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影が生まれる

以前のブログで書いた、西陣のカフェに今日もいて、もう3時間くらい。
そこにある庭が、なんでもないような庭なのだけど(いや、とても良い庭なんですが)、ずっと見ていると、見えなかったものが見えてくる。それは見えないものというより、認識していなかった部分が見えてくる。
庭をただ、こういう「庭」なのねって、捉えてしまうと見えなくなるものがあるのだということが、また実感として再認識された。


「庭」という概念で庭を見ている状態があって、その「庭」という概念が消えていくまでそこにいる。
ふっと見え方が変わる。
そうすると、これまで見ていたものとは全然違う、初めて見るようなものとして、色々なものが見えてくる。
新鮮な体験として、ちょっとした驚きと共にそこにある「庭」を見ていく。もうすでにそれは庭ではなくなってるんだけど。
もっと細部の部分で思わぬところから生えている枝だったり、全体の枝と葉の入り組んだ複雑さだったり、苔の質感や色だったりが、それまでとは全然違うものとして認識されていく。


こういう風に、ふっと自分の見え方が変わることや、認識の仕方が変わる経験というのはうれしいもので、こういう経験が多いことが豊かなことなんだろうなーと思ったりする。
芸術に触れることもこういう経験の一つですしね。


そして、日が暮れてくるにつれて、徐々に光と影の関係性が変化してくる。
太陽の光が弱くなるにつれ、人工的な照明器具の光が樹々を照らして影が見えてくる。
いや、影が生まれてくるという感じの方が適切かも。
影の存在感が増してくると、いよいよ夜の時間が始まるぞという感じで、自分の違う側面が元気になってくる。
光がベースにある世界が、闇がベースにある世界になっていく。
その陰影が想像を刺激するし、世界を多様なものとして認識させてくれるような気がする。


影を好きなのは、影が情報を省いて、そのものの姿が形としてシンプルに見せてくれるから。
ある存在があって、光があって、影が生まれる。
その影という存在に妙に惹かれるものがある。
物質も光もなければ、影は存在しない。
でも、もし影が存在しないとなんて薄っぺらい世界なんだろうとおもう、ときっとおもう。


でも、歌舞伎の照明はまったく影を出さないようにわざと作ったりするんですよね。
あれ、どういう意味があるんだろう?
今度調べてみよう。

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