、クラウド的な存在だなって考えています。
市村恵介という個人が、何をした、とか、どんな功績をおさめた、とか、
どうでもいいって言うと極端に聞こえるかもしれませんが、どうでもいいことな気がするのです。


僕たちはアーティストとして、作品を作ったりしていますが、それ自体がアートってわけじゃなくて、
それも含めて、それ以外のアート的なものに関わっている人、美術館で働いている人や、ギャラリーしてる人、
文章書く人、企画する人、考える人、売る人、買う人、見る人、飾る人、憧れる人、嫌いな人、信じている人、
などなど全部の人がクラウド的に関わっている状態、そのモヤッとした状態のことがアートなんじゃないかな、って。


クラウドって僕もちゃんと分かってる訳じゃないですけど、
なんて言ったらいいんですかね、境界線の曖昧な集合体ってイメージです。
粘菌とかに近いかもしれないです。


だから、僕個人がしていることだけを切り取っても、それだけを指しても大きな意味はないっていう気がするのです。
何言うてんねん、こいつ、って感じですね。
もちろん僕個人とか周りの人たちにとっての意味はあります。
僕は僕で、自分にできることしかできないし、関わり合って存在してるから。
だから、僕がAntennaとしての活動をやめる訳ではないし、作品を作らない訳でもありません。
なんて言ったらいいんでしょうか、そのくらい俯瞰的に、そして本質を捉えていきたいなって思うのです。
全であり個である感じです。


なんかうまいこと言えなくてすみません。。


ひとまず、そんなこんなで、今年も市村恵介として、
そしてAntennaとしてできることをひとつずつ、やっていきたいと思います。
いままで、そしてこれから、関わりのある全ての方、今年もどうぞよろしくお願いします。


あと、Antennaのブログでは相方の田中が昨年インドに滞在した際の報告が絶賛アップされてます。
こちらもどうぞご覧下さい!→http://antennalog.exblog.jp/
現地の若い衆ではないですよっ!
tumblr_lxbsujTvj11r005nu.jpeg


あ、しまった、わっしょい!言ってないや!
さ、みなさんもご一緒に、今年もわっしょい!です。


市村恵介

新しい年です。今年もどうぞよろしくお願いします。
昨年はこころもとなく過ぎて今まだ虚無点に立っているような感覚ですが、やむをえずの思索を続けてひょっとしたら何かが見えて来たら幸いというものです。作品づくりもまたそんなような仕事なので、皮一重のところに在るものを見つけたり伝えたりできるように、この虚無を新鮮な0"ゼロ"点としてものを裸の目で見ることを鍛えていきたいと思っています。・・・ちょっと真面目くさった新年抱負でしたね・笑。
この虚無点・ゼロ点・瞬間を思ってタルホ『一千一秒物語』を再読してみました。90年刊。出版黄金時代の感無量の造本。
帯には "この超(ウルトラ)・ココア色のガラスのごときもの" 。


taruho.jpg


さて、ただいまは作品の制作に入っています。
新作展「Memoriae(メモリエ)」と、その関連パフォーマンス〈失われた島への到着の仕方〉の作業中です。
詳細はまた情報コーナーで追ってお知らせいたします。


良い年になりますように。



yukoikoma120114_1.jpg

GUERRINI工房へ [ イタリア、カステルフィダルド ] 2006年6月16日 


お正月はいかがおすごしでしたか?
私は、初めて初日の出を拝んで、はれやかに再出発、という気分。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


2012年がはじまりましたね。
mama!milkも、木屋町のバー「DJANGO」ではじめての演奏させていただいてから、はや約15年。
これまで色々な場での演奏や、アルバム発表を重ねてきて思うのは、
「mama!milkの音楽は、皆様と一緒に作っている。」
ということ。ですから、今年は、一緒に音楽を作っている方々にふれてみたいと思います。


まずは、楽器の職人さんのこと。
私のアコーディオンは、イタリア、カステルフィダルドの小さな工房「GUERRINI(ゲリーニ)」で、25年くらい前に作られました。
お褒めいただく蛇腹の色は、主宰のゲリーニさんこだわりの艶やかな赤色。
2006年夏に、初めて工房におうかがいしました。
ゲリーニさんや、工房の方々とすごした数日間 ...
アドリア海を眺めながら聞く色々なお話や、教えてもらったこと(海の幸やワインの美味しさも)は、今も私の宝物です。
それからゲリーニさんは亡くなられてしまいましたけれど、
今は、東京のトンボ楽器さんや、大阪のNENEROROアコーディオン・リペア・サービスさんにも、
しっかり支えていただいているので、安心です。


職人さんあっての演奏家。
GUERRINIのこの楽器に巡り会えたことも、
素敵な職人さんたちに頼れることも、
幸運なこと。


2011年にトンボ楽器さんにオーバーホールしていただいた、私のアコーディオン。
リードもこなれ、ボディも枯れて、いよいよとっても良い状態になってきているとのこと。
嬉しいな。


本年、より良い演奏ができますよう。
どうぞよろしくお願いいたします。


かしこ
祐子
mama!milk


yukoikoma120114_2.jpg

ゲリーニ工房にて楽器のメンテナンスしていただいています。 [ カステルフィダルド ] 2006年6月16日 


yukoikoma120114_3.jpg

さらにメンテナンスしていただいています。 [ カステルフィダルド ] 2006年6月16日 


yukoikoma120114_4.jpg

メンテナンス無事終了。ゲリーニさんと一緒に。 [ カステルフィダルド ] 2006年6月18日 


yukoikoma120114_5.jpg

そして、Media Cultureにて演奏。 @ [ ベネツィア ] 2006年6月20日 


yukoikoma120114_6.jpg

NENEROROの岡田さんと、ヴィンテージアコーディオンと。 [ 大阪 ] 2011年12月24日 


yukoikoma120114_7.jpg

そして、NENERORO主催イベント「accordo accordo! vol. 1 パンとワインとイブの蝋燭」にて演奏。 [ 大阪 ] 2011年12月24日 

120112_0853~010001.jpg


新年あけましておめでとうございます。
三が日もあけ、七草がゆも終わり、十日戎も鏡割りもすぎ、お正月気分なんてとっくにどっかに行ってしまっていますが、今年最初のブログってことでご挨拶をしとかないとと思い、時期はずれですが書きました。


そういえば、若かりしころ、年も改まり春の兆しがみえた2月に某文筆家先生のところにお邪魔したとき、何か一生懸命に書いてらっしゃるので聞いてみると「年賀状のお返事書いてます」って言われてびっくりしたことがあるなー。本当に一つの才能に秀でた人は世間の狭い常識でははかれんなー、とそのときしみじみ思いました。私なんかは小さな人間です。


さて、今年の目標はずばり「生き残る」。いや宮○駿じゃいないですよ。作家として生き残るとか、震災後に自分の生き方を考え直したとかでもなく、かーなーりー具体的な目標です。
だって、大不況ですよ、デフレですよ、買い控えですよ。ご飯食べてかれへんよ、ホントに。他のアーティストって作品売れてんのかなー。(年初めからこんなこと書いてる自分ってかなり下世話?)


というわけで、なんとか今年も生き延びて来年のお正月を迎えたいと切に願っています。


みなさま今年もどうかご贔屓に。

あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。


今年も皆勤賞狙っていきます!!


正月実家にて、「坊主めくり」をしました。
「坊主めくり」をどれぐらいの人が知っているかわかりませんが、
百人一首の絵札を使った遊びです。いわゆる、将棋で言うところの「はさみ将棋」
みたいな簡単な遊びです。


絵札を積んだ山を、一枚づつ引いて手札を増やしていき、最終的に多い人の勝ち
となります。しかし、坊主が出た場合、持ち札をすべて捨てないといけません。
逆に姫が出た場合は、捨て札をいただく事ができます。どんなに持ち札を多く
持っていても最後に坊主が出たらパーです。


その坊主の絵札の中に「蝉丸」というお坊さんがいます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/蝉丸
このお坊さん、大概後ろ向きで描かれている事が多く、なんとも不思議な魅力
があります。なにより、ここぞというときに引いてしまい、大どんでん返しが
あったりします。(家だけかもしれませんが)
トランプのジューカーみたいな感じですかね。


甥っ子がやった事があるといって、やることに。
いつぶりやろかと思いながら、甥と姪とでやってみたら、2時間ぐらいやるはめに。
特に蝉丸が出るたびにキャッキャ、キャッキャと大はしゃぎ。
何より、覚えやすい名前なのでえらく気にってました。


まあ、そんなゲームの落ちに使われる蝉丸さんですが、改めて和歌を詠んでみると
とても良い和歌を残しています。


「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」


(語訳)
「これがまさにあの、東国へ旅立つ人も、その人を見送って引き返す人も、ここで別れを繰り返す一方、知っている同士も、知らぬ同士も、ここで出逢いを繰り返すという、逢坂の関なのだなあ。」


なんでもない日常風景の中に、何か人生を感じる一句やな〜と改めて思いました。
こういう風景から読みとる力をもっと身につけたいな〜と思います。


sunlight2.jpg


このページの一番上へ