アーティストブログリレー

ARTIST BLOG RELAY

今回は純粋に自分の制作に関わる話。というか半分悩みでもありますが、つらつら語ろうかと思います。


僕の部屋にはベッドの横の壁に最近鏡を移設しまして、今朝おきたときにぼさぼさの髪で、ベットに寝てる自分の姿を目にしたのですが、なんだか妙に鏡と言う存在が気になってきました。チープな話題ですが、おつきあい頂けると幸いです。


最近デヴィッド・リンチのツインピークス(TVシリーズ、映画)を見まして、そのせいかも知れません。今更??という突っ込みも予想されますが、、。


鏡像と言うのは何故こんなにも意味深なのかと言う事です。自分の姿が他者に見える、と言うような意味の話ではありません。見慣れた景色、何でも無い日常であれ、何故か鏡に映すと新鮮に見える瞬間がありますよね。


人間は現実に目で見ている景色以上に、鏡に映った景色にリアリティーを感じることがある様な気がするのです。それは何故だろうか。あるいは凸レンズを使ったカメラオブスキュラの結ぶ像を見て、なぜこんなに強く現実を感じるのか。


3次元のイメージを2次元の物質に投射する事によって生まれる力とは何か。ひいては映像の力とは何かとも言える事です。飛躍しているようですが、僕の中では鏡もレンズの結ぶ像も、現代の映像も一直線上に並ぶものだと捉えています。


※ちなみに今のところ僕はあまり昨今流行の3D映画などに興味はありません。僕が好きなのは基本的に旧来の2次元平面を基本とした映像表現なのです。何故かと言われると好みとしか言いようがありません。如何に技術としてエンターテイメントとして面白くても、その効果に圧倒されても、後に述べる映像の芸術としての重要な意味が感じられない事、なんというか芸術化とでも言うプロセスと逆行している様に感じるからです。もちろん技術の進歩や提示の仕方次第で、芸術表現としての可能性を多いに秘めている分野だと思います。


人間は何故作られた映像を見るんでしょうか。両の目を開ければいくらでも映像が飛び込んできます。既に頭の中には映像情報があふれているはず。その映像イメージの中に、さらに区切られた1つの平面、壁面、オブジェクトの輪郭の中に限られた作られたイメージを見ようとするのは何故でしょうか。


それはいわば現実の視覚におけるP in P、階層化された形を持つ情報です。この階層化、一見イメージを人間からさらに引き離す様な構造が、実は映像というものの魅力の根源だと思います。


人間は目に入ってくるビジョンを1つのものとして、絶対的な現実としてみると言う精神構造を持っている訳ではない。要素A、B、C、D....との関係性において相対的に世界を捉えているのだと思います。つまり要素として分割されている方が、本能的に見ようとする力が働くと言う事です。カプーアの穴の様な均質な暗がり中に放り込まれた時人間は世界を認識出来るでしょうか。


それから、3次元が2次元に還元されると言う事は、影の在り方に良く似ています。影と言うものはあるモノと外部との境界線を、光源とモノ、投影面との位置関係という約束事を通してトレースした図像です。そう僕は捉えています。そこにあるのは、瞬間的に言えばモノの色や立体感と言った多くの情報をさっ引いてある情報を探し出す、というプロセスなのですが、映像投影にも同じ様な意味合いがあると思います。整理、単純化というプロセスは人間の理解を早めるのに有用です。ただし映像に応用した時メディアリテラシーが無ければ大いに有害です。まあ兎に角、見る気になると言う事ですね。


映像をモノに投影する(ディスプレイに表示でも基本的に同じ事です)場合、そこにはいわゆるモノと、モノ以外の存在としての光の出会いがあります。光が物質であるかどうかと言う議論は置いておいて、精神的な意味である古典的なドラマが起こっていると言えます。イメージと言う本来実体の無いものが光と物質の境界で結実すると言う事。モノであってモノでない、光であって光でないと言う二元性を常に内包している事は、存在の仕方として魅力的で意義深く思えます。


て、なんか完全に映像投影フェチの自己満ブログみたいじゃないか。いや、その通りなんですが。


でもこういった事にもう1つストーリーと言う要素が加わると、厄介さがべらぼうに増すんですよね。上で言って来た様な事をすんなり作品に生かしたいと思う反面、ある種のストーリー性を感じさせるイメージの内部の構造にも多いに興味があるし、その力を無視して良い時代でもないと思っているのです。映像が、動く映像である以上は絶対にストーリーから逃れられないし、逃れる必要も無いと言うのが今の考えです。


欲張りで、異常に面倒くさい道なんですが、なんとか良いとこ取りをして作品化に漕ぎ着けたいと言う作家としては危険な思考の持ち主だと自覚してます。


今度は愚痴みたいになってきました。失礼。


そうそう、アトリエGURAの方でも地道に活動中です。


12/12(日)、『GURA de BAZAR GURA×森林食堂』、これはお世話になってるカレー屋さんの森林食堂さん(http://shinrin-syokudo.com/) との共催バザーイベント。


12/23(木・祝)『pillow talk#1』、Weastさん・太田麻里さん・谷澤紗和子さん・山口典子さんのパフォーマンス記録映像上映会と言う珍奇なイベントになります。
http://gura.jimdo.com/
http://yamaguchinoriko.com/pt1/


滑り込ませちゃいました、、、すいません。
師走はGURAイベントも2つあります、是非是非遊びに来てくださいね。


さて、本日27日は神戸での林勇気さんの個展に伺う予定です(現在27日になったばかり)。凄く楽しみです。神戸行くついでに高校時代の友人とも飲む予定。こちらも多いに楽しみです。生活に潤いは大事ですねー。

本格的に寒くなってきましたね。
僕はといえば、引きそで引かないみたいな感じで、風邪の寸止め状態です。


この一ヶ月の間、色んなところに行って色んな人に会う事が出来ました。


まずは奈良。
IMG_NARA.jpg空にも負けない青々とした標識!


&ARTにも掲載されている原摩利彦さんの組まれているユニット、「rimacona」のツアーにサポートギターで同行しました。
打ち上げで行ったおでん屋が絶品でした...。奈良、とってもいいとこでした。
ちなみに奈良ってわかる写真、これしかありませんでした...。


そして神戸。
&ARTにも掲載されている林勇気さんの個展を観にいきました。
ブログにも書いていただいてましたが、今回林さんの一作品の音を担当させていただき、
レセプションパーティにお誘い頂きました。
今回声をかけていただいてとても光栄でした!ありがとうございました。
もうホント、林さんの作品大好きです。また何かでご一緒できたら嬉しいなぁ。。


ついでに中華街でたらふく点心を食べました。うまかった...。


そして浜松。
IMG_HAMANAKO.jpg浜名湖です。素晴らCながめ。


こちらもrimaconaさんのツアーに同行しました。
浜松には初めて行ったんですが、浜松の皆様、とても暖かかった。
会場を提供されていたnaru蕎麦さんのソバも美味しかったし、浜松のお話もたくさん聞けてとてもおもしろかった。


ちなみにrimaconaさんのツアーは、11月30日に京都Cafe Indepandantsにて、
12月13日には東京の下北沢THREEと続きます。
詳しくはこちらを→http://www.rimacona-lab.com/


そしてしめは京都静原。
IMG_PAN.jpgCafe Milletのごはん。E感じです。


京都静原Cafe Milletにて不定期に開催されている「PAN」というイベントに出演してきました。
天気も良くてとても気持ちの良い一日でした。ご飯も本当においしかった...。
Cafe Millet、ほんといいところなんです。是非一度行かれてみては如何でしょうか。


なんだか小学生の日記みたいになりましたが、
それぞれとても充実した時間を過ごす事が出来ました。


この様に音楽を通して色んな場所に行ったり、色んな人と出会えたり。
大げさじゃなく、この上ないほど素晴らしい事だと思います。


もっともっと色んな場所に行って、色んな人に出会いたい。頑張ろう。

ひらめけ〜!ひらめけ〜!ひらめけ〜〜!
・・・と唸ってるだけでは浮びませんよね。
例えばこんなコンセプト
このブログとかのね、テーマというかネタというか。


ざっくりと「モノ作り」してる人には、
「テーマや主題、コンセプトから設計して作る」タイプと、
「とにかく勝手に手が動き、または動きながら思考して結果出来るものを作品として出す」
というタイプに分かれるんじゃないかな〜と思います。


あなたはどっちがタイプ?・・・じゃなくてどっちのタイプ?
僕は前者の方に属するのではないかしら?と自分では思っています。


まあ、
「私が仏を彫ったのではなく、もともと木の中に仏様が居られて、それを掘り出したまでです」
的な感じで作品について語ったりなんかしちゃったりしたいのですが、実際はそういうええ感じの気の効いたセリフはないかしら?と作家像にまでコンセプトを練ってしまうような、妄想先行型のクリエイターだと自覚してるということです。


けど、そんな「コンセプト至上主義」な作品のキモは、「モノよりコンセプト」なのですが、実際は「モノ」にまさに「モノ言わせてる」ということで、作者はコンセプトを声高に叫びたくとも、「そんなことより、この錆びたコンセントの様な感じの風合いがとてもいいよね〜」なんつって、「そこじゃな〜い!」てな部分ばかりをくすぐられたりして、なんとも歯がゆい気持ちになったりしますよね〜。


・・・んん、だから何よ?


いや、まあ僕は基本は「前者」ですが、結構ルーズな「コンセプチャリスト」(?)でして、前言撤回や概念変更、いい加減、よっ!お調子者!コウモリ野郎のフニャ子フニャ夫でして、自身が「ここを見て欲しいな〜」なんて思ってても、それとは別の「ここがいいよね〜」何て言われると「そうでしょ〜、僕もそこが見せたかったんですよ〜」なんて具合だったりします。


・・・でもね。
そうはいってもなんとなく「芯」のようなものは持っていたい、何て思ってるわけですよ。


ところが、先日、ちょっとした「事件」がありまして。
(続きを読む?)


そもそもは「ある特定の方々だけに差し上げる為に、その人数分をエディション数とした版画を制作し、その特定の方々が希望した場合は、それを一部差し上げる」というコンセプトの作品を制作、発表してたんです。


kiuchiseiannf.jpg


↑こちらになります。「構想表現クラスの為のポスター」(2002作、2010再制作)


で、その展覧会期中は自身が会場にいるわけじゃないので、そのギャラリーのスタッフにその旨の手はずを整えてもらい、展覧会が始まったのですが、会期中の一時、連携ミスと担当者の勘違いで、「どなたでも希望者には一部差し上げる」という内容になってしまい、実際作品が2枚ほど、その「特定の方々」以外の人に手に渡ってしまいました。


幸い、そのことはすぐ発覚し、僕の耳にもすぐ届いたのですが、さすがにこの話を聞いた夜は、「作品そのものが理解されてない!何たる辱め!」てな気分になり、担当者から事態の顛末と収拾を聞くまでは、心配で眠れませんでした。


結果、悪意ではなく一ボランティアスタッフの勘違い、ということでしたが、確かにただ作品を展示してるだけのものよりは第三者に手間かけさせてるとはいえ、それほど難しいことを要求してるとは思ってなかったので、なんとも残念〜という感じでした。


しかし、色々考えると、僕の方にも原因があるかもな〜と思いました。
(さらに続きを読む?)


それは、僕の「ユルさ」が、作品から滲み出してしまってたのかもしれないな〜と。


所謂「バリバリのコンセプチュアリスト」みたいな人には、やはり一点の隙もなく、そのコンセプトが少しでも欠けた場合、ちょっとの傷で「出来が悪い!」とその場で焼き上がった皿を割り捨てる陶芸家のごとく、「こんなのは作品ではない!」と言う様な人が多い、というハードなイメージがあります。


その点、僕なんかはそんなハードさには憧れつつも、実際は「や、まあそれはそれでええけどね〜」的なユルさがあって、命乞いをしてる相手に「助けてくれ〜、女房子供がいるんだぁ〜」なんて泣きつかれると、つい刀をサヤに戻してしまうような、ダメな人なんです。


たぶん、リアルにハードなコンセプチュアリストは、
「助けてくれ〜女房・・グアーー!」
と、相手のセリフに対しても全く動じず、食い気味で刀を振り下ろすことでしょう。


でもね、なんかそんなんは、僕には無理なんです〜。


例えば、「ギャラリーで1週間、コヨーテの物まねしながら生活する」みたいな作品をやってる作家がいるとして、その作家が「1週間コヨーテないなりきる」というコンセプトが命なのに、実際は観客がいないとこでは「ああ、ダリ〜〜」何て言いながら煙草吸ってた、としても、「まあ別にええやん」と思うわけですよ。誰も見てないならば。
もちろん、そういう姿勢が実際にはコヨーテの物まねに影響して、「ん?なんだかあのコヨーテ、今日ニンニク臭せ〜な?餃子食ったの?」なんて気付かれると、それはもう台無しなので、そこら辺の気づかいは必要かと思います。


でも、「(例えば餃子食ったことも)気付かせなければええんちゃうのん?」と思います。


また、もちろん嘘偽り無くコヨーテになり続けるのに越したことはないですが、それは観客の問題ではなく作者自身の何たるか?であって、後はその経験をその後どう観客に見せる作品として出して行くか?が問題だと思いますが。


いずれにせよ、僕は「ユルい目コンセプチュアリスト」であって、その人数分の版画もエディションはその人数に設定しましたが、会場には実際15枚ほど足りない数しか用意してなかったですし、「まあ、どうせ余るから、展覧会終ったらまたあげたり売ったりしよ〜っと」
なんて思ってたので、罰が下ったのかもしれません。


いや、逆にそのユルさだったり甘さだったりを楽しむってのもありじゃないですか?
って、都合よすぎ?


結局、僕は冒頭の前者にも後者にもなりきれず、相変わらず宙ぶらりんのコウモリ野郎、ってことですな。


だから、「この件でコンセプト不完全となりましたので、出品を辞退させていただきます!実家に帰らせていただいます!」
なんて感じでやってもな〜。
僕なんか徹底してパリッと頭の先から爪の先までお洒落して、タイトなスーツなどで決めたところで、たぶんウンコ踏んだりして全て台無しになるだけやろしな〜。


それだったら、最初から「ウンコ踏んでも大丈夫な格好」で、なんて思うわけです・・・。


・・・あ、やっぱり「ウンコ踏んでも大丈夫な格好」なんていや〜!!
(なんつって、一行で前言を撤回したりする、そんな感じの秋なんです。)


baraninaru.jpg


そんな作家の最新作。↑こちらは薔薇になります。
夏に作ったミニマル作品を、バラの花に作り変えてみました。
「そこに花が咲きそうだったから、水をあげてみただけです」
・・・ってあかん?
コンセプトは「好きな人に贈る」で〜す!


今月の引用句:
「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」(藤原定家)


*突然ですが、ここで読者プレゼントクイズです!
今回ブログで「コンセプト」って何回書かれてるでしょうか?
正解者の中から抽選で3名様に、今回ブログで出てきた版画作品と、「キウチグループ特製2011年カレンダー」をプレゼント!


応募方法は、住所氏名年齢性別職業を記載し、コチラのページよりメールを。
件名の欄に「ブログリレー、木内秋のプレゼント係」とご記入下さい。
〆切は2010年11月29日(月)まで。
発表は発送をもってかえさせていただきます。

dots・桑折です。
2ヶ月ぶりのブログになってしまいました。
先月は神奈川の公演本番の直前で、他のことを考える余裕がまったく無くですね。ブログを書くことがとんでおりました。


神奈川公演の公演が終わり、今年の対外的な活動は一段落ですが、内部では来年度の活動へ向けて計画を固めている最中です。
一つの大きな公演が終わると、次へと向けて色々なことを考えますが、同時にとても現実的な問題にも直面しなければいけません。一つ一つしっかりと決着を着けて、前へ進まなければと思っているところです。


公演が終わり、少し落ち着いて生活も立て直そうかと思っていたのに、色んなことが日々あるものです。
最近のことで一番印象深いのは、PCのハードディスクがクラッシュ!
こういうことは突然我が身に降り掛かります。
とにかくMacに詳しい友人に強く助けを求めましたが、みんな忙しい!
それでも助けてもらって一時なんとかデータを救出できそうになったのですが、ドツボにはまって結局どうにもならなくなりました。藪蛇です。
落ち込んでもいられなかったので、いろんなことをあきらめたらすっきりしました。
人間、切り替えが大事です。それでもちょっとした影響が出てきて苦い気持ちになりますが...。


時間の感覚は本当に年齢に比例して速くなっていくようで、一日、一週間があっという間に過ぎていきます。
それは生きている時間が長くなる分、その時間を対象として1年はこれぐらいのものだと感じるからだそうです。
例えば、10歳の子どもにとって1年は10分の1であり、30歳の人にとっては1年が30分の1だから時間を速く、短く感じるのだという考え方です。
それでも、人によって時間の感覚は違うでしょうし、人の数の分だけ時間の軸があるのでしょう。
そうやって人の数だけのたくさんの時間の軸があると想像した方がなんだか豊かな気持ちになります。


日々の時間は漫然としていても過ぎていくのですが、作品の時間はなかなか進んでくれません。
舞台や映像や音楽のように時間を伴うメディアの場合、時間を作っていくという意識からは逃れられないと思います。。
何ヶ月もかけて1時間から2時間程度の時間を作り出していくのですが、その中での1分という時間は非常に長く感じるときがあります。
劇場でたった1秒の変化のきっかけを作るのに、30分かかる場合もあるわけです。
映像だと30分の1秒の刻みで編集をしていくわけですから、もっと細かな意識の積み重ねです。
そのように人は色んな時間の感覚の幅を持ちながら生きているような気がします。
楽しいときは時間が速く過ぎる、つまらないときは時間が遅く感じる、といったことが言われますが、それは自分の意識が、能動的な状態と受動的な状態の違いなのでしょう。
そう思うと、日々の生活の中で時間が長く感じる時、自分の意識に少し変化をつけてみることで、時間の感覚も変わるのかもしれないですね。
そして、舞台や映画など身体的には完全に受動体である観客の意識が、本人も気づかないような速度でめまぐるしく変化しているのだと想像して、「あ、当たり前か」という結論に帰ってきました。
それでは、今回はこの辺で。

ふと&artのサイトをみていて気がついたのですが、
&artに掲載されているアーティスト(美術家・音楽家)のみなさまと、
展覧会、ライブやイベント、映画祭でご一緒した方やコラボレ
ーションした方がとても多く不思議な縁を感じています。京都
の町の特性でもあると思いますが、京都以外でご一緒すること
も多いです。なんといいますか今後ともどうぞよろしくお願い
いたします。


神戸のギャラリーヤマキファインアートで個展を開催している
のですが、展示している映像のサウンドを原摩利彦さんに3作
品とpolorMこと村中真澄さんに1作品担当して頂いています。
また原さんのユニットのrimaconaのデビューアルバムのmusic video
を制作させて頂きましたこちらも合わせてご覧いただければう
れしいです。


村中さんとは&artのイベント以来、時々ご一緒させて頂いて
います。原さんとの出会いは、ネットで音楽をいろいろ試聴し
ながらデスクワークをしていた時に、&artのサイトでもきけ
たなと何気なくきいてみたら、とてもすてきだったので声をか
けさせて頂きました。あってなりました。今では一緒に中華料
理も食べます。


こんなふうな出会いもあるんだな、とおもうとホームページや
ポートフォリオもちゃんとしないとなと思います。いずれも2009
年のあたまから全然更新していません。いちばん後回しになっ
てしまうのですね。。&artのページをもっと活用させてもら
おうと思いました。から何ヶ月かながれてしまった。近いうち
にアップしてもらえるようにと考えています。マイペースにし
か動けない自分をかえていきたいものです。


最後にすこしお知らせを。来年の兵庫県立美術館での林勇気展
「あること being/something」作品制作のための写真と出演者
募集中です。ぜひご参加ください。


詳細はこちら

こんにちは、Antennaの市村です。


だいぶ寒くなってきましたね。
寒くなるとキュンとなります。いろいろと。


先月のブログで告知した、「琵琶湖ビエンナーレ」先日無事終了しました。
お越し頂いた方、ありがとうございました。


今回の琵琶湖ビエンナーレでも展示していました、Antennaの作品の中の「金色の雲」。
見た事あるよ~、って方がおいでかもしれません。ありがとございます。


あの雲は2006年の取手アートプロジェクトの時に作った物で、
その後、2008年の広島アートプロジェクト
2010年のさいたまのプラザノースでの個展(のPEELER掲載記事)などなどと活躍してきました。


その雲と今回の展示を最後にお別れする事にしました。
ようは解体して廃棄したのですが、
僕はある友達にその日の事を、「金雲解体祭」と言いました。


みんなででかい雲にぶつかり、汗をかき、バラし、汗をかき、袋詰め、イェイ!
気の持ちようで、それはまるで祭です。


何かをちゃんと勉強した訳ではないので、完全に僕の勝手な思いですが、
祭の起源って案外そんな感じなんじゃないかなって思うときがあります。
最初はノリ! と 勢い!だった、みたいな。


雪溶けてやっと外出れる、イェイ!
米めっちゃ穫れた、イェイ!
山が紅葉してきれい、イェイ!
あの一番高い山なんかすげぇ、イェイ!
この川なかったら生活できない、、イェイ!
子供たち集まれ〜、イェイ!
みたいな。


生活の中にある当り前の事、何でもない事、
その中からふと、これって実はなんかすげぇ事なんじゃね、って気付いた瞬間、
それをちょっとだけみんなで共有できた時、それが祭のタネになるのかなって。


そう思うと、&ARTって、
京都にこんなにたくさんのアーティストがいるんだ、イェイ!
それが集まってるぜ、イェイ!
みんな面白いことしてるな、イェイ!
それがローカルで少しずつ繋がっていくんだ、イェイ!
それって、、なんかやばくない、イェイ!
みたいな。


まさに、祭じゃないですか。
&ART祭、イェイ!


もうなんか、ノリノリですね。


僕たちが「金雲解体祭」を催していたその日、
その友達はもんじゃを食べながら熱く語る「もんじゃ語り祭」をした、と言っていました。


うん、気の持ちようで、何でも祭です、イェイ!


Antenna 市村恵介

こたつを出しました。
毎年この時期にこたつを出すのですが、はじめてスイッチを着けたときに必ず焦げ臭い臭いがします。
たまったホコリが燃えているのでしょうか。
この臭いを嗅ぐたびに冬の到来を感じます。


少しおしらせがあるのですが、来年引っ越すことになりました。
と言っても京都市内ですが、太秦です。
太秦映画村というところの近くです。おそらく。
まだあのへんの地理がよく分かっていないのですが。
自分の仕事場やアトリエがすごく近くなるのでいろいろ集中できそうです。


今住んでいる百万遍には近くにたくさん友達がいたのですが、さようなら。
少し遠くなりますね。


太秦の近くに住んでいる友達、こんにちは。距離が縮まりましたね。オススメのカフェがあればおしえて下さい。


その中間くらいに住んでいるお友達。
距離変わらないね!これからもよろしく!


広島に住んでいるお父さんお母さん
引っ越し手続きの保証人になってくれてありがとう!


そして、去年結婚した妹と旦那の筆職人の宗道くん!
これからも良い筆つくりつづけてね!


そして将来の自分!
現実社会は厳しいけど、世間の目を気にしてちゃ、作品なんて面白いものできるわけないじゃん!
仕送り?
そんなの遠慮してちゃダメ!
もっともらわなきゃ!
でも親に感謝はするように!
作品つくるの止めた時。そんときは仕送りストップしてもらおう!



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