アーティスト紹介

上田順平

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INTERVIEW WITH UEDA JUMPEI 2010.04.26

作品について - 人間の思い入れの違いで、モノの意味が変化していくメカニズム

&ART(以下、&) : 焼きものを始めたきっかけについてお聞かせいただけますでしょうか。
ウラシマピーターパン 2009

ウラシマピーターパン 2009
Photo by Kazuo Fukunaga
Courtesy of imura art gallery

上田順平(以下、U) : 初めは学校の先生になりたかったんです。中学校、高校でいい先生に出会って自分の生き方を変えてもらった経験があって、その時「救ってもらった」と思いました。人の生き方を左右しかねない。そういう仕事にやりがいを感じていました。じゃあ「何の先生になろう」と考えたのですが、勉強が苦手だったので国・数・理・社、全部消去法で消えていって、美術が残ったので芸大に行こうと思いました(笑)。専攻は何でもよかったのですが、興味があったのがビジュアルデザインで、福田繁雄さん、亀倉雄策さん、田中一光さん、レイモン・サヴィニャックなど、パッと見て伝わり、さらに広がりがあるような、いわゆる“コミュニケーション型”のポスターが好きだったんです。そこでビジュアルデザインを受験したのですが2浪して、併願で焼きものを受けたら通ったので焼きものでいいかなと(笑)。最初は教職がほしいしとりあえず4年我慢しようと考えていたのですが、どんどんのめり込んでしまい今に至りました。
& : 今に至るまで制作を続けているモチベーションはなんでしょう。
U : 僕は昔から、単車に乗って遊んだり、だんじり祭りが好きで参加していたんです。それらには共通して、一瞬だけ自分が何かに溶け込むような“無”になる瞬間があるんです。普段は「今日の晩御飯は何を食べようかな」とか、「将来どうなるんだろう」というようなことをずっと考えているんですけど、その瞬間だけはそういったことを考えなくていいんです。それが制作をしているときにもあって、「その高揚感を味わいたい」ということがモチベーションとしてありますね。あと、制作と同時に発表も必要で、作品を介して人と会って話したり、作品から何か伝えたりというようなコミュニケーションは大事にしています。
& : 実制作の話になりますが、ポットなどのもともと実用性があったり、日常の中にあるものの機能を欠落させ、新しいイメージを生み出すという方法は独特ですね。
トラトラバラ 2006

トラトラバラ 2006
Courtesy of imura art gallery

U : 実用性と言うことはミソで、飾るということが実用性かどうかということは考えています。ポットも注ぎ口をとることで、もしかしたら新たな実用性を手に入れるかもしれない。デザインが良くなかったり、不快感を覚えたりするものは使えるとしても、使いたくないですし、逆に本来は使えないような、その辺におちている石でも「いいな」と思って、そこに何か自分が投影できれば、机の上に置いて飾ったりできるわけじゃないですか。“装飾”になることで実用になるような「人間の思い入れの違いで、モノの意味が変化していくメカニズム」はすごく面白いと思いますね。やはり“実用”ということはモノ発信でなくて人発信なんだなと。モノがどうであれ、それを実用的なものとして決定づけるのは、人間の欲望なんだと思います。特に日本は“見立て”なども昔から盛んですし。

& : 現在開催されている個展はパート1とパート2に分かれています。パート1の『帰ってきたウラシマピーターパン』は、ここ数年の作風を発展させたような感じに見えましたが、現在開催されているパート2の『カンゲン』は今までのスタイルと大きく異なる、極端に装飾を削ぎ落とした展示になりましたね。
オトコ 2010

オトコ 2010
Photo by Takeru Koroda
Courtesy of imura art gallery

U : そうですね。『ウラシマピーターパン』は「たくさんのものを等価にならべて混ぜ合わせ、そのものに対する愛着を増幅させることによって、もの自身のエネルギー、生命感を伝える」というものでした。今回の作品の制作のきっかけは埴輪(はにわ)を見たことだったのですが、自分が欲していた生命感を今までと違うアプローチで体現している例が埴輪だと思ったんです。僕は情緒や精神性といったものとは無縁の生活をしていたので逆に過剰に“表面性”というものを押し出してきたのですが、今回そういったことに少し意識を向けて制作してみようかなと考えました。そういったことに自分自身も、見る側の人も意識を向けてもらうためには、そこまで装飾は必要でないんじゃないかと。逆に形というものにあまりこだわらず制作する方が、見る人を引き込めるんじゃないかと思い “表現の余白”のようなものを作ろうと考え今回の作品を作るに至りました。
& : 上田さんの作品からは「変化していく自分を出し続ける姿勢」を感じますね。
U : 感覚的に「もうこれはしたくない」というのがあって(笑)。僕が一番大事にしているのは先ほどお話していた“無”になるという感覚なんです。それを手に入れたくて制作をはじめたのに、生きていくうえでの色々なことに作品を合わせていくと、話が違ってくるなと。僕自身も生きているという感覚がそのまま作品に反映されている作家というものにすごく惹かれるので。
上田順平さん

京都について - 京都は焼きもの表現のメッカだと思っています

& : 上田さんは2005年には京都市立芸術大学大学院修士課程を修了されていますが、なぜ同大学を選択したのでしょうか。
U : 大学を出るときはもう教師というのはやめようと思っていて(笑)。作家でやっていきたいと考えた時に、「もっと人に教わりたい」と思って大学院に進もうと思ったんです。京都芸大の焼きものは「焼きものの虎の穴」のようなイメージを持っていて、ある種修行のようなつもりで、京都に来ました。今でも京都は焼きもの表現のメッカだと思っています。
& : 大学院に入ってみて何を感じましたか。
U : 大阪芸大で学んできたことを、客観的に捉える事ができました。5人先生がいたのですが、5人とも違う方向性で仕事をしていたので、色々な角度から自分の作品について意見をもらえました。
& : 京都の街の魅力はなんでしょうか。
U : すぐに文化財を見に行けるところです(笑)。京都は地域全体が意識してそういったものを残そうしているのでいいものを見られる環境があるんだと思います。僕は日本文化を相手にしているので、京都の文化の懐の深さを感じることは多いですね。いつも本物が隣にあるから自分が「パチモン」であることを認識させられる。それは大事なことですね。

& : イムラアートギャラリーで展示をすることになった経緯を教えていただけますでしょうか。
岡本太郎の『遊ぶ字』展 展示風景 2009

岡本太郎の『遊ぶ字』展 展示風景 2009
Photo by Kazuo Fukunaga
Courtesy of imura art gallery

U : 井村さんに僕の作品のファイルを見ていただいたのがきっかけで、お会いすることになり、「一緒に仕事をしないか」とおっしゃっていただきました。その時ちょうど、岡本太郎現代芸術賞に応募していたときだったのですが、同賞の第一次審査は展示プランにより入選作品が決まるんです。展示プランを提出した時点では、作品は出来上がっていなかったですし、まさか一次審査を通ると思っていなかったので「一次審査を落選した時もこの作品のシリーズを無駄にしたくない、この作品群で今までとは違った場所、条件で個展をしよう」ということは考えていたんです。僕は自分の発表したものが売れる売れないに関わらず、自分の道しるべになると思っているんです。次の道しるべのためにも、これをちゃんとした形でどこかで見せたい、と思っていて本当に迷ったんですけど京都でやっていこうと思いました。

社会について - 未来を担う人、色々なことを見てきた人に見てもらいたい

& : どのような人に自分の作品を見てほしいですか。
U : できるだけ多くの人に見てほしいですが、あえて言うならば自分の周りというよりは、自分より年代が下か上の年代の人には見ていただきたいです。未来を担う人、色々なことを見てきた人に見てもらいたいです。
& : 社会においてアートは、どのような役割を持っているとお考えですか。
U : 父親が危篤で、病院の待合室で待っていたとき、真っ白な部屋になんてことない花の絵が飾ってあったんですよ。「この花の絵があること、ないことで、この空間の印象はどう変わるんだろう」と考えた時に「あってよかった」と思いました。その時までは美術なんて必要ないと思っていたんですけど、その時考えが変わりました。それがただの真っ白な空間だったらどんどん悪い方にしか考えなかったと思うんです。僕は美術って夢とか、非日常、無駄なことなのかもしれないと考えているんです。無駄なことかもしれないけどそれが存在しない現実は辛すぎて生きていけない。遊園地、テーマパークがあるのもそういうことだと思うし、そういうもののおかげでみんな日常を生きていけるのではないでしょうか。絶えず日常とそうじゃない世界の入り口のようなものは開かれていた方が、長い間暮らしていけると思います。それを誰がやるのかということとタイミングだけが問題で、質はそんなに重要じゃない気がします。

& : 今のアートと社会の関係性についてどのような考えをお持ちですか。
U : 僕が今やっているような活動や、僕が作り出すようなものが社会にとって必要とされているかどうかはすごく難しくて、それはこれからの自分の課題として感じています。幅広く受け入れられるような社会との関わり方というのもあると思いますが、幅は狭くとも深く受け入れられる関わり方もあると思うんです。自分がやっていることも、芸術ということ自体も広く受け入れられているとは言えないかもしれないですし、その現状を打破して、広く受け入れられ、たくさんの方に見ていただきたいとも思うんですけど、それが“深さ”を浅くするようであれば必ずしもそれを目的にしなくてもいいのかもしれないなと思います。それは僕がしなくても他の人がしてくれますし。僕は自分が何か夢や目標を与えてもらった時と同じか、それ以上のものを、他の人に与えたいし、与える義務がある気がしています。そうしないと僕のところでそういった素晴らしいものが遮断されてしまうことになると思うんです。
上田順平さん


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