アーティスト紹介

小沢さかえ

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INTERVIEW WITH OZAWA SAKAE BY SAKAI CHIHO 2009.09.17

色のイメージを常に頭の中にもちながら生活しているんです。

酒井千穂(以下、S) : 制作はどんなふうに進めているのですか?
珠玉のポエジー Perlen Poesie 2009 Courtesy of MORI YU GALLERY

珠玉のポエジー Perlen Poesie
2009
Courtesy of MORI YU GALLERY

小沢さかえ(以下、O) : 具体的なプランはいつもはじめはないのです。ただ、色とか、こういう絵っていう曖昧模糊(もこ)としたイメージはあって。それは、なんて言えばいいだろう。色がついた雲というか、形そのものは漠然としている綿菓子みたいなものなんです。そんなモヤッとした色の組み合わせだけが四角い画面の中にあって、そのイメージを頼りに、実際に描くものを当てはめていく感覚ですね。今まではそんな感じで制作していたし、これからもきっとそうじゃないかな。描く時点では形のイメージはまだあまりなく、ただ、色のイメージを常に頭の中にもちながら生活しているんです。すると、それがふと固まる瞬間がある。例えば、風景を見ているときや、写真を見たときに。自分の頭の中にある色のイメージがそこでピタッと重なったときに「ああ、でてきた!描こう!」という展開になることが多いです。そうじゃないことももちろんあるんですけど。
S : 小沢さんの場合は言葉から派生していくイメージも大きそうですね。
O : それもありますね。タイトルにつけたい言葉がある、とか(笑)。ただ何も考えずに、何色かパレットに出して、そこからキャンバスにのせて、そして、「さあこれからどうしていこう?」ってこともあります。最初は完成図も何もなく「自分が描いた一筆にどう反応するのか?」みたいな。絵の始まりは結構そんな感じです。抽象的な画面をつくってから描くものを当てはめていくのだけど、そこから出てきた偶然性のようなものは採用したりします。そうそう、最近タスマニアデビルを描いたんですよ!
S : それは名前の響きというか、インパクトで(笑)?
O : そう。名前(の力)ってでかいな、と思う。「これなに?」って人に聞かれたときに、ただ「タスマニアデビル」と答えたいだけだったり(笑)。今年の個展で発表した《世界は夢になり、夢は世界になる》という作品のタイトルは、詩人で作家のノヴァーリスの言葉からの引用です。だから個展のタイトルも “ポエジー”だったんです。

S : どうしてその言葉が浮かんだのですか?
きのうみた夢を喰う Essen, was ich gestern getraeumt habe 2009 Courtesy of MORI YU GALLERY

きのうみた夢を喰う
Essen, was ich
gestern getraeumt
habe 2009
Courtesy of
MORI YU GALLERY

O : 私は本を読んでて気になる言葉があったら、手帳に書き留めていて、最近は出典まできちんと書いているけど、以前はただ気になる言葉だけを抜き出すことが多かったんです。あるとき、すごく強い印象の夢を見て、一日中その夢に引きずられて重い気分になったことがあって。ああ、そういえば誰かの言葉に「世界は夢になり、夢は世界になる」ってあったな…と、ふと浮かんだのです。でも、それが何の本だったかは思い出せなかった。ところがね、インターネットってすごいですね。そんな言葉で検索かけたらでてきたんですよ。それでもう一度読むことができました。
S : ウィーンに留学していたときには、大学の仲間たちと《Zimmer kuche.kabinett.》という空き家の空間をつかった5人展をやっていましたよね。そのタイトルや経緯について教えてください。
O : これは「部屋、キッチン、小部屋」というような意味です。グループ展(5人展)をする運びになったそもそもの出発は、ギャラリーで展示する機会があまり与えられない環境だったから。そこで自分たちで空き家を探して発表しようということになったんです。ウィーンの賃貸情報は不動産屋さんよりも、新聞広告に「貸します、借ります」と掲載されるものが多くて、それも日本のように間取り図が載っているものは稀で、こんな風に言葉でその空間の説明をすることが多いんです。友だちによるとこの表記はウィーン独特の言い方だそう。それで、「ウィーンで展覧会をする私たちにはぴったりかもね。」ということで、こんなタイトルがつきました。空間にはもともと住んでた人の部屋のクセというか個性があって、それに合わせて展示することになるから、とても難しい点も多かったけど面白かった。普通のグループショウとは趣が違いますよね。私は日本にいるから参加できないけど、今でも《Zimmer kuche.kabinett.》は継続中だし、いつか日本でもぜひやりたいなあと思ってます。

絵を通して知り合うこと。それが私にとっての“つながり”

S : 小沢さん自身はどんな作品が好きですか?
O : 作品を見た時に、なんといっても一番理想的なのはわしづかみされる感覚ですよね。ノックアウト!っていう。(笑)

S : 作家としても自作がそんな作品であってほしいと思っていますか?
夜光エレジー Leuchtelegie 2008 Courtesy of MORI YU GALLERY

夜光エレジー Leuchtelegie 2008
Courtesy of MORI YU GALLERY

O : そうですね。なんか気持ちが「ギュッ!ともっていかれる」みたいな、ね。だから、自分が目指してるものも必然的にそうなってきます。どう上手くデザインされてるか、どれだけ上手く描けるかという、そんなことよりも、もっとその人自身が見えるものの方が面白いし、やっぱり「その人以外には代わりがいない」、「この人じゃないとこれは絶対できない!」というものでありたいと思っています。泥くささとか、ちょっとした癖みたいなものはとても大事だと思う。それはなかなか理解してもらうのも難しいのですが。
S : 作品を通して、こんな感想や出会いが嬉しかったという思い出はありますか?
O : 例えば酒井さんもそうですよね。私自身を知るより前に、私の作品を知っていたという。ウィーンで出会ったエリザベスもそうなんです。「ウィーンに留学して一番良かったことは彼女に会えたこと」と言えるくらいの大きな出会い。彼女も本当に「お互いの作品だけで通じ合えた」って思うところが大きくて。出会ったのはウィーンの大学の入学試験のときでした。私はドイツ語も、流暢(りゅうちょう)に自分の思ってることを言えるという程話せなかった頃でした。その試験会場で、「他の人はどんな絵を描いてるのかな?」と見て回ったんです。それで彼女の絵を見て、「あ、この人は多分私のもってるものを理解してくれそうだなあ」と思いました。作品を見せてもらって、その後自分の絵も見せたときに、やっぱり彼女の目がキラン!となった。(笑)

S : それは感動ですね。
O : そういうコミュニケーションが成立するから素敵ですよね。だって、私の絵を見る人でも、私自身のことを知っている人ってそんなにいないわけですよね、友人や親類を除いては。そこで私が普段考えていることだとか思っていることをその人なりの感覚で見て、何かを感じたり感じなかったりするんだろうけど。そのとき、何かしらの繋がりができるはずですよね。だから、絵を通して知り合うこと。それが私にとっての“つながり”なのかなと思います。それは社会というよりも世界かな。「社会」という言葉のイメージは、私にとってはあまりピンとこないものだから。私が個展を開催するときに、「誰かに見てほしい」というのは、私が思い浮かべられる顔だけです。その範囲より大きいものなんて想像しようもなくて。個人的には「社会」というと、その言葉が漠然としているように、匿名性をもつ個の集団で、見えないけれど大きい。ひとりひとりが見えない、という意味であまりポジティブなイメージではないのです。例えば、絵本の《スイミー》では小さな魚たちが集合して、大きい魚の形になりますよね?あんな感じかな。魚の形はしてるけど、でもその集団は大きい魚ではないという。絵本では団結力で敵に打ち勝つんですけどね。
S : なるほど。群れですね。
時間論 Gedanken ueber die Zeit 2009 Courtesy of MORI YU GALLERY

時間論 Gedanken ueber
die Zeit 2009
Courtesy of MORI YU GALLERY

O : そうそう。とはいえ、私なりに「社会」とつながろうとはしているつもりなんです。でも、「社会」に向けて発信しているわけではなく、それよりも、もっと個でありたいと思う。自分の根っこというか、芯というか、信念を強く持っていたら、伝わるものは伝わると思うんですよ。例えば、さっき話したエリザベスという友人との出会いも、言葉でなにか私たちが解り合ったわけではなくて、お互いの創るものを目にして、同じ匂いを嗅ぎ分けたということですよね。その感動、分かち合えたっていう感覚そのものがとても嬉しかった。絵の具と、筆と、キャンバスでできることの可能性ってもっとあるなあと思います。それをもっともっと自分のものにしたいし、まだまだやりたいことがいっぱいです。

京都は違う世界への入口でもあると思います。

S : 旅が好きというのは、制作のキーワードにもなってると言ってましたよね。
ああ、めまいがするほどの Wie es mir schwindelt 2009 Courtesy of MORI YU GALLERY

ああ、めまいがするほどの
Wie es mir schwindelt 2009
Courtesy of MORI YU GALLERY

O : 旅は知らない世界とつながる時間でもありますよね。異質な者として、その場所に飛び込んだ時に、自分自身が持っている何かに気づく。その土地の食べ物が口に合わなかったり、メンタリティが違うなと思った時に、自分のことが逆に際立ってくる。「私」という存在は、自分の経験や育ってきた環境によるいろんなものの積み重ねでできあがってるわけですよね。趣味や思考もこれまで経験したことによるもので、それが蓄積されて「小沢さかえ」として出来上がっている。その「私」が足でトットットッ、と移動して違う世界に入りこんだときに、そこで目にした風景だとか、空気だとか、食べものだとか、その土地の人々の考えだとかに、急にパッと反応して、そこでまた新しい考えが出てきたり、違う見方ができたりするんですよね。つまり自分の中の何かが、かき回そうとするんですね。そこで化学変化みたいなことが起こるというか。面白いですね。そんな反応を求めて旅することが多いです。「今までの自分を持って」どこかへ行くという感じですね。そうだなあ、異質な者としての自分を敢えて実感しにいく、というか。

S : 京都について思うことはありますか?
湖へ、再び Zum See, wieder 2009 Courtesy of MORI YU GALLERY

湖へ、再び Zum See, wieder 2009
Courtesy of MORI YU GALLERY

O : ウィーンに住んでいたときは、常にどこか緊張していたところがあったから、いつもピリッとしているというか、結構どの瞬間にも絵が描けるテンションだったのですが。今は描くぞっていう意気込みがないと難しいくらい。京都は、良い意味でも悪い意味でも居心地良いですねやっぱり。鴨川が好き、絶えず水が流れていくその様子をただ見ているだけでホッとします。京都にいると、この中に溶け込んでしまいますね。京都は違う世界への入口でもあると思います。歴史を考えればいろんなことが起こってきた場所ですよね。京都の知人が、「さかえちゃん、“京都魔界巡り”もきっと楽しいよ。京都は入口がいっぱいあるから、研ぎすませば研ぎすますほど、いろんなものを感じることができる場所やと思うで。」と言ってて、「なるほどな」と思いました。“京都魔界巡り”も興味あるけど、ときどき “妖怪メガネ”をかけて京都を歩いたら、「いろんなものがいっぱいいるんだろうなあ」って想像することがあります。そんなものの見方で歩いたら楽しいでしょうね。そういう現実と空想の、どっちか解らない感覚って私にとってはリアルだし、「社会」って言葉よりもリアリティがあったりします。「こういう世界があってもいいよね」ってくらいのユルさというか、そういう考え方をむしろ持ちながら生活していたいなと思う。ここだけが本当の世界というのではなくて、この瞬間「あそこではこんなことが展開されてるかも!」とか。京都ってそんな楽しみ方ができる場所でもあって、ものすごく特殊な場所ですよね。

インタビュー/文 酒井千穂
webアートマガジン[art遊覧]、[artscape]を中心に執筆。
大阪成蹊大学芸術学部非常勤講師、ワークショップやアートイベントのコーディネイトなども行う。
[art遊覧] http://www.art-yuran.jp/
[artscape] http://artscape.jp/index.html


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