アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

今年ももう11月ですね。3月がはるか遠くのことのように思います。


去年から、今年にかけて意図的に映像の幅を広げてきました。
映像作家の前田真二郎さんにおさそい頂き、ドキュメンタリーの企画にも参加させて頂いたり、
写真の作品を発表したり。でもやってみると技術的には見直すことが多いにしても、
それなりにしっくりと、考えてることや、やろうとしているということに馴染んでいきました。


特にドキュメンタリーの映像作品は気づきが多く、制作の手法や、
デジタルの写真を素材にしていること、表象してくる映像、自身の生き方、
などに自身の中でひとつの芯が通ったようにおもいます。
幼少の頃に突きつけられた「ノストラダムス」などから、
世界の終りに気づいたことからはじまっているということに気がつきました。
ひどく込み入った話なので説明したり言語化したりするのが、
まだまだむずかしいのですが。よろしければご覧ください。ホームページも秀逸です。


Between Yesterday & Tomorrow
http://solchord.jp/byt/byt-2nd.html



Between Yesterday & Tomorrow landscape 001



Between Yesterday & Tomorrow landscape 002


最後に今年制作し発表した作品のリストを。備忘録としても。


あることbeing/something、overlap 、BYT landscape001_002(ドキュメンタリー)、
生きるということ(実写)、moments(写真)、the layers of everything、
moving上映会オープニングロゴ制作(笑)、moving DVDのオーサリング(笑)、
the outline of everything:2nd sense of touch、
happy times 、the outline of everything:Kobe Installation(仮、12月発表予定)

今週末東京に行く予定です。
宮永亮さん、八木良太さん、彦坂敏昭さんの個展や、
やなぎみわさんの演劇を見てこようかなと思っております。
東京には運良く、知り合いの展示が固まった時に行きます。
最近は2、3カ月に一回ペースですね。
宮永さん、八木さんは&ARTにも掲載されている京都の作家で、
彦坂さんは以前美術館のパーティーでお会いした、僕と同い年の作家さんです。
同い年というのは刺激になりますね。


先日東京に行った時は横浜トリエンナーレと、東京都現代美術館で開催されていた、
MOTコレクション、名和晃平さんの個展「シンセンス」を見てきました。
横浜トリエンナーレは金理有さんと八木さんが目当てでした。
その前は少し期間空きますが東京都現代美術館「MOTアニュアル2011」と
MORI YU GALLERYでの小沢さかえさんの個展などを見に行きました。
MOTアニュアル2011は富山出身京都在住の作家 木藤純子さん、
そして八木さんの展示が目当てでした。


ここまで書いて異様に八木さんの展示が入っていることに気付きました。
別に狙ってるわけじゃないのですが、よくよく考えて見ると、
今年東京で八木さんの展示がみられる期間は異常に長かったんですね。
実に合計半年程度。関西の展示にも出しているし、すごいハイペースです。
僕も見習わないと。


さて、自作の制作に向けて動き始めております。
半年間情報収集と、自分の向かう方向を定めていたような時期が続きましたが、
いよいよ本格始動です。


まだまだお知らせできる段階ではないので具体的には言えないですが、
今までの作品スタイルではどうしてもできなかったことに、
今までやってきたことを全部リセットして挑戦しようと考えています。
またこのブログでも報告していきます。

宮永です。
こちらのブログの方を何度も飛ばしてしまっています、申し訳有りません。
今回もめっちゃ遅刻したけど、頑張って教室に飛び込んでみた感じです。

先日東京のgallery αMでの展示作業と、オープニングのトークイベントを終え帰京(都)しました。
http://www.musabi.ac.jp/gallery/


今回の展示は、僕が昨年の夏に撮ってきた東北の映像と、その後近畿で撮った映像、震災後の6月にスウェーデンに行ったときの映像、それから震災後の東北を見に(撮りに、と言う意識ではとても行けませんでした)行った時の映像素材を元に構成された映像作品を中心に据えたインスタレーションとなっています。


「映像作品を中心にしたインスタレーション」と言うところに、ちょっとナニがあります。映像を現在の編集環境で作っていて思うところがあります。それは全てがデータとして扱われる、ものを通過することは、最初にカメラを動かす事、展示として出すときにスクリーンに映し出す事、の二点しか、実感としてとらえる事が出来ないと言う事、データ上であれば完成作品であれその素材であれ、はたまた中間素材であれ、一律に横並びのデータであり、映像編集のプロジェクトファイル(AEであれば.aepですが、イラレの.aiのほうが一般にはイメージしやすいかも)もそれらをそのように、横並びのデータベースとして把握し、読み込み、擬似的に重ねています。擬似的にと言うのは、その行程が可逆で、重ねたりやっぱり剥がしたり、と言う事が現実の物質を使うよりも異常に簡単である、と言う意味です。


一旦重ねた絵の具を奇麗にそれだけ剥がす事も、彫ったときに出た木屑から彫る前の状態に戻す事も至難の業であり、その事が逆に作品の強度を増す事実としてある訳ですが、映像はプロジェクトファイルに戻る事でそれが可能です。


現在において映像の特性とは、複製可能性に有ると言う見方も出来ますが、それ以上にマスターを再制作できる、と言う事が今までの「作品」と言う概念から見れば非常に大きな違いかと思います。はっきり言ってその事が作品の強度を下げる事も事実な訳であり、映像作家が頭を悩ませている事でもあります。ただ僕は、その事を面白いとも感じています。


今回のαMの展示では、勿論完成された作品の中に鑑賞者の方が何らかのメッセージを読み取って頂く事も目的であると同時に、日本や海外と良う地理的広がりや、編集時間の長さとは裏腹な、完成品と素材群の間の可逆性からくる映像メディアそのものの刹那さや曖昧さを示したいと言う事も目的の一つでした。そう言ったものこそが映像が芸術として成立する為の足がかりかな、と今思っているからです。
twitterやFB等ではちょくちょくお見せしている擬似的な部屋の構造を実際にギャラリー内に現出させ、その可逆性を象徴的に提示したつもりです。部屋自体が、組み立て、バラシが可能な個々の部材から作られています。また部材の一部をスクリーンとして利用しています。映像の構造もそうです。では実際のものとしての部屋の素材と、投影される映像の素材の本質的な差異は何だろうか?と言う問いをこのインスタレーションで投げかける事も出来るかと思います。


部屋の構造自体は、運びさえすればどこでも組めると言う意味で、何というかアン・サイトスペシフィック(正しい用法かわかりませんが)なのですが、展示としての配置は別の空間に持って行った際にはサイトスペシフィックな、つまり現場に合わせたものになるでしょう。完成品とデータベースと言う映像制作の構造がある限りは、(やりませんが)映像コンテンツを別の作品にまつわるものと交換も可能な訳です。


一見無限に見える選択肢や道筋のバリエーションから、何を選ぶのか、何が自動的に選択されるのか、そう言う問いは誰にでも投げかけられる事で、僕は映像と言うものを通してそう言う現代の事を考えている、と言う事になります。


どうでも良いんですが、切なさと刹那さって似てますね。これは恋なんでしょうか。何なんでしょうか。明け方に何言ってるんでしょうか、僕は。


※告知2点すいません。


αMとは別の新作を出展致します。祇園祭の映像素材を使った映像ドローイングのようなものです。
「ルネサンス ─京都・映像・メディアアート」展
http://plaza.bunka.go.jp/kyoto/rel_01.html


それから
TOKYO DESIGNERS WEEK 2011では旧作を児玉画廊より出品です。
http://www.tdwa.com/
画廊よりのステートメントを先に呼んでもらった方が分かりやすいかもしれません。下記です。
http://miyanagaakira.tumblr.com/post/12070825359/tokyo-designers-week-2011


ご無沙汰しております。

7月以降ブログの更新日である26日の前後が毎月見事にイベントと重なり、
準備に追われだいぶ間が空いてしまいました。


7月以降ホントに色々ありまして(ほんとに色々あったなぁ...)
せっかくなので写真や映像とともに報告させてもらおうかと思います。


(小学生の絵日記風になる事が予想されます。あらかじめお詫び申し上げます)


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まず7月26日にはカフェアンデパンダンにて「Thank You for Tuesday Night!」というイベントに。
一応カフェアンデパンダンの火曜日のフリーイベントのラストという事で、縁あるあの人この人で
てんやわんやの大騒ぎてな具合でございました。この日はrimaconaとGTSVLのライブのサポートギターで参加。
サイコーでした。やっぱり人だな、と思うのでした。


IMG_3103.jpgいきなり写真が無かったので綺麗な雲の写真を...


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そして8/27には法然院にて「electronic evening 2011 電子音楽の夕べ」に。
イベントも場所も一度やってみたいと憧れていたので、演奏させて頂いてとても光栄でした。
人も場所も雰囲気も本当に素晴らしかった。


IMG_3085.jpg法然院のお庭(です一応...)


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9月25日にはクラブメトロにて「night cruising 5th anniversary」。
ホントにお世話になっているイベントで、この日は五周年でした。
ゲストには東京からAmetsubさん。京都からはrimacona、intext、Kezzardrix。
この日は皆さんの集中力が凄まじく、ある種独特な緊張感が会場を包んでおり
イベントをスペシャルなものにしておりました。


僕のライブ映像です。バックの映像は奇才Kezzardrix。

polarM Live "night cruising 5th anniversary" at.club metro -「Northern_」
from nightcruising on Vimeo.


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そして今月、Nomadic Kids Republicというレーベルより
念願の1stアルバム「Northern Birds」をリリースする事ができました。
本当にたくさんのリアクションを頂いており、大変嬉しいです。
色んなところで取り扱って頂いております。良かったら是非聴いてみて下さい!


NorthernBirds.jpgpolar M / Northern Birds


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そして今月22日は「Northern Birds」のリリースパーティーをヴィラ九条山にて。
大雨にもかかわらず、たくさんの人が足を運んで下さいました。
ゲストにはアルバムにも参加して頂いた原摩利彦さん。本当に素晴らしいピアノを弾いてもらいました。感謝感謝...。


IMG_3060.jpgこの日も写真を撮り忘れたので綺麗な一番星の写真を...


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最後に、今年の12月2日、PsysExこと糸魚さんの主宰するレーベルshrine.jpより
新しいアルバム「the night comes down」をリリースさせて頂きます。
また改めてお知らせ出来たらと思います!


といった具合にほんと色々ありました。これ以外にもたくさんありました。
決してブログを書けなかったいい訳ではありません。


そう、決してブログを書けなかったいい訳では無いのです。

さて、深まるばかりの芸術の秋。
なのですが、当方は9月に早々と今年最後の発表を終え、静かにポストから作品を搬出。
で、後はまたポストマンとして、忙しい年末へと向かって行くのです。


ツイッターやらフェイスブックやら見ながら、盛り上がる数々のアートのイベント、祭典、パーティー、打ち合わせと称した飲み会、傷の舐め合い等々をながめながらも、どれもこれもがっつり入り込めず、ただただだらだらと眺めるのみであります。
ああ、相変わらず器が小さいですな。


我が場末のスタジオの2階は、オフィス件メディアテクノセンターとしての機能をもち、最先端・・・だったのはもうかなり前のパソコン、スキャナー件プリンター、MOドライブ等を完備した施設となってるのですが、気がつけばそこで缶入り発泡酒をあけて、テレビを眺めながら、おつまみをおつまむうちに、夜が更けていくのです・・・。


kanousara2.JPG


こんな感じのおつまみ。


で、「次のアンドアートのブログ、何について書こうかいな〜」と頬杖をついておつまみをおつまみ続け、あいた皿には
「明日もお待ちしております」の文字が・・・
って、そりゃ天一(天下一品)のどんぶりやがな!
でも、あった!あったよ!書くことが!
もう頬杖はつかないっ!


というわけで今月の作品:


kanousara1.JPG


かのうたかお 作 (のお皿)


かのう君は陶芸作家。
シーナはパンクロッカー。タカオはセラミッカーです。
今年春の「へうげもの」関連の大阪での展覧会で購入しました。


僕とかのう君との関係はあまり知られてませんが・・・ってまあ、そりゃそうなのですが、彼は僕の地元の中学の一学年下の後輩でした。
しかも、同じ美術部所属。
当時は結構仲良くしてて、ビートルズのカセットテープを借りたり、当時流行ってた「帝都物語」の話したりしたような記憶があります。


その後、高校は別々だったので、なんとなく会わなくなったのですが、(一度、京芸の入試かなんかのトイレでバッタリ会った気が)2年前、十数年ぶりに再会。
・・・したときの彼は、知る人ぞ知る、なかなかファンキーなルックスに変貌していたのですが、さりとて、自身も人のことは言えないルックスの変遷を経て今に至るわけで・・。


で、すっかり陶芸作家になってた彼の展覧会をその後、何度か観に行きましたが、個展やグループ展で発表する彼の作品は、決して普段使いできるような陶器ではなく、オブジェやインスタレーション。もっとも「陶器屋」から遠いそれです。


しかしながら、いざ器を作れば、この使いやすく絵になる器。
今シーズンはここに柿ピーやらミックスナッツやら、我が体重3キロ増の最大の原因である芋系スナックやらを、盛って盛って盛りまくり!酒や酒や!酒持ってこーい!


ということで、今回は自身に似合わぬすっかり渋いセレクトですが、秋の独り呑みのお供と化してる器です。
しかし、せっかくの器ですから、なるべくもっと高級なおつまみや天下の一品を(って、こってりラーメンじゃないよ)盛れる身になれるよう、年末年始も働きたいと思います。


ちなみにかのう君はへうげ十作や、イケテるヤング陶芸集団「IKEYAN」やらでも活躍中です。
普段使いの器は「くちばしニュートロン」にあるみたいです。

秋。どんどん深まってゆきますね。
色づきはじめた紅葉もとてもきれい。
お元気ですか?


おかげさまで、私たちはこの秋も、どっぷり音楽の中にいます。


京都「flowing KARASUMA」でのエドツワキさんとのセッションにはじまり、四日市「frederika」、丹波「歌とピクニック」、東京「求道会館」、富山「45CAFE」、金沢「Kapo」 . . . と続いてきたこの1ヶ月。
色々な街で、その街の文化を生みだしている方々と出会い、その街の匂い . . . 喜ばしいことも、不安な気配も、全部まるごとたっぷり吸い込みながら、
ただただ精一杯、演奏させていただく毎日。


やはりなんといっても。
この街で、その街で、そんなふうに、しかと暮らしている方々に出会えることが、
mama!milkの音楽の一番の栄養であり、宝物であり、財産であることを、しみじみと感じるこの秋です。
みんな大好き。
ありがとうございます。
ひきつづき、心して演奏いたします。


もうひとつ。
おかげさまで、二象舎さんの展覧会「フラジャイル室内楽団」(恵文社一乗寺店)+期間限定ショップ(flowing KARASUMA)も、大盛況のうちに終了したそうです。
この展覧会のために作らせていただいた音楽「フラジャイル室内楽団のための組曲」が流れる会場で、
皆様が、楽しそうに、嬉しそうに、驚いたり、笑ったりしながら、オートマタで遊んでいらっしゃる光景は、私にも、とっても嬉しいものでした。
そう。
この音楽の上に、皆様の遊ぶオートマタのカタカタ、カラカラ廻る音や、笑い声が幾重にも重なって、音楽がふわりと膨らんでいくことにも、感激してしまいました。
ありがとうございました。
今回見逃してしまった方も、ご心配なさいませんよう。
この楽団、大人気のため、今後も12月の広島をはじめ、全国各地での展覧会が予定されているそう。
どうぞ楽しみにされていてくださいね。


今月はちょっと寄稿が遅れました。
ごめんなさい。
富山や金沢で遊んでいました。
とっても楽しかったんです。
ふふふ。


かしこ
祐子
mama!milk


写真は、三田村亮さん。10月10日の求道会館公演のリハーサルの模様。

IMG_2627ryo_mitamura_mamamilk.jpeg

mama!milk Quartet @ [東京] 求道会館  2011年10月10日 photo by ryo mitamura
井登友一:トロンボン, 清水恒輔:コントラバス, 生駒祐子:アコーディオン, 栗原務:ドラム

もうすぐ父の命日なのですが、実家と離れて暮らしていると日頃はついつい忘れがち(ごめんなさい)なので、(今年は五年目なのでとりたてて法要というのもないし)供養も兼ねてちょっと生き死にについて考えたりもして、みるか?(と、言っても大したものではないのだけど)。
なんでも三途の川の渡し船は三人乗りで「一年のうちに同じ家から二人亡くなると、もう一人引く」なんてことを言いますが、父が亡くなってひと月後に私のいとこ(父の甥)が亡くなり、その半年程あとにいとこ甥(父の大甥)が亡くなった時には、「ひ~っ、お父さん、連れて行くのはやめたって~」と思ったものでした。まぁ、時折そんな迷信と合致して驚くこともありますが、うちはまったく霊感にうとい家系です。
そんな父は持病があったこともあり、自分なりにちゃんちゃんと準備していたようで、亡くなってから「何も困らなかった」と母が言っておりました。父は末っ子なので自分の家の墓地は前々から購入していたし、「(父が書いておいた)石塔の指示がまるで設計図みたいで、そのまま墓石屋さんに持っていったらスムーズだったわ~」と母が笑い話で皆に言っていたほど。
ところで、こうした準備は「死んだら"ご先祖様"になる」という日本人の死生観によるものなのだなと、最近になって考えてみたのです。
なにせ私たちは自由奔放で身勝手な世代でして、そういうことを今まであんまり思いつかなかったのです。
―そう、時代に"自分探し"を半ば強制されたしんどい部分もあり、自分が特別な存在であることを強いられて、オカルト雑誌やSF漫画からの影響なのか「自分の前世はどこどこの国のだれそれ」なんて時空を超えた転生物語を信じていたりする場合も? それに私自身を思うと、この道を選んだ生き方上(表面より本質と思う頑なさゆえ)仕方のない部分はあるものの、ことあるごとに通過儀礼的なものに一線を引いてしまう(もちろんそんな堅気な父とはものすごく仲が悪くて、娘にことごとく無視される気の毒な父でしたヨ・苦笑)。
だけども、死んだらとんでもないものになるのではなくて、、、この国の、この土地で、そして家の"ご先祖様"になるという昔から多くの日本人が自然に培ってきた感覚はけっこうすんなりピンとくるものだなと、思いましたわけです。
今回もなんだか自分メモワールな文になってしまいました。。。「日本人の死生観」なんてタイトルもなんなんで「ふるきをたずね」みたいな。


秋雨の夜長に―。


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