
光の国は影の国
朝顔の芽がでた。
わたしがまいた朝顔の種は「宵の月」と「水月(すいげつ)」という名前だったんだけど
ふたつ出た芽のうちハテどちらが宵の月でどちらが水月なのかわからなくなってしまった。
そこは大事なとこなんだけどなー
さいきん日が長くなってきて夕暮れ時から夜にかけてがとても気持ちいい。
身体にまとわりつくぬるい空気や薄暗い夕闇の感じがいつかの記憶を鮮やかに連れて来る。
誰よりなにより身体がいちばん覚えていて、ふとした夕方の光に意識をまるごと持っていかれてしまったりする。
記憶はそうやって季節とともに私の中を循環しては少し胸をしめつけてまた空気にとけてゆく。
空気がぬるい今の時期は自分とまわりとの境界線が曖昧になり 全てがゆるやかに動き流れて何もどこにも溜まらない。
そこが、とても、好きだ。
おおげさなことはなにもないんだよな、と思う。
最近なんだか移動続きで、しばらく忘れてしまっていた感覚にまた再びスイッチが入った。
短期間で転々と移動を繰り返すとそのうち自分の身ひとつだけが際立って感じられるようになってくる。
どこかに属する、まわりの環境と自分との一体感みたいなものが薄れて
個としての存在であるというなんだかポツンとした感じになってくる。
これは自分にとって違和感の感じられない場所ならばすぐにスルリと入り込むこともできるポツンでもあって。
久しぶりに思い出したこのポツンとした感じには 何かとても親しみと懐かしさがあった。
なんだか、どこでもいいし、なんでもいい。
ただ、そのなかでどこを選ぶのか、何を選ぶのかという感覚だけは鈍らさないようにしたいなあ、など思う。
予感がゆっくりと確信にかわっていく。
あとは身体でものを考えることができれば。
先月行った鹿児島は一足先に亜熱帯だった。日差しの強い国は持つ影も濃い。
両極にあるものが隣り合って存在する感じ、そのコントラストに目がくらんで、私は目で見ることをやめた。


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Makoto Nagahara
2011/06/04
こんにちは!
京都で制作活動をされているみたいですね。
絵も本当に素敵ですが、上の写真はどこなんでしょうね。
森の中をよく出掛けるんですか?
一度、作品をこの目で見てみたいです。
展示会とかはありますか?
京都市伏見区在住