



- &ART(以下、&) : いちかわさんの作品はタッチが特徴的ですが、昔から絵画制作のときは、アクリル絵具を厚塗りするような描き方だったのでしょうか。

雫の王冠 2006
いちかわともこ(以下、I) : アクリル絵具は大学4年生のときくらいから、使い始めました。はじめ授業の時に使用していたのは、透明水彩でしたが、その後ポスターカラーに変えました。それから、ポスターカラーでも物足りなくなり、色々使ってみて一番しっくりきたのが、アクリル絵具だったんです。それからはずっと使っています。もともと洋画が好きだったので、洋画に近づいていったような感じですね。
- & : 最近いちかわさんはマトリョーシカの絵付けをしていますし、今月から3カ月限定でオープンしたお店『CICANOKO』は、絵とマトリョーシカとお菓子のお店です。マトリョーシカの制作はどのように始まったのですか。

お菓子マトリョーシカ 2009
I : ほっかむりのようなものを被っている人物の絵を、大学在学中から描いていて、「マトリョーシカっぽいね」と人に言われたのが、マトリョーシカを描き始めたきっかけです。実際に絵付けをやり始めたのは2008年くらいだと思います。以前達磨(だるま)をもらった時も「それも絵付けをしてみようかな」と思って描きました。人から言われたことや、もらったものをなんでも、描いてみているのかもしれないです(笑)。こけしにも絵付けしたことがありますね(笑)。もともと民芸品がすごく好きなんです。小さな頃、旅行にあまり連れて行ってもらえなかったので、大人になってから色々な場所に行くとうれしくて、その土地の食べ物や、お土産物をたくさん買ってしまうんです。『CIKANOKO』も、今はおかし風のマトリョーシカとか、本物のお菓子を扱っているのですが、もうちょっと京都土産っぽい商品開発もしたいと思っています。京都に来た人のお土産用に「五山の送り火マトリョーシカ」とか、「京都タワーマトリョーシカ」とか(笑)。
- & : 影響を受けていることについてお聞きしたいのですが、いちかわさんの作品には、宗教画に見るような構図が多く用いられているように見えます。古典的な絵画を参考にしたりすることってありますか。
- I : 描くときにわざわざ資料を持ってきて、見ながらということはしないのですが、中学校、高校がクリスチャン学校だったので、校内にそういった絵が飾ってあったり、図書館にもそういった本がいっぱいありました。その影響が今も出ているんだと思います。
- & : 西洋的なことの影響が強いような印象をうけていましたが、お話を聞いていると、もっと幅広く色々なことに影響を受けているんですね。
- I : そうですね。どこか特定の国、建物というわけではなく、テレビで他国の映像を見る時などは、どの国の映像を見るのも好きです。もちろん日本も好きです。
- & : いちかわさんの代表作である絵本『民族アパート』は、「慈愛」という言葉がぴったりくるような素晴らしい作品ですね。
- I : 『民族アパート』は、今読んでも自分の原点だし、自分でも「こういうことを言いたいから描き続けているんだな」と思っています。
- & : 『民族アパート』もそうですが、いちかわさんの作品にはいつも「愛」が作品のテーマにあるような気がしますね。

絵本『民族アパート』 2001
I : 「あの本で何を表現しているのか」を、言葉で伝えるのは難しいのですが、一つは民族・宗教の問題はとても複雑で、争いの火種になることも多いですし、「そうなってしまうのはなぜだろう」という疑問から描き始めました。もう一方では色々な国を見てきて、自分の国も含め、様々な国のもつ、宗教や文化が単純に好きなので描いたんです。私はクリスチャン学校で聖書を勉強してきましたが、例えば「キリストは本当にいるか」ということにあまり興味がなく、「いたと仮定してこんな話がありました」という視点でそういったお話を聞くことは本当に魅力的なことだと思ってきました。そしてそれが人生の岐路で決断していくときに助けになることがたくさんあったんですね。また、母親が仏教系なので、幼稚園のときなどは仏教の話も聞いていて、それが助けになったこともありました。それぞれの宗教にはそれぞれの良さがありますし、特定の民族や宗教にとらわれることなく、「大きい気持ちで色々な宗教や民族を見ることができたら」という気持ちを込めて『民族アパート』を作りました。
- & : いちかわさんがご自身の体験から感じたことが、ストレートに出ているんですね。
- I : クリスチャン学校に通っていた時、キリスト教にとても興味があって、教会にも行ってたんです。そうするうちに、教会から「洗礼を受けないか」とか、「本格的に入信しないか」と誘われました。特に疑問なく深く入っていきましたが、入ってから自分が思っている宗教観と、教会の熱心な信者の方の考えの間に温度差や、違いを感じました。宗教自体への捉え方が全然違っていて、信者の方々は「キリストはいる」という前提を大事にしていましたし、いないと思うこと自体いけないと考えられてるように感じました。そういったことに疑問を感じ始めたこともあり教会に行かなくなりました。実際に一つの宗教に深く入って感じた考えの違いがあり、そこから抜けたとき「じゃあ自分にとっての宗教って何だろう」ということを考え、それを表現したのが『民族アパート』だったのではないかと思います。
- & : 「人を救う」ということを前提として宗教があるのだとすれば、争いが生まれる原因になってしまうということに、単純に矛盾を感じてしまう部分はあると思うんです。でも人間には何かを信じることが必要ですし、そういう意味では『民族アパート』を描いたことは、いちかわさんが「信じる」という行為そのものだったんじゃないでしょうか。
- I : そうですね。色々な宗教があるけど、根っこの部分にはとても近いような考え方があって、自分はその根っこの部分を信じているんです。ただ、あの本にそこまで込めることができたかというと、あの時は整理もできていなかったし、もっと描けるんじゃないかとは思います。自分でもうまく言えないから、言葉もあんなに少ないんだと思うんですね。でもあまり言葉で表現しすぎると、かえって離れていく気もします。

- & : 今回『CICANOKO』(堺町綾小路下ル)をオープンすることになった経緯を教えていただけますか。
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I : 以前ここが『Atelier Fint,takk!』という名前で菓子工房、お菓子教室、イベントスペースとして運営されていたときに、作品の展示させていただいたんです。その展示が終わる時に「このお店を閉めようと思うんだけど、WEBサイトでお菓子は売っていきたいし、台所は使うけれど、その他は使わないから、もしよかったらシェアしませんか」とオーナーが提案してくださったのがきっかけです。ちょうどアトリエを探していましたし、「自分のグッズが展覧会以外の時も売れたらいいな」と思っていたということもあって、一階の奥の教室などをしていたスペースと、ショップスペース、2階を3ヶ月間借りることにしました。
- & : 今回も含め京都で展示したり、作品を取り扱ってもらうことが多いですが、その中で「京都らしさ」を感じることはありますか。
- I : 『雨林舎』や『Atelier Fint,takk!』は町家でしたし、展示したときに京都らしさを感じました。来ていただいた方にも「町家と絵が合っている」とよく言われます。『雨林舎』で展示したときは、古い町家に作品を展示するのが初めてで新鮮だったのですが「今までで一番自然だった」と言われました。たまたまかもしれないですが、それは京都で展示して知った作品の一面ですね。
- & : いちかわさんは2008年まで8年間、京都の任天堂に勤めていましたが、その時はどのような仕事をしていましたか。
- I : 任天堂DSなどは3Dではないので、四角のドットの集積で絵を描くんです。それを“ドット絵”と呼ぶのですが、入社してすぐはゲームに登場するアイコンなどの“ドット絵”を描いていました。その仕事が2年続いた後、部署を移動して、ゲーム中のコース選択画面などのアイコンを描いたり、配置したりする、レイアウトデザインの仕事をしていました。最後の方はロゴなど、オフィシャルのマークを管理する仕事を担当しました。
- & : 例えば任天堂は他の職場に比べ、かなりクリエイティブな職場だったと思うんですね。いちかわさんにとって「企業に所属し、集団で一つのものを作りあげていくこと」と、「自分の作品を制作すること」の相違点、また共通点はどのようなところでしょうか。
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I : 自分だけではできないことができるので、やりごたえで言えば仕事の方がありました。
共通する点としては、レイアウトデザインの仕事をしている時、制作していたレイアウト画面は、コース選択画面、ゲームオーバー画面、クリアしたときのスタッフロール画面など、要所要所に出てくるので、ゲーム全体を把握しながら作業しなければならないんですね。ゲームスタートからYES、NOで枝分かれさせていき、「こっちを選んだらこういう画面が出る」というように管理していくのですが、それを作っている時「絵本を考えている時とすごく似ているな」と思いました。それまでは作品制作と仕事は全然違うと考えていたのですが、根っこは繋がっているんだと思いました。
- & : 例えばゲーム制作は、ユーザーの感想を直接聞くわけじゃないじゃないですよね。そういう意味では当時どこにモチベーションを持ってきていましたか。
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I : 仕事をしている時は日常的に一日一回くらい、返って来るものがあったんです。例えば自分の作ったデザインをプログラマーに渡して、プログラマーが「容量がこんなに入らない」と困っているときに、容量を削減して、より軽いデータを作って渡したらすごく感謝された、ということがありました。次の日そのデザインをプログラムで組んでくれているのを見て、「すごい!もうできているし、こんないい感じの動きまでついてる!」と思い、今度はこちらが「ありがとう」と伝えるような場面もあったんです。「出す、もらう」という繰り返しの中で、常にそういったレスポンスが返って来ていましたし、現在1人で制作していると、達成した喜びも1人だし、ちょっともの足りなさはあります。今回お店をやったのも、自分で作るだけじゃなく、何かレスポンスがほしいという思いがありました。

- & : いちかわさんはどのような人に作品を見てほしいですか。
- I : 見に来ていただいて、褒めてもらって特にうれしいのは、おじいさん、おばあさんなど自分より年上の方ですね。自分と年齢が離れている方に褒めていただけると、「世代超えた」と思えてうれしくなります。また、色々な国、性別、年齢の人に共感していただきたいです。
- & : 展覧会に来た方に言われてうれしかったことはありますか。

土還る 2008
I : いつもは色が明るく、色彩豊かと言われることが多いのですが、『文椿(ふみつばき)ビルヂング回廊展 リリィホワイト』の時は、展覧会の前にすごく悲しいことがあり、全体としてとしてすごく暗い印象の展示になったんです。「人が見て楽しくないのでは」とも思ったのですが、「今の自分がこういう状態だから仕方ないし、今思っていることがそのまま作品に出るのはいいことだ」と考え、そのまま発表しました。今まで私の絵を好きだと言ってくれていた人に、「暗くなったね」とか「前の方が好き」と言われ、すごく悲しかったのですが、何人かの方が「絵を見て泣いたよ。自分も悲しいことがあって、それと重なって共感できた」と言ってくれたことが本当にうれしかったですね。
- & : 今までたくさんの展覧会をし、仕事でもいろいろな経験をしてきたと思うのですが、いちかわさんにとって「社会」とはどのようなものでしょうか。
- I : 会社を辞めてみて、「社会から取り残された」と感じたんです。このお店を始めてまだ4日なんですけど、久しぶりに社会と関わって、何か発信しているという実感があります。コミュニティーの大きさもありますし、1人で籠(こも)って作る時間も必要なんですけど、「この世の中はみんなで何かを作っているんだな」と改めて思いました。
- & : そういった社会の仕組みを実感を伴って理解していることは重要ですよね。
- I : 会社に勤めたことは、私にとって最大の規模の社会に所属した経験でした。逆に今は最小公約数のような立ち位置で活動していると思うんです。でも働いている気持ちは、会社で仕事をしていた時と変わらないですね。集団の大きさの差はありますが、質は一緒だと思っています。これらを両方体験できたというのは、いい経験だと思っています。今回『CIKANOKO』は3カ月限定ですが、もっとお店続けたら、もうちょっと自分が世界のどの位置に立っているかというのが、わかってくるんじゃないかと考えています。こういったことは会社に勤めなかったら考えもしなかったことだと思います。
- & : 社会の中で、アーティストの役割は少し特殊ではないのかと思うのですが、自分が作品を発表することで持てる社会の中での役割は、どのようなことだと思いますか。
- I : 希望としては何かを考えたり、気付くきっかけを与える人になりたいと思っています。ニュートロン東京での個展『屋根裏の小さな聖堂』は、宗教がテーマだったのですが、それらの作品は自分が何かの宗教を信仰しているから制作したわけでもないですし、神様を信じてもらいたいから制作したものでもありませんでした。あの展示には世にある宗教ではなく「それぞれの心の中にある宗教」に気付いてほしいという思いがあったんです。私は人生を注ぎ込んだり、各個人の考えを捻じ曲げることなく、もっとシンプルに、人の助けになるような宗教があってもいいと思っているんです。信仰している宗教は一つでも、二つでもいいし「敵対している宗教をどちらも信じている」というのでもいいのではないでしょうか。信じていなくても「この宗教のこのお話が好きだ」ということだけでもいいと思います。こういった宗教に対する考え方を、私は「いいな」と思っていますし、私の絵を見てもし「そう思った」と言ってもらえたらうれしいです。もちろん「みんなこの考えになればいい」ということではないですし、強要するつもりはないです。でも周りが見えにくい状況にいる人が、ちょっと違う視点でものを見る機会になったらと思います。

箱の中の記憶 2009