アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

ウィーンにいます。2年ぶり。おもうところはたくさんあって、ほんとうにたくさんあって、
まだどうもうまくまとまらない。ただ歩きながら、見つめながら、描きながら、
湧き出るものをぐっと噛みしめる(抱きしめる、かもしれん)
それらもろもろ、もう少し煮詰めてから文章に出来たらいいなと。
その前にこの1週間の旅の記憶をまだ手触りが残るうちにと並べてみます。
ウィーンから電車で3時間半、スロベニアとの国境付近、エリザベスの住むところ、ケアンテンでの1週間。
そこがわたしにとってどんどん意味のある場所になっていく。


ーーーーーー何度目かのケアンテンにてーーーーーーー


南駅の消滅から始まる


電車の旅に集中する


暗闇の中の30分


カティンカ!


壁に扉を、扉を壁に


かつてのプールルーム


300冊のカレンダー


天使に関するいくつかの(陳腐な)質問


見送り、ドアをしめる


ぱたん


どこにもつながらない(際立つ何か)


台所で手紙を書く


霧の中へ


木に咲いた氷の花、真っ白な、真っ白な


消えてく(追いかける)


粉砂糖が降るみたいに静か


ゆらゆらネーベル


にんじんの切り口は太陽


たとえば。


「土曜日、霧の向こうへ行ってみる?」


走る、追い越す、挨拶をする


ビッグハムスターの謎、解ける


50分の授業のために


りんご、くるみ、砂糖、シナモン、ゼンメル粉、パイ生地


古城を目指す


カティンカ!カティンカ!


美しい地層、時間の、記憶の、


チェーホフのさくらんぼ畑


4人で描く


赤い蝋燭を丸める


「虹からは虹色の雨が降るの」


6歳のエマ


見て!青空が!(霧を越える土曜日)


光とゲレンデを駆け上がる


キンダーモノポリー


いくつかの冬といくつかの夏と/計画


油絵具の匂い、感情の肌触り


羽のはえたカンガルーの上から


取り戻す。かみしめる。


焼き栗を1/2リットル


クランプスの行進


光る眼は好きじゃない


はちみつパン


丘の上の教会、時刻を知らせる鐘


セージ、イラクサ、ハゴロモ草、ミント、ジンジャー


「日本のお墓はどんななの?」


メルヘンの高度な理解について


お金のしくみ


凍ったバラ


動物の持つ雰囲気が絵画に与える影響についてとか


庭で焚き火、21時


煙で霧を増やす/うつる影


ゲストブック、青の色鉛筆


リンゴ、黒パン、チーズ


スロベニアとの国境


iPhoneのメール


ウィーンへ帰る、日本へ帰る、帰るってどこに


夜が来た


夜へ行く


たぶん、得た。


はじまるよ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とにかく霧がすごくって、ずっと霧の中にいたような1週間だった。
森を歩き、本を読み、絵を描いた。青空を求めて霧を越えた土曜日、急に晴れた霧の中から現れた真っ白な木々の風景。
霜を全身にまとった、まるで氷の花が咲いたみたいな白い森。嘘みたいな。
こんなことがあるんだなーとぼんやり目の前に広がる奇跡みたいな出来事を受け入れる。
触ったら壊れそうな、それはそれは綺麗な。思い出しては嗚呼と思う。


get-attachment-4.aspx.jpeg


get-attachment-3.aspx.jpeg


get-attachment-2.aspx.jpeg


get-attachment-1.aspx.jpeg

さて、毎度冒頭はこんな感じでスイマセンなのですが、もうこのブログリレー何回書いたかしら?
不意に「Q:さて今、何問目?」てな感じです。タイムショックです。
そう、人生は時間との戦いです。
だから、はやくないですか?一ヶ月が。


ここでは「マイコレクションシリーズ」てな感じで最近ブログ書いてますが、そう毎月毎月ポンポンと文章が書けるわけではないのですよ。
しかしながら、これは男と男との約束。金銭の発生しない心の絆。THE KIZUNA!
・・・いや、欲しいんです。皆勤賞が。


ということで、今月は何について書こうかな〜〜と思ってたらピコピコピーン!
(って「毎度お騒がせします」の例の効果音じゃなくてよ)
来ましたよ!ピーンと!


というわけで今月の作品:


ikabati.JPG


五十嵐真理子 作 (の真鍮製ピンバッチ)


というわけでピンバッチ。
以下は・・・じゃなくて上の写真はイカのピンバッチです。
画像ではわかりにくいかと思いますが、長さが2cmくらいです。


五十嵐さんは彫金アクセサリーを作られる作家さん。
僕はピンバッチが好きで、ついつい買ってしまうのですが、その中でもこの五十嵐さん作のピンバッチは素材と形態のみのシンプルなもので、非常にカワイク愛くるしいものが多くて、気に入ってます。


このイカのものがおそらく初めて買ったものです。
動物のものが多く、どれも欲しくなるカワイさなのですが、その中でイカを選んだのは、いまだにイカ臭い男子のような自分にはピッタリなな〜と思ったからです。
ですが、基本的には女子や女史が好みそうなカワイイものが多いので、女性への誕生日プレなどに重宝しています。
今のところ、プレゼントした方々からは100%のご好評をいただいております!
・・・と、他人の作品で自分のポイントを上げようとする、タチの悪い男ですな。
いや、まさに鉄板のバッチです。(真鍮だけどね)


busakawainu.JPG


こちらがそのプレしたものの1つ。
ブサかわいい(?)犬のバッチ。
ピンバッチだけに・・ではないですが、ほろ酔いピンボケ写真ですいません〜。


そんな女性向け(あ、さっきからザックリと女性向けだとか、古くて単純な価値観、フェミニストや新人類の方々、スイマセン)なカワイイのが多い中、先日入った新作がこれ!


inveder3.JPG


スペースインベーダーときました!
こりゃ、買わなかあかんがな〜と入荷すぐに購入してしまいました。
さっそく、先日、友人のダーシマのヤース(仮名)くんの結婚パーティーに付けて行きました。


元来、オシャレなパーティーとかは苦手な私。
「見て。さっきからあの人、立食のやり方がわからず、料理とグラスとお箸持っててモタモタキョロキョロしながら大汗かいて挙動不審よ。きっとこの星の生物じゃないわ!」
なんて言われても、自らインベーダーバッチを付けておけば大丈V!


ということで、来月行われるであろう&ARTの忘年会ではこれ付けてって、ドレスコードはインベーダー!
「あの人、オシャレなアーチスト達の中にに紛れてるけど、実は超ダサイ星人よーっ!」


なんつっ亭。


*今回ご紹介した五十嵐真理子さんのピンバッチ等彫金アクセサリーは関西だと雑貨&ギャラリー、オソブランコさんで取り扱われてます。カワイイの多数取り揃えてはります。余談ですが僕のオリジナルピンバッチもついでに売ってます。

こんにちは、Antennaで予言を担当している市村です。


気付けば、二月も間が空いてしまいました、すみません。。


前回の記事にも書きましたが、この夏はずっと改装作業をしていました。
そして、10月1日に無事オープンいたしました。


河原町五条の近く、麩屋町を上がったところにあります。
以前0000galleryだった場所なので、ご存知の方も多いと思います。


簡単にAntenna Mediaの説明をすると、Antennaや建築家、デザイナー、などなどのいろんな人たちで始めたプロジェクトです。
Antennaのためのチームではなく、あくまでも僕たちAntennaも関わっているインディペンデントなチームで、メンバーは10人くらいでフラットな関係の中でプロジェクトを進めています。

ホームページはこちらAntenna Mediaです。


そもそもなんで、Antenna Media作ったの?っていうとですね、
いままでAntennaで作品作って、展覧会して、プロジェクトに参加して、ってしてきましたが、去年あたりからプロジェクト作る側に回ることも増えてきたのです。
それ自体は僕たちのしたいことでもあるので、全然問題ないのです。
ですが、僕たちが活動しているのはアートのフィールドです。
参加したり関わったり企画したり、色んなプロジェクトがあります。
それらが対象としている人たちは、本来アートに関わっている人たちだけではないはずです。(アートに関わっている人っていう括りも、なんだか好きじゃないですが。)
色んな人たちに届く言語を使わなければいけない、だから、アートのフィールドだけではない客観性みたいなものが必要だなと感じたので、色んな人たちからなるチームができた訳です。


ざっくりしすぎてて、ほんと、すみません。


ま、そんなこんなで新しいチームができて、新しいスペースが立ち上がりました。


あんまグダグダ言葉にしてもよく分かんないと思うので、あとは写真で見ていきましょう。

10月1日のオープニングパーティー、たくさんの人が来てくれました。
_MG_5136.JPG
_MG_5137.JPG
中はこんな感じ。
1階です。
_MG_5696.JPG
2階です。
2階のオフィス部分。
_MG_5439.JPG
先日の西野達さんとのトーク(鉄道芸術祭関連イベント
_MG_5911.JPG
_MG_5934.JPG
展覧会だけでなく、いろんなイベントもできるようなスペースです。
みなさんぜひ遊びにきてください。


あ、よかったらぜひ使ってください。
スペースのレンタルをしています。


なんだか、すごい分量になってしまいました。
すみません。。
 


そうそう、だいぶ前に、恐竜博物館に行ったんです。
いろんな化石や模型が展示されててめちゃよかったです。


で、そこで見た、恐竜の骨の化石の断面と、樹の化石の断面が、そっくりでした。
どっちがどっちか分からないくらいに。。


何千年、何万年の歳月が経つと、動物も植物も関係なくなっていき、同じ見た目になっていることが、なんだかとても本質につながっている感じがして、考えさせられました。


僕のお気に入りは、アンキロサウルスです。
 


さて、次回は、今インドに行ってる(もうすぐ帰ってきますが)田中からの報告か、市村家のヤギの話か、どっちかをお送りします。

それではみなさん、急に寒くなってきたので、風邪とか引かないように気をつけてくださいね。


Antenna 市村恵介

ここのところ、制作中はアトリエの蛍光灯を極力点けずに作業しています。
日中アトリエに行ける時は外光を頼りに絵を描き、読書の時は机の電気スタンドで文字を読み、夜間どうしても暗い時は隣の制作スペースの蛍光灯を点けて、伝わってくる光で制作したりしています。


電力を出来るだけ使わないよう心がけないとなぁ、なんてECO精神に目覚めたわけではなく、最近蛍光灯の光が体に痛い、という20代とは到底思えない理由からなんですが、大丈夫なんでしょうか、僕は。


まぁそんな環境下で絵を描いているのですが、絵の具を置く作業が一段落して、蛍光灯を付けた時に何気なく画面を見ると、思っていたのとは違う色が乗っていることがよくあります。描いてる時と光線が違うので当たり前なのですが、あぁ修正せんとなぁと考えたところで『ちょっと待て』となります。
確かに蛍光灯下では違った色に見えるけども、蛍光灯を消した状態で描いていた時はこの色として認識していたんではないかと。
では、この作品が今自分が見ていた色と同じように認識されようと望むのならば、展示空間の照明を極力現場の光源に近づけないといけないわけです。それがどこまで可能なのか、そして今まで見て来た作品は、果たしてどこまで作家が見ていた色に忠実であったのか。


作品を見る時にそこまで気に病む必要なんて全然ないのですが、蛍光灯下が当たり前の中ではついその光が当然のように感じてしまいます。
あと、うちのアトリエの蛍光灯はジージー五月蝿いです。


そんなstudio90で現在展覧会をしています。


studio90 第10回展
北條裕人『TIME LINE -34.949395,135.719014』
2011年11月12日(土)〜12月23日(日)
11:00〜20:00
土・日・祝のみオープン


お時間がありましたら是非お越し下さい。

真っ赤なもみじが、きれいですね。
朝晩も随分冷え込むようになりましたけれど、おかわりなくおすごしですか?


おかげさまで mama!milkは、ひきつづき秋の演奏旅行中です。
松江「清光院下ギャラリー」、鳥取「MOBS FELLAS」、福山「名曲喫茶アンズ」。
大阪の木鳥Worksさんの展覧会や、Pug27さんの10周年パーティ、
福岡の「cafe dining bar 7」や、「SIGEKIBA」での玉川祐治さん、峯崎由紀子さん、田中信也さんの展覧会、zerokichiさんとの共演 . . . . .


新しい出会いに乾杯したり、
久々の再会に乾杯したり、
毎晩、嬉しい乾杯をしています。


そんなこの秋に感じるのは、
こうして出会う方々の、それぞれにずっと積み重ねてこられたであろうもの。
そして、積み重ねてこられたであろうものから自然と立ちのぼる、色香のようなもの。


そんないろんな方々の色香に包まれながら、
mama!milk、のびのびと演奏させていただいています。
幸せです。


皆々様に、敬意をこめて、乾杯。


今月もちょっと寄稿が遅れました。
ただ今九州ツアー真っ最中。
今から、北九州、熊本、鹿児島と巡ってから、京都に戻ります。

本当に素敵な人たちばかり。
次は是非、ご一緒しましょうね。


かしこ

祐子

mama!milk

追伸:そう。私のソロアルバム「yuko ikoma / Suite for Fragile Chamber Orchestra」も11月11日に無事発売されました。
お力添え、ありがとうございました!

写真は、昨日。福岡のアンティーク家具屋さん「KRANK」にて、「シティ情報ふくおか」さん新春1月発売号の取材風景。
「福岡とmama!milk」のお話中。
ここKRANKでの音楽会「クランク・ドゥ・メルクルディ」(空間演出:KRANK+果実酒:coffon+音楽:mama!milk)も、私たちの宝物。

yukoikoma111117.jpg

[福岡] KRANKの藤井健一郎さん、mama!milk 清水恒輔さん、赤星淳一さん、シティ情報ふくおかの里中ひとみさん。
2011年11月16日 photo by yuko ikoma

修理や掃除に時間をさくのは私のまた一つの面なのですが、リペアについては、若い頃、商業物をデザインする仕事をしばらくした後から、欲求として芽生えた思いでもあるし、手入れは、一つの物に愛着を持って接したいという思いが少しずつ育ってきたのだと思う。


それらは元のように直すことだけでなくて、時には無作法に思いきって扱うこともある。つくる・破壊・繕う、それらはじつは変種で、"先へ進む"という同じ方向性へと向かっている。美しいものを見る・作る快美を知ってしまったものは、もはや後戻りすることは出来ず、それにこだわりおぼれ、進んでいくのではないでしょうか。


長い時間をかけた幾度もの洞察と認識の繰返しの末に、ものが出来上がっていく。たくさんの寄せ集めた認識の集積の果てに、腑に落ちて、完成する。そういう意味でアートもまたブリコラージュそのものであるとも言えると思うのです。そして、何を見て、見つけるかという、視線と視力がとても大事と思います。


ということで、他愛もないのですが今日のリペア。カバンの取手周辺。(裏を青いリボンで、根元を刺繍で補強)
日々のこともエクササイズと化しつつ?(いえヒマ人...)
仕事や生活からも学び肥やしに、と。まさにブリコラージュ人生な面はありますよね? みなさん。



今年の夏頃に実家の広島に帰って墓参りなどをした後、時間もあったということで、広島市現代美術館に足を運んでみました。 そこでたまたまやっていたのがオノヨーコ展、タイトルが「希望の路」
という、とてもストレートで今日の日本へのメッセージのようにも感じられました。
オノヨーコといえば、平和活動家、音楽家、美術家と様々な活動で知られていて今までにも、何度か彼女の作品は展覧会などで見てきたのですが、どうも自分のなかでピンとこない所があり、同じ作家としてもあまり意識はしていませんでした。

平日だったということもあり美術館には人がほとんどいませんでした。
エントランスではワークショップか何かで折られていただろう鶴が透明な大きな箱のなかに沢山詰まっていました。そしてその誰が折ったかわからない鶴は自由にもって帰れるようになっていました。
その時点でぼくは少し疑問に感じました。「希望の路」というタイトルにこの鶴のワーク
ショップではとても安直過ぎて、もしこんな感じの作品ばっかりだったらお金払ってまで見たくないなぁ・・・。と思ってしまったのでした。


しかし展示会場の入口のほうを見たときチラッと作品が見えて、やっぱり気になるのでチケットを購入することになります。


会場へ入るとまず、いつもはあるはずの床のタイルが全部剥がされていて、むき出しのコンクリートが全面に広がっていて展示室全体が廃墟のようになっています。 その空間に何箇所かぽつりぽつりと扉(どこでもトアの様な)が立っていて壁には荒々しく墨汁のようなもので「希望の路」とか、詩のような文章が書かれていました。そして、今年の東北での震災で崩壊した家の家具や柱などを四畳半くらいの面積の中に再構成したような作品もありました。

でもこのあたりはまだ自分の中では想定範囲内だったので、なんとなしに作品を見ながらすんなりと奥へと進んでいきました。

そして地下にある展示場へ階段をおりていきます。
ここからの2作品(2インスタレーション)の連続コンボがぼくを襲うことになります。


まず1つ目の作品ですが、部屋は真っ暗で目が慣れてくると部屋中に人の形をしたオブジェがビッシリと立っているのが見えてきます。等身大なので始めは別のお客さんが入っているのかと思ってしまいました。その時は僕一人でした。そして壁に映像のような写真のような画像が映されています。それはおそらく広島の原爆投下後の街の画像でした。そしてその部屋に仕掛けられているライトが数分おきにピカッと光り、一瞬だけその空間が閃光に包まれます。
そのあとどういう仕掛けなのか分からないですが、その閃光を浴びた人形の影が投影された広島の街に焼き付いて、時間が立つと消えていきます。説明が難しいですが。

そして何度か光った後に気づいたのですが、よく見るとその広島の瓦礫まみれになった街に映った人形の影に混じって、自分の影を発見してしまいました。リュックを背負っていたので見分ける事ができました。 一瞬体が止まり恐怖を感じました。

オノヨーコは1945年8月6日の朝に広島で起きた出来事をシミュレーションしていたのです。


その部屋を通り抜けると2つ目の作品です。
入ってすぐさま恐怖と悲しみが込み上げてきました。
死体安置所です。
実際には何かの骨組みの上に毛布が掛けられてあります。通路以外はすべてこれで敷き詰められています。

観賞者もいなかったので、その空間には僕一人です。夕陽を模した赤茶色の薄暗いライトに照らされて棒立ちです。
自分にとって、死体安置所という存在がいかに非現実的だったということを感じると同時に、日常として当たり前に存在しているという現実を突きつけられました。

その時、生まれて初めて人の作品を見て涙がでそうになりました。いや、もうこれはもう既に作品ではなかったかもしれません。オノヨーコを介して出てきたにも関わらず元のメッセージが元のまま純粋に直接的に出てきたもので、何もフィルターのかかっていないストレートなメッセージでした。唯一フィルターがかかるとすれば、オノヨーコがそれを選んだくらい。

枝豆を食べた次の日に、自分の体を通ったにも関わらず姿を全く変えずに出てきた豆のように。


人が何かを表現するときに、時には敢えて自分のフィルターを外しそのまま提示するという方法をとるということもあるのだということを教えられたような気がしました。


と、この2つの作品の連続コンボにより帰りに会場出口のエントランスに置いてあった誰が折ったか分からない折り鶴を一つ手に取り、微笑みながらリュックの中へそっと入れました。

この折り鶴はいまでも実家のリビングルームに飾っています。


そんな中、今夜歌って頂きます。

光GENJI で「チンチンポテト


おやすみなさい


このページの一番上へ