
ゴールデンウイーク期間にニュートロンで開催する個展の準備をしています。
わりといつもの事なのですが、制作の際は出来上がりをイメージせずに描き始めるように心がけていて、今回の個展は特にそこを意識して。と思っています。
性格というか性癖みたいなもんで、子供の頃から物事を筋立てて考えるのが苦手で、「ナントカなるだろう」と成り行きまかせのいきあたりばったりで今に至っているで、その辺が作品の制作にも反映されています。もちろんナントカならない事も多々あるのですが。。
あとは、完成をイメージしておいて、「イメージ通りに出来なかった。」「おもいのほかダサイ作品が出来あがってしまった。」等のショックに耐えうる精神力に自信が無いから。
もともと完成イメージの無い所から始めると、どこで完成か適当に決められるので気楽だし、多少しくじってもそれほど気にせず次の展開に切り替えて描き続けられるし、絵の具を塗り重ねているうちに徐々にその絵の全貌が浮かび上がってきた時の「ほほぅ、そうきましたか」てかんじも好きだし。
そんな風に描いています。


自転車で道を走っている時、急におならをしたくなる時があります。そんな時は一応後ろに人がいない事を確認したあとに放出します。
自転車で思いだしたのですが、今日松屋で昼飯を食べて帰る途中、草笛を吹きながら自転車に乗っているおじさんにすれ違いました。そして目が合いました。そのおっさんの目はとても澄んでおり、すれ違い際に一瞬ぼくも何か澄んだ気持ちになりました。そして草笛の音はドップラー効果で音程を変え小さくなっていきました。
と、訳の分からないシチュエーションでしたが、一瞬だけ優しい気持ちになれた気がしました。
今頃おっさんはまた別の知らない人を強制的に優しい気持ちにさせていることでしょう。
またどこかですれ違いましょう。おっさん(草笛)
次すれ違う時は僕も草笛ふけるように練習しておくからね!おっさんのように上手くふけるかは分からないけど・・・。
おっさん 「草笛を上手くなるにはなぁ、最初はへたでもいいんじゃ、人前でかっこ良くふこうなんて 思っちゃだめじゃ、世間を気にしてちゃぁ外で草笛なんかふけんからのう。」
花岡 「そうですね、かっこつけてる自分が草笛ふいたところで絶対人の心には届かない・・・。」
おっさん 「唇と葉っぱがお互いを信頼し、唾液の温度が葉脈の温度とまじわって息が一つになった 時、はじめてオーディエンスに響くんじゃ。」
って、んなわけはない。
最近自分の頭の中のアイデアにすごく懐疑的で、いろいろなイメージを考えはするもののすぐに放棄してしまう。
頭が固くなって来たのかもしれません。老化現象でしょうか?
聞いている音楽もこのあいだは電子音楽だとかポストロックだとかブレイクコアだとか言っていましたが、ここ最近はなぜか さだまさし です。
よりによって哀愁のにじみでる さだまさし さんです。
さだまさしの人間の心のやさしさをうたう歌詞に感動してしまう様な陳腐な脳みそになってしまいました。
脳も大人になるのでしょうか。
そんなことを言っているあいだにいつの間にかTUTAYAで さだまさし のCDをむさぼるようにさがしている自分がいます。
さだまさしさんに洗脳されてしまっては、今後の芸術人生が危うい!
人間のやさしさや慈悲の心を養ってしまっては作品はつくれない。心が磨かれてしまう。もっと脳をツルツルにしなければ。
もっと感情を無機質にしてプラスティックの脳を取り戻さなければなりません。
清められた脳みそをシンナーでごしごし洗ってあげなければなりません。
そのためには さだまさしさん からはお別れをしなければなりません。
さようなら さだまさしさん。
こんな さだまさしさんが今夜歌います。
「いのちの理由」
もしもし もしもし 聞こえますか。
しばらく制作ひきこもりだったのを終えて、展示設営で大阪へ向かう京阪電車では、風景が良くなってきたらまずは ジム・オルークの "eureka" を聞くことにしてました。
寒かったり暖かかったりの日々、けっこういろんな花が咲き始めていてますね。
もしもし と話しかけてもらって、通常の世界にちょっとづつ戻ってきてました。
*
私の映像制作は、1人ヘアメイク、1人スタイリスト、1人大道具、小道具、衣装、、、という感じで。
1人撮影、1人編集、とつぎつぎ続くのですが。。。
もっと技術サポートしてくれるスタッフワークをしたいですが、夢ですか、今のところ。
櫛を片手にカメラ回すっていうのも何だかとは思うのですが、しかしそうなっちゃってます。
編集をしているとやはり1秒がとっても長い時間だとひしひし感じます。
その半分の15フレームくらいでもすごくたくさんの瞬間が詰まっています。
自ら全ての作業をすればこそ、そこの理解が深まるのだとも思うのですが。
次はパフォーマンスの作品を作りたいねと友人のダンサーの方と言っています。
発表のあてがあるわけではないんですが。まずは日々の営みとして作っていくのかなと。
1秒1秒の軌跡を大切にしたものを作って、親密な空間を作ってそれを上演できるといいなと思っています。
*
ところで自営業者のみなさん、確定申告は終わりましたか?
私は慌てふためいて今朝終えました。(で、安心してブログを書いてるというわけです)
計算機と格闘していると、もしもし なんてやわくなくしっかり浮き世に引き戻されました・笑
(写真)
現在展示中の映像インスタレーション「物語トショモノ」からの1フレーム
今回は編み込みもしましたが、一緒に編み込むのではなく後から紐通しで、デコレーション

撮ろうとしては髪をとかしに走る私が、昔からよくテープのはじっこに写っていました


いろいろ作り込んだりして、創作物って大いなる嘘なんだけど、それはなにかほんとのことを教えてくれるため嘘なのかな?とか、自分のなかで駆け引きをしつつ進んでるんだろうなぁ、、、と思うのです。これも もしもし て感じで。
ちょっとまじめな話を書こうと思います。
前に横浜のZAIMで「映像作品と市場」というシンポジウムが会った時の事を良い機会なので載せて置きます。
これはパネリストの森美術館のキュレーターさんが言っていた事です。
映像作品の問題点。
1:国際展で映像作品が増えている→すべてを見るのが難しい。
2:映像機器の進歩→古い機材が無い。
3:作品の保存→メディアが安定しないので保存するのが難しい。
4:空間の条件→機材の進歩で暗室に暗室にしなくても映像は見れるようになってきてるが、サウンドの問題がある。他の作品に影響を与えるので。でもこれも最近一点で聞けるスピーカーが出て来ているので解消されて行く問題みたい。
5:言語問題→字幕を入れる場合、翻訳にコストがかかる。特に英語圏以外の言語になる
とそのコストも上がり、翻訳してくれる人を探すのも大変。
1〜4に関して自分も思っていた事なのでやはりという感じでしたが、5は意外でした。
美術館側は初め映像作品を扱いだしたのは輸送費が少なくてすむからというがスタートだったらしいのですが、蓋を開けてみたら作品の裏側にかなりコストがかかる事を知ったらしいです。ビル・ヴィオラの展覧会のときなど、三管プロジェクター借りるため探していたが日本にはなく、急遽アメリカで購入したり、ヴィオラの作品はコンピューター制御なので、黒いボックスの固まりがいっぱいありそれを運ぶ輸送費が1000万ぐらいかかったのに見えてる部分はほんの一部。と大変だったとの事。
コレクションに関しても、DVDとマスターテープと作品証明書を桐の箱に入っていてそれを150万でポンと買えるかというとなかなか買えないらしい。1〜5の問題点が一緒に付いてくるので。
パネリストのギャラリストさんが言っていた事です。
映像作品を海外の美術館などに売るとき必ず、「マスターテープ」を付けろと
言われらしくそれが「mini-DV」ではダメで「ベータカム」じゃないと買ってくれないところがほとんどらしい。DVDの信頼性は低いみたいです。
最近メディアの変化が激しいためはデータでも良い所が増えて来てるみたいですが、それでも「テープで出せ」と言われるとの事。テープの信頼性はやはり高いなと思った。
あと映像作品を売り出そうとしても、ビデオアートのマーケットがないので売るのが難しいみたいです。
しかも最近はYou Tubeで自分の作品を公開している作家さんもいるらしく、益々売りにくいとの事。それを逆手にとって売り出して行くというてもあるけど・・・・・。難しい問題です。
ギャラリーで展覧会をしたさい、作品に値段を付けるのですがいつも悩みます。
発表させて頂けるかわりに少しでも還元出来ないかと思っているのですが難しいです。
映像機器の発達で映像作品が増えているのに対して市場は比例して上がらず何かほとんど平行線のままなんだなと思いました。
最近SDカードを使ったビデオカメラが増えてきましたが、私はDVで撮ってます。
撮ってもすぐに使わない素材もあるのでDVの方が便利です。
なので机の上に山が出来てます。
視覚的にもなぜか安心感を感じます。
バンクーバーオリンピックが終わりましたね。フィギュアスケートが好きなので、最後のほうはかなり熱く見ておりました。
と言いつつ、今回の日記はオリンピックとは全く関係のない話です。
油絵に伴う問題(?)の話を。
油絵を描いたことがある方は分かると思うのですが、制作中はかなり油の匂いが充満します。
決して体に良いとは言えないし、嫌な人にはキツいものがあると思うのですが、私は元々この匂いが嫌いではなかったりします。逆にわりと好きかも...?と思うくらいなので、狭い自宅のアトリエでもわりと平気でいられるのです。
そのため、ついつい怠ってしまうのが部屋の換気。とくに寒い冬は窓を開けたくないのでそのままにしてしまうのです。。
こないだ、ついにそれが災いしました。
最近F100号サイズの作品を制作してるのですが、大きい面積全面に絵の具を塗ったまま、換気せずに放っておいたのです。そしてアトリエとは別の部屋でゆっくりしていると、突然部屋の警報器(ガスもれなどを知らせるもの)が鳴り出したのです。
初めてのことだったので、かなり驚きました。しかも警報機が言っている言葉をよく聞くと、「空気が汚れています」とのこと。そんなに空気が汚れているのか...!となんだかショックを受けました。そして近所迷惑ではないかとヒヤヒヤしました。(かなりうるさい音が鳴ったので)
それ以来、換気には気を使うようにしています。
ただ、それだけの話です...たいしたネタがなくてすみません。
ちなみに前回の日記で触れていた、欲しかったトイデジカメをついに購入したのですが、ネットで注文していてまだ届いていないので、今回の日記に間に合いませんでした。次の日記にはそのカメラで撮影した写真を載せれるかな?と楽しみにしています。
こんにちわ。ヤマガミです。
気がつくと、もう3月。2010年の1/4を消費してしまいまいました。時間が高速に過ぎて行きます。
3月3日から同14日まで、大阪の阪急百貨店 メンズ館にて作品を展示しています。「TASTING ART EXHIBITION」というイベントです。あまり、宣伝がなされていないのか、知らない人も多いみたいですが、100点あまり色々な作家が作品を展示していますので、お近くに行かれた際には、ぜひお立ち寄り下さい。僕は1点、映像の作品を展示しています。1階です。
TASTING ART EXHIBITIONより。大阪へ出た際には、ぜひ。
この展示の準備やら、搬入やらで、最近バタバタと動いておりました。で、今、東京に居ます。
当然用事があって東京へ来てるのですが、度々東京へ出て行ってるわけではないので、いつも来るときは、撮影や、美術館・ギャラリー巡りなど、様々な用事を詰め込みます。
天気予報では全国的に雨。今日も明日も。。新幹線で東京へついたら、やっぱり雨。うーむ。自分はてっきり晴れ男だと思っていましたので、少々がっかりしました。昼間に少し撮影をしたかったのですが、雨降ってるので、予定変更で、ちょっと早い昼食をとりました。で、ゆっくり食べて、外へ出ると、晴れているではありませんか。いそいそと、撮影の準備をして、ちゃっちゃと撮影を済ましたところで、再び雨。
なんというか、嬉しくないですか?こうゆうの。本当に神様っているんじゃないかと思ってしまいました。
なんて、日常の些細な喜びを噛み締めながら、毎日を過ごしております。
ちなみに夕方にも、もう一度撮影に出たいので、どうか神様、よろしくお願いします。
奇跡的に晴れました。
撮影といえば、僕はデジタルの一眼レフを持ってないのですが、知り合いの方から、今、デジタルカメラを借りてまして、今日はそれで撮影してるのです。知っている方も多いとは思いますが、今の一眼レフは、ムービーも撮れるやつがあるので、試しに動画を撮影してみました。これが、ちゃんと撮れるんですよ。ちゃんとと言うのは、僕はてっきりおまけみたいな機能だと思っていたので、びっくりです。普段はでかいビデオカメラを使っているので、それと比べれば、軽いし、写真も映像も撮れて一石二鳥だし、素晴らしいの一言。日本企業バンザイですよ。
侮れないおまけと言えば「ビックリマンチョコ」もそうでしたね。僕もチョコ捨て人の一人でした。アラウンド30才の人ならわかってもらえるはず。そのビックリマンカメラから、新作が生み出されるかどうかは、やっぱり、天候の神様に左右されます。
神様、よろしく。
ブログリレー、2回目の書き込みは名古屋からです。
日本の舞台芸術業界が忙しいのは、一般的にも「芸術の秋」といわれる
10‐11月と、そしてなんと言っても年度末の3月なのではないでしょうか。
地点の公演を3月に企画したことは、実はまだないのですが、
地点の代表である三浦に外部の劇団やプロダクションから演出の依頼が
あるのは、不思議なことにこれまで必ず年度末の公演でした。
演劇は、一人では絶対にできない表現分野ですので、作品を発表
するには、劇団やカンパニーをつくるか、あるいはその都度ごとに
人を集めてプロデュースするか、そのどちらかになります。
普段は劇団で活動していても、ときどき「外」からお声がかかったり
するのはその為です。
集団でしかできない表現でありながら、個人としてどう活動するか、という
ことも問われる、独特のジャンルなのだと思います。
今回は、名古屋の老舗の劇団、うりんこさんからお声がかかり、東京公演が
終わったその足で、三浦は名古屋入りしました。
その本番がいよいよ今日から始まります。
「劇団うりんこ」は、主に児童・子ども向けの作品をつくり続けてきた
方たちなので、今回の作品の基本コンセプトは、「子ども劇」です(!)。
ただ、原作からしてが、太宰治の『お伽草紙』ですので、一筋縄にいかない、
ずいぶん大人な作品に仕上がったという印象があります。
「大人もいっしょに楽しめる子ども劇」、というよりむしろ、
「大人だけが楽しめる子ども劇」という、風変わりな作品になりました。
『お伽草紙』は戦争中、検閲の目と戦いながら太宰が書いた小説で、
『瘤取り』『カチカチ山』『浦島さん』『舌切り雀』と、誰でもが知っている
おとぎ話を、防空壕の中で、父が娘に語るという筋立てです。
けれどもそこで語られるのは、おじいさんとおばあさんの関係性から
透けて見える「夫婦」という問題であったり、美少女に惚れたブ男の悲劇
を通して見える恋の残酷さと「ダメさ」加減であったり、全篇シニカルな
笑いと批評精神に満ち満ちているのです。
小説だけでも十分に楽しめる作品が、戯曲化にあたって劇作家・永山さん
の手が加わわり、太宰治その人について考える作品になりました。
『お伽草紙』だけでなく、太宰治の小説をコラージュしてつくられ、
小説という虚構、演劇という虚構を通して、作家のリアルに肉薄する、
力作に仕上がっています。
・・・と、ここまで書いて、いつもの地点の公演とは、やっぱり随分違うな、
と思います。原作があるとは言え、新作書き下ろしを演出すること自体、
三浦にとっては久しぶりの仕事ですので、当然と言えば当然のこと
かもしれませんが。
地点では、地点という集団で作品を発表していますが、個人として
引き受けた仕事だからこそ、「三浦演出」を楽しめる作品になって
いるようにも思います。
演劇はいろんな人の手が加わり、さまざまな要素の掛け合いでできれ
いくものなので、戯曲を楽しんだり、演技を楽しんだり、空間構成を
楽しんだり、とさまざまな楽しみ方ができます。
もちろんそれらを総合的に体験できることが、舞台の醍醐味です。
地点という劇団がこれからもいろいろな作品をつくっていくために、
個人のレベルでの仕事の様子を、いつもとは違った角度で見られる
このような機会は、なかなか貴重だなー、と思うのでした。
なかなかの力作に仕上がった本作品、お客さんにどのように受け止め
られるのか、わくわくしながら本番を待っています。
(文責:制作・田嶋)
公演詳細はこちら
劇団うりんこ http://www.urinko.jp/pg127.html