アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

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ご無沙汰しております。
5ヶ月ぶりのブログですが、それに関してはパー○ンが代弁してくれました。
  
タイムリーに展覧会の宣伝なんかしようとも思っていましたが、やっとこ記事を書く頃には展示は軒並み終わって年末ですね。良いお年を。。。
  
前回のブログで書きましたが、我々の成果物をようやくまとめだしております。
たまに更新しますのでたまに見て下さい。


SANDWICH GRAPHIC
http://sandwich-cpca.net/graphic/

 
 
 
 
鉄道芸術祭vol.1 西野トラベラーズ 行き先はどこだ?
西野達
アートエリアB1
 
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京阪協力で行われた一連の鉄道芸術祭、その撮影をしています。また広報物の作成、展示写真作品の撮影協力も我々SANDWICH GRAPHICで行っております。
西野達さんは公共空間の彫像や建造物を仮の構造物で囲い、ホテル等別の私的な空間に変容させる作品を数多く作られている作家さんです。今回の展示では20m近くの西野路線図や街灯、ネカフェなどが展示されており、公共空間の異化、という点は少なくありましたが、その中では異質なアップルマンの彫刻が目を引きます。
倒れた冷蔵庫上でリンゴを人型に積み重ね、頭頂部からリンゴジュースが吹き出続けるという彫刻作品です。上記の綿密な大型プロジェクトしか知らなかったので初見はなんだこれ?でしたが、あまりのアホらしさとノリが西野さんの通奏低音と撮影を重ね認識させられました。
この作品は都合3回、撮影に行きました。以前もプロジェクトの記録撮影にカメラマン三人に撮らせ、その中から一番良いものを自身の記録写真にしたそうです。様々な作家と仕事をしてきましたが、そんなこだわりを持っている人に会ったのは初めてです。展示や設置にも相当な時間をかけトライエラーを繰り返されていますが、突飛なアイデアとその実行力、そして質の管理を目の当たりにし、仕事をご一緒出来て本当に勉強になりました。
     
 
CHANNEL 2 大西伸明 / イチハラヒロコ
兵庫県立美術館
 
 
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9月〜10月と兵庫県美での撮影が続きました。
 
林勇気さんから始まった若手支援の展覧会、CHANNEL2という企画でして、前回に引き続き撮影させていただきました。
 
大西さんはある対象(鮭の切り身、脚立、事故車など)を型取り→成形した樹脂に本物の質感の様に着色した彫刻作品で知られている作家です。意図的に塗り残され途中から透明なFRP素材が透けている鮭の切り身の作品(長いね)を10年くらい前に見た衝撃を今でも覚えています。
今展示の空間には事故車の一部、コンクリブロックの破片、しぼんだゴムボール、ブルーシート、壊れた石膏像、など、上プロセスを経た作品がそれぞれ二つずつ、細かな破片も一つ残らず同じ(ような)ものが設置してあります。
ところで、僕は作品撮影の際、特に空間を撮影した後はコンセントや壁の汚れ、非常灯などはPhotoshop上で消します。素子の汚れなども必ずチェックしていますからその際に一緒に消します。消えにくいものもなんとか消します。
ある空間である作品を観る際にはコンセントなんか見えていませんが、写真に撮れば嫌でも残りますし目立ちます。記憶には残らないもの、他にも壁の継ぎ目、監視カメラ、ドアノブ、などは消します。作品にとってノイズになるものは無い方が良いという判断です。納品した方、気づいていらっしゃるか分かりませんがそうしています。
あるがまま、よりも作品の印象、あるべき姿、を優先しています。が、操作する事に不安や罪悪感が無い訳ではありません、いつも抱えています。ストレートであるべき、というのも何か違うし、ではあるべき姿や最適解はなんだろう、と。
で、大西さんの記録写真ではそういった操作をあまり加えませんでした。さすがに目立つ汚れは消しましたが、コンセント、時計、などいつもなら消しているノイズをそのままにしています。精巧なコピー品が対で置いてある異様な空間、周りにある物もなんとなく疑わしく見える印象をそのままにしたかった訳です。この部屋にはステンレス製の流し台があり、僕は以前この場所を撮影してその事を知っていますが、訪れた人の中にはこれも作品ではないか、と思った方も居た様です。
  
 
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イチハラヒロコさんの作品ですがこれも記録し難い。印象的な言葉を(主に男女間の心象を表した単文)ゴシック体で、縦組のある形式に配置し、それを様々な媒体で発表されている作家です。ご存知の方は思い浮かべる時には言葉だけではなく白地にモリサワのゴシック体のビジュアルがセットである事と思います。
今回は美術館外のバナー、等身大の立方体五面への出力、併設カフェでのトレーのシート、などでの展示ですが設置されたものを撮っただけでは面白さを伝えきれないように思います。撮ってみたものがそう思えましたので、鑑賞者や通過する人が上手く作品に絡むまでひたすら待ちました。特に子どもや恋人同士をひたすら待ちながら。写る人が様々で言葉の印象が全然変わり、悪くすれば恣意的にもなり、なかなかにその判断、基準は難しい。
イチハラさんの作品写真で、個人的に印象に残っているのは、子ども(イギリス人の女の子だったか)が「万引きするで」という作品の紙袋を持っている写真です。初回の横浜トリエンナーレ広報にも使用されていたと思うのですが、何気ないスナップながら言語差を逆手にとりビジュアルもかつ作品情報も伝わる良い作品写真だと思っています。今回、ここまで印象的に撮れたかどうか、最適解はいつも霧中です。


REFLEXIONEN ひかり いろ かたち
神戸ビエンナーレ2011
 
 
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残念な事に会期中に元永定正さんが亡くなられました。外部展示は当初のプランだと写真のさらに上空、館と館の間を通す予定だったそうですが、強風と設置運営困難の為変更されたそうです。スケールの大きなその作品も見てみたく、また写真を気にいっていただけるかどうか気になっていましたが、撮影して数日後、ご覧になられる前の訃報でした。
僕は一度講演でお話を聞いたくらいで元永さんの何を知っている訳でもありませんが、印象に残っているのは吉原治郎の誰もやっていない事をやれ、と言う事を講演中何度も言われた事を覚えています。小骨の様にいつもひっかかっている言葉です。
 
 
榎忠 展「美術館を野生化する」
兵庫県立美術館

 
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つづいてこれも同時開催でしたが榎さんのこれまでで最大規模の個展。これはボスの豊永さんのアシスタントでの撮影でした。写真は恒例の祝砲パフォーマンス、大轟音の直後です。強烈な爆裂音も展示された膨大な鉄素材、圧倒されます。
上のRIFLECTIONENは後藤哲也さん、榎さんはUMA/design farmデザインで記録集が出ています。こちらも是非ご覧いただければと思います。

何度も兵庫県美に足を運びましたが、入り組んで入り組んで、閉館後のバックヤードは日本屈指の迷路建築です。学芸の方が居なければ遭難していたでしょう。
  
  
 
「自画大絶賛(仮)」押忍!手芸部と豊嶋秀樹
21世紀美術館

   
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建築としては対照的な21世紀美術館、規模が違いますが、しかし重さを感じる事がなく開放的で撮っていて楽しい。先が見えて迷う事もない。事務所で少し作業させてもらいましたがここで働くのはいいですね。 
押忍!手芸部は、部長さんこと石澤さんの膨大な製作物の展示と、部長さん自身が会期中に制作をしており(部活と言うそうです)、それがそのまま展示の一部になっています。手芸部の説明はこちらでどうぞ
  
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また豊嶋秀樹さんがタイトルに冠してありますが、これが素晴らしい。展示構成はとても品が良く、ロス無く手芸部の魅力を伝えている様に思います。来場者にはおそらく意識される事が無いでしょうが、エゴの見えない関わり方、支え方、それは分野は違うけど記録撮影の手本の様に考えさせられます。
 
僕は撮影をしますができた写真は僕の写真作品でもないし、守る様なスタイルもあんまりない。ニュートラルに撮るというのも何か逃げの様に感じる。作品を伝える最適解とはなんであるか、仕事を続ける限りつきまとうし、死ぬまで悩むんだろうなと思います。
展覧会は3月20日まで開催中です。最終週には部長さんの部活も観る事ができますので是非。その頃には記録集も出ている筈です。こちらも是非ご高覧をよろしくお願いします。
 
また同時開催中の仏人作家、モニーク・フリードマンの展示もお勧めです。

こちらの展示はSANDWICH GRAPHICボスの豊永さんが撮影/デザイン、赤々舎さん出版でカタログを作成しています。
展示、作品も是非観て欲しいのですが、あわせてカタログを観ていただきたい。まだ色校途中ですが、今まで見て来た展覧会本の中で最高に良い本の一つですひいき目無しにマジで。展示作品数は多くなく、一作品一作品、一空間をじっくり見せる展示です。数少ない要素を建築空間と併せ表情豊かに引き出した撮影/デザインです。
 
作品の表層をニュートラルに記録する事でもなく、また安直にトリッキーな撮り方/見せ方を提案するでもなく、作品を理解しその魅力を最大限に引き出し、様々な側面を限られた紙面で伝える。前述した豊嶋さんの仕事にも通じる事であると思いますが、この部分は大事に、より一層目指していきたい。
 
てな感じで諸々と長々とすみません。では来年もどうぞよろしくお願いします。

来年春に京都で開催される映像芸術祭『MOVING 2012』で、&ARTに掲載されているドキュメンタリー作家/演出家
村川拓也さんとの共同制作による、宮城県南三陸町を舞台としたドキュメンタリー映画を発表します。
タイトルは「対話/空洞(仮題)」。


"対話"という言葉は「震災に対して異なる考えを持つ2人が、被災地での共通の体感を
通して得た異なる2つの実感を、共生/対立させながら1つの作品を作り出していく」ということ、
そして「被災地の方々と対話しながら、そこで学びとることによって作品のテーマを
立ち上げていく」ということ、この2つの制作過程におけるアプローチを意識して名付けました。
"空洞"という言葉は、取材後に村川さんの口から出た言葉を僕が別の解釈に置き換えて引用したものです。


このプロジェクトの第一弾として、2011年11月、南三陸町を訪れて撮影した映像素材を基に3つの短編映像作品を制作し、
YOUTUBEで公開しています。それぞれの視点で編集した作品を「Dialogu­­e 1」(編集:村川拓也)、
「Dialogue 2」、「Dialogue 3」(編集:中本真生)と名付けました。


※動画はHDでアップしています。全画面再生にし、なるべく解像度を1080pに設定してご覧下さい。
※村川さん編集の"Dialogu­­e 1"は、ブログリレーの村川さんの最新記事にリンクが掲載されています。


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Dialogue 3
本作は、南三陸町歌津地区にあるローカルコミュニティー伊里前契約会の会長千葉正海さんによる、伊里前地区の案内シーンと、
千葉さん宅でのインタビューシーンを中心に構成しています。
伊里前地区は今回の震災で地区そのものがほとんど壊滅してしまい、千葉さんも自宅と仕事場である牡蠣養殖の作業場を失いました。


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Dialogue 2
本作は主に2つのシーンから成り立っています。
1つ目は初日夜間に車で南三陸入りしてすぐ、被災した志津川病院やその正面にある巨大な瓦礫の山と、
暗闇の中で対面した時の記録。
もう一つは南三陸で出会った長期ボランティア・スタッフのキムさんと、
ドライバーとして今回の撮影に同行した僕の友人、篠原光昭による会話です。


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僕はこの2つの動画を制作する際に、2つのことを意識して編集しました。
1つは「被災という状況下に置かれた人々の、生活/感情/言葉などを、丁寧に記録していくこと」。
"Dialogue 3"では被災者(いわゆる土の人)に焦点を当て、"Dialogue 2"ではボランティア・スタッフと
自分たち自身(いわゆる風の人)に焦点を当てています。


2つ目は「理由/悪意のない"自然現象"というものにより、大切な人の命を奪われた人や、
生活の変化を余儀なくされた人の震災に対する思いという、ある種"空洞(これが僕自身の空洞の解釈です。)"のような
撮影対象を追うことで、日本人の生活の本質に迫る」という仮定を検証していくことです。


今後京都で村川さんとさらに"対話"し、来年もう一度被災地に訪れ5月に合わせて作品を仕上げていきます。
村川さん、僕ともに是非感想が聞けたらと思っています。
またこれらの小作品を上映させていただける機会などあればぜひご連絡ください。

村川です。
来年の『MOVING 2012』で、
東日本大震災で被災した宮城県南三陸町を追った、ドキュメンタリー映画を発表します。
現在、取材と撮影を続けています。
これまでの活動の報告として、短い映像作品を制作しましたので、
見ていただけると幸いです。


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http://www.youtube.com/watch?v=7rr_JXxIz1Q
南三陸ドキュメンタリー・プロジェクト『対話/空洞』 Dialogue 1
撮影・編集:村川拓也
15 min

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ご感想などありましたら、聞かせて下さい。


この作品に関しては、期間を設定して公開しています。ご興味のある方は早めにご鑑賞ください。

12月ですか。師走ですか。はあ、そうですか。
あっという間でした。
いや、そうでもないかな?
う〜ん、今って何年何月何日何時何分何秒?


無いね。無いんだよね。
何が?って、「季節感」が。


いや、今年はたぶんあの大震災以降、何か狂ったんですよ。中も外も。
そんで、その季節感が無くなったというかズレたというか、そんな感じだった気がします。
だから、「え?ブログリレー?この前書いたばっかしやん?!」ってなってるのですな、毎月。
・・・ん〜、違うかしら?


そんなこと思いながら、何となくちょうど1年前のブログ見たら 
「年末年始はバイトに行くだけで〜す。」とか書いてますが、残念ながら今年も同じです。
破竹の勢いの他の&アーターの作家さん達に比べ、自身のやった偉業は、「職場の年末の販売のノルマを達成した」ことだけであります。
すごい!アレを◯千枚も売った!って言っても、それが普通。そんな世界です。


・・・愚痴が長くなってきました。
で、その1年前のブログ見て、「あ、今年はうさぎ年だったのね」と思い出しました。
いや、ほんとに干支すらも飛んで行った1年でありましたが。


てなわけで、今月の作品:


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山本朱 作(タイトル不明) 


です。
こちら、焼き物です。要するに陶器です。セラミックっす。
見ての通り、うさぎさんです。しかも頭部のみ。


これは、今年の震災の後、関西で行われたチャリティー展覧会に出品されてたもので、そこで購入しました。
自身も参加してたのですが、このイベントでは美術作家さんたちが小作品等を即売して、その売り上げを東日本大震災の復興支援に寄付するというものでした。


同様のうさぎさんの顔がいくつか並んでいたのですが、ものは1つ1つ手作り。
微妙に顔カタチが違ったのを覚えています。


しかし、オブジェとしては問題が・・。
なんせ、うさぎの置物は大抵、体まであって座りの良いものが多いと思うのですが、こちらは頭のみ。どう置いても自立せず、ゴロンと横たわります。
山本さんの展覧会は何度か見たことがありますが、その時はちゃんと体もあるうさぎさんを作っておられます。


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(撮影:佐川好弘
↑こちらはしっかり座ってる山本さんの兎の作品。in銭湯のロッカー(?)


しかし、僕の持ってるのはやはり、ゴロンと置くしかないですな・・・。
と、思ってたんですが、今年、偶然にも山本さんが使用されてる共同スタジオ「24(ニシ)ナカジマ」に行く機会がありました。
そこに、同様のうさぎさんもあったのですが。


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(こちらも同じく撮影:佐川好弘 佐川君ありがとー!)


・・・と、取っ手?
いや、まあ取っ手として作られたというわけではないのでしょうが。
なるほど、こういう使い方もあったのね。


立たなぬなら、立たせて見せよう、うさぎさん!
そう、DIY精神(?)ですよ。
勝手に立つと思うなかれ、思えば負けよ、ですな。
しかし絶望するなかれ、ですよ。
立たせ方は貴男次第なのですよ!


ということで、立たすというよりは、座らせるという感じで置いてみました。


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岸田劉生風に言うと、「壺の上に兎頭が載って在る」て感じ?
ちなみに下の壺も某所で買った本物の「蛸壺」です。
用の美と不用の美の組み合わせ?
蛸壺と兎頭が出会ったと、せよ!せや!せろ!せいやーっ!
(でも場所はミシン台の上ではないー)


・・・という感じで、ひっくるめて今年、収まりましたかしら?


まあ多分、例の国のトップが言うアレが収束したってのは嘘だと思ってますが、来年も引き続き自分で自分を勃たせ・・・もとい、立たせることを念頭に、イヤー・オブ・ザ・ドラゴンを迎え撃って行きたいと思っております。


では、(兎だけに)月並みですが、良いお年を、&来年もよろしくお願いします。

こんにちは、Antennaの雰囲気を担当している市村です。


20日がAntennaのブログの担当日なのですが、少し過ぎてしまいました。。
次こそはばっちり期日を守るつもりだったのに、情けないですね。。


さて、前回のブログで、次回は田中のインド話か市村家のヤギの話かなと書いたところ、若干一名様より奇跡的にリクエストをいただいたので、今回は市村家のヤギの話です。


何の話やねんと、お思いかもしれません。
なんてことはないのです、市村家にはヤギがいます、ということです。
ただ、なんかすごいんですよ。


今年の1月に市村家にヤギが来ました。
ことの発端は、父親がヤギがほしいと言ったことでした。
父は長野の生まれで、まだ子供の頃は家にヤギやニワトリなど飼育して、卵や乳を得ていたそうです。
そういった父の昔の記憶も相まって、市村家でヤギを飼うことになりました。


来た当初はこんなに小さかったです。
角も大して生えていないし、レンズ豆みたいな糞をしてました。
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で、飼ってみて初めてわかりました、草食動物ってすごいっす。


干し草やその辺の葉っぱとか、野菜とか、食べます。
それしか食べません、その他は食べられません。
ヤギは牛とかと同じく、食べた草を胃の中で発酵させてそこからエネルギーを得るそうです。
ほとんど栄養のない干し草を食べて、自分の腹ん中で栄養作れるのです。

ただ消化、分解する、だけではなくて、発酵させて栄養に換えるというプラスの作業が行われている。

そのために胃の数も4つくらいあって、発酵タンクで発酵することで体温も上がる、体温を維持することで発酵タンクがきちんと機能する、また、食べないと発酵タンクが働かなくなるので定期的に食べ続ける、というようなサイクルです。
そのために、食べることが生命活動を維持することに直結しています。


ふと、思います。
僕たちも根本では生命活動を維持するために食事をしているはずですが、なんだかその本質の部分からはずいぶんと乖離してしまってる感じがします。


それから、ヤギの糞は本人の意思と関係なく出てくるようです。
エサ食べると、押されるのか、食べながらポロポロポロポロ。。

でもこれがすごいのです。

先ほどから言ってるようにヤギは草食なので草を食べます。
ただ、ひたすら食べ続けると植物も枯れるし土も痩せます。

でもヤギは草を食べながらポロポロポロ。。
このポロポロ落とされたものは、草を細かく砕いて(ヤギも反芻するので臼歯ですりつぶしてあります)発酵させたカスなのです。
これってすでにめちゃくちゃいい状態の肥料になってるのです。


つまりヤギは草を食べながら、その場所に肥料をまいている、ってことは土がいい状態になってまた草がよく生える。また食べる、肥料まく、、、、、の繰り返しです。


なんか全ての関係が自然に、そしてとても精度の高い状態で築かれて、維持されてます。
そして循環してるのです。


そんなことを考えていると、また、ふと思ってしまいます。
僕たちも同じようにまた何かしらの輪の上を循環しているはずなのに、なんだかとても純度と、精度が低いような気がしてなりません。
サイクル、リサイクル、表面的な言葉ばかりがすごい早さで流れていって、何か見失ってしまってるのでしょうか。


そういえば、Antenna Mediaをオープンするための改装で出て来た廃材、オープン展でも一部を積んで展示してましたが、あれは僕の家に持ち帰りストーブに火を付けるための焚付けとして、市村家を支えてくれています。
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作品を作るとか、誰かと関わるとか、どんなことでも、自分のやっている行為と自分が生活していること、自分が生きていること、周りの人たち、環境、それらがもっと自然に無理なく繋がっていったらいいのにって思います。


そんな中、当のヤギ本人は、今日も、Antenna Mediaの廃材で火をつけたストーブの前で、ぬくぬくと過ごしておいででした。
1年でこんなに大きくなりました。
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さて、次回は、の前に、12月25日にAntenna Mediaでパーティーをします。
19時ころから、どなたでもお越しいただけますので、ぜひみなさん遊びに来てください。
場所はこちらです。http://www.antenna-media.com/map.html


そして田中くんのインド話はAntennaブログで報告していきます。
第1回目の報告ブログはもう上がっています。
こちらもぜひご覧くださいね。http://antennalog.exblog.jp


次回は、まだ、未定です。
薪割りの話とかにしようかな。
あ、次回はもう新年ですね。


今年も1年たくさんの方に支えられて年末を迎えることができました。
ほんとにありがとうございました。
来年もまた、どうぞよろしくお願いします。


それでは、みなさん、よいお年をお迎え下さい。


では、また。
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市村恵介

いよいよの年の瀬へ、
日ごと華やいでいくこの頃ですね。
寒くなってきましたけれど、風邪などひかれていませんか?


あれから、北九州「西日本工業倶楽部」、熊本「NINi」、鹿児島「かねじょう」、
東京「THE GLOBE」、千葉「DIC川村記念美術館」、沼津「THE BLUE WATER」、
岡山「サウダーヂな夜」、広島「musimpanen」 へと、行ってきましたよ。
広島ではじまった展覧会「フラジャイル室内楽団」にも。


どの街のどの夜も、まさに百花繚乱。
こんなにも彩り豊かに花ひらいている、日本各地の文化。
奥深くて、美しくて、嬉しいですね。


ところで、2011年はいかがでしたか?


今年は、激しい衝動に突き動かされて「mama!milk / Nude」が、
そして、夢中で笑いたくなって「yuko ikoma / フラジャイル室内楽団のための組曲」が、
生まれてしまいました。
私たちの奏でるささやかな音楽ですら、社会を映す鏡だと知って驚きました。


どんなに海や土が汚れていっても、
結局はその中で、笑ったり、泣いたり、努力してみたりするしか無い私たち。
2012年はどんな年になるのでしょうね。


そう、この5年間で6枚のアルバムを発表させていただきました。
思えば本当にありがたいこと。
皆々様、とってもたくさん、ありがとうございます。


2012年はアルバム制作はちょっとお休み。
そのかわり、まだ見ぬ街も旅したり、新しいプロジェクトのスタートを切る予定。
是非、また、色々ご一緒しましょうね。


では、素敵な年の瀬でありますよう。
うんとあたたかくおすごしくださいね。


かしこ
祐子
mama!milk

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[京都] 来週12月20日の、flowing KARASUMAでのコンサートのためのリハーサル中。
とってもよい感じ。コントラバス 清水恒輔さん、トロンボーン 井登友一さん。
2011年12月15日 photo by yuko ikoma

制作期前の労働期で日々は内省から離れて身体レベルでのエクササイズな感じでした。そういう時期もまた"良し"(何かのエチュードであり、肥やし)なのですが、今回はその間にもふらりと観に行っていた映画のことでも書くかな? と思います〜。


ドイツでいちばん好きな映画監督と言えば。ヴェンダース、ではなくて、わたしならヘルツォークをあげちゃいます。
ヴェルナー・ヘルツォークの映画の中でひときわ異彩を放っていた俳優("怪優"とよく表現されている)クラウス・キンスキーの没後20年ということで、このところヘルツォーク作品に映画館で再会できる機会に恵まれました。
ヘルツォークに出会ってからすぐにそのとりこになったのは、やはりその創造性にシンパシーを感じたからなのです。
プロセスや出演者との関わり方、演出の仕方、それから純粋なものに対する思い、カオス渦巻く多様な人格を認めることのできる中世の感性。もちろん、意志の強い冒険家的な創造者であるヘルツォークのまねなどとても出来るものではないのですが。とっても敬愛、信奉~。
荒ぶる神のような創造的なエネルギー、人間の深く繊細な洞察、それから審判者(さにわ)としての客観性。それらを兼ね備えたものに圧巻されるのです。
ヘルツォークの映画では主に主人公は敗北します。おそらくその純粋さゆえに。社会でははみ出してしまう。しかし無垢さ純粋さを忘れたくない私たちはやはりハッとしてしまう。また壮大な物語には地球的なエロスがあるのです。
ということで、ヘルツォークはおすすめですヨ、というお話でした。
クラウス・キンスキーが出ている作品群も良いのですが、わたしは『シュトロツェクの不思議な旅』『神に選ばれし無敵の男』も大好きです。
いずれも俳優さんではない人が出演しています。『シュトロツェクの不思議な旅』の方はブルーノ・Sという辻音楽師、『神に選ばれし無敵の男』の方はストロンゲストマンで優勝した本物の力持ち、ヨウコ・アウラが出ています。しかしクラウス・キンスキーもまた他ではもてあまされる不世出の社会からはみだした人物だったのです。
そういえば、ハーモニー・コリンの『ジュリアン』にはヘルツォークが出演していました。へんなお父さんの役でした。あの映画は皆へんなんですが、映像のざらつきがうっとりするくらい美しくて好きです。完全なる絶望があって、ならば自分で美しい風景を作り出してやろうという気概が感じられます。それは『ガンモ』にも共通すると思います。


ロベール・ブレッソンのニュープリントは、これまた再見しておこうと思い通いました。
ブレッソンは『バルタザールどこへ行く』『少女ムシェット』をはじめとし、ごく希な上映の機会に繰り返し見て来ました。
今回は『スリ』と『ラルジャン』。映画職人~。すばらしい、泣けます。(いえ泣くのは私だけかもしれませんが、、、ブレッソンもツボです)
メディアはメッセージ ならぬ 手法こそがメッセージ とでもいうのでしょうか。
社会は小さきものを黙殺します。ムシェットの怒りはイヴォンの怒り。ブレッソンの映画はその手法の素晴らしい魔力に気持ち良く圧巻されながらも、物語の終末は不透明です。その不透明さはそのまま社会の不透明さです。『ラルジャン』で言うと、何気ない日常の小さな無関心の積み重なりが悪意の芽となり、大きな破壊と絶望をおこすに至る。こう書いてみるとなんだか原発やら水資源やらデフレやらの問題と同じように思えて来ます。
先日、岩井俊二監督が『friends after 3.11』に関するコメントで語っていたことを思い出しました。「・・・ようやく敵の姿を見つけた!と思ったら、よく見るとそれは自分の背中だった」というような内容でした。
私たちが社会に順応するためには無意識や無関心というチャンネルが働いているおそれがあるのです。
その小さな無関心の積み重ねがもたらすものをブレッソンが冷静に必要最低限のシンプルさで垣間見せてくれる。(※『ラルジャン』は原作はトルストイです)
ところで俳優さんでない人を使って映画を撮るということも、おそらく多くの人がブレッソンに学んだところがあると思います。
そして、わたしはと言うと、作っているものは全く違って見えても、全く"足もと以下"でも、これらの監督から大きな影響を受けていると思います。


ヴェルナー・ヘルツォーク『氷上旅日記』とロベール・ブレッソン『シネマトグラフ覚書』。貴重本なり?

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今日は繰り返し見ている映画についてでした。
忙しくなるとなかなか映画通いできなくなるのですが、スパイク・ジョーンズの『INVITATION』は楽しみにしておこうと思ってます。


それではみなさま良いクリスマスとお正月をお過ごし下さいね。。。


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