
自宅や、ギャラリーでの展示のとき来場される方は、ある程度予備知識があったり、
僕の作品に興味を持っていただいている方が多いように感じますが、
現在展示している大原美術館に来場される方は、
作品を日頃あまり鑑賞する機会のない方も多いと思います。
(観光のお客さんが多いせいもあると思います。)
だからこそ、作品を素直に受け止めていただけますし、
じっくり作品を鑑賞していただいている実感がある反面、
展示会場で「現代アートはわからない」という言葉もしばしば耳にします。
僕は「ある一人の鑑賞者が作品に興味を持ち、理解しようとし、
その人にとってその作品を鑑賞したということが重要な体験となる」
というプロセスは、人間同士が、深く分かり合うことと同じくらい
貴重で、時にとても時間がかかると思っています。
「作品に興味を持ってもらえるような要素を持たせる」
ということを実制作の中で意図的にできる作家さんもいるかもしれませんが、
僕の作品はほとんど加工せず、主に「要素を抑制するような作業」を
中心に制作しているので、人為的にそれを行うことは難しいです。
また、偶然そういった要素が濃い作品が制作できたとしても
そういう作品だけ選りすぐって、発表することは誠実でない気がします。
人間関係でも一瞬ですべて伝わるコミュニケーションなどないですし、
作品と鑑賞者の関係としては「見た瞬間に人の価値観を変えられるもの」
を目指すのでなく、感じて、考えて一つひとつ丁寧に長い時間かけて
作品とコミュニケートしていただくしかないと思っています。
だから、作品を見て「わからない」ということは、「現代アートがわからない」のではなく、
「その作品」、「その作品を制作した作家」のこと理解しようとしていない、
または理解できないことに原因があるのではないかと思います。
あたりまえのことかもしれませんが、「わからない」ことの原因の多くは、
人間同士の問題であって、現代アートの問題ではないのではないでしょうか。
下記初日の作品の写真です。野外の作品は雪が積もっていました↓

ちょっと遅刻のブログリレーです。
かかなきゃとはおもっていたのですが、
なかなか書けずにいました。
映像に集中しているからか、
日々は重なっていってるのですが、
なかなか言葉になりにくい。
文章を書いてもひどくつまらなく思えてしまうのですが、
そういう時もあるのでしょうね。
気を取り直して。
iPhoneでStar Walkというアプリケーションがあります。
現在の今いる場所から見える星空をバーチャルにみることが
できるというアプリケーションです。
制作に疲れた時に立ち上げてぼんやり眺めています。
大学院の時だったか、
以前に友人達と天文台のあるキャンプ場まで星を見にいきました。
すごく寒い日だったのだけれど空気が澄んでいて、
とてもたくさん星が見えました。
くらくら。なぜかくらくらします。
あんなに多くの星を見たのは小学生の時以来。
毛布にくるまりながら星空を見上げていました。
その時からあんな星空は見たことがない。
また見に行きたいなと思う。
その時に撮影した映像を友人達と開催していたイベントで
上映したことがありました。
星の映像は上映しませんが
&ARTのイベントでライブをさせて頂きます。
終了後トークもあります。
ぜひみなさまおこしください。
詳細はこちらです。
http://www.andart.jp/event/new/
ぼくもとても楽しみです。
ありがとうございます。
来年にプラネタリウムで展覧会をしたいと考えています。
もう何年も前から考えていたことです。
関西と関東で。
それ以外の所でも。
実現に向けて動いていこうと思います。
たくさん文章が書けそうな気がしてきました。
でも、これくらいで。
今月はたまった領収証を整理して申告して疲れて風邪引いて咳して胸やられてもう疲れました。
しっかり帳簿をつけておかないと肺が悲鳴をあげるなんたる自業自得。
2月の反動か作品写真をがっつり撮るという事が少なかったんで何を載せようかと考える次第で京都市美関連を2つ。

川島テキスタイルスクール修了展
京都市美術館
個々人の作品、展示空間を撮影。
卒制シーズンも終盤、大学では無いのであまり知名度はないけど、染織、ファイバーアートの専門学校。アート作品もあるが、元々が工芸の学校であり、制作もその辺と重なるので総じて仕事が丁寧である。卒展鑑賞は面倒さで近年ほとんど見ていないが、仕事ついでに立ち寄った母校の精華の卒展よりはよっぽど面白いしレベルも高いと思う。個々の内容の質はガーリーなもの課題的なもの単純な発想のもの、もあるにはあるが、全体の他者に対する、見せるという姿勢が違っているように思える。工芸ってごまかしが効かないからそういった意識が育ちやすいんだと思う。
精華はビジュアルだけは展示も他とは別物で内容も楽しめ面白く、記録撮影をした事もあったので(必要なレベルであるという事)評価できるが、他の分野のすかすかな感じがなんというかこんなもんか、こんなもんだろうな。

(精華大ビジュアルデザイン学科卒展風景>>開放的な1室を全面人工芝を引き、ブースに区切り展示、学生が常に応対したり任天堂Ds使ったりと企業のショーを見ているような感じではある)
斜に構えて自身のものだけ追求する姿勢は理解できるし、ご多分にももれず僕もそうだが、面倒な作業ではあるけど初期段階から全体の底上げを図らないといくら才能があろうが単なる量に埋もれてしまうのではないだろうか。別段卒展がすべてでは無いが、でも外部も見る気を無くしますよ。大学真冬、就職厳冬時代だけど分かっているんだろうか。(高い学費ですよね。)こうやって上から偉そうなのも外野ならではの無責任な発言だけどもうなんというか悲しくなるので毎年毎年同じ事やってるだろうしそろそろ気づいてがんばって欲しい。特に先生方。
あと市美の壁の汚さは展示するよりモニタ上でスポット修正する立場になって腹が立つ。
でもう一つ、川島修了展の隣でやっていたのが、日本山岳写真協会70周年記念展「2009山・われらをめぐる世界」とすごいタイトルだがこれがなかなか面白かった。
100点を超える出品作がすべて山の写真。よく考えたらこんなインスタの経験ない。
参加者のほとんどが定年後の方々なので平日でも観客がとても多い。
作品量が多くすべてが同一の「山っぽい写真」の展示に錯覚される。たくさんの晩秋があって各々の凍てついた山肌があってみんなに早春の息吹がある。作家性がどこにあるのか皆目検討がつかない、aとbのオリジナリティの差なんて判んないのである。みんなきれいな写真。
で別に、批判している訳でもなくて(日展に突っ込み入れる無益さとも言えるんだが、それもこれも貶めるつもりはまるで無くて)、こういった個別性の消し方もあるのだねと。多分、オリジナルである欲求がないのか、あっても外部に移行するまででもないのか、その方法が無い/思いつかないのか。
我々と言えば語弊があるが「現代美術」もほとんどそれと同じようなもので、気づいて/気づかずして没個性化する内部に留まる事も出来るし、いい感じで上部へシフトもできる。どちらが優れているか、など歴史に任せるものだからどっちでもいい。
展示写真なんかいいカメラといいレンズで水平垂直きっちり出して目線近所にセットしてそれなりに作品がフレームに収まっていい光をきれいに選択できたら目出たく僕の仕事もなくなるよな、とか思いながら、どうやって上部にシフトするんだろうか模索しているんだが。今ひとつ打開策が無いのでこの春はいいカメラといいレンズを買っていい組織を作る準備をしようと思う。
あう、しまった。ブログを書かなければと、今日(3/26)になって気づきました。。
まだ&Artの展示情報などに反映出来ていないのですが、堀川御池オープンする、京都芸大のギャラリー(内輪ではサテライト、と呼んでいます)での展示作業で毎日ヒイヒイです。4/2オープンの「きょう•せい」展です。噂はぼちぼち美術関係者の方にも流れている事と思います。
そして、今晩(3/26)は東京に向かいます。
こちらは児玉画廊|東京での個展で、4/3オープンです。
絵に描いたような貧乏暇なし生活です。
と言う訳で、ブログの内容をまったく考えていなかった訳で、はい、ここで面白い小話をひとつ、、、と言う訳には参りません。
とりあえず最近面白かった展示のことなど。猛烈にベタではありますが、今現在バスに乗る時間に遅れそうな恐れがあるような状態なので、ご容赦!!ください。
まだ一枚blu-ray discが焼けていない上に、深夜バスに備えてせめて風呂に入っておきたい!!
なので卑怯なようですが、木内さんにかぶせさせて頂きます。
木内さんに劣らず、美術に関してはモグリな僕なのですが(正直かなりアバウトな感覚で綱渡りをしています。)、最近京都芸術センターで今やっている「てんとうむしプロジェクト」、かなり面白かったです。
北ギャラリーでの、蛍光板というのか、光の奇跡が残る板、とでもいいましょうか、映像をやっていてあまり物質に触れないので何と言ったら良いのかわからないのですが。
とにかくそれに自分の描いた形が何度でも刻まれる、という事が面白かったのはもちろんなのですが、所々に出てくる文字、「ホ」が何とも言えない抜け感を醸し出しているのがたまらなかったです。
あの「ホ」についてどなたか解説して頂けたら嬉しいです。
あれは伊達さんの展示だったと思うのですが、伊達さんに「ホ」はつきものなのですか?
美術の世界にいると、時々自分の無知が多いに不安になるのですが、結構知ったかぶりで乗り切っています。有名な美術家の名前が話題にのぼっているとき、僕が考え深げに頷いていたら、80%くらいの確率で知ったかぶりです。
前もって謝っておきます。
ただ、「ホ」について語り合おうと言うなら、大歓迎です。
置いてきてしまった大切なものがここにあるような気がしないでもないからです。
どうも最近、作品の意味について熟考しなくなりました。
Dont think, feel!!
と言うのが、現代美術の世界に足を突っ込んでいるにも関わらず、僕自身が美術に求めている感覚だからかもしれません。
とかなんとかまとまりもなく書いているうちに、時間切れです、、、木内さんにも、かぶせきれず、、、
来月はもっとちゃんと書くので、許してください!
先日3/19 club metroにて、自身が不定期で企画しているエレクトロニカイベントpatchware on demandを去年の11月以来ぶりに開催しました。
エレクトロニック・ミュージック特にエレクトロニカを中心に進化し続けるサウンドと、それらの音楽に傾倒する音から生成される映像を取り上げ、創成期からのイノベイターから新鋭クリエイターまでを紹介、発掘することで京都のシーンの活性化を図る目的を持ちつつアート・コンベンション的に不定期に開催するイベント。世界中のエレクトロニカアーティスト&レーベルとのコミュニケーションにより様々なコラボレーションを実現して来ました。
今回は更に説明不要の豪華ラインナップになりました。
Mika Vainio(pan sonic) ,Keiichiro Shibuya ,NHK ,Rashad Becker ,Ken'ichi Itoi(PsysEx)
今回は映像を使うアーティストがたまたま無く、クオリティの高い音を堪能できるかたちになりました。
お越しいただいたたくさんの皆様、ご出演いただいたアーティストの皆様、誠にありがとうございました。









写真は僕の写真の師匠、久田元太さんによるものです。
♪ブログ二度目〜なら〜 少しは上手に〜 僕のメ〜ッセ〜ジ〜 伝えたい〜
・・・というわけで、どうも木内貴志です。
無事二度目のリレーバトンです。
ですが、二周目にして早くも息切れ。
ネタに困ってしまいました。
困った時は他人のブログ。
他のランナーは、どんなんかな〜(仁鶴師匠風に)と見てみますると、お、話題ですね、エアリソン。
カナニ(金沢21世紀美術館)でやってるんですね。
まあ、これは必須でしょう・・・。
・・・え、「お前、エアリソンのこと知ってるんけ?」って?
も、も、もちろん、し、し・・知ってるに決まってますやん、エアリソン。
アラフォーじゃなくて、お、お、オラファーでしょ?
ほ、ほ、北欧のアーチストでしょ?
ら、ら、ライトアート(死語?)の、い、い、インスタレーション作家でしょ?
さ、さ、サイトスペスィフィックの、え、え、ええ感じの、は、は、ハラビでもやってた人でしょ?
・・・って、嘘つけー!お前、知らんかったやろ!
だいたい、さっきからお前「エアリソン、エアリソン」って言ってるけど、正しくは「エリアソン」だよ!
ほんまにお前はいまだにリュック・タイマンスをリュクタイマンって言うし、レベッカ・ホルンをレベッカ・ホーンって言うし、ボロフスキーとボルタンスキーをごっちゃに、アバカノビッチとアブラモビッチもごっちゃに、挙げ句、「クシシュトフ・ヴォディチコ」なんてまともに発音できたこと、ないやんけー!
エエカッコすんな、このモグリの自称美術通が!
本当にお前は何にもしらない!無知を知れ!無知を!
無知の知!鞭の血!ムチノチ!モチモチ!モチモチの木!モーチモチノ木ィィ!!
・・・はい、そうです。
スイマセン、嘘ついてました。
しかも僕、未だに「金沢21世紀美術館」にも行った事がありません。
や、金沢だけじゃないです。
原美術館も大原美術館も国立新美術館も鶴太郎美術館も、MOMAもポンピドゥーも大英博物館も、たばこと塩の博物館すら行った事がありません。
はい、そのとおり。
僕はモグリです。
ド素人のモグリ、「素モグリ」です。
なので、僕はたまに「木内君って、美術の人だよね〜」なんて言われますが、全くの間違いです。
そんな僕なのですが、だからといって、興味がないわけじゃありません。
しかも、「カナニ」は所謂「美術通」以外の一般の人たちにも大人気の美術館であり、またオラファー・エリアソン展は、比較的辛口な筆者の知人たちもこぞって、「いい!よかった!」と連呼されてるという具合。
いや、イクッ!は一時の恥、イカヌは一生の恥。
ここで、「知らんかったから」と恥ずかしがって見に行かないのは一生の損失かもしれません。
というわけで、こりゃ「女房を質に入れてでも見に行かなければ!」(発言が前時代的ですいません。特にウーマンリブ!な方々、フェミニストの方やフェミ男くんな方々、すいません。筆者は強い女性、女性アーティスト、働く女性が大好きです!できれば働く女性に一生面倒見てもらいたいと思ってます。)と、思ったのですが、入れる女房がいるじゃなし。
♪質に 荷を足しゃ 苦になるが〜 苦になりゃまだまだいいほうで〜 死に死をとって 苦になって〜 夢は夜ひらくぅ〜〜
という曲をいつもの様にiPodで聞きながら、金沢行きの列車の車窓から北陸の海を見つめつつ・・・なんてなってる予定でしたが、気がつけば現在連休なのに部屋に籠ってこの文章を書いている、という事の次第。
残念ながらエンがアリませんでした。エンアリソン・・じゃなくて、エリアソンさん。
(しかし「エリアソンさん」って「マリーローランサンさん」や「サンプラザ中野くんさん」と同じくらい、言いにくいよね。)
まあ、生きてれば、いつか「あなたが出会うとき」もあるでしょう。
カナニもまあ、いずれは行きたいと思って・・・え、カナニはまだ5周年?
何ぃ?ここ5〜6年の輩なんか!?
後輩やんけ!
こちとら10年以上、携わっとるぞ!美術と!
なんで先輩の方が後輩に挨拶いかなあかんねん!!
・・・と、かなり気の狂れた逆切れで誤摩化しつつ、今回は断念。
ただ、筆者もそのくせ「先輩に挨拶」をずいぶん怠ってるので、ここは年功序列で、近々、大原美術館先輩に挨拶に行こうかな、と思っています。

というわけで、見てないオラファー作品と、京都の場末の美術作家が出会ったと、せよ。
想像してみました。
今月の引用区:「墓の裏に廻る」(尾崎放哉)
追伸:
で、今月末にはこちらも先輩、神戸のコミュニティーC.A.P.さんのアートマーケット展に出品させていただきます。
詳しくは「展示・イベント情報」で。
え?C.A.P.に行った事がない?
あえて言おう!
C.A.P.を知らないなんて、関西美術界ではモグリだと!
ご唱和下さい! C!A!P! C!A!P!
・・・てのは冗談ですが、まあ行った事無い方はこの機会にぜひ。
京都の人にはちと遠方で、坂もきついですが、現在開催中の兵庫県立美術館「小倉遊亀展」などと一緒にいきよし。
(今回ブログ中の替え歌の元歌:中森明菜「セカンド・ラブ」、三上寛「夢は夜ひらく」)
現在本番直前の滋賀にいます。 今日19日から21日まで公演をしています。
詳細はスケジュールをご覧ください
今週は毎日のように劇場に来ています。
今回はオムニバスの公演なので、いつもの公演とは違い、
隙間にぽっかりと時間が空いたりして、そういう時間をどう過ごすのかが難しいです。
特に初日を向かえるまでは、そんな時間がとてももどかしい時間なのですが、
ふっとクリアな現実に意識が引き寄せられたりもします。
いつのも日常の中で感じる感覚とは少し違う、景色がもっとクリアになって、
ポツンと世界の中に一人立っているような感覚が新鮮に気持ち良く感じます。
それ以外の時間が劇場や作品に集中して向かい合っているから、
そのように意識が解放されるのかもしれません。
観に来てくれた観客の方にも、公演後劇場を出た後に同じような感覚を
感じてもらえたら良いなと思いました。
本番直前なので、今回はこのあたりで。
よければ、劇場までお越しいただければうれしいです。