アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

「耳を澄ます -更級日記 ⅰ-」

 はじめまして。京都で音楽を作っている原摩利彦です。今月からアーティストブログリレーに参加することになりました。自分のブログを持っているので、日常の出来事などはそちらに書き込むことにして、こちらではこの場をお借りして、古典文学に描かれている音を「聴く」ということをやってみようと思います。古典に描かれている情景の中から音を取り出し、鑑賞するのです。現実に今鳴っている音ではなく、遠く離れた昔に書かれた音を聴くので、想像やこれまでの読み手の経験に頼ることになるでしょう。


 最初は個人的に親しみのある『更級日記』から始めたいと思います。『更級日記』は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が11世紀頃に書いたとされる回想手記です。なお、ここで使用するテキストは『新編日本古典文学全集 (26) 』藤岡忠美・犬養簾・中野幸一・石井文夫 校注・訳者 (小学館、1994)です。


 回想は東国にいた少女期から始まります。かねてから物語というものに強い興味を持っていた作者は、物語を読めるように薬師仏にお祈りする日々を送っていました。作者が13歳のとき、父親の上総の介の任期が終わったため、京都へと戻ることになります。 


 最初の音の描写が書かれているのは下総の「いかだ」という場所でのことです。9月初旬に東国を出発し、ここで作者は怖くて眠れないほどの雨に遭います(「庵なども浮きぬばかりに雨降りなどすれば、おそろしくて寝も寝られず」p.280)。このように描かれている音を聴いていこうと思います。


 今回は東国から京都までの道中の前半から2つの印象的な音風景を聴いてみたいと思います。


 9月17日の夜は黒戸の浜に泊まり、とても美しい夜となります。白砂には松林が生え、月明かりの下で人々は歌を詠み、作者も心の中で歌をつぶやきます(「その夜は、くろとの浜といふ所にとまる。かたつ方はひろ山なる所の、砂子はるばると白きに、松原茂りて、月いみじう明きに、風の音もいみじう心ぼそし。人々をかしがりて歌詠みなどするに----------まどろまじ今宵ならではいつか見むくろとの浜の秋の夜の月」p.281)。


 心細く感じられる風の音に、人々の歌を詠む声。この場面の音をどのように想像されるでしょうか。風の音と人々の歌を詠む声が重なっていますが、作者が心の中で歌をつぶやく瞬間には、おそらく人々の声はミュート(消音)されている、もしくは遠くの方にあるように僕には聴こえます。


 ここで意図的に耳の位置をかえてみるとまた面白い経験が得られるように思えます。この場面を黒戸の浜を見渡せるような位置で、聴いてみるのです。すると今回は、人々の声と風の音との重なり方がまた違うように想像できると思います。もしかするとこちらの方が風の音はより心細く聴こえるかもしれません。読み手によって想像する情景や音は様々だと思いますが、最初に感じた情景を視点や耳の位置をかえてみることで、また違った情感が得られるように思います。


 さて2つ目は足柄山(あしがらやま)で出会った遊女の場面です。武蔵の国を過ぎて、相模の国に入りますが、その道中の足柄山という所では暗くて不気味な道が4、5日間にわたって続きます。その麓の宿での、月も出ない暗い夜のこと、ふとどこからともなく3人の遊女があらわれます。年はそれぞれ50歳、20歳、そして14、5歳です。髪は長く、色白の遊女たちはとても美しい声で歌を歌います(「声すべて似るものなく、空にすみのぼりてめでたく歌をうたふ。」p.288)。ある人が西の遊女はこんなに上手には歌えないだろうと言うと、機転を利かせて今様風に歌います(「人々もて興ずつに、「西国の遊女はえかからじ」などいふを聞きて、「難波辺りにくらぶれば」とめでたくうたひたり。」p.288)。そして真っ暗な山の中に遊女は帰っていき、人々は別れを惜しんで泣きます。この夜のことはとても印象深く作者の記憶に残ります(「見る目のいときたなげなきに、声さへ似るものなくうたひて、さばかりおそろしげなる山中にたちて行くを、人々あかず思ひてみな泣くを、幼き心地には、ましてこのやどりをたたむことさへあかずおぼゆ。」(p.288))


 月も出ない真っ暗な夜で何だか不安な気持ちで、灯火の明かりが届くくらいの作者の空間はやや縮こまったものではなかったでしょうか。そこに突如として3人の遊女が現れ、美しい歌声で歌う。この遊女の歌声が山に響き渡ることで、これまでの小さな空間がふっと空に抜けるように僕は感じます。音(=歌声)によって、まさに新しい空間が立ち上がる瞬間です。どこからともなく遊女があらわれ、歌い、また真っ暗な山の中へと帰って行く。全体でどのくらいの時間であったかという記述はありません。美しい歌の印象、その響きの印象が先立ち、その時間もいつもとは違う「時間」となっていたことでしょう。

 他にもたくさんの音風景があるのですが、今回は黒戸の浜と足柄山の2つの印象的な場面を取り上げました。他の魅力的なところとしては、霧が立ちこめた出発の際、車に乗り込もうとする作者がふと家の方を振り返ってみると、よくお祈りをしていた薬師仏の姿が目に入り、人知れず泣いてしまう場面。また、作者の乳母の所へ、兄に連れられて見舞いに行き、粗末な小屋で乳母が作者を撫でて泣く(「めづらしと思ひてかき撫でつつ、うち泣くを、〜」p.282)、月明かりの下の寂しい、静かな場面などがあります。


 読む人によって取り上げる音の風景は様々でしょうし、またその聴こえ方も異なってくると思います。僕の主観的な聴き方となってしまいますが、このような形でしばらくは音を聴いて行きたいと思います。


 原 摩利彦

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