
横浜 - 京都
2回目のブログです。桑折です。
先日、横浜にいってきました。
10年度と11年度の公演の計画と打ち合せだったのですが、
横浜在住20年のアートマネージメントを仕事にしている方に横浜を案内してもらいました。
時間にしては、数時間だったのですが、やはり、単に外から訪れて見るのと、そこで生活している人と話しながら見るのとは全く違う経験でした。
主に横浜の関内地域(みなとみらいとかあの辺です)を回っていたのですが、いわゆる観光地化されている「関内」とその外側にある「関外」とに地域は二分されていること。そして、関内での仕事をすることで、関外の人達の経済は支えられていたりすること、などの話しが印象的でした。
横浜は今、産業と文化をミックスして、新たな都市計画を実行している真っ最中で、都市のポテンシャルをフルに活かして、外から様々なものを呼び込もうとしている感じでした。うらやましいと思うところあり、考えされることもありと、色んなことへ思考を飛ばしながらの横浜視察だったのですが、特に印象的だったのは、立派な西洋様式の近代建築が多いことでした。
それは、逆に京都の特殊さを改めて感じさせられるものでした。京都の街で感じる歴史と横浜で感じる歴史、この違いは圧倒的なものです。それは僕にとって、大戦前後の時間はまだなんとか繋がれる感覚はあるが(近代建築は戦後に建てられたわけではないですし、戦後のものは現代建築となるようです)、それ以前のことになると、もうどうしようもないくらいの距離を感じているのだなと強く再認識させられることでありました。そこの線引きがあることを認めつつ、その歴史感覚への認識を一度疑うことも必要ではないか?これは勉強し直さねばならんと思ったのでした。
このようなことを考えつつも、いざ作品の構想に入ると、まだなかなか接点を持ちえません。
作品の表現でいきたい到達点と、社会的なことや歴史への言及というのは、僕にとってどこかで相反するものでもあるのです。
歴史をモチーフに作品を作ることはOKでも、それが目的になることはないからです。
どちらかというと、それらの枠組みが作品の中で解体され、その奥に潜んでいる人間の本質的な部分に触れたいと思うのです。
何か歴史を捉え、それを俯瞰的に見ることはいくらでもできるけれど、作品がそれを解説したり、補完したりするものであってはならないし、だからこそ、作品がどのような力を持ち得るのかと問い続けなければいけないなと。
そんなことを考えながらも、来年度の計画を「今」具体的にたてなければならない「舞台芸術」のもどかしさを感じている今日この頃です。
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