
3月の撮影
今月はたまった領収証を整理して申告して疲れて風邪引いて咳して胸やられてもう疲れました。
しっかり帳簿をつけておかないと肺が悲鳴をあげるなんたる自業自得。
2月の反動か作品写真をがっつり撮るという事が少なかったんで何を載せようかと考える次第で京都市美関連を2つ。

川島テキスタイルスクール修了展
京都市美術館
個々人の作品、展示空間を撮影。
卒制シーズンも終盤、大学では無いのであまり知名度はないけど、染織、ファイバーアートの専門学校。アート作品もあるが、元々が工芸の学校であり、制作もその辺と重なるので総じて仕事が丁寧である。卒展鑑賞は面倒さで近年ほとんど見ていないが、仕事ついでに立ち寄った母校の精華の卒展よりはよっぽど面白いしレベルも高いと思う。個々の内容の質はガーリーなもの課題的なもの単純な発想のもの、もあるにはあるが、全体の他者に対する、見せるという姿勢が違っているように思える。工芸ってごまかしが効かないからそういった意識が育ちやすいんだと思う。
精華はビジュアルだけは展示も他とは別物で内容も楽しめ面白く、記録撮影をした事もあったので(必要なレベルであるという事)評価できるが、他の分野のすかすかな感じがなんというかこんなもんか、こんなもんだろうな。

(精華大ビジュアルデザイン学科卒展風景>>開放的な1室を全面人工芝を引き、ブースに区切り展示、学生が常に応対したり任天堂Ds使ったりと企業のショーを見ているような感じではある)
斜に構えて自身のものだけ追求する姿勢は理解できるし、ご多分にももれず僕もそうだが、面倒な作業ではあるけど初期段階から全体の底上げを図らないといくら才能があろうが単なる量に埋もれてしまうのではないだろうか。別段卒展がすべてでは無いが、でも外部も見る気を無くしますよ。大学真冬、就職厳冬時代だけど分かっているんだろうか。(高い学費ですよね。)こうやって上から偉そうなのも外野ならではの無責任な発言だけどもうなんというか悲しくなるので毎年毎年同じ事やってるだろうしそろそろ気づいてがんばって欲しい。特に先生方。
あと市美の壁の汚さは展示するよりモニタ上でスポット修正する立場になって腹が立つ。
でもう一つ、川島修了展の隣でやっていたのが、日本山岳写真協会70周年記念展「2009山・われらをめぐる世界」とすごいタイトルだがこれがなかなか面白かった。
100点を超える出品作がすべて山の写真。よく考えたらこんなインスタの経験ない。
参加者のほとんどが定年後の方々なので平日でも観客がとても多い。
作品量が多くすべてが同一の「山っぽい写真」の展示に錯覚される。たくさんの晩秋があって各々の凍てついた山肌があってみんなに早春の息吹がある。作家性がどこにあるのか皆目検討がつかない、aとbのオリジナリティの差なんて判んないのである。みんなきれいな写真。
で別に、批判している訳でもなくて(日展に突っ込み入れる無益さとも言えるんだが、それもこれも貶めるつもりはまるで無くて)、こういった個別性の消し方もあるのだねと。多分、オリジナルである欲求がないのか、あっても外部に移行するまででもないのか、その方法が無い/思いつかないのか。
我々と言えば語弊があるが「現代美術」もほとんどそれと同じようなもので、気づいて/気づかずして没個性化する内部に留まる事も出来るし、いい感じで上部へシフトもできる。どちらが優れているか、など歴史に任せるものだからどっちでもいい。
展示写真なんかいいカメラといいレンズで水平垂直きっちり出して目線近所にセットしてそれなりに作品がフレームに収まっていい光をきれいに選択できたら目出たく僕の仕事もなくなるよな、とか思いながら、どうやって上部にシフトするんだろうか模索しているんだが。今ひとつ打開策が無いのでこの春はいいカメラといいレンズを買っていい組織を作る準備をしようと思う。
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