K : そうですね。それは根っこの部分にあると思います。僕は家族や親戚に現代美術をやっている人も、収集している人もいなかったので、いわゆる「庶民的な感覚」で育ってきたんです。現代美術を意識し始めたのは19歳のときくらいで、前衛的なものとしてすごく刺激的だったんですね。それで美術家になりたいと思ったのですが、自分がやる場合、お笑いの要素や駄洒落のような「庶民的な感覚」がベ―スにあるので、そういうものが自然に出てしまうんです。
& : モチーフにもそういった雰囲気が色濃く出ていますね。
K : 例えばモチーフとして“絵になるもの”と“絵になりにくいもの”があると思うんですけど、むしろ僕は「絵にならないとされるようなものを絵にしたい」と思っています。高尚なものや、伝統文化として根付いているものの中にも、意外と駄洒落って多かったりするじゃないですか。例えばおせち料理のネーミングなんかは全部駄洒落みたいなものですよね。それが「おっさんがいうと駄洒落になる」みたいな(笑)。そういったことは作品に出していければと思っています。
K : 普通に美術が好きなんですよ。ただ、もともとはすごくカルトでマニアックなものとして、現代美術に惹きつけられたという部分はありますね。例えば一般的なテレビ番組で例えると、高校生なんかはゴールデンタイムの番組より深夜番組の方が、面白く感じたりするじゃないですか。深夜番組ではゴールデンではできないような、尖ったことや、実験的なことをしたりするので、決してたくさんの人は見ないけど、見た人はすごい深く伝わる何かを感じることがあると思うんです。現代美術に出会った時もそういう感覚に近いものはあったと思います。それはクラスの誰もが知らないことで、そういうのも知ってる喜びみたいなものはありましたね(笑)。他の人がアニメなどに走るのが、美術だったんじゃないかなあと…。
K : もともと机の版画を思いついたのは1998年に、まだ明倫小学校が京都芸術センターになる前に、プレイベントで制作した作品がきっかけだったんです。そのときにそこにあった小学生用の机の傷を見て「これ版画にしたらおもしろいんじゃないか」と考えたところからはじまったので学校の教室という現場でアイデアが出てそのまま作品にして、という感じですね。
& : なるほど、教室という背景がないと、逆に不完全な作品なんですね。
& : 木内さんは京都生まれですが、生活する中で街の魅力はどのようなところでしょうか。
K : 僕は京都の山科出身なんですが、中学生の時に先生が歴史の授業中に「正長の土一揆というのがあって、それは日本で初の農民一揆です。ちなみにその集合場所がそこです。」と言って教えてくれたのが隣の神社だったり(笑)。あとは明智光秀の首塚が工場の横の敷地にひっそりとあったりとか。そのように何気なく歴史が隣にあったりするということはすごく面白いと思います。
K : 基本は生まれてそのまま動いていないだけなんですけど、やっぱり居心地はいいんでしょうね。京都って好き嫌いが分かれる街だと思うんですよ。大阪や東京の人から「京都では仕事したくない」という意見もけっこう聞きますし、逆に地方から京都に出てきてずっと居つくようなタイプの人もいるじゃないですか。京都は時間があっという間にだらだらと流れていくような街ですし、また、独特の交流があって面識のないアーティストでもほとんどが知り合いの知り合いだったりしますよね(笑)。それがさらに広がって色々なジャンルの人と繋がったりもするのですが、そういったことが直接お金に結びつかないということも多いんです。それをいいと思えるかどうかなんですよね。それが嫌な人は「京都にいたらダメだ」と思うんじゃないでしょうか。
K : 当時、他の人の「今こういうことを考えている」という展覧会の企画などを聞いていたら、「自分は呼ばれないな」と思うのと同時に「それでほんとにいいのか」という不服もあったんです。そう考えると、しんどいかもしれないけど自分がやった方が、面白い展覧会をできるんじゃないかと思って企画しました。キュレーターのようなことがしたかったわけではないですが、やるからには自分が作家選びをして、例えば自分が一鑑賞者だったとしても、素直に「おもしろい」と思えるような展示ができるメンバーに声を掛けようと考えました。
K : 保育園でお絵かきを教えることができる人を募集していたのですが、アクセスしにくい場所ということもあってなかなか来てくれる人がいなかったようなんです。そういったときに知り合いを通じて声をかけていただきました。山科は地元ですし、ちょうど大学のアシスタントの任期が終わるタイミングだったということもあって引き受けました。
K : 保育園児くらいの子は絵をかくのが嫌いという子はまだそんなにいないですし、ほとんどの子が素直に楽しく描けると思うんです。小、中学生になってくると、絵を描くこと自体に対する好き嫌いなども出てきますし、めんどくさくなってくるんだと思うんです。子どもたちと接するうえでは、「絵を描くことを嫌いになってほしくない」ということだけはいつも念頭に置いています。保育園の先生は躾(しつけ)もあるので、例えば「顔はこうでしょ」とか「木はこうなってるから、ここは緑に塗らないとダメでしょ」みたいに教えなければならない部分もあるじゃないですか。それは基本なんですけど、型にはめることで絵を描くことが嫌いになる子が出てほしくはないので、なるべく僕はそのあたりはいい意味でほったらかしたいと思っています。描いてるうちにだんだんむちゃくちゃになっていって、水入れの中の水の色の方が楽しくなってきたりする子もいたりするのですが、それをあまり止めたくないですね。そういう部分を出した方が、圧倒的に面白いですから。そういったものを見て僕も勉強させてもらっています。
K : 限定してはいないんですけど、「自分みたいな人を探している」というところはあります。決して自分と全て同じということではないですけど、多くの共通項を持っている人ほど、楽しんでもらえたり、鋭いところをついてきたりするので、自ずと話が合ったりしますね。逆に憎悪になる可能性もあるんですけど(笑)。あとは美術にあまり普段関わりがなかったり、美術に興味のない人たちにどういう風に理解されたり、理解されなかったりするのかということも考えます。僕は比較的解かりやすい作品を作っていると自分では思っているのですが、「さっぱりわからない」と言われることもあるんです。その人のアーティスト像や、社会の一般的な人の思う美術というものからはずれちゃうと「何でそんなことをするの?」というように、わかってもらえないことが多いですね。
& : 木内さんにとって「社会」とはどのようなものでしょうか。
K : 社会は常に関わっているものだと思っています。美術をやっていると、「美術関係じゃないものがすべて社会」みたいな感覚になってしまうことがあるんです。また、美術関係者以外の人から見て、アーティストは「アトリエに籠(こも)りきりで、外部との接触を断って、仕事もしていない」みたいなイメージもあるんですけど、美術関係の人達も一般人であり社会人ですから、決してそうじゃないと考えています。