T : 大学院を卒業する時、アーティストとしての活動を続けるために、しっかりとした制作スペースがほしいと思い、共同の制作スペースとしてこの場所を借りようと考えたんです。このスペースは4人で借りるのがちょうどいいサイズで、今の3人はタイミングが合ったのですが、あと1人がなかなか見つからなくて…。そこで、「最後の1人分のスペースをギャラリースペースにしたらどうか」という話をメンバーにしたら、他の2人も乗ってくれたんです。展示スペースがあれば、作品を壁面にかけて見ることができますし、箱に合わせて作品を考えることもできます。
あとは、当時卒業して作家を続けていくときに、作品を発表する場として、ギャラリー、美術館ということしか思いつかなかったんです。貸ギャラリーでやるのもお金がかかるので「続けられるのかな」と思っていて…。この狭い選択肢がすごく嫌だったので、ギャラリーで自分たちも展示しつつ、色々な人を外から呼んで展示してもらおうと思ったんです。
ギャラリーを作って、外から入れ替わり立ち替わり人がアトリエに来てくれるというだけで、開放的になれると思い、「やってみるしかない」と思いました。
& : 田中さんは現在お住まいも京都ですが、生活していて感じる街の魅力はなんでしょうか。
T : 自宅が修学院で、アトリエが久世なので、京都の市中では、“上と下”、“端と端”なんですが、その間がだいたいバイクで40分くらいの距離なんですよ。いつも中心地を縦に突っ切る感じで走っているんですけど、「40分の中にすべてがあるというコンパクトさ」はすごく魅力だなと思います。
T : 初めにお話ししたように、現在は作品からメッセージ性や社会性を省き、抽象的で個人的なものとして捉えているので、作品の中に直接社会性を見せているわけではないのです。ただ、身の回りもそうですし、メディアなどで見る社会などに対しても、非常に速度を感じていて…。それは加速度的に速くなっていて、「そういう速度に対して自分がどういう風に関わっていけるのか」ということは考えています。僕の制作は、時間がかかりますし、“ものを作る”ということは、速度とは対照的なものだと思っています。作品を作ることは速度についていくのでなくて、「ついていけないなりに、自分はどのように関わっていくのか」ということを考えさせてくれるようなものなんじゃないかなと思います。
T : 来年の1月に運営メンバーでもある泉君が展示予定です。あとは同じく運営メンバーの森川君が2月に京都芸術センターで展示をするのですが、その関連で何か考えているみたいです。
& : 今後どのようにご自身の活動を展開していきたいですか。
T : “ハコトリ”での廃材を燃やした作品での、「燃やしたものにこびりついている歴史や記憶」というアプローチが僕の中で新しかったので、現地の人とコミュニケーションをしながら作っていくようなプロジェクトはしていけたらと思います。そういうプロジェクトを進めていく一方で、今までのような“アトリエに籠(こも)っての制作”というのも、同時に行っていければ、もっと色々なことが見えてくるんじゃないかな思っています。