
名古屋にて
ブログリレー、2回目の書き込みは名古屋からです。
日本の舞台芸術業界が忙しいのは、一般的にも「芸術の秋」といわれる
10‐11月と、そしてなんと言っても年度末の3月なのではないでしょうか。
地点の公演を3月に企画したことは、実はまだないのですが、
地点の代表である三浦に外部の劇団やプロダクションから演出の依頼が
あるのは、不思議なことにこれまで必ず年度末の公演でした。
演劇は、一人では絶対にできない表現分野ですので、作品を発表
するには、劇団やカンパニーをつくるか、あるいはその都度ごとに
人を集めてプロデュースするか、そのどちらかになります。
普段は劇団で活動していても、ときどき「外」からお声がかかったり
するのはその為です。
集団でしかできない表現でありながら、個人としてどう活動するか、という
ことも問われる、独特のジャンルなのだと思います。
今回は、名古屋の老舗の劇団、うりんこさんからお声がかかり、東京公演が
終わったその足で、三浦は名古屋入りしました。
その本番がいよいよ今日から始まります。
「劇団うりんこ」は、主に児童・子ども向けの作品をつくり続けてきた
方たちなので、今回の作品の基本コンセプトは、「子ども劇」です(!)。
ただ、原作からしてが、太宰治の『お伽草紙』ですので、一筋縄にいかない、
ずいぶん大人な作品に仕上がったという印象があります。
「大人もいっしょに楽しめる子ども劇」、というよりむしろ、
「大人だけが楽しめる子ども劇」という、風変わりな作品になりました。
『お伽草紙』は戦争中、検閲の目と戦いながら太宰が書いた小説で、
『瘤取り』『カチカチ山』『浦島さん』『舌切り雀』と、誰でもが知っている
おとぎ話を、防空壕の中で、父が娘に語るという筋立てです。
けれどもそこで語られるのは、おじいさんとおばあさんの関係性から
透けて見える「夫婦」という問題であったり、美少女に惚れたブ男の悲劇
を通して見える恋の残酷さと「ダメさ」加減であったり、全篇シニカルな
笑いと批評精神に満ち満ちているのです。
小説だけでも十分に楽しめる作品が、戯曲化にあたって劇作家・永山さん
の手が加わわり、太宰治その人について考える作品になりました。
『お伽草紙』だけでなく、太宰治の小説をコラージュしてつくられ、
小説という虚構、演劇という虚構を通して、作家のリアルに肉薄する、
力作に仕上がっています。
・・・と、ここまで書いて、いつもの地点の公演とは、やっぱり随分違うな、
と思います。原作があるとは言え、新作書き下ろしを演出すること自体、
三浦にとっては久しぶりの仕事ですので、当然と言えば当然のこと
かもしれませんが。
地点では、地点という集団で作品を発表していますが、個人として
引き受けた仕事だからこそ、「三浦演出」を楽しめる作品になって
いるようにも思います。
演劇はいろんな人の手が加わり、さまざまな要素の掛け合いでできれ
いくものなので、戯曲を楽しんだり、演技を楽しんだり、空間構成を
楽しんだり、とさまざまな楽しみ方ができます。
もちろんそれらを総合的に体験できることが、舞台の醍醐味です。
地点という劇団がこれからもいろいろな作品をつくっていくために、
個人のレベルでの仕事の様子を、いつもとは違った角度で見られる
このような機会は、なかなか貴重だなー、と思うのでした。
なかなかの力作に仕上がった本作品、お客さんにどのように受け止め
られるのか、わくわくしながら本番を待っています。
(文責:制作・田嶋)
公演詳細はこちら
劇団うりんこ http://www.urinko.jp/pg127.html
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