
1ヶ月早いですね。水野です。
さて、私は1年の間で一番好きな撮影時期があります。それは今の季節、秋です。
秋は夏から冬に移り変わる季節なので、風景の変化が一番良く見られる季節です。
なので思わぬ出会いのある季節です。後気候的にあまり暑くなく、寒くないので動きやすかったりもします。
逆にあまり撮影をしないのが夏です。理由はやはり暑さ。
立ってるだけで体力を奪われます。
しかし、今年は10月に個展があったため夏に遠出をしました。
長野、愛媛~高知、鹿児島~大分と行きました。
鹿児島~大分は予定外の事がおこり散策する事になったのですが、それはまた後日書かせて頂きます。
18切符や夜行バスで現地に行き、レンタカーを借りて道の駅で車中泊。
今年からですが車中泊で何日かかけて撮影をしました。
なのでハマってしまったのが温泉ですね。
一日中撮影場所探し回っているので、やはり疲れがとれます。
少々ジジ臭いですね。(笑)
最近、TVで珍百景なる番組がやっておりますが、撮影をしてるとそのような物に出くわします。あくまで自分視点ですが。これはとある無人駅で撮ったもの。

何かシンメトリーなっており、顔に見えませんか?
遠出をするとこんな物に遭遇する確率か高いです。投稿してみようかな?
私が作品に使う風景も自分の中では珍百景を見つけたという感覚に近いのかもしれません。
しかし遠出して思ったのですが、世界規模で見ると日本は小さな島国ですが、まだまだ自分の知らない風景があります。そう考えると日本の広さを感じます。自分は一生のうちどれだけの風景を見る事が出来るんだろうかと、ふと思いました。
一ヶ月って早いですね。
前回ブログリレーで紹介させてもらった[*Planetica vol.04]。出演者が新型インフルエンザに感染したり、あてにしていたスタッフのおじいちゃんが危篤になったり、気がつけば僕10月休み無しやん、とか、いろいろあって気絶しそうになりつつ(いっその事気絶してしまいたいと思いつつ)最後は気合いとひらきなおりと結果オーライでなんとか無事終了しました。お客さんも大入でよかったよかった。ご来場いただいたみなさま、ありがとうございます◎
11月に入って、少し時間の余裕ができて、12月にニュートロン東京で開催されるグループ展「星に願いを」の制作にとりかかっています。
最近は*Planeticaの準備をしてたり、知人の内装工事の壁画制作の手伝いに行ってたり、実家(両親が陶芸をやってます)の手伝いで陶器の絵付けをしてたりで、自分の絵を描くのはずいぶん久し振りだったので色んな意味でドキドキしながら制作をはじめてみたのですが、なんだか自分でもあきれる位すんなりと描けて驚いています。以前はもっと手こずりながら描いていたような気がするんですが。いろいろ緊張する局面での作業が続いてたので、じぶんの絵を描くときくらいは自分のペースで楽しんでって感じがうまくいってるのかな?と。
写真は信楽の実家で僕が絵付けしたカップです。焼き上がりがたのしみ♪

ブログリレーの二回目が回って来ました。
この一ヶ月、なんだかあっと言う間でした。
他の皆さんがとても興味深いことを書かれているので、
自分の文章の短さ・内容のなさに少し焦りを感じております。
今回は何を書こう......?とりあえず、最近の制作の話を書きます。
この一ヶ月のあいだは、ずっと制作に追われていました。
12月に京都と東京両方のニュートロンで企画されるグループ展に
参加するので、その作品を制作しています。
(詳細はまたスケジュールのほうでお知らせさせていただきます。)
今回のグループ展は、京都のほうは0号サイズの作品展、
東京のほうは「星に願いを」というテーマがある企画展なので、
両方ともあらかじめ作品に制約があります。
これは私にとって初めての経験なので、自分の作品を
どう企画に沿わせるか非常に悩みました。
結果、前から描いてみたかったモチーフで企画内容にあう(と思う)ものを
描くことにしました。
なにげに新シリーズの作品です。
毎回新しい内容の作品を立ち上げる時は非常に緊張しますが、
もちろんワクワクもします。
私は作品を描く時、あまり完成図をかっちり決めないで描き始めるので、
ある程度描き進めるまでは作品の終着点が見えない時があります。
今回がまさにそれで、一度描き始めたものを途中でやめて、
一から構想を練り直したりもしました。
今やっと作品のだいたいの形ができてきたので、
あとはどんどん描き込んで完成度を上げていく段階に来ています。
不安が少し取り除かれ、そのかわり緊張感が増してくる段階です。
何枚描いても、何年描いていても、いつまで経っても不安や緊張感はあり、
それと一緒に「描きたいものが見えてくる楽しさ」も変わらずにあります。
それが今まで制作を続けて来れた一番の理由なのかもしれません。
今回はアトリエの様子の写真を載せてみます。
部分なので分かりにくいですが...。。
こんにちわ。ヤマガミです。
このサイトでも告知させていただきました、同志社大学京田辺キャンパスでの「Mirage展」もおかげさまで良い展覧会になりました。この場をもちまして、展覧会に関係していただいた、同志社大学S-CUBEの皆様、学生のスタッフの皆様、企画者の宮下忠也さんにお礼を申し上げます。
おかげさまで良い展覧会になりました。
で、今回のブログはその展覧会の感想、ではなく、実は全く関係がありません。まぁそのお話はおいおいします。
さて、僕は昔から自分の中で、勝手な展覧会のランキングみたいなものがありまして、今年(2009年)は春先に東京のエルメスで展示してましたジャネット・カーディフ展が、満塁ホームランでして、「まぁこれを超える展覧会は今年は無いだろうな」なんて、勝手に思っていた次第です。もちろん、自分の中でのランキングでです。見られた方も居られるとは思いますが、そのジャネット・カーディフ氏の作品はサウンドインスタレーションで、15分位の作品でした。結構長い目ですね。何だか、あまり良くない事ですが、作品を見る時に自分の中での処理というか解釈が、年々速くなっていってるような気がします。大体は30秒くらいで、「この作品はこっち系」なんて、生意気にもカテゴライズしちゃってるわけです。カテゴライズしちゃうと、処理時間が早くなってしまうんですね。特にあまり興味が湧かないものや、今の自分には必要無さそうだと思うと、見るのをやめちゃいます。
いや、駄目ですね。分かってるんですけどね。
で、そのカーディフ氏の作品は、非常にシンプルな作品でカテゴライズも一瞬で出来たんですが、その作品の世界観に没頭してしまって、結局、頭真っ白な状態で3周、見ました。45分です。鑑賞時間。まぁ、その感想は色々あるのですが、作品の話ではなくて、その自分のツボにはまった時に、恐ろしく頭をかき乱されると言うか、入り込んでくると言うか、とにかく凄く引き込まれるんです。美術作品って。そのアートパワーを感じた時に、「あぁやっぱ美術だな」なんて思ったりしてるのです。そして、ランキングインしてきます。その、展覧会。何度も言いますが、自分の中での年間ランキングです。
そして、 先月ウィリアム・ケントリッジ展に行きました。
ウィリアム・ケントリッジ展に行きました。
ケントリッジ氏の作品は随分昔に見たと思うのですが、はっきりと印象には残っていなくて、「見たよ」という程度でした。若造だったんですね。まぁ、僕は美術作品は、極端に言えば日替わりで趣味が変わってもおかしくないと思ってるので、その時はピンと来なかったのでしょう。特にポリティカルな作品などは、自分的にはなかなか噛み砕く事が出来なくて、いつも消化不良みたいな感じになってしまいます。さらに、自分でも映像の作品を制作しているくせに、映像作品はものによっては見るのが辛かったりします。特に、長いのが。キャプションに「ビデオ、50分」なんて書かれていたら、うーんってうなりますね。
これも今年の春先だったと思いますが、東京国立近代美術館で「Waiting For Video」なる展覧会がやってまして、大好きなブルース・ナウマン氏も展示してあるし、60年代からの映像作品がそろいにそろっているので、ウキウキ気分で見に行きました。しかしこれが各々の作品が長くて、結局ヘロヘロになりながら見ました。アトリエを歩いている映像が50分。。うーむ。その内容は良かったんですが、なんせ、疲れました。ちなみにこの展覧会、印象にはかなり残りましたが、残念ながらランキング入りせず。
それで、ケントリッジ展も、鑑賞に時間がかかると聞いていたので、気合い入れて臨んだのですが、気づいたら閉館って感じでした。あっという間の3時間。疲れたけど、ヘロヘロまでにはならず。逆に頭の中に、ずっと彼のドローイングが動いてました。これは、カーディフ展の時のような感覚とは別の感覚で、ケントリッジ展では消化不良のまま、でも何かが鮮明に残っているのです。消化不良なので、まだすぐに順位を決めれませんが、確実にランクインですね。この展覧会。
ポスターもカッコいいですね
僕は、美術作品の持つアートパワーが大好きで、何か疲れが飛ぶというか、気合いが入るというか、何かが自分の中に入ってくるというか、とにかく、空腹が満たされる感じになるのです。 良い展覧会を見た後はいつもこんな感じです。
いつまでもぐるぐるとその展覧会の事を考えてしまいます。で、そのままランキング選考委員会が自分の頭の中で始まります。
今回は、自身の制作の原点と共通する(?)小学校時代の作文について書きたいと思います。
前回の記事で事物の「密度」に興味があるということを書きました。現在の制作テーマをひとことでいうならば「遍在する宇宙」です。これはどこにでも、「宇宙」はある、という意味のもので、たとえば私たちの体内の細胞もそこにはそこのある種の「宇宙」が存在する、というような感じです。
俯瞰的に眺めたり、肉迫したりすることで、同じ対象物でもちがった見え方をします。スケールが変われば、同じものでも存在感や価値観が変わることもあります。そういったことについて、小学性の時に作文に書いた記憶があります。細かな言い回しや、内容は覚えていませんが、概要は次のようなものです。
『おなじ学校の友だちに、「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「どこそこの何丁目」とか「○○のとなり」とか言うと思う。
隣町の人に「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「枚方市」と答えると思う。
他府県の人に「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「大阪府」と答えると思う。
外国の人に「どこに住んでいるの?」と聞かれたら、「日本」と答えると思う。
もし宇宙人がいて同じ質問をされたならば、僕はきっと「地球」と答えると思う。』
これはたぶん世界平和について書いた作文だったと思いますが、今思い返すと、現在の制作テーマの根幹となっているような気がします。
これは大学3年生時の作品「ビバラビ」です。
上記作品の部分写真です。

全体を見ると、草むらに靴がおいてあるだけに見えるのですが、細部を見ていくと様々な虫が描きこまれています。ある虫は食べ物を運び、またある虫は他の虫を食べ、あるいは食べられ、またある虫は産卵し、、、というように壮大な命の営みが、人間のスケールより小さい世界ではおこなわれている、という作品です。
先週の土曜日、水島(倉敷)に、倉敷での展示に使用する廃棄物の収集に行きました。
ここ1年半以上定期的に倉敷に通っています。
現在大原美術館での展覧会の作品を制作中なのですが、
企画の話をいただいてから、世の中の状況も僕の状況も大きく変化しました。
水島は倉敷市の中南部に位置し、特に高度成長期に栄え、
現在でも日本有数のコンビナートとして岡山県の経済を支えている町です。
故郷の愛媛県新居浜市に近い環境の水島で作業できることは本当に刺激になります。
下記の写真は今回の展示のためにストックしている材料です。
(水島の一般廃棄物・産業廃棄物収集業者のリサイクルファーム内)↓




