K : 溜まらないので、制作中は常に水をかけ続けている状態です。現在制作する際には、かなりの量の水を使用していますが、これほどの水を使いだしたのは、ここ1年くらいです。以前はアパートで制作していたので、今より少ない量の水で制作していましたが、「もっと色々な動きが見たい」と思い、大量の水を使うようになりました。
K : 完成のイメージをもって作り始めるのではなく、作業しながら考えて制作しています。その時々で、「ちょっとゆっくりした気持ちでやろう」、「激しい動きを作りたい」、「緊張感を高めてやろう」など、意識を変えて作っているのですが、そういったことは直接作品に表れています。色彩に関しては、今は「草の色」、「川に映った空の色」、「川自体の灰色」など、今までに見た自然物の色を使っていたのですが、最近はそういう印象に残っている色彩を使うことに重きを置くより、「一時的な作品と自分との関係」に目を向けています。
K : あの展示までは1作品につき、1つの色彩で制作するなどして、作品に自分の感情をあまり入れないようにしようと考えていました。でもあの作品を制作した時は、自分にとって転機となった時期だったということもあり、そういった要素を入れたいと思ったんです。「今日まで見た川の色などを、自分のものにして解き放ちたい」という意識で作りました。それ以来感情を入れないようにしたり、意味をなくそうとは思わず、「素直に感情を出していけたらいい」と思っています。ちょっとした気持ちの変化は、今は作品の中で大事になっています。
& : 最近は作品を壁掛けではなく、床置きで展示していますね。
「今日までを想う」 2009
Photo by OMOTE Nobutada
K : 最初に床置きにしたときは、そんなに深い意味はなかったのですが、実際に展示してみて色々な利点を感じたんです。例えば、普通絵を描くときには、イーゼルを立て、キャンバスを置いて描くと思いますが、私は床や机にパネルを寝かせて制作しているんです。制作している時に私が見ていた視点で、お客さんにも見てもらえるというのは、一番強く感じた利点です。また、壁に掛けて写真を撮影し、ポートフォリオに掲載してしまうと、作品の天地が決まってしまうじゃないですか。始めから天地を決めることを前提に作品を制作すると、構図のことを考え過ぎてしまうんです。私は作品を「どこから見てもらってもいい」と思っているので、「床置きだと天地を決定する必要がない」ということも利点です。他にも「作品の周りを自由に歩いていただける」、「パネルの側面に流れた絵具も観せることができる」など、様々な利点はありますが、壁に掛けることの良さもあると思いますし、そこは柔軟に考えたいと思っています。
& : 現象などを利用した作品を、制作し始めたきっかけだったのでしょうか。
「毛細管現象」(ディティール) 2003
K : 大学2回生の時に、課題でコンセプトについて学んだことがきっかけでした。それまで自然物や、壁にできた染みを好んで描いていたのですが、「伝える」ということをテーマにした課題で、苔を描いていた時に先生から「苔の絵を描いて何になるんだ」と聞かれたんです。その時に、「確かにうまく描けたとしても、それ以上考えることはできないかもしれない」と思いました。どれだけ描いても、描けない部分があるから悩むんだろうと考え、自分で染みなどを作ることで、何かヒントを得ることができないかなと思い、毛細管現象を利用した作品を作りました。現象に自己はないかもしれないけれど、「自分がいないとできなかったもの」ということに興味を持ちました。その作品について、大学では最初はあまり意見などを言ってもらえなかったのですが、自分の中で気になったので、やり続けようと思ったんです。
& : 苔や染みなどモチーフの選び方が独特ですね。
K : ベンチに生えた苔を、ナメクジが食べた後などを描いていたのですが、「自然にできた苔を生物が食べて、それを私が描く」というのは、ナメクジのドローイングを写しているようで、おもしろいと思いました。
& : コンセプトということを考え始めてから、作ることへの意識は変わりましたか。
K : そうですね。でも当初は作品を学内の人に観せているだけでしたし、全然実感が伴いませんでした。卒業してからやっと、ああいう授業を受けた意義が大きかったとわかりました。
& : このアトリエで制作し始めた経緯を教えていただけますでしょうか。
K : 昨年の11月くらいまで修学院のアパートで一人暮らしをしていて、6畳2部屋と、4.5畳1部屋の内の、6畳1部屋以外を制作場所にしていました。ただアパートの2階だったので、搬入出できる作品のサイズも制限されるし、音が出る工具も使えなかったんです。作品がストックしきれなくなったという事情もあり、作品もたくさん置くことができ、床面がコンクリートで水も構わずに使えるのところを探し、見つけたのがここでした。値段が前の家の家賃より高かったので、「少し安くしてください」とお願いしたら、値段を下げてもらえたので、ここに決めました(笑)。
亀岡のアトリエ
& : 川北さんはどのような人に作品を見てほしいですか。
K : 今生きている人たちです。同じ時代を生きているからこそ、共有できる部分は多いと思うんですよ。作品を観てもらい、私が向き合ったものと、鑑賞者にも向き合ってもらうことで、作品と鑑賞者の関係性が成り立てばいいなと思います。
& : 展覧会に来た方との会話で、印象に残っていることはありますか。
「ゆらぎのあと 景色をそそぐ」 2010
Photo by OMOTE Nobutada
K : 私の作品は、なぜか日頃写真を撮っている人に共感してもらえることが多いんです。INAX ギャラリーでの個展の際、写真を撮っているというある来場者の方に、会場で「植物の葉脈のみずみずしさ」についての話をした際に、すごく共感していただけたんです。その時に自分と「同じような視点を持っている人っているんだ」と思いました。展覧会の後、同一人物かはわからないのですが、展示の感想を書いた手紙をくれた人がいたんです。手紙には庭に咲いたお花の写真と、どこかの神社の木の写真が同封されていました。私が作品で伝えたいことを伝えたから、この人も伝えたいことがあって、手紙と写真をくれたんだと思うと、一回きりの手紙でしたがとてもうれしかったです。こういった関係はとてもいいなと思いました。また、その時の展示のタイトルは、「景色をそそぐ」というものだったのですが、別の来場者の方に、「景色は見下ろすものではなく、見渡すものじゃないんですか」と言われ、それは自分でもちゃんと考えられていなかったことだったので、印象に残っています。そういう意見をもてるのは、普段色々な作品を見て、たくさんのことを考えている人だからなのではないかと思います。自分自身としては「作品は自分が作り出した景色」という意識で作って行きたいと考えています。チューリッヒでの展示の時には言葉があまりできなくても多くの方に共感して頂けました。そのときはポーランドの同じ年代の作家さんがご自身の作品の写真を見せてくれながら、「私も植物の絵画を描いているけれど、自然そのものを引き出すようなあなたの表現は初めて見たし驚きました」とおっしゃっていました。
& : 来場者の方とは、いつもお話はするんですか。
K : 「話しかけていただいたら、お話しする」といった感じですね。作品を床面に置いていると、特に現代アートの作品を日頃あまり見ない人には、「なぜ壁に掛かっていないのか」と聞かれることがあります。ただ、作品を日頃あまり見ない人でも、自然に作品の周りを歩いて観てくれる人も多いです。
& : 川北さんにとって「社会」とはどのようなものでしょうか。
K : 万物は自然の中から成り立ってきたものですし、もともと自然の中にいた人間が組織を生み出し、社会ができたということを考えると、自然と社会と個人がいかに共生するかというが、大事なのではないでしょうか。社会の中で確かなものが確かかどうか、自分で感じて考えるのは、大変な事かも知れません。私はこの時代に人間として生きていて、身の回りのものを、香りや彩りや触覚で感じて、向き合って作品にかえていくことで、
同時代を生きる人と向き合いたいと考えているんです。そうすることで、一人一人が社会や自然との関係を、どのように調整していくのか、を問うようなことができていければと思います。