
7月8月の撮影
もう9月ですね。
なんとなく一ヶ月スルーしてしまいました。
申し訳ないので口調もですますに変わっています。
ひとまず、撮影の事よりこちらを紹介。
SANDWICH
http://sandwich-cpca.net/
7月中旬、開設したSANDWICHのWebサイトです。グラフィックチームの倉澤君渾身。僕は各プロジェクトの撮影など担当しています。
複数のプロジェクトが平行してコンテンツとなっており、様々な人がそこに関わっています。
名和晃平のアトリエ、だけではなく関わる全ての人達が自立し創造性を持つことのできる場所として機能していく事、それが場としてのSANDWICHの目標です。そのコンセプトを、高い純度を保ったままいかにビジュアルとして伝えていくか、がグラフィックチームの目的であり機能でもあります。
(グラフィックとしての)SANDWICHが名和さんに限らず、多くの作家達をロス無くかっこよく世に広める手伝いをしたい訳です。
後年、あー名和晃平のアトリエね、とSANDWICHが評されたら我々は失敗したねと言う事です。
たくさんの自戒とプレッシャーをこめて。
みんながんばれ。
8月1日、京都芸術のオープニングがサンドで開催されましたが、場所もお披露目でき(まだまだ工事中ですが)、先月今月とひとまずの成果が見えた次第。
関係者の皆さま、大変お疲れさまでした。

iida art edition、PixCell_via_PRISMOID 作品撮影からイベントまで
撮影日:いつからだったか〜7月13日

こちらは7月、ではなく、撮影なら4月から延々、モック自体の企画やたたき台の制作等をあわせたら半年以上関わってきました。
たった一日のイベントに向けるエネルギーの密度は今まで経験したこともなく大変勉強になりました。
製品と作品の違いは何か、広告と美術の違いは何か、言い古されたフレーズですが、撮影中、揺さぶり続けせられた訳です。その基準や境界とは何か。撮影の違いは何か。写真で変わるのか写真が変わるのか。とかね。
それはただ単に撮影だけの話ではなく、作家がプロジェクトの終着点へ向かう諸々の関わり方全てに於いて、言える事です。中途半端にパッケージされて世の中に出たら双方にとって残念でデザイン的には失敗と言える訳です。カタログでのビジュアル、ハンドアウトツール、会場構成、展示の細かいパーツ(たとえば台のエッジとか、業者甘かったけど)やら各階層に於いて何が必要で必要でないか、どこをどのようにコントロールすれば100点をたたき出せるか。100点とは何か。
これについては別案件が進行中で会議毎にその話をしています。またお見せできる段階で皆さんに問いかけてみたい。
何が美術で何がそうでないのでしょうかね。作家はどうすればいいのですかね。

イベントの準備は前日入りで、各展示作品の調整と光を確認作業。プロのライティングは勉強になります。一方の薄い光で他の環境光をキャンセルしてメインは若干色温度上げて補完する、などなど。
それと高木正勝さん。ピアノの調律師の方を人生で初めて見ましたが4時間かけて延々調整するなんて、エプロンした渋い爺さんかっこいいし二人の空気、こだわりがすごい。

イベント当日、完成した展示を確認し、朝っぱらから高木さんのリハ生演奏聞いていたらここ半年の疲れが全て吹き飛びました。
Light Poolの坪井さん高木正勝さん、BOTANICAの東信さん、そして名和さん、各人の創造性、理想の高さ、間近で感じる事ができ勉強になりました。
川北ゆう
「ゆらぎのあと景色をそそぐ」
INAXギャラリー
撮影日:7月13日
iida発表会、夕方の一般解放までの合間に川北ゆうさんの展示撮影のため銀座のINAXへ。新作を拝見したかったのでタイミングを合わせ撮影させてもらいました。
空間に大作を2点、床置きのシンプルな構成です。
川北さんの作品は水を使用した制作法ですが、描画材料は油彩。油彩らしくない繊細な線が幾重にも流れるように描画されています。


勝手ながらついさっき聞いた高木さんのピアノが頭の中で流れっぱなしで、これはまったくの偶然でしかありませんが、水の流動性を記録する、という強い方向性を導いてもらったように思います。ざぶーん。
床置きなので周囲を歩きながら、上も下も左右も無く体験する訳で、壁にかけてある絵画とは描画内容以上にその違いがあります。壁掛けの方がいい、また意義を見いだせない、という意見も中にはあり、絵画展の審査なんか良くやっている学芸員などもこう言うのですが、水と重力、制作する視点を作家が裏切れないのでは、と僕は思います。壁にかけ固定されてしまうと、視点と水の流れが嘘をついてしまう、ような。絵画の自律性ではないんでは。
画面から流れ落ちた水と絵の具もそのまま線として残されています。
毎度、挑戦させていただく作家さんです。
宮永亮
「Making」
児玉画廊
撮影日:8月11日
特製の車載カメラから収集された夜景映像を重ねて投影した映像作品、街のきらめきが怒濤のように押し寄せる映像はとても美しく荘厳でまた不安にさせられます。幽霊は実在するかどうか知りませんし、何と定義づけられるかも知りませんが、そこに居るのに会った事も無いものに出会った、そんな感じです、変かな。お化けみたい。
その素となる一つ一つの映像が会場中、ミニクーパーを囲み、特製のスクリーンで上映されています。
映像作品を撮るのは難儀で、暗さと輝度差もその理由なんですが、映像を選び停めながら撮影しなければなら無い所が一番大変な所です。各機器になれないと行けない上に(おかげさまでPS3は慣れましたよ林さん)いいポイントを探すのがまた至難で、僕のセンス任せになってしまう。(ここ一番自身無い所です)考える箇所が増え時間もかかり終わった頃にはへとへとになります。
今回は宮永さんに暑くて蚊だらけの中、つきっきりでセッティングしていただいたので、気楽にスムーズに撮影できました。8台のプロジェクター、映像がすぐスリープするので動き回っていただきました。ノイジーな空間と映像とそして存在感のあるミニと、それぞれにひっぱられつついいポイントを探します。ミニがこんなにプレッシャーのかかるものだとは思いませんでした。本当に下手には撮れない。
勉強させていただきました。

作る事、iidaの案件から揺さぶられています。
イベントの翌日、瀬戸内寂聴さんとポルトガル人作家のRui Zinkさんの対談撮影に伺ったんですが、「私は書く煩悩だけは捨てれなかったの、他はみんな消えたけど」とZinkさんの「なぜ書くか」との問いに瀬戸内さんはそう答えていました。
「煩悩」って集約した便利な言葉だね。こういった作られてきた単語はツールとして優れている。けどこぼれていくものを丁寧に拾う作業も必要か。まだ若いんだしよ。
さて、怒濤の秋です。
その1、展覧会情報。
六甲ミーツアート2010に出品します。
展覧会を口実にちんたら登山しましょうと不純な動機から〆切1週間前に資料作って応募したら受かってしまい首が回らず本当に大変です。
〽(ioriten)
ひどい写真だ、どうぞよろしく。
その他諸々は来月。
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