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鴨川と舞台美術

京都で過ごしていると、あー平和だなー、と漠然と思うことがしばしばあります。
先日もおそい初詣で上賀茂神社に詣った帰り、御薗橋から丸太町まで自転車で一気に加茂川から鴨川へと下っていた時に、そう思うことがありました。
ゆっくりと坂道に任せて自転車で鴨川の河川敷を走っていると、いくつもの平和と思ってしまう象徴的な風景が目に入ってきます。
ランニングしているおじさんやおばさん、橋の下で管楽器の練習をしている人、川の中では鴨が並んで泳いでいたり歩いていたり、と思えば、空からはたくさんのユリカモメが舞い降りてくる。などなど。鴨川を走るのが久しぶりだったから、よけいに新鮮に映ったのかもしれません。
ひとつひとつの瞬間が、平和というアイコンだとも思えますが、鴨川には妙にそれを素直に感じさせる何かがあるとも思い、でも、そこにいる自分自身も他の人からみたら、その風景を作り出している一つの要素なのだとも思ったりしていました。
鴨川の持つ、様々な物事を受入れて、全部を鴨川という風景にしてしまう懐の深さというか、そのデザインというか機能にあらためて感心していました。
同時に鴨川を鴨川として維持していく、いろいろな大人の事情もあるとは思いますが...。


鴨川のそうした機能性のことを思いながら、自分の作品の舞台美術にも繋がるのかなーと考えていました。
dotsの作品は「空間」が作品の軸にあるのですが、舞台美術は、その中で大きな役割を占めます。
これまで舞台美術を考える時に大事にしていたのは、作品の中でいかに機能するかということでした。
それは鴨川の持つ機能性と類似しているように思え、そこに立つパフォーマーがどう見えるのかということです。
舞台美術のあり方によって、作品はその見え方を大きく変えます。単純に言えば、高さのある巨大な美術を配置すれば、人は小さな存在に見えてきますが、その巨大なものが細かな大量のもので構成されているとしたら、そこに照明をどうあてるかによって、今度は人を大きな存在として見せることもできます。そして、その美術が持つ質感や情感などでさらに大きく身体の見え方は変わってきます。
作品の場所や状況や感情を説明する為にある舞台美術ではなく、強度のある世界観を持った自立した要素でありつつ、光や音が重なってきたとき違った様相へ変容していくような自由度があるものを作りたいと思ってきました。
(最近は、ものすごく写実的な舞台美術を作って、それをいかに見せるか、とかもやってみたいんですが。)


個人的に良い舞台作品を見た時には、展開していく中で空間の見え方が次々に変容していきます。その空間のスペクタクルとでもいうような体験を、僕は一つの要素として舞台芸術に求めているなのかもしれません。最近では、いわゆるスペクタクルなものを批判するような作品も増えてきていて、それもわかるのですが、僕は自分の身体まで浸食してくるような圧倒される壮観な舞台芸術を見たいし、創りたいと、あらためてこのブログを書きながら思ったのでした。

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