
今日は紙好きの話。
紙はもともと白とも通じていて―。
紙とは神のことというふうに音のつながりがあり、清めの白をも指していたようです。
ということでこのお題はすがすがしく新年に、と思っていました。
しかしそんなことを聞かずとも、紙は気持ちの良いもので何かを清浄する効果があるということを私たちは感じ取っています。
紙に触れて起こる記憶・感覚の総動員でそう思うのでしょうか。
白は色以前のものとして素や無でもあるけど、光に置き換えるとこんどは全ての色を含んだリッチな色ということにもなります。
いずれにせよ、何かが始まる予感があふれていて、全く白は恐い色です。。。
折り目も付いていない紙はそれこそ恐くて、まっさらでありながら実は混沌としている感じ。
言葉が紙に書いて伝えられ、印刷という量産を経たりして知が拡がり、世界はどんどんと小さく平らになっていきました。
紙は雄弁を誘う代物ですね。新しいイメージとさまざまな視座を作り出せる基本の媒体(素材というより媒体かも)。
私たちがものを表現する"根"みたいなものが、紙に備わっているのは確かなことでしょう。
かくいう私も、紙にはずいぶんとお世話になっていて、本当にかなりの紙好きです。(紙に触れているとなんかヒーリング、っていうんですか?・笑)
展覧会の宣伝物や配布物に始まり、作品素材そのものにもよくなります。
そして紙に言葉を刻むことは格別の重みがありながら、むしろ自由さもあるということを、近年はことさらに感じています。
これはグラシン紙を使って製本したポップアップ。
手袋をしてデザインカッター(30度の刃)で彫っていきます。

それから下は配布物。ラフグロスの紙に紫のインクをこってりと載せた表紙。
*ラフグロス:見た目はマットに近いのにインクを載せるとツヤ感やしっかり盛った感が出る種類の紙
それを手作業で少部数作る。

ここ数日はプロットやシナリオ的な文を作成しているので、√2矩形の紙に向かっています。
見慣れた白銀の世界へ改まった気持ちも込めて。(*1:√2は白銀比といいます。A版/B版の紙)
ぎりぎり松の内。。。
(しかし冷え込んでますねー、京都)
遅いですが、あけましておめでとうございます。
昨年は展覧会の嵐で、良い一年だったと思います。去年の始めに東京で個展をやらせて頂いた事がすごく前の事のようで、でもまだ一年しかたってないのかとしみじみ思っています。今年も良い一年でありますように。
年末は実家に帰省。
大晦日は兄貴と二人墓参りをしました。
実家に住んでいた頃はあまり墓参りをする事がなかったのですが、京都に来てからはお盆と年末は参るようにしています。スピリチュアなことを信じている訳ではないのですが、行くと何か安心します。20代前半はあまり何も思いませんでしたがここ最近、そのような行事の大切さを感じています。
年末年始の冷え込みがすごく特に実家のある場所は平野で風が通りやすいので、風が痛かったです。実家の車を洗っていたら水がシャーベット状になりました(笑)。
年始は三年ぶりに名古屋造形の頃の同級生新年会に参加しました。
私が所属していた専攻、特に私が居た学年は人数か少なく仲が良かったので毎年のようにやっています。
在学していた頃にお世話になった助手さん達が来ていて、今年皆が28歳になる事に驚いてました。久々会う子もいましたが、どこかそのメンバーと会うと今でも学生のような気がして変な感じです。
最近は実家に帰ると気晴らしに近所の風景を撮りに行きます。

今は冬なので殺風景ですが、夏は緑、秋は黄金の風景が広がります。

高い建物がないので工場が目立ちます。見えているのは三O化学の工場です。
自分の作品の原点でしょうか?よくわかりませんが基準点にはなってるような気がします。
では、本年も宜しくお願い致します。
あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいします。
昨年末からアボガドを描いてます。
2月11日にUrBANGUILDで行われる「ふたつのうた」(出演は、ゆーきゃんとJOJO広重さん)というイベントのチラシ用なのですが、毎回二組の弾き語りが出演する月一回のイベントで、出演者のイメージに合った果物や野菜の絵をチラシにしてまして、今回JOJO広重さんから「アボガド」とお題をいただき、まあ2~3時間あれば出来るだろうと、軽い気持ちで描き始めてみたら、これが描けない描けない。。気がつけば正月休みを挟んで延べ3日はアボガドに掛っきりです。。。。
アボガドを甘く見ていたというか、自分にガッカリというか。久々に絵を描いてて泣きそうになって、それも通り越して笑えてきたので、気分転換にコレを書いてます。
2月3日から16日まで、大丸京都店6階のアートスポットというちょっとしたスペースで個展をします。アボガドばっかり描いてやんと、個展の準備も進めたいのですが。
どうなることやら。
そろそろお正月気分もなくなって来た頃ですが、明けましておめでとうございます。
2010年になりましたね。ミレニアムの2000年から、10年も経ったのかと思うとびっくりします。
昨年は展覧会の終わりとともに一年の幕を閉じました。反省点もありつつ、とても充実した一年だったと思います。
写真はnetron tokyoでの展示の様子です。(撮影:廣瀬育子さん)

年が明けて一年ごとに更新されるような感覚は、気持ちを新たにさせてくれるので好きです。
何に対しても、「今年こそは」という気持ちになるのが不思議です。
今年の予定ですが5月にneuton tokyoで行われるグループ展に参加し、9月にはneutron kyotoで個展を行う予定です。スケジュールを見る限り、今年も充実した一年になりそうです。
しかしながら油断しているとあっという間に一年が過ぎてしまいそうなので、今年は是非とも早めに行動するようにしたいです。
まだまだ寒さは増していますが、日が少し長くなって来たので嬉しいです。
雪景色が見たいので、毎日雪が降らないかなあ...と思いながら過ごしているのですが、私の住む街ではこの冬はまだ降っていません。
子供の頃は家につららが出来ていたのに、最近はつららなど見たこともなく、めったに雪も積もらなくなりました。
こうなったら自ら、雪のある街へ出かけようかと思う今日この頃です。
なんとなく載せてみた写真↓は日の入りです。雲が金色に染まって、すごく綺麗でした。

あけましておめでとうございます。ヤマガミです。
皆様、本年もどうぞ宜しくお願いします。
さて、新年一発目のブログですが、またまた、表題負けしそうなタイトルになってしまいましたが、柔らかく読んで下さい。
突然ですが皆様は写真撮りますか?最近では写真がちょっとしたブームみたいで、良く雑誌などでお散歩写真みたいな特集が組まれているのを目にします。携帯電話のカメラ性能の向上もあって、かなり身近な文化になりましたよね。デジタル一眼レフもかなり流行ってるみたいですし。テレビコマーシャルでカメラを宣伝しているのも、流行の証ですね。フィルムカメラの時代ではインスタントカメラの「写るんです」くらいじゃなかったでしたっけ?カメラのテレビコマーシャル。
ちなみに僕はほとんど、写真を撮りません(笑)いや、作品の制作には写真は欠かせないものなので、制作に入る時はそれなりに撮るんですが、日常では全くと言って良いほど、撮りません。携帯電話での撮影も余りしません。カメラ自体は数台所有していますが、年間のショット数はかなり少ない方だと思います。
おそらく、作家じゃない僕の友人とかの方が、よっぽど撮影してると思います。友人との食事や、旅行や、街で見かけた面白いものなど、皆さん結構色々撮ってますよね。日常の中に、写真というメディアは完全に溶け込んでいます。
いきなりですが、写真の本質って何なんでしょうか?
「それは、かつて、あった」?
うーん。ちょっと固いかな。(バルト先生、失礼しました!)
以前、別の写真論系の本で、「写真の本質はショットにある」という一文を読みました。その時はなるほどと思いましたが、ここまで写真が特別なもので無くなると、それさえも違うような気がしてきますね。「ショットにある」とは、シャッターを押すことという意味で、富士山を見に行って、富士山を見ずに、富士山の写真を撮ってる人が多く、帰ってから、その時撮った写真を見ることはあまりないよ、ということだそうです。でも、皆結構見てますよね?リアルでの富士山も、写真での富士山も。
焼き増し/コピーという複製によって、写真から芸術上の一回性のアウラは消えましたが、それと引換に、いやそれ以上に、絶大な市民権を手に入れましたね。友人との食事が楽しいので、突然油絵を描き始める人とか、ディズニーランドへ行ったので記念に、木彫するよ!なんて人、見たことないです。いたら面白いですけど。
写メールや、ブログの発展で、さらに写真の年間ショット数は増加してゆくでしょうね。
一般論での写真は、完全にコミュニケーションツールとしての第二の人生を歩んでいるように思います。シャッターを押すだけで、面倒なピント合わせや、露出の制御などは、すべてカメラがやってくれますので、楽しいと思った時や、面白いと思ったときに瞬時に、撮影ができ、画像が残せるのは素晴らしいことじゃないですか。市民権を得て当然。それが、良かったのか、悪かったのかという問題ではなくてです。芸術としての写真は?という問題も置いておいて、とにかくそのお手軽さは他の芸術のメディアには無いでしょう。鑑賞者側にも、制作者側にも、瞬時になれるのですから、たまげたものですよ。
と、ここまで写真というメディアの持つ、懐の深さというか、手軽さや利便性を再認識した文章でしたが、今回は写真画像なしのブログでお送りいたしました。
次回は、何か撮ります。
写真。

あけましておめでとうございます。
年末から年始にかけて、忘年会やクリスマスなどイベント事が盛りだくさんで、あっという間に三箇日が過ぎてしまった感じです。
が、この年末年始というのは、いろいろ考えることのできる季節でもあるなあ、とつくづく思いました。
ひとつは、懐かしい友人に会うことも多い時期ということ。もうひとつは、家族と過ごす時間も多いということ。そして何より、なにかしら「節目」ということ。
12月31日から1月1日に変わるだけなのに、なぜこんなに大騒ぎするのでしょうね。(自分も含め)
同じように今だって、今日から明日に変わる瞬間、もしくは今この瞬間と次の瞬間、次々とめまぐるしく時間は過ぎ去っているのに...。
いつもいつも「瞬間」を気にしていたら、生きていけないのは事実。時折、なにかしらの「節目」で、意識するくらいがちょうどいいのでしょうね。
で、我々作家が日頃強く意識するものの一つに「締め切り」があるのではないでしょうか。作品を完成させなければならない期日というものです。
僕は今、京都嵯峨芸術大学というところに勤務しているのですが、4回生たちはこの時期「卒業制作展」というとても大きな期日に追われています。彼らを見ていても、自分の学生時代を振り返っても、この時期のこの密度は、とても貴重だと思います。物理的に同じ時間であっても、時間にも密度というものはあって、過ごし方によって内容は全然異なるものになります。作品というのは、単純計算できる作業量ではなく、時間の密度の濃さによって左右されるものだとつくづく思います。見応えのある作品と、薄っぺらい作品の違いは、そこに歴然とあらわれるのでしょう。
そのためにも「節目」というものはなんだか役立つみたいで、時折気になる存在なんでしょうね。
新年ということで気持ちも新たに、さて、今年はいかに濃く過ごそうか。たくさん見て、たくさん聞いて、たくさん考えて、そしてたくさん作ろうと思います。
皆様にとっても、濃い一年でありますように!!
あけましておめでとうございます
あっという間に2010年になってしまいました。
特に年末は時間の過ぎるのが早いですね。
最近特に感じることですが、年末になると1年過ぎるのがとても早く感じますが、
例えば去年の2月の展覧会などをピンポイントで思い出そうとすると随分と昔のことの様に思えてきます。
そういえばあの時はあんなことを考えながら制作していたなぁと、
まるで他人がやっていたかのようです。
それが日々成長しているということなら嬉しいのですが・・・
さて、年始早々昨年の話で恐縮ですが、12月は金沢に行ってきました。
目的は21世紀美術館でやっているオラファー・エリアソンです。
オラファーの大規模な展覧会を見るのは初めてだったのですが、各部屋を大胆に使った展示は流石です。
光という要素を様々な角度から捉えたバラエティーに富んだ見せ方に色々と学ぶものがありました。
そんな感じに展覧会を見終わった後、何気なく21世紀美術館のカフェレストランに入ったのですが、ここの料理がオラファーの展示に匹敵するくらい美味しかった。
あんなに料理に感動したのは久しぶりです。
何故今までスルーしてたのかと、あんなに過去の自分を悔やんだのも久しぶりです。
特にスープが凄かった。あれは薩摩芋かな
そんなスープを味わいつつガラス越しに見えた美術館の庭を通る地元の人々がとても羨ましくなったのは言うまでもありません。
下の写真は金沢に行く途中、標識に書かれてあるのを見てこれまた何気なく立ち寄った東尋坊。
長い時間をかけて自然がつくった風景というのはやはり圧倒してくるものがあります。
この風景を見ながら食べたイカの姿焼きも美味しかった。
感動というのは至る所に潜んでるんだなぁと、そんなことをぼんやり思った旅行でした。
何気なくというのが案外大事なのかもしれない。
あ、それから1月9日からstudio90にて通算4度目となる展覧会が行なわれます。
今回の作家はメンバーの泉洋平君です。
かなり気合の入った素晴らしい展示になってます。
1/9(日)~31(日) 土日祝のみオープン
開廊時間13:00?20:00
但し1/16(土)は休廊です
一人でも多くの方に見てもらいたい展示なので、是非足をお運び下さい。
それでは、今年が皆さんとって良い年でありますように

