
バンクーバーオリンピックが終わりましたね。フィギュアスケートが好きなので、最後のほうはかなり熱く見ておりました。
と言いつつ、今回の日記はオリンピックとは全く関係のない話です。
油絵に伴う問題(?)の話を。
油絵を描いたことがある方は分かると思うのですが、制作中はかなり油の匂いが充満します。
決して体に良いとは言えないし、嫌な人にはキツいものがあると思うのですが、私は元々この匂いが嫌いではなかったりします。逆にわりと好きかも...?と思うくらいなので、狭い自宅のアトリエでもわりと平気でいられるのです。
そのため、ついつい怠ってしまうのが部屋の換気。とくに寒い冬は窓を開けたくないのでそのままにしてしまうのです。。
こないだ、ついにそれが災いしました。
最近F100号サイズの作品を制作してるのですが、大きい面積全面に絵の具を塗ったまま、換気せずに放っておいたのです。そしてアトリエとは別の部屋でゆっくりしていると、突然部屋の警報器(ガスもれなどを知らせるもの)が鳴り出したのです。
初めてのことだったので、かなり驚きました。しかも警報機が言っている言葉をよく聞くと、「空気が汚れています」とのこと。そんなに空気が汚れているのか...!となんだかショックを受けました。そして近所迷惑ではないかとヒヤヒヤしました。(かなりうるさい音が鳴ったので)
それ以来、換気には気を使うようにしています。
ただ、それだけの話です...たいしたネタがなくてすみません。
ちなみに前回の日記で触れていた、欲しかったトイデジカメをついに購入したのですが、ネットで注文していてまだ届いていないので、今回の日記に間に合いませんでした。次の日記にはそのカメラで撮影した写真を載せれるかな?と楽しみにしています。
こんにちわ。ヤマガミです。
気がつくと、もう3月。2010年の1/4を消費してしまいまいました。時間が高速に過ぎて行きます。
3月3日から同14日まで、大阪の阪急百貨店 メンズ館にて作品を展示しています。「TASTING ART EXHIBITION」というイベントです。あまり、宣伝がなされていないのか、知らない人も多いみたいですが、100点あまり色々な作家が作品を展示していますので、お近くに行かれた際には、ぜひお立ち寄り下さい。僕は1点、映像の作品を展示しています。1階です。
TASTING ART EXHIBITIONより。大阪へ出た際には、ぜひ。
この展示の準備やら、搬入やらで、最近バタバタと動いておりました。で、今、東京に居ます。
当然用事があって東京へ来てるのですが、度々東京へ出て行ってるわけではないので、いつも来るときは、撮影や、美術館・ギャラリー巡りなど、様々な用事を詰め込みます。
天気予報では全国的に雨。今日も明日も。。新幹線で東京へついたら、やっぱり雨。うーむ。自分はてっきり晴れ男だと思っていましたので、少々がっかりしました。昼間に少し撮影をしたかったのですが、雨降ってるので、予定変更で、ちょっと早い昼食をとりました。で、ゆっくり食べて、外へ出ると、晴れているではありませんか。いそいそと、撮影の準備をして、ちゃっちゃと撮影を済ましたところで、再び雨。
なんというか、嬉しくないですか?こうゆうの。本当に神様っているんじゃないかと思ってしまいました。
なんて、日常の些細な喜びを噛み締めながら、毎日を過ごしております。
ちなみに夕方にも、もう一度撮影に出たいので、どうか神様、よろしくお願いします。
奇跡的に晴れました。
撮影といえば、僕はデジタルの一眼レフを持ってないのですが、知り合いの方から、今、デジタルカメラを借りてまして、今日はそれで撮影してるのです。知っている方も多いとは思いますが、今の一眼レフは、ムービーも撮れるやつがあるので、試しに動画を撮影してみました。これが、ちゃんと撮れるんですよ。ちゃんとと言うのは、僕はてっきりおまけみたいな機能だと思っていたので、びっくりです。普段はでかいビデオカメラを使っているので、それと比べれば、軽いし、写真も映像も撮れて一石二鳥だし、素晴らしいの一言。日本企業バンザイですよ。
侮れないおまけと言えば「ビックリマンチョコ」もそうでしたね。僕もチョコ捨て人の一人でした。アラウンド30才の人ならわかってもらえるはず。そのビックリマンカメラから、新作が生み出されるかどうかは、やっぱり、天候の神様に左右されます。
神様、よろしく。
ブログリレー、2回目の書き込みは名古屋からです。
日本の舞台芸術業界が忙しいのは、一般的にも「芸術の秋」といわれる
10‐11月と、そしてなんと言っても年度末の3月なのではないでしょうか。
地点の公演を3月に企画したことは、実はまだないのですが、
地点の代表である三浦に外部の劇団やプロダクションから演出の依頼が
あるのは、不思議なことにこれまで必ず年度末の公演でした。
演劇は、一人では絶対にできない表現分野ですので、作品を発表
するには、劇団やカンパニーをつくるか、あるいはその都度ごとに
人を集めてプロデュースするか、そのどちらかになります。
普段は劇団で活動していても、ときどき「外」からお声がかかったり
するのはその為です。
集団でしかできない表現でありながら、個人としてどう活動するか、という
ことも問われる、独特のジャンルなのだと思います。
今回は、名古屋の老舗の劇団、うりんこさんからお声がかかり、東京公演が
終わったその足で、三浦は名古屋入りしました。
その本番がいよいよ今日から始まります。
「劇団うりんこ」は、主に児童・子ども向けの作品をつくり続けてきた
方たちなので、今回の作品の基本コンセプトは、「子ども劇」です(!)。
ただ、原作からしてが、太宰治の『お伽草紙』ですので、一筋縄にいかない、
ずいぶん大人な作品に仕上がったという印象があります。
「大人もいっしょに楽しめる子ども劇」、というよりむしろ、
「大人だけが楽しめる子ども劇」という、風変わりな作品になりました。
『お伽草紙』は戦争中、検閲の目と戦いながら太宰が書いた小説で、
『瘤取り』『カチカチ山』『浦島さん』『舌切り雀』と、誰でもが知っている
おとぎ話を、防空壕の中で、父が娘に語るという筋立てです。
けれどもそこで語られるのは、おじいさんとおばあさんの関係性から
透けて見える「夫婦」という問題であったり、美少女に惚れたブ男の悲劇
を通して見える恋の残酷さと「ダメさ」加減であったり、全篇シニカルな
笑いと批評精神に満ち満ちているのです。
小説だけでも十分に楽しめる作品が、戯曲化にあたって劇作家・永山さん
の手が加わわり、太宰治その人について考える作品になりました。
『お伽草紙』だけでなく、太宰治の小説をコラージュしてつくられ、
小説という虚構、演劇という虚構を通して、作家のリアルに肉薄する、
力作に仕上がっています。
・・・と、ここまで書いて、いつもの地点の公演とは、やっぱり随分違うな、
と思います。原作があるとは言え、新作書き下ろしを演出すること自体、
三浦にとっては久しぶりの仕事ですので、当然と言えば当然のこと
かもしれませんが。
地点では、地点という集団で作品を発表していますが、個人として
引き受けた仕事だからこそ、「三浦演出」を楽しめる作品になって
いるようにも思います。
演劇はいろんな人の手が加わり、さまざまな要素の掛け合いでできれ
いくものなので、戯曲を楽しんだり、演技を楽しんだり、空間構成を
楽しんだり、とさまざまな楽しみ方ができます。
もちろんそれらを総合的に体験できることが、舞台の醍醐味です。
地点という劇団がこれからもいろいろな作品をつくっていくために、
個人のレベルでの仕事の様子を、いつもとは違った角度で見られる
このような機会は、なかなか貴重だなー、と思うのでした。
なかなかの力作に仕上がった本作品、お客さんにどのように受け止め
られるのか、わくわくしながら本番を待っています。
(文責:制作・田嶋)
公演詳細はこちら
劇団うりんこ http://www.urinko.jp/pg127.html
先日、友人宅に作品を納品(?)してきました。
ずいぶん前からの約束だったのですが、やっと果たせて、ホッとしています。
依頼されてから作品をつくるというのは、作品をギャラリーに展示して、展示した作品が売れるというのとは少し異なります。
ちなみに、依頼というのは、以前展覧会のDMをつくってもらったので、そのお礼を作品で、ということでした。
で、話をもとに戻すと、依頼制作なんですが、なかなか難しい...です。作家さんによって意見は分かれるところな気もしますが、僕は基本的に依頼制作は「OK」だと思っています。もちろん、なんでもかんでもというわけではないですが。今回の場合は、作品内容は全面的に任されていたので、比較的ラクでしたが、描く前から人の手に渡ることが決まっているというのは、妙なプレッシャーを感じます。まだまだ、甘いのでしょうねぇ。
しかしそれよりも、ギャラリー等とは異なる、「生活空間」に作品を展示できるということに興味が湧きます。壁の状態をチェックして、物理的な展示方法を考え、サイズやパネル形状などを考えていきます。生活する人の動きも要素に含まれます。決して作品を鑑賞するための空間でなないのです。つまり、作品が「1番」ではなく、あくまでも「脇役」なのかもしれません。
なかなか難しいですが、「主張し過ぎず、かといって何も感じないのとは違う」という作品の状態は、ある種、僕自身が理想としているところでもあります。
さて、具体的に今回作品を展示した場所は、屋根裏部屋の階段部分の壁面という、ちょっと変わった場所でした。部屋自体は、なんか秘密基地みたいで、居心地のとてもいい空間です。
作品は、作品のみで存在するのではなく、展示される環境との関わりによって存在する、みたいなことを大学院時代の論文で書いたのですが、まさにそうだなあ、と感じました。いまいちど、このあたりを掘りさげて今後の制作につなげてもおもしろそうです。
「油絵のいい匂いがする」、というメッセージとともに素敵な写真が送られてきました。
そもそも何よりも、自分の作品を気に入ってくれる人がいることに感謝!!

1月2月と続いていたstudioでの展示も無事終わり、
まぁ私の展示ではなくメンバーの作品だったのですが、
色々と巻き込まれてバタバタしている内にもう3月です。
え?もう3月?です。
そんなバタバタしてる間、制作の片手間で気になってた本をいくつか読んでました。
その中で一番最近読んだのが村上春樹の「1Q84」でして、迂闊に手を出したのが悔やまれるくらい嵌ってしまいまして、
久々にハードカバーを一気読みしてしまいました。
ただものすごく気になるところで終わっていて、春樹フリークに言わせるとあの終わり方でもアリらしいですが、
私としては4月にbook3がでるから良いようなものの、あのまま終わられた日には気になり過ぎて夜も寝れずに昼寝してしまうところです。
とまぁ、冒頭でもう3月?とか書いときながら4月が待ち遠しいという話は置いといて、
その「1Q84」のことを少々。
「1Q84」はその名の通り1984年の東京を舞台として物語が進行するわけですが、文章中の街の描かれ方と、
私が当時の東京をよく知らない為に上手く想像出来ないことが相まって、現在の東京とあまり大差ない風景を思い浮かべながら読んでしまえます。
高速道路は通っているし、高層ビルも建ってます。東京は当時でも充分都会です。
ただ、あの時代に確実になかったものがあって、要所要所の描写でそれを強く意識させられます。
それは何かというとインターネットと携帯電話です。
例えば、主人公が過去の事件を調べるのに図書館に行って新聞の縮小版を読み返すシーンが出てきます。
今だったらクリック1つで終わらせてしまえる描写です。
頭の中では現在の東京とあまり変わらない風景として話が進んでしまっているだけに、
そんなシーンが出てくる度にそこだけ時間が逆流してはるか昔の話のように感じてしまいました。
街の風景や主人公の日常はリアリティを持って読めるのに、
何かを検索したり人と待ち合わせをするシーンが出てくると途端にリアルに感じれなくなってしまいます。
何故そうなってしまうのか、悶々と考えてみると、
改めてネットや携帯が私たちの感覚に与えた影響は大きかったことに気付かされます。
もはや、それらがない生活をリアルに考えられない。
しかも自分では無自覚の内にそうなってしまっている。
これはなかなかに恐いことであります。
1984年と言えば、私はもう生まれています。
ちょうど1歳くらいで、飛行機モノマネがマイブームとなっており、
必要以上に飛行機のポーズで写真を撮られていた時期にあたります。
お世辞にも飛行機に見えるとは言い難いですが、なかなかの背筋を持っていたのだと伺わせるポージングです。
そして、私がネットと携帯を手にしたのは17歳くらいだったと思うのでちょうど10年程前になります。
少なくても生まれてから10年前までの17年間は、1984年のような生活スタイルだったはずで、今もまだ以前の経験の方が長いはずにも関わらず、そう感じてしまうところにある種の恐さがあります。
まるでビッグ・ブラザーみたいだと、そんなことを考えてしまいました。
なにやら飛躍した上に悲観的な感想になってしまいましたが、本はとても面白かったので是非。
この10年間で、ここ半年間が一番体調安定しません。
常に風邪を引いているような倦怠感があります。
昨日は午前中~午後過ぎまで廃棄物の塗りなおしをし、
塗装作業が完了しました。
展示の前にはいつも展示の説明が客観的にできるように文章をまとめます。
今回の作品は演出的な要素が少ないということもあり、極度に慎重に言葉を選んでいます。
常に考えていることなのですが、
僕はほとんどの場合、作品は"自己表現"ではないと考えていますし、
最近では自分の制作しているものに対して"表現する"という言葉をなるべく使わないようにしています。
例えば僕は風景を描く画家は、自己ではなく"風景=世界"を表現していると捉えていますし、
描く過程において画家自身の自己が表出している(もしくは意図的に表出させている)ならば、
それは"自分と世界のつながり"そのものなのではないかと考えています。
特に僕の場合、風景へ直接アプローチすることが多く、それは自己表現ではなく、
世界そのものへのアプローチだと認識しています。
(そのとき風景にアプローチすることで自己を導き出す結果になったとしても、それは主体ではありません。)
また、僕の制作のプロセスとして、先ずあまり整理せずに、
物質として形にし、物質そのものについて「何を感じるか/どのように見られる可能性があるか」ということや、
制作プロセスについて「自分がこの物質をどういった立ち位置で扱っているのか」ということなどを、
長い時間をかけて分析/考察することで作品として提示すべきかどうか精査していきます。
精査すると言っても、客観的なイメージをコントロールしようとするわけではありませんし、
この場合"表現"という言葉の意味(内面的なものを、外面的、感性的形象として客観的な形あるものとして表すこと)
を考えれば、客観化は結果なので"表現する"という言葉は適切でないように思います。
廃棄物を銀色に塗装した作品は いろいろな角度から、世界のつながり
に、(言葉にできないことも含めて)実感を与えてくれるものです。
このことに関しては、まとめて何かの機会に掲載できたらと思います。
以下、廃棄物の配置図の一部です(縮小しています)。
位置の調整をしながら、繰り返し描き起こしたり、修正します。
プランは現場である程度崩しますが、内部を構想して設置するのははじめてです。


小泉明郎
「A LOVE SUPREME / 至上の愛」
Gallery RAKU
撮影日 2月12日、13日
5年前、アムステルダムのアーティストインレジデンスへ面接に行った際、当時の滞在アーティストであった小泉さんには大変お世話になった。面接の前日、みんなで餃子を包み、煮て焼いて、白米の黄金コンビの夕食をいただいた。緊張と貧乏でろくな食事をしていなかったのでこれは大変なごちそうになった。結果不合格ではあったけど、いい思い出になった。
以来お会いする機会もなかったが、今回の展示に伴うパフォーマンスと、浅田彰さんとのトークイベントの記録撮影を依頼され、というか半ば志願して再会する事ができた。せめて恩返しではないが、2日間みっちりと撮影させてもらった。
これまで制作されてきた「男たちのメロドラマ」、実在の人物を小泉さん自身が演じるパフォーマンス作品の三作目は、京都、金閣寺を炎上させた僧、また市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹、介錯された三島由紀夫をモチーフに制作されている。
暗い現場(会場という響きが似つかわしくない)には、粘土製の三島の生首がころがり、僧侶(おそらく)のマスクが釣られ、中央には割腹用の畳が二畳、短刀や粘土が準備され、奥に日の丸の祭壇とスクリーンが設置してある。
パフォーマンス記録用のビデオカメラが三台設置してあるが、これは制作/記録とともにライブでパフォーマンスの一部にもなる。
介錯人と観客が君が代を唱い、小泉さんは祭壇に向かいマスクを冠る。
切腹場に座る小泉さんのちょうど男性器の場所に粘土をこねくり回す台がある。ハンディカムがアップでその粘土を撮影し、もう一つのビデオで撮られた小泉さんの頭部とともに後方のスクリーンに映し出される。口中にしこまれたマイクから爆音でノイズ化された声が響き渡り、主人公は粘土を性器に見立てマスターベションを始める。後方のスクリーンでは粘土と小泉さんの頭部が重なった映像が流れており、観客には自分自身の頭をいじり回してエレクトしている様が見える。時折言葉にならないうめきのようなアイシテイマスが響き、絶頂の中、金色のラッカーが『性器』にぶっかけられ、潤滑油の様なヌルヌルした着火材でさんざんいじり回された『それ』に火が着けられ、匕首で切り取って祭壇に生けて演目は終わりである。
言葉では全然つまらないので是非会場で拝見していただきたい(と思ったら会期は終わってしまった残念、またの上映を是非ご覧いただきたい)。
NGとは虚構から素に立ち戻る地点で、通常は笑いどころである。上演中、手に着いた着火材に火が回り、小泉さんも結構慌てているように見え、また陰毛の焦げる臭いまでが立ちこめてさすがにヤバいかな、と思わされたが、続行された。私は笑いをこらえつつシャッターを切り続けた。同時に思うのは、このヤバいという感情、中断し、興奮やら何やらの虚構が一挙に断ち切られ、やっぱりな、という素に戻る感覚、もしかしたら救済措置かもしれない。これが美意識として出来なかったのが三島由紀夫ではなかったか。あげく失笑も意に介さず素に立ち戻れず(戻る必要の有無は知らないが)、腹を切って死んでしまった。
もう一つ、後編であるがトークイベント。
浅田彰さんとのトークは三島論で盛り上がったが、途中の質疑応答で厄介な親父にマイクが渡ってしまった。そこで小演説を一席始められたのである。たいした内容ではない、今の日本はいかんだの、正しい歴史認識だの、首相の子供手当はなんだの、司馬史観好きの親父で、なんの疑問もなく固定した価値観でただこの場で演説ぶりたいだけの親父だ想像に難くないだろう。会場のなんとも嫌な空気を想像されたい。誰かが制止するんじゃないかと思った。
浅田彰は大人である。長ーい質問(という演説の)後、その司馬好きの質問者のメンツもつぶさずさらっと流し、状況を立て直す。三島のアンチとしての司馬→新撰組血風録→映画御法度→男同士の友情の様な性愛とそれって三島の楯の会ですよねと、話を広げる抜群のレシーブである。
対して小泉さんは何か違う目で見ていた。会場中がうんざりしていたが、そんな異物を相手に、前に来て演説を始めてくれと進めだした。積極的にこの異物を、美術が大好きなんですという観客たちとの一見真面目な状況に取り入れ、本来の目的から逸脱したシュールな場に変容させようとする、ような制作スイッチが入ったんじゃないかと思えた。うがち過ぎにもほどがあるな。
今回のパフォーマンスもそうだが、モチーフや演技の取捨選択のセンス(という横文字よりも異能とか特殊能力とかそんな類いだが)それが小泉さんの作品の魅力という所か。イベント終了後、小泉さんは真っ先にその親父に駆寄った。

京都オープンスタジオ2010
撮影日 2月14日
& Artの特集取材。
小吹さんの完璧なナビゲートのおかげで、なんとか一日ですべての会場を回る事が出来た。どの会場も変というしかなく、どうやって見つけてきたのかと思わされる物件ばかりである。モノを作る執着のある人たちは概ねこの嗅覚に優れている。また移動車中、小吹さんとも話していたが、この年代のこういった物件のショーの仕方は何かの主張、ではなく極めて現実の延長線上である事が感じられた。売れる事がずいぶん身近で明確に設定しやすい世の中になったのだとも思う。関係者も結構来ていたようだし、設定上の最終日もあってか大層にぎわっていた。
写真はAAS(田中英行さんの個展「空宙の∞〜忘却の果ての歴史α〜」)にて東西のギャラリー王、幕内さんと小吹さんのツーショット。幕内さんはいつもそうらしいが自転車で京都中を回られたそうだ。すごいな。
個人的には兼文堂スタジオの感じがすごく良かった。展示もとてもよく、拝見できてよかった。またGURAも以前お邪魔した時よりもかなり完成度があがっていた。取材都合でゆっくり出来なかったのが残念だ。

森川穣
「雨の降るを待て」
studio 90
撮影日 2月21日
昨年の募集案内チラシから関わっていた京都芸術センターの公募2010、出品作家の森川穣君の同時開催企画である。芸術センターでの展示は寺島さん、森川君、両人ともに空間を変容させ、好対照な展示で見応えがあり、また大変撮り辛い内容だった。詳細はいつかまた。
で、studio 90である。またも壁が黒くデジャブかと思ったが、これまでで最高に暗く撮影の難しい現実だった。
真っ暗な空間にいくつか天井から床にライトが落ちており、その先には水の入った器がある。よく見るとその横にも整然と器が並べられており、そちらには光も落ちておらず水も無い。暗いせいもあるのか空間がむっと湿気ている。
器の水は雨水と聞かされ、これは雨の日だけライトが当たっているという寸法だ。
3連続で器に光が落ちてそれぞれ水がたまっているのを見ると、天気予報の味気ない未来図とは違い、自身の記憶を辿って雨の体験を引き出す、経験した事のない微笑ましい感情がわいてくる。
ただ撮影には時間がかかった。LED光源は撮った事がないが、とても暗い。解放近辺でも10分程の露光時間になる。1カットとって微妙な構図の誤差や光の状態を修正し、撮影を繰り返す。ノイズが盛大に撮像画像に入りこみ帰宅後の編集も長丁場を予感させる始末である。
終わる頃には日が変わっていた。
写真はスタジオの屋根で雨水の入った器を変える森川君。作品はとても詩的な内容だが、深夜にこれは完全な不審者である。
ともかくもお疲れさま!