
夢で見た図書館
空想でいろんな図書館を思い描いたりする。
それは昔に漫画や小説で出会ったものときっとミックスされていたりする。
螺旋階段をぐるぐるとのぼりながら本が手に取れるようになっていたり、
地下へ地下へと降りてゆき、小さな洞穴がたくさんあって、そこが個人勉強室になっていたり、
はたまた鳥かごのようなドームで天窓から陽がそそぐ中で読書できるものであったりする。
少々ファンタジックではずかしい(!?)
しかし私はとても遅読である上、同じ本を何度も読んだりする(おりしも前出の足田メロウさんのおじいさまも「同じ本をなんども読んでいたのかもしれない」とのこと)。
日本語がとても好きで、たまには英語の勉強をしなきゃと参考書を開いてもすぐ飽きて和文に向かってしまう。
そんな私が何度も開く本の中に『ちくま日本文学全集 折口信夫』がある。
心身共に、あらゆる制約で縛られて居る人間の、せめて一歩でも寛ぎたい、一あがきのゆとりでも開きたい、
と言ふ解脱に対するしょうこうが、芸術の動機の一つだとすれば、異国・異郷に焦るる心持ちと似すぎる程に似て居る。
過ぎ難い世を、少しでも善くしようと言ふのは、宗教や道徳の為事であつても、凡人の浄土は、
今少し手近な処になければならなかつた。(「妣が国へ・常世へ」より)
この数行が刻まれたページに私は栞をする。ときおり、何度となく、読み直すために。
そして、この本の中で私がいつも一番に開くのは小説「死者の書」である。
方法論から自ら独学で仮説を立て作り出していくのが天才だが、これはまさにそういうものだと思う。
原稿用紙のマス目が透けて見えそうなほど丁寧に積み上げられた文章でありながら、読む人の気持ちをわしづかみにしていくような豊かで純粋な思いの魅力を備えている。
そして何より曼荼羅を無心に織り上げてゆく中将姫の様子に、ものを作る者として共鳴せずにはおけない。
制作や仕事をしていて、刀折れ矢尽きて朝が来てしまってもこれを思い出そうと思う(笑)。
基本的に独学者が好きである。DIYです。インディです。
誰にも頼まれてないことをやる。それはアーティストや研究者にとって大切な心意気の一つだと常々思っています。
図書の話からずれてしまいました。(まぁ、よいか)
そう言えば、むかし図書館にも勤めていたことがある。(でも趣味が高じてか映像資料担当でしたが)
今思うと図書館幻想を持ちながら夢うつつで仕事をしていたかもしれません。そんな図書館員、物語なら良いかもしれませんが困りものですよね。
それではまた。
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